サッカー本とスポーツジャーナリズム
音楽を好きな人は聴くだけでなく、音楽についての本を読むだろうし、車の好きな人は車に関する本を読むのではないか。好きの程度にもよるだろうし、どんな風に好きなのかによっても変わってくるとは思うが。音楽も車も一つの文化であるから、文化としての深度がどれくらいあるかによって、書かれる本の内容の豊かさも変わってくると思われる。
ではサッカーの本はどうだろう。わたしはサッカーを見るのが好きなので、漠然とサッカーの面白い本はないかな、と探してみることはある。ただこれまでの印象としては、面白い本がたくさんあるという風でもなかった。雑誌もそうで、サッカー雑誌で読みたいと思うものはなかった。サッカーを題材にしていても、なんというか、トーンがまったく違うといったらいいのか、自分が求めているものからはほど遠く、書店の雑誌コーナーで見かけるようなものはほとんど手にしたことがない。例外的に「サッカー批評」という季刊の雑誌とフットボリスタという海外サッカーの情報週刊誌は、買ったことがある。この二つは他の日本のサッカー雑誌とスタンスが違うように見える。
"
The Green Soccer Journal "というイギリス発のサッカー雑誌を最近知って買ってみた。「洗練された、既存のものとは違った方法論」による「ビジュアルで見せる」新しいスタイルのインディペンデントのサッカー雑誌、という触れ込みだった。2010年冬号が創刊号で、年4回の発行のようである。今回買ったのは2012年冬号で、ゴールキーパーの特集をしていた。表紙はイタリアのベテラン・ゴールキーパー、ブッフォンの横顔のポートレート。美しい写真だ。中を開くとまず写真が多いことに気づく。写真の傾向としてはアート的で、ポートレートまたはファッション写真のアプローチ。特別目新しい感じはないものの、写真はきれいなので見ていて気持ちいい。写真以外は記者やライターの書いたテキストとプレイヤーへのインタビューである。
この号はゴールキーパー特集ということで、何人かのゴールキーパーを取り上げて写真とテキストで紹介していた。イギリス発の雑誌ではあるが、おおむねグローバルな目線で編集されているようだ。ティム・ハワード(アメリカ出身、イングランドのエバートン所属)、ブッフォン(イタリア出身、イタリアのユベントス所属)といった現役で活躍するプレイヤーから、ボブ・ウィルソン(スコットランド出身、元イングランドのアーセナル所属)、シェップ・メッシング(アメリカ出身、元ニューヨーク・コスモス所属)といったレジェンド、名前を言っても知っている人はいないと思われるニッキー・サラプ(サモア出身、2001年のワールドカップ予選、対オーストラリア戦での31ー0という大量失点による世界記録保持者)、果ては現在殺人罪で収監中のブルーノ・フェルナンデス・デ・ソウザ(ブラジル出身、元ブラジルのフラメンゴ所属)まで、さまざまな地域のさまざまな経歴のゴールキーパーに焦点を当てている。
ティム・ハワードのインタビュー記事は面白かった。1号の中で数人のキーパーを選択するときに、この人を選んできたのはちょっと渋いと思った。いいゴールキーパーだと思うが、それほどスター性があるといった人ではない。アメリカ代表の正ゴールキーパーであり、所属クラブのエバートンでも安定したプレイを毎試合見せている人ではあるが。この雑誌を手にとらなければ、この人のインタビューを読む機会はなかっただろう。テキストはたった2ページでファッション写真のようなポートレートが7ページ(ひょっとして容姿で選ばれた?)。それでもこのプレイヤーの人となりが伝わってくるいい記事になっていた。それほど深い質問をしてはいない。食生活や家のインテリアについて、どんな本を読んでいるか。イングランドでの好きなアウェイ・グラウンドはどこで、そこがどんな風に素晴らしいのか、北中米でライバルのメキシコのチームとそのファンの熱狂について。語る言葉は簡潔で短いけれど、とても真摯でストイックな人柄が好印象を与えていた。彼の言葉には、ゴールキーパーという孤独でタフなポジションについて、こちらの想像力を刺激するところがあった。
この雑誌の最後の方で、FCチューリッヒのホームスタジアムについてのレポートがあった。2008年のユーロ開催が当地で迫っていた2006年、スタジアムを新しくするため取り壊しをしたのだが、そのとき近隣のファンを招待して、81年間の厚いサポートに感謝し、観客席の座席や各種サイン、ピッチの芝を取り外して持ち帰ってもらったという。座席を自宅の庭にベンチのように並べて取りつけた人、書棚の脇や読書コーナーに椅子として置いた本屋さん、階段席に仕立てた小さなアート系映画館と、その後の座席シートの「新生活」が美しい写真で紹介されていた。
わたしがこのThe Green Soccer Journalという雑誌に興味を引かれたのは、サッカーを語り、見せるときに、今までのサッカー雑誌とは違うアプローチがあるはず、という視点を編集者たちがもっていたところにある。サッカーというスポーツの面白さの中心は、もちろんゲームの中にあるとは思うが、そのゲームを取り囲む「さまざまな事情、状況」がゲームにとって大きな意味をもつこともある。チームと監督、所属選手たち、クラブのオーナーやスポンサー、スタジアム、サポーターやホームグラウンドの町、そういった要素を背景に抱えた二つのチームが一つの試合で対戦するわけだから。
そういった意味で、まだ読了していないが、「
サッカーと独裁者 」(2011年12月、白水社刊)も興味深い本だ。副題に『 アフリカ13か国の「紛争地帯」を行く』とあるように、アフリカにおけるサッカーの意味や状況を、イギリス人ジャーナリストが取材し報告している。アフリカでは多くの国が政変や内戦、貧困や飢餓などに苦しみ、サッカーどころではないように見えるが、無類のサッカー好きがたくさん住んでいる地域でもある。また近年はヨーロッパで活躍するスター選手をたくさん輩出しており、プレミアリーグなどのテレビ放映は人気の的らしい。サッカーをやることは、子どもたちにとっても、楽しい遊びであると同時に広い世界へ、未来への希望につながるものでもあるようだ。
The Green Soccer Journalと「サッカーと独裁者」は最近見つけたこれは、というサッカー本。どちらもイギリス発の本である。確かにイギリスにはサッカー文化と呼べるようなものがあるように見えるから、それを語る本も通り一遍ではない、ユニークな視点からのものが生まれるのかもしれない。日本語で書かれた面白いサッカーの本を読めるようになるには、きっと、サッカーを取り巻く環境やサッカーを見る人々のレベルが上がらないと実現しないだろう。
サッカーが好き、と言ったとき、日本代表チームや日本の選手たちだけに特別な興味があって、そのことだけに終始しているという状態はあまり未来がないように思う。「サッカー」と「日本人であること」は特に関係はないはずだ。愛国心などなくても、サッカーを楽しむことはいくらでもできる。日本のスポーツジャーナリズムで気になるのは、サッカーに限ったことではないが、「日本人なら日本のチームや日本人選手を応援しているはず」という強い思い込みが見えることだ。テレビのサッカー中継で、NHKや民放、CSのいくつかの局を見ているとき、低いレベルの実況を見せられていると感じることが多い。実況のレベルを保つための基準やプランがないように見える。どういうことかと言うと、欧州の試合の中継をする場合、そこに日本人選手が出ていてもいなくても、解説者と実況アナが日本人選手についてのおしゃべりを延々している、というようなことだ。欧州でプレーすることを「我が子の晴れ舞台」くらいに思って応援していることは理解できるが、目の前の試合はそっちのけ、実況としては役に立たないひどいものだ。「日本人ではない人」や「日本人選手に興味のない人」も視聴者にはいる、ということがわかっていない。
サッカーの本や雑誌といえば、日本代表の本田や長友や香川の顔写真がでかでかと表紙を飾っていないと売れない、ということが真実であるなら、それは本をつくる側の問題だけではなく、読む側の問題でもある。スポーツジャーナリズムやスポーツ文化というのは、それを受けとり、支えている人々の好みを映すものだからだ。
ただ文化というのは、進化させたり発展させたりしていくものでもある。サッカー中継にしても、聞いていて面白く、役に立つ実況や解説を備えた番組はあるし、そういう実況者、解説者も何人かいる。その人たちのがんばりで、視聴者たちは成長もできる。サッカーを取り巻くさまざまな状況や知識を得て、試合を見る目を肥やしていくことができる。試合の実況中継のレベルが与える影響は、スポーツ文化やスポーツジャーナリズムにとって、決して小さくはないと思われる。
その他のサッカー本で印象に残ったもの:
「
祖国と母国とフットボール 」(慎武宏著、2010年3月、ランダムハウス講談社刊):在日朝鮮・韓国フットボーラーたちのプロへの道のりと国籍やアイデンティティにまつわる悩みを追ったノンフィクション。
「
Scholes: My Story 」(Paul Scholes著、2011年11月、Simon & Shuster UK刊):昨シーズン引退したイングランドのサッカー選手の回想録。17年の選手生活を写真で振り返り、本人や周囲の人々のコメントを添えている。
「
名もなき挑戦 」(パク・チソン著、2010年10月、小学館集英社プロダクション刊):原題は「より大きな自分のために自分を捨てる」。7年前にアジア人初の欧州ビッグクラブ入りを果たした韓国人・現役サッカー選手の回想録。
動画で聴く音楽の楽しみ
1ヶ月前くらいだったか、偶然みつけたYouTubeの動画に面白いものがあった。ノルウェーの夏の風景を撮ったもので、見始めてすぐああなんかいいな、見ていて心地いいなと思ったのだ。全編が車中から撮影したもののようで、バックの音楽に乗って画面は滑るように動いていく。水辺を車は走っているようで、海なのか湖なのか画面には常に水の風景が映し出され、それに空、山、変わった形の岩山、水辺の家々などが心地よいテンポの中、次々に現われる。(タイトルにあったので調べたら、ノルウェー最北部にあるロフォーテン諸島のようだ)
数分の映像だが、フルスクリーンにして見てみて驚いた。画像が非情に美しい。画像の精度は高いが、まったくストレスなく見られる。もうこれくらいのストリームは何でもないのだなと思った。音楽も悪くないし、フルスクリーンで見てみて、何か新しい映像の、というより音楽のあり方を感じた。この「Norway Summer 2011 -Lofoten」という映像をつくった人は、クレジットによるとMArioという人で、最後にFilmed by MArioと出てくる。プロなのかどうかはわからないが、全体のつくりはいたってスムーズだ。音楽はどこから取っているのかちょっとわからない。最近ではエイベックスなどで、ニコニコ動画用に無料で許可なく使える楽曲が提供されていると聞くから、他の国でもそういう動きはあるかもしれない。
Norway Summer 2011 -Lofoten
by MArio
VIDEO こちらも偶然見つけた音楽映像だが、ブラジルの作曲家エルネスト・ナザレーのピアノ曲「Odeon」を様々な人が弾いている。最初に見たのがLars Roosというピアニストの弾く「オデオン」。フルスクリーンで見ても映像はきれいで音もOK。演奏も悪くない。ナザレー(1863 - 1934)はブラジルのショパンとも呼ばれた作曲家、ピアニストで、タンゴやポルカ、ワルツなどブラジルの香りのする情熱的で生きのいい音楽をたくさんつくっている。因みにこの「オデオン」という曲は、ナザレーがピアノ弾きをやっていた映画館オデオン座にちなんだものらしい。
Ernesto Nazareth
ODEON
1.Lars Roos
VIDEO 次に同じ音楽をClaraさんという女の子が弾いているものを見つけた。ピアノはグランドピアノだが自宅、あるいは学校の教室のような場所での演奏。途中やや危なげなところがあるものの、全体としては気分よくテンポよく弾いていて、この曲の心をつかんでいるように見えた。こういう演奏はいいと思う。
2.Clara Zendejas
VIDEO こちらも同じ「オデオン」。コンサートホールの映像らしい。Bernd Lhotzkyというピアニスト。そつなく弾いているが面白みはない。とわたしは感じた。面白いのはこの演奏にはたくさんの人がコメントを寄せていて、「ひどい演奏だ」という人もいれば「明らかにすばらしい」と反論する人、ちゃんと弾いてるけど感情が伝わってこないという言う人、ナザレー自身が弾いてるのを聴いたけどもっとゆっくりだったと言う人、それがどうした音楽は自由にやっていいものだという人、等々、議論が白熱していた。
3.
VIDEO 最後はFredrik Wangerという人の演奏。ちょっとこれも他の人と違っていて興味深かった。撮影場所は自宅か。
4.
VIDEO 同じ曲を様々な人(プロのピアニストからアマチュア演奏家まで)の演奏で聴き比べるのは面白い。これ以外にも、年配の夫婦が一台のピアノでなかなかの手並みで連弾している微笑ましいもの、かなり高齢と見受けられるラテン系男性がよたつきながらも楽しげに乗って演奏しているものなど、いくつもの「オデオン」があった。もしナザレーが見たら、なんというだろう。
Maria Joao Pires e Antonio Meneses
もうひとつ。ポルトガルのピアニストで近年はブラジルに住むマリア・ジョアン・ピリスの去年のコンサートから。チェロとのデュオで素晴らしい演奏。映像も美しい。
VIDEO さて、YouTubeの埋め込みコードを使って各映像を表示しているが、著作権は大丈夫なのか? 多分、YouTube自身は検閲をしていないと思うので、すべての映像に共有ができる埋め込みコードが表示される。これはできない、というものがない。YouTubeにある映像が許可されたものなのかそうでないのかは視聴者には判断できない。サッカーなどの試合中継の映像は、テレビ局がというよりは多分、クラブ側が見つけるとすぐに消去してしまうケースが多い。欧州のクラブではたいてい有料で試合の模様を販売しているので、無料のものが出回るのは困るから監視が厳しいのだろう。では音楽家はどうなのか。自宅で撮影されたものはその映像の出所から推測して、本人または関係者が投稿している可能性が高い。それ以外のものは不明だ。音楽家にとって、コンサートの映像が無許可で外に出てしまうことは不利益かそうでないかは、個々の判断にばらつきがあるだろう。
今月18日のWikipedia英語版の24時間Blackoutなど、インターネット界の反対にあって、米議会で票決が無期限に延期されたSOPAとPIPA二つの法案(インターネットを介した不正コピーを防止するための法案)。しかし今後もインターネットにおける著作権侵害の問題は続くことだろう。視聴者であると同時に投稿者でもあるユーザー、募金を読者につのりつつ無料での閲覧を提供し続けるウィキペディアのような活動あるいはサービス、そしてGoogleやYouTube。わたしも含めて、ウィキペディアやGoogle、YouTubeなしでは暮らせない、と思う人は世界中にたくさんいるだろう。ウィキペディアの英語版で作曲家を調べていたら、いくつかのページで演奏の動画が使われていた。YouTubeからの動画だ。百科事典もここまできたかと思った。ある作曲家について調べていて、その作曲家の楽曲の演奏が参照できる。読者としてはこれほど素晴らしいことはない。「著作権の問題」を抜きにすれば、人間の知的生活の前進であり、日々を豊かにする大きなプレゼントである。
人間の生活を豊かにするものだが、ときに人間の権利を侵害もするもの。いずれ(どれくらい先の話になるかはわからないが)人間はその落ちどころを見つけるだろう。それまでどれだけの議論がかわされることになるのか。そこに人間の英知を見ることができるのだろうと思う。
十六歳の冒険
十六歳とはどんな年齢だったか。一人の日本人少年の世界旅行の記録を読んでいて考えた。ときは1979年5月、その少年は二年前から計画、準備していた一年半に及ぶ世界一周の自転車旅行を実行した。旅の二年前、中学三年のときに思いついたその計画は、高校は定時制高校に行き、昼間働いて夜学校に行って資金をつくり、二年生になったら休学して旅に出るというものだった。
両親には旅の二年前、定時制を選ぶことを話すときに旅の計画について話したらしい。が、当の親はその案を認めたものの、どこまで本気と理解していたかはわからない。それに旅の実行は二年先なのだから、そのときが来てから反対しても遅くないと気楽に受けとっていた可能性もある。二年もあれば人の気持ちも変わるもの、とくに成長著しいこの年齢の「子ども」が一つ考えを維持できるものかどうか。
が、この少年オリザくんはとことん本気だった。あらゆる計画が隅々まで念入りな一方、事の進め方や決断には思い切ったところがあり、世の中もそれなりに見えていたようだ。資金を貯めるためのアルバイトは、いくつか試した後に、新聞配達を住み込みですることにした。親には反対されたが、本人によれば親から離れて住み込みで働くことは独立の一歩、そもそも世界一周旅行は未来の自分の自立、独立への切符でもあったらしい。
オリザくんは旅の実行の年の一月に、正式に両親に旅の計画を発表した。詳しい旅の計画書もちゃんと書いたあった。一年半といえば、それなりに長い年月である。1970年代というのは、大人でもそれほど多くの人が海外旅行をしていた時代ではない。経験した人も、そのほとんどが団体旅行だった。そんな時代に、弱冠十六歳にしてオリザくんは一年半の旅に出た。泊まるところさえ決まっていない、風来坊的旅行、しかも乗り物は自転車。
オリザくんの両親は一年半という年月は長いので、途中で一時帰国することを提案する。しかしもちろん息子から拒否される。旅先から手紙を書くことすら放浪の冒涜、と考えていた本人とすれば受け入れがたいことだったろう。でもこの少年はそれなりに心の寛い人間だったようで、そんなに会いたければそっちがくればいいだろう、と言ってしまう。それに飛びついた両親は、じゃあ半年後にハワイあたりで会おうと提案する。が息子は即座に、計画では半年後はエジプトにいるから無理だと言う。ところが考古学に興味のある父親はエジプトと聞いて、ピラミッド、、、それだ、とばかりに盛り上がり、半年後オリザくんはエジプトで両親と会うことになるのだ。
なんという息子、なんという親だろう。素晴らしい。
わたしがオリザくんの旅の顛末を知っているのは、オリザくんが旅から帰った十七歳のときにこの旅についての本を書いて、翌年出版したからだ。1981年、「十六歳のオリザの未だかつてためしのない勇気が到達した最後の点と、到達しえた極限とを明らかにして、上々の首尾にいたった世界一周自転車旅行の冒険をしるす本」という長い長いタイトルの本が、晩聲社という出版社から出版された。装幀は鈴木一誌さんでブックデザインもいい。出版社がこの旅の記録の価値を認めて出版したことが伺える。ソフトカバーのペーパーバックであるところがまた洒落ているし、本の分量も充分、中の写真や旅の行程を地図に記した手描きイラストも素晴らしい。そしてなによりもこの本を一級品にしているのが、オリザくんの旅の顛末の紹介から全行程の記録に至るまでのテキストだ。過不足のない完璧さで書かれ、仕上げられている。目次の文章(タイトル)がまたよく出来ていて、これをずらずらと読むだけでワクワクさせられる。
うーん、十七歳、あなどれない。
十四歳の少年が一人でこっそり世界旅行を計画し、十五歳で周到にその準備に入り、十六歳で実行、一年半後に帰国した十七歳は旅についての本を書き、翌年十八歳で出版する。これを聞いただけですべてに渡っての能力の高さを実感させられる。彼は、オリザくんは天才なのか。そうかもしれない。のちにオリザくんは、本名である平田オリザという名で劇作家になる。このジャーナルで去年の11月、「
対話ができる人、できない人 」で取り上げた平田オリザさん、その人である。
十六歳とはどんな年齢だったか。
親として自分の息子や娘を見るときは、今の時代であれば、十六歳はまだまだ頼りない「子どもの領分」にいる人間である場合が多いだろう。が、事実は、中学生になる年齢くらいから、自分を見る目社会を見る目が確実に備わり、驚くような新奇な発言を発するようになり、親は新しい世代の人間ここにあり、と感心させられることもあるのではないか。親が子どもの成長を目の当たりにして至福を感じる瞬間だ。
いっぽう自分の十六歳を顧みてみれば、親を離れ自分のことだけに視界を広げようとする時代だったと思う。わたしの場合、十六歳のとき、当時住んでいた地方都市を離れ、親元を出て、東京のバレエ団に入るために転校手続きをしようとしていた。本人には強い意志があったけれど、最終的に親の一人がこの決定を受け入れられず、泣く泣く元の高校に戻り卒業まで家を出ることは叶わなかった。泣く泣くというのは言葉の表現上のことではなく、すでに決定し手続きも終えたことが最後の最後に他人の意思でくつがえされたことに憤り、激しく抵抗して実際に大泣きした。それにしても、オリザくんと違ってなんと無力だったことか。世界旅行ではなく、東京に行って勉強するだけなのに。オリザくんの親と自分の親の、子どもへの信頼度の違いなのか。確かにオリザくんは親に恵まれていたとは思うが、本人の用意周到さもまた半端ではなかったから、その点でもわたしは負けていた。
今デスク脇に掛けられている葛西薫さんデザインのカレンダーの一月九日のところには、小さくComing-of-Age Dayという文字が赤字で書かれている。成人の日を記しているわけだが、この日が「一月の第二月曜日は祝日」という意味以上に表していることは、今では小さくなっているのかもしれない。成人の日が意味をもった時代もあっただろうけれど、今となっては「タバコとお酒」というボーダーラインもたいした魅力はないわけで、何をどう祝ったものかはっきりしないのが現状ではないか。あるいは元々それほどたいした意味のない記念日だったのかもしれない。
大人への道は十代の半ばころにもう、スタートしている。オリザくんが世界旅行によって自立と独立の予行演習をしようとしたように、誰にとっても、そのあたりから大人への過程を歩み始めているのだ。親から距離を置き、自分だけのことを考えて世界に出ていくこと。その大切な時代が十代半ばなのだと思う。その時期にしっかりした自覚を自分の中にもてないと、三十代、四十代になっても親離れができない人間になってしまう可能性がある。
新版・十六歳のオリザの未だかつてためしのない勇気が到達した最後の点と、到達しえた極限とを明らかにして、上々の首尾にいたった世界一周自転車旅行の冒険をしるす本 (364ページ、ハードカバー、1996年、晩聲社)
文庫版・十六歳のオリザの冒険をしるす本 (450ページ、2010年、講談社文庫)
ハイクの世界性
朝起きたらまずコーヒーを入れて、それを飲みながらスペイン語のハイクを一句訳す。最近の日課になっている。ウェブで南米の作家を探しているとき出会った、パラグアイ人作家の俳句集「En Una Baldosa」(一枚のタイルの上で)を最初から一つずつ読んでいっている。
わたしのスペイン語の能力は低い。ずっと昔に少し覚えた基礎的な知識をベースに、2、3年前に買った有能なスペイン語辞書を繰りながらハイクを読み、訳すのだ。ほとんどクイズかパズルのような世界と言ってもいい。でもこれが楽しい。英語ハイク同様、スペイン語のハイクも形としては三行詩だ。ごく短い言葉の断片によって紡がれた極小の世界。スペイン語のタイトル「一枚のタイルの上で」もそのことを表している、と後で作家本人から聞いた。サッカーの盛んな南米らしく、「『一枚のタイルの上で』くるくる回る」と言えば、ゴール前で数人の選手に囲まれながらかわしてゴールに向かうプレイ、を指すらしい。
語学能力がたとえ低くても、何とか意味がとれるのがハイクだ。ハビエル(この俳句集の著者)の俳句集はPDFになっていて、1ページに一句が置かれている。大きな余白をあけて、それぞれの一句に頭から番号が振ってある。その余白がハイクにふさわしいと思った。プリントしたハイクの1ページの大きな余白に、わたしはボールペンで言葉の意味を書いていく。たとえばこんな風だ。
2.
Vidrio empañado.
Apenas puede verse
el arco iris.
vidrio=[英] glass
empañado=曇らせる、汚す(動詞empañandoの現在分詞)
Apenas=[英] hardly
puede=[英] can(動詞poderの三人称単数、現在)
verse=[英] see(動詞ver)
el=[英] the(elは男性、単数)
arco=bow, arch
iris=虹、
arco iris=虹
[英]と書いてあるのは、英語の何に当たるかということ。わたしの愛用しているプログレッシブのスペイン語辞典は、そこが優れている。日本語よりずっと英語に近いスペイン語の意味を知るとき、日本語の意味をずらずらと読むより、英語で何に当たるかが書いてある方が言葉の全体像がパッとつかめる。ただ辞書の全部の言葉にこれがついているわけではない。
こうやって語句の意味をまず知る。それからそれを並べてみる。英語に一度置き換えた方がわかりやすい場合もある。たとえばこのハイクなら、
cloudy glass / hardly can see / rainbowのように。ハビエルは英語で"cloudy glass / the rainbow / can hardly be seen"と訳してくれた。わたしはこれを日本語にするとき、このように並べてみた。
ガラス曇り
見ること叶わず
虹の弓
出来た! と面白がるわけだ。このようにうまくいかないこともある。動詞の複雑な変化などで、単語の意味が取れないこともある。また語句の意味はわかっても、何を言わんとしているのかが不透明なときもある。ハイクではそういうことはよくある。とても短い言葉の中で表現をしているので、理解に想像力や前提となる知識が必要なこともあるのだ。日本語の俳句でもそれはよくある。特に江戸時代の俳句などだと、その時代の風習や俳句を書くときの決まり事に知識がないと、とんちんかんな理解をしたり、まったく意味がとれなかったりする。
わたしの俳句との出会いは英語ハイク、それまで俳句をまともに読んだことがなかった。その理由の一つが、季語をはじめとする様々な決まり事を知らないと理解すらできない、というイメージがあったから。ところが英語のハイクはそういう決まり事から自由なので、単純に短い三行詩として楽しめる。さらには、英語ハイクを読むようになってわかったのは、俳句のポイントは季語や5−7−5の音節にのみあるのではない、ということ。実際、英語ハイクには季語も5−7−5もない。それなのに正にこれが俳句のツボだ、という精神に満ちていた。最初に書いたハビエルの俳句集のタイトル「一枚のタイルの上で」にも現われているように、ごくごくミニマルな言葉の世界に、広々とした世界への視点を埋め込む、というのもその一つ。写真のシャッターを切るように、ある瞬間の光景を鋭く切り取って小さなフレームに収める、という側面もある。
ハビエルを始め、英語やイタリア語、スペイン語などでハイクを書く詩人たちは、芭蕉をきっかけとして俳句の魅力に取り憑かれた人が多い。最初に英語に訳されたのだろうか、たぶん一つの言語から始まり、次々に様々な言語に訳されていったのだろう。大きく広がったのはインターネット時代以降かもしれない。芭蕉は17世紀の俳人だから、もちろん著作権は消滅している。パブリックドメインになった詩がネットを通じて訳され、広がっていくのは充分に想像できる。ウィキペデアの松尾芭蕉の項目には、ずらりと他の言語版が並んでいる。芭蕉の世界的広がりを証明する事例だろう。芭蕉より少しあとに生まれた小林一茶は、芭蕉ほどの世界性はウィキペディアの各国言語版を見るかぎり現われていない。
これは芭蕉の俳句のほうが世界性があったからなのか、たまたま芭蕉には良い訳書があったからなのかはわからない。小林一茶はアメリカの詩人とのプロジェクトで、最近200句くらいを英訳したことがある。また詩人のナナオサカキによって訳された「INCH by INCH - 45 HAIKU by ISSA」という本があり、わずか45句ながら、一茶の世界がユニークな英訳で紹介されている。わたし自身はナナオサカキの翻訳や、自分が参加していたプロジェクトのことから、芭蕉より一茶のほうになじみがあるが、多くの日本国外の作家や詩人たちが夢中になる芭蕉も、一度読んでみたいと思っている。
わたしhが英語ハイクに出会ったのはアメリカの詩人ポール・メナの句集で、それはニューヨークの下町の風景を切り取ったものだった。次にロシア人のアメリカ留学生が綴った、アメリカ滞在記のスタイルをとった句集。それからアメリカの俳人によるミズーリの森や草原をうたった句集もあった。これらの本は葉っぱのウェブや小さな紙の本で出版している。
パラグアイ人作家、ハビエル・ビベロスのハイクもいくつかを「
Fragments/ことばの断片 」で来年1月に紹介しようと思っている。ときにサッカーの話などしながら、作者の助けを借りてスペイン語のハイクを一句一句訳すことは無上の喜び。ハビエルからは英語に訳して先に送ってあげようか、と言われたけれど、いや自分でまずはスペイン語から一句ずつ訳したいと断った。もちろん、ひと通り訳したあとで、確認も含めて助けを借りたいと頼んではあるけれど。そうそう、ハビエルの句集には、パラグアイの現地語グアラニー語の句もいくつか入っている。そちらはさすがに読めないので、スペイン語/英語に訳してもらっている。
ハイクというのはどこか、無名性、匿名性を秘めている気がする。西洋の詩が作品然としているのに対し、もっと気楽でオープンなものを含んでいる。その上で素晴らしい芸術性も備えている。そのあたりのことも、ハイクの世界性と関係があるように思える。
ポール・メナ「ニューヨーク、アパアト暮らし」
1.
ウェブ版 、2.
紙の本版 アレクセイ・アンドレイエフ「ぼくのほらあな」
1.
ウェブ版 、2.
紙の本版 ジョン・サンドバック
1.
ウェブ版 、2.
紙の本版
出版の未来形:PODと電子出版
iPhone、iPad、Kindleなどの人気でここのところ、世界的に電子出版の話題が復活している。そこで電子出版を含めた出版の可能性について、葉っぱの坑夫のこれまでの活動を振り返りつつ、改めて考えてみたい。
葉っぱの坑夫を始めたのは2000年の4月。ウェブによる出版とプリント・オン・デマンドによる紙の本の出版、この二つを実行するためのいわば実験的プロジェクトだった。ウェブにコンテンツを載せることを「publish/出版」と位置づけ、インターネット上でボーダーレスに本を公開していくことをまず念頭に置いていた。日英バイリンガルにしたのも、言葉による壁を少しでも減らすためだった。実際やってみると、読者や寄稿者には、英語圏だけでなく英語を解する様々な国や地域の人々がいることがわかった。
出版の形式としては、当時PDFがまだ広まっていなかったこともあり、特定のソフトウェアに頼らなくてすむHTMLによるウェブブラウザーでの閲覧を基本とした。日本では「ホームページ」という言い方が主流だったが、葉っぱの坑夫としてはあくまでも「出版」の一形式という捉え方をしていた。インターネットでの出版は、インフラの整備やコンテンツを保存しておくサーバーを借りるなど、一定の費用は常時かかるが、紙の本を出版するほど大きなコストが一時にかかることはない。実験的プロジェクトにとっては、そこが何よりの利点だ。
当時のプリント・オン・デマンドは、実際には1冊ずつ注文して製作するわけではないが、小ロットでの印刷が可能になる出版形式だった。コスト面でいえば、500部以下の出版に、オフセット印刷より単価のメリットがあると言われていた。今はオフセットの方もネットの印刷屋さんなどでかなり安くなっているので、事情は少し違ってきたと思うが。葉っぱの坑夫では、数冊の本をこのプリント・オン・デマンド(POD)をつかって出版した。初版300部で始めたものが多い。
2011年12月現在、電子出版もPODも日本ではまだそれほど一般的ではないものの、あらためてこの二つの方法論が今後の出版に与える影響は大きいのではないかと感じている。特にインディペンデントな小さな出版にはメリットが多く、新たな道が開けそうな予感もある。前回、アメリカのamazonの電子出版について、キンドルという端末の話を中心に書いた。なかでもamazonがやっているSelf Publishingという個人出版・販売のシステムに驚かされた。アメリカのamazonではこのSelf Publishingとともに、PODによる出版もできるようになっている。そしてこのPODについては、日本のアマゾンでも実はできることがわかった。アマゾンのトップページには入口が何もないので見つけるのが難しいが、わたしはたまたま検索をかけていて発見した。この仕組を使うと、データをアマゾンに置いておくだけで、読者から注文があったときアマゾン側が印刷して読者に発送(販売)してくれる。
試しにアマゾンでPODによる日本語の本を買ってみた。100頁程度の本だと、コスト的に1000円以内の定価で売ることが可能なようだ。それほど割高感はない。印刷は今のところ表紙だけカラー印刷(PP加工)ができ、本文はモノクロのみ。洋書のペーパーバックという体裁だ。読むことで言えば、特別な欠点も見当たらない。日本では紙の本は初版はハードカバーが多く、装幀や使用紙も凝ってつくられる場合があるが、そういうものにはもちろん対応していない。テキスト主体の、内容を読むための本、ということで言えば充分だと思うが。その意味で、PODによる本は、デジタルの本(電子書籍)に近いものだろう。手触り感や微妙なビジュアル上のニュアンスを発信側の意図通り伝えるのは難しいが、中身は読める。電子書籍もまた、フォントの大きさを変えられるなど、読む側の好みを重視する傾向が強い。これは今後の本のあり方の一つの道だと思う。
出版する側から見ると、アマゾンのシステムをつかってPODと電子出版で本づくりをすることは合理的だと思う。コンテンツの基本データを、PODとキンドル用に適応させてアマゾンのサイトにアップロードすればいいだけだ。本の登録にはあらかじめ、版元の登録をしておく必要があるがハードルは高くない。紙の既刊本は在庫が切れた時点でPODに切り替えれば、重版することなく販売が続けられる。PODと電子出版には基本的に絶版というものが起こらない。現在の出版事情を考えれば、大変望ましいことに見える。
葉っぱの坑夫では、この二つの方法を既刊および新刊の本で試してみたいと思っている。PODについては、米国の源泉税を免除してもらうため、書類に必要なEINを取得しなければならなかったり、入稿につかうデータ原稿のPDFをアマゾン側の印刷システムに合わせるための調整が必要だが、それほど高いハードルではないと思う。キンドルの方は、日本のアマゾンでは大手出版社との合意ができていないので、利用はもっと先になるだろう。
アマゾン以外にも、海外にはこのような出版、販売の仕組をもつ会社はいくつかあるようだ。作家や個人出版社はこれまで流通の手段を安定的に確保するのが難しかった。本はつくれても、その先の流通、販売がなかなか難しい。が、こういった出版、販売システムをつかえば、データを用意するだけで、とりあえずその両方が満たされる。アマゾンは書店であるだけでなく、出版の部分も担うことになる。内容の質に関するチェックはないので、様々なレベルのものが本として世に出る(出てしまう)ことは確か。だけれどもそのことに大きな実害はあるだろうか。本を探すとき、読者はたいてい自分の関心にそって検索をかける。そこに出てきたリストから、版元やレビュアーのコメントを参考にしつつ、また中身のサンプルを実際に目にして、目的に近そうな本を選ぶ。検索システムというのは、広告と違ってフラットで平等なもの。大手出版社や著名人の本を読者が選ぶとは限らない。いろいろな面で、受け手の側の自由や便利が広がっている。発信側の目論見だけでものごとが進む世の中ではなくなるかもしれない。
電子出版の仕組の例として二つほど上げてみたい。一つは先日発表されたばかりのボイジャーが開発したBinBというシステム。BinBとはBooks in Browsersのことだそうで、インターネット環境とブラウザーさえあれば、パソコンでもモバイル端末でもアクセスして読書ができるという。これまでボイジャーはエキスパンドブック、T-TIme、ドットブックなど読書用の閲覧&作成ソフトを多く開発してきた。それらは閲覧のためにアプリケーションをダウンロードする必要があった。今回のBinBはそれが必要ない。よりオープンなシステムということなのだろう。また個人作家に向けた、セルフパブリッシングの仕組もまもなくスタートさせるとリリースにはあった。今後の動きを期待したい。因みに現在フリーで閲覧できるサンプル作品を体験してみた。「解説『虎虎虎』」という本をパソコンで見てみたところ、表示はきれいで読みやすい。読書用端末を持っていないのでそちらでの見え方はわからないが。ややページ繰りが重い気もしたが、実際の読書で試してみないとそのあたりの快不快はわからない。
BinBのサイト:
もう一つは海外のものでLulu.com。これは英語圏にいくつかある出版代行サービス会社の一つ。電子書籍だけでなく、プリント・オン・デマンドの仕組をつかった紙の本(ハードカバー、ペーパーバック、フォトブックなど)を出版、販売している。会社概要によると、設立は2002年、一千万を超える出版者をもち、毎月二万タイトルを出版しているそうだ。出版者側の利益は販売価格の80%、つまり20%がルルの取り分。ざっと見たところ制作をサポートするシステムがあり、自作を保存したワードなどのデータを変換して簡単にアップロードできるようだ。ルルを知ったきっかけは、ある作家が本をルルで売っていたから。そのときはeBookで買ったので、配送料はなしで本代5ドルを払った。同じ本をPODのペーパーバック版で買うと、本代が9.98ドル、配送料がスタンダードメールで約9ドル(到着まで7〜17日)で合計20ドル弱になる。送料が高くなってしまうのは、ルルの本拠がアメリカにあるからだ。日本在住者に本を売りたい場合は、そこはネックになる。またeBookの場合、英語以外の言語はiBookstoreでは今のところ販売できないとの但し書きがあった(ルルは自サイトで本を販売するだけでなく、アマゾン他の書店への販売網をもっているということ)。これはアップル側の制約だと思うが。eBookの見映えがどんなものか試してみたい人には、フリーのサンプル作品も置いてあるので感じがつかめる。わたしはペルーへの旅を綴ったLara Simpsonさんという人の写真入りの本をダウンロードしてみた。
Luluのサイト:
アマゾンもルルも、そしてアップルも、電子書籍を日本語での出版に利用しようとすると、まだ充分ではない点は多い。前回書いたアマゾンのキンドルの問題もそうだが、様々な理由で電子書籍化がまだ日本の社会にはフィットしにくいということか。ただ英語圏でこれだけ読者、出版者(著者)が拡大していることを考えると、遅かれ早かれそのときはやって来ると思うのだが。技術の方は、キンドルで日本語フォントを装備したヴァージョンが出るなど、一足早く準備は整っているように見える。
国外ではどんどん進んでいる:電子出版の未来
先月、新聞などの報道で、Kindle(キンドル)用の電子書籍の問題について、amazon.co.jpと日本の出版社との合意が難航しているという報道があった。キンドルというのは、アメリカのamazon.comが開発した読書専用の端末で、2007年に発売され、最近のニュースによるとamazon.comでは、ついに電子書籍の売上げが紙の本を超えたとも聞いている。
キンドルは現在第4世代の端末が発売されていて、第3世代からは日本語表示の対応も始まった。キンドルで日本語書籍を読むことへの要望が、日に日に高まっているように思える。この11月に発売された第4世代のKindle4は、日本円で一万円を切った。日本のamazonではまだ購入できないが、アメリカのamazonからなら購入可能。つまり日本での使用(amazon.comへアクセスして電子書籍を購入する)が可能だということだ。ただ想像するに、amazon.comのアカウントを持っている人は洋書を買う人なので、日本語しか読まない人は一般に縁遠い存在だろう。amazon.comのアカウントを取ることは別に難しいことではない。誰でも持てる。わたしの場合は、日本のamazonができる前からのユーザーだったので、amazon.comの方の登録が先だった。アカウントは日本、アメリカ併用で持てる。
最初の話に戻ると、日本のamazonが大手出版社130社に対して、キンドル用の電子書籍について交渉する中で、いくつかの問題点が上がっていると言う。出版社側の言い分としては、マージン率や電子化の権利範囲についての問題がある他、一番大きいのは最終販売価格を出版社側が決められないことだとのこと。日本の書籍(CDも)は定価販売という再販制度に守られてずっとやって来た。それが大きく崩れることを出版社側は心配している。
再販制度が壊れるとどうなるか。本の価格が自由価格になり、町のリアル書店が価格競争に破れて撤退や倒産に追い込まれる、ということが言われている。うーん、どうなのだろう。確かにそれはあるかもしれない。書店の淘汰が進むのは充分考えられるが、リアル書店がネット書店と全く共存できない、とは思わない。本がすべて電子書籍になってしまうかどうか、それについても疑問は残る。もしかしたら紙の本は少数化の傾向をたどるかもしれないが。電子で読む本と、紙で読む本の住み分けが起きる可能性がないとは思わない。そうなって欲しい、という気持ちもある。その方が本の世界がより豊かになるからだ。
大きな方向性として、わたしはamazonが企業としてやって来たことは革新的であり、一つの理想世界、一種夢の実行だと思っている。アメリカ発ではあるが、アメリカンドリームではなく、インターナショナルドリームとして世界にその夢を分け与えてきた。コンピューターとインターネットを主要なツールとして、ここまで全世界的に、人々の日常生活にまで及ぶ「いい」影響を与えた企業はGoogleを除けば他に思い当たらない。最初にamazonを知ったときの思いは、「営利企業でも、人々の役にたつことができる」というものだった。amazonには当初から、営利企業としての顔つきと、世界を良くするために何かする、というオルタナティブな側面があったと思う。少なくとも、わたしはそう感じていた。amazonのもつ優れたデータベース(最初にamazonに出会ったとき、まずこれに感動した)に始まり、商品ページに掲載される読者のレビュー(このシステムは後に多くのショッピングサイトに取り入れられた)、ネットショッッピングの弱点であった送料の無料化(日本では当初、出版、書店業界からの反発があったようだが、今ではこれに倣うショッピングサイトも出てきている)、配送のスピードアップ(プライム会員)と、次々に新たな読者サービスを実現してきたが、発想の元になっているのは「利益をいかに上げるか」と同じくらいの熱意で、「読者にどれだけの満足を与えられるか」(それによって結果として売上げが伸びるはずという読み)のように見える。
さらには、アメリカのamazonではもっと進んだ事態が起きていることに、この記事を書く段階で気づいた。アメリカのamazonでは、Self Publishingというシステムがある。もう数年前からあるらしいと聞いてさらに驚いた。どういう仕組かというと、個人の作家、あるいは個人出版社が、電子書籍を自分で登録してamazonで販売できるというものだ。資格としてはamazon.comのアカウントを持っていれば、誰でも登録・販売できる。なんというオープンさ! 作家は自分のパソコンに保存してある作品のデータを、amazonのSelf Publishingのメソッドに従ってアップロードすればいいのだ。ものの数分もあれば出来る簡便さだと言う。日本の企業や業界のように、何であれ「人を消費者としてしか見ていない」という態度とは正反対。ちまたの人々は消費者であると同時に、創造者であり発信者であるという思想がここには現われている(日本の企業のウェブサイトでは、企業、法人側と一般個人との間に見えないバリアが築かれ、対等な立ち場でアクセスする方法がないのが一般的だ)。アメリカのamazonのサイトのトップページには、Make Money with Usという項目があり、その中にアフィリエイトなどと共にIndependently Publish with Us(わたしたちと共に自主出版を)がある。
このセルフ・パブリッシングを利用してamazonで本を発表しているアメリカ人が、今年6月に100万冊の売り上げに達したという記事をasahi.comで読んだ。これは出版社を通さない電子出版としては初の偉業とか。この作家は自作10作品を登録しており、その売り上げ合計が100万冊を超えたということらしい。ashai.comの記事では、この作家は1冊を99セントで本を売り、そこから35セントを収益として受けとっていると言う。ただ2010年以降は、ある条件を満たせば(価格が2.99~9.99ドル、紙の本版がある場合はそれより20%以上低価格にするなど)、販売価格の70%が著者の手に入るようになったようだ。現在のところ、英語の他にドイツ語、フランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語の作品が登録可能で、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスのキンドルストアで販売ができる。
大変いいシステムですぐにでも利用したいが、日本での日本語書籍での登録・販売について言えば、可能性はまだまだ遥かかなたかもしれない。まずキンドルストアがないわけで、キンドル自体日本のamazonでは売っていないのだから。キンドルストアができるには、今もめている日本の主要出版社の多くが事業参入することが必要になってくるのか。今年中に主要出版社との契約をまとめて来年にはスタート、という計画がamazon側にはあったようだが、現在はそれは難しいと見て、ゆっくり静かにやっていく、と言っているらしい。
そういう中でモノとしてのキンドルを先行して売り出す、という試みの可能性はないのだろうか。それでSelf Publishingのシステムを先に導入してしまって。大手出版社が亀のごとく「さまざまな複雑な事情」をあれこれ考えているうちに、これを先にやってしまえば、案外そこからの道が開けたりはしないか。もうすでに日本語表示は整っているわけで、キンドル本体をco.jpで売りつつ、キンドルストアの電子書籍を個人作家やインディペンデント出版社の作品から始めてみるのだ。参加資格条件はアメリカのアマゾンと同じ、amazon.co.jpにアカウントを持っていれば誰でも登録、販売ができる、という条件で。もしそれで成功して、キンドルも売れ、ヒット作品も出てきたりしたら、既存の出版社もあれこれ悩んだり、文句をつけてばかりはいられなくなるだろう。
こんな風にキンドルの日本参入を望むのは、キンドルという端末がよくできていると思うからだ。基本は文字を主体とした「読書」をするためのリーダーである。映画やTVも楽しめるKindle Fireというカラー表示の新製品も出ているが、こちらは仕様がかなり異なる。やはりキンドルの基本は、6インチのモノクロ画面である。バックライト方式ではなく、Eインクのディスプレイであるため、長時間の読書でも目が疲れることがなく、バッテリーの消費も少ないそうだ。一度の充電で1、2ヶ月(無線オフ時)持つという。またiPadやiPhoneの場合、端末を持つだけで月間数千円近い通信費等がかかってしまうようだが、キンドルの場合はamazon.comへアクセスして本を購入するだけなら、維持費はいっさいかからない。通信費はアマゾンが負担する(ウィキペディアなどは無料でアクセスできる)。一度1万円前後でハードを買ってしまえば、あとは本代だけというのは、読書端末として考えたとき最低支出に押さえられるところがいい。しかも本代はアマゾンの規定により、同じ本の紙版より20%以上安価になっている。それに加えてほぼすべての本で、最初の1章分が無料で読めるという。紙の本に代わる読書スタイルを選ぶ、ということで考えたとき、キンドル及びアマゾンの電子書籍の仕組は、大変よく出来たもののように見える。日本でもソニーが似たようなリーダーを販売しているが、価格が全体的に高めなことと、海外のソニーのストアからは本が買えない(リーダーが対応していない)という。日本語でも英語でも、あるいはそれ以外の言語でも本を読む人には、将来想定される蔵書数からいっても、キンドルを選ぶのではないか。
ところでamazon.comには電子書籍のライブラリーがあり、読者は無料で本を借りることができるそうだ。1回に1冊のみの貸し出しで、返却期限はないが、新たに本を借りるには、最初の本を返してから、という仕組らしい。このライブラリーには、アメリカのビッグ6と言われる大手出版社は参加しておらず、中小の出版社が本を提供している。本の提供に際して、アマゾンは出版社と固定料金で契約したり、卸値で版元から購入しているそうだ。つまりライブラリーのために身銭を切っているということ。ライブラリー蔵書にはベストセラー本も100冊以上含まれているらしい。キンドルをまだ持っていないので試すことができないが、購入したらライブラリーのラインアップをぜひ見てみたい。
日本の大手出版社とアマゾンの関係は、この先どれくらいのスピードで進んでいくのか。「現時点で出版社が電子書籍の価格決定権を持つという法律はない」(角川書店、角川氏)ということもあり、アマゾン側は待ちの態勢なのかもしれない。アマゾン側が折れる可能性はあるのだろうか。電子書籍の場合、理論上、技術上は、絶版の可能性がほぼなくなると思われる。読者にとってはありがたいことだ。紙の本では版元が重版できない本が山ほどある。主な理由は、売り上げ見込みに対して印刷コストが出せないからだ**。それが電子書籍では発生しない。日本の出版社にとって抵抗感が強いという、アマゾン側の「過去の本に遡って本を電子化できる権利」の要求というのも、「本を絶版にしない、あらゆる本を電子化する」という意味では有意義なことであり、本の未来にとって悪いことではないと思うのだが。読者の側から見れば、ありがたいことだ。
日本の出版社がなぜ抵抗するのかの真意は、実のところわたしにもよくはわからない。アマゾン側の主張である、過去の出版物も版元が出版の権利をもっている限り電子化すること、既刊本で電子化されていない本をアマゾン側が費用を負担して電子化し、版元に最終的な許可を得た上で販売する(版元はその承認を不合理に留保をしてはいけない)は、言われているように「アマゾンの押しつけ」なのだろうか。確かに、電子書籍など作りたくも売りたくもない、ということなら押しつけに感じられるかもしれない。でも版元側にも、将来を見渡して、自社製品を絶版本も含め電子化していきたいという計画や夢をもっていたのなら、押しつけどころかありがたいくらいの申し出に聞こえるのではないか。少なくとも、自社製品や自社の利益だけを考えるのではなく、出版という事業が将来、どのようになっていったらいいのかを真剣に考えるのなら、また別の受けとめ方ができるのではないだろうか、と思った。
**(注)それ以外にも理由はあるかもしれない。新刊を出す方が、重版を出すより仕組上利益が上がる、というような。出版社は新刊を出すと、取次(本の卸業者)から仮払いのような形でお金がもらえる、と聞いたことがある。そのため出版社は新刊本を次々と出し、取次からのお金を使って事業を回していく、というような。本来の委託制度の根幹をなすものというより、特別な取次出版社間の取り決めかもしれないが。あ、ここで気づいたが、電子出版になるとこれが利かない。取次は必要ないのだから。とすると、資金繰りの当てがなくなってしまう。。。表には出てこないが、このあたりの問題も出版社が自社商品の電子化に消極的な理由と関係しているのか。
対話ができる人、できない人
わたしは自分が対話型の人間だとどこかで思っていた。つまり異なる意見を持った相手とも、話すことで共通認識に至れるような。が、対話の大切なポイントはもっと別のところにあることに最近気づいた。対話とは、「歩み寄り」よりもっと厳しい要求を話者に課しているものではないか、と。「ニッポンには対話がない」(平田オリザ、北川達夫著、三省堂、2008年)という本を読んだことで、対話についての自分の認識を改めることになった。
著者(この本は二人の著者の対話の部分が主で、それにいくつかの著者の書いた文章が加えられている)は、劇作家・演出家の平田オリザとヨーロッパでの大使館勤務歴のあるフィンランド教材作家の北川達夫。平田オリザは新聞の論壇欄などに登場することもあるので、どういう考えの人か少しは知っていた。北川達夫の方はまったく未知の人。
タイトルの「ニッポンには対話がない」を見て、わたしの中にもその認識があったので読んでみようと気持ちを動かされた。そう、日本とは、なんと対話のない国なんだ、常々、そして長いこと感じてきたことである。社会にも、学校にも、メディアにも、家庭にも。それがこの国を貧しくしているのではないか、と思ってきた。
対話とは何か、と言えば、わたしの考えでは、意見の異なる者(主として二者)が深く話し合うこと、相手の考えをよく聞きながら自分の意見を相手に伝えること、意見交換をすること、更には対話がひとところに留まっているのではなく、弁証法的に発展していくもの、というイメージがあった。が、今回この本を読んで、重要な更なるポイントを発見した。それは対話によって「自分が変わる」ことである。立ち場や考えが異なる二者が深く話し合えば、対立はくっきりと浮かび上がる。明らかになった差異、対立をどうするか。それが対話のクォリティなのだ。
日本に対話がない、と感じるのは、この差異の処理の仕方を知らないからだ。あるいは差異というものをはなっから嫌っているのかもしれないが。差異を差異として充分に認めることをせず、中途半端に折衷案などで処理をしてほっとしたりする。たとえば会社の会議でも対話型の審議の進行というのはごく少ないのではないか。自分の立ち場は不変で、なんとか自分の意見を通そうとしたり、折衷案の中に少しでも多く入れ込もうとあくせくしていたのでは対話は不可能。そこには勝った負けたしかない。言い負かせた方がしてやったりの世界に、対話はない。
対話において、自分が変わることがいかに大切か(それは対話の相手にとっても同じだが)。それは異なる考えを持つ話者が、それまでの自分の考えを相手の考えを起因として修正することで、初めて新しい世界が目の前に開かれることだ。自分が(そして相手が)、堅固で変え難い自己を軌道修正することで、二人の前に新しい道が開かれる、それが対話の意味であり、成果だと思う。
しかしこの「自分が変わる」ことほど、難しいことはない。たいていの大人は保身的であり、それまでの経験や自分の来歴などにある程度の自信を持ち、それを根拠に自己を成り立たせているので、「自分が変わる」という選択は普段ほとんど用意がない。意見が対立すれば、「自分の経験」の視点から相手の間違いを正し、自分の正しさを証明できる様々な凡例を(都合よく)上げ、相手を説得しようとするだろう。そして相手の話に理があると感じた場合でも、それを素直に認めて「自分を軌道修正」することはまれで、やんわりとあいまいにして妥協案的な理解を示し、共通認識らしきものを分け合う程度である。平田オリザによれば、日本では中高年の男性に「自分を変えられない」傾向が強いという。
『相手が自分より立ち場が弱かったり、経験が少なかったりするような場合に、その相手の意見を押さえつけるような発言をしたり、意見をまったく聞かなかったりという、コミュニケーション能力の乏しさでいえば、日本では、いまの子どもよりも、中高年の男性たちに問題があると思いますね。彼らは、人の意見によって、他者と出会って、自分が変わるってことをまったく想定していませんから。』(平田オリザの発言)
他者と出会い、自分が変わることができる。それこそがコミュニケーション能力の最も大切な点であり、また誰にとっても難しい点なのだろう。コミュニケーション能力とは、口がうまくて説得力のあるようなしゃべりができ、人に意見を変えさせるのを得意とし、しかし決して自分の意見は変えない人、ではないのだ。
最近の出来事で、ひとつ思い当たることがあった。現在進行中のプロジェクトで、ある著者に作品提供の申し出をする過程で問題が起きた。直接著者とやりとりをしていたわけではなく、著者のエージェント、更には日本の代理店が介在していた。日本の代理店を通して海外のエージェントと交渉を進めていたのだが、その条件のやりとりの中で、結果として双方が自分の考えやこれまでのやり方を変えた。それは妥協点を探して見つけた、というのとは少し違う。それぞれが相手の論理に対して、正否を計り、その結果自分のこれまでの考えを変えたのだ。それによって、契約が成立した。葉っぱの坑夫、及びこのプロジェクトを進めるわたし自身が、考えを変えた、そのことは思っていた以上に大きなことだったと思う。明確なルールを掲げ、それを明言し、決して考えを変えない人、堅固な人というのは、他者として見るときは難物の一種であるが、人は自分が「難物」であるかどうかはあまり考えない。多くの人は、自分はむしろ寛容な広い考えを持っていると自負しているはずだ。しかし現実をみれば、人が「他者と出会い、自分が変わる」ことは何よりも難しいことではないかと思われる。
「ニッポンには対話がない」を読んでいて、自分がこれまでどれほど「真の対話」を経験できていたのか、疑問に思った。自分が変わる勇気を持てていたか、そこから新しい自分の道を切り開いていくことを想定できていたのかどうか。最近経験した海外エージェントとの出来事で、自分が変わったときに起こる次の展開について、少しだけ理解できた気がする。自分が変わることは、恐いことでも何かを失うことでもない。過去を反すうするのではなく、未来を生きていくには、どうしても必要なことなのだと思えた。でも難しい。よほど心に言い聞かせておかないことには、実行は簡単ではない。