20171013

国際競争力ってなにを測るものなの?

国際経済フォーラム(World Economic Forum)が先月発表した国際競争力ランキングによると、スイスが9年連続1位だという。国際経済フォーラムの調査なのだから、GDP(国内総生産)とか貿易輸出入額とか財政収支(国の歳入から歳出を引いたもの)とかで測った結果なのかと思ったら、どうもそうではないようだ。

ちなみにスイスはGDPは19位、財政収支は32位とたいして高くはない。ただし人口が800万人と少ないので、一人当たりのGDPは世界2位。日本はGDP3位(人口1億2700万人で一人当たりGDPは22位)、貿易輸入・輸出額はどちらも4位、しかし国際競争力は9位だ。財政収支が123位と異常に低いのが原因しているのだろうか?

国際経済フォーラムの説明によると、国際競争力とは、国民が健康で安全で満足できる生活にどれくらい到達しているかを測るものだという。そのキーになるのは生産力で、生産性が向上すれば、収入が増え、よい生活が見込めることになるという論法。しかしそれが持続的、包括的でなければならず、社会のすべての人が、その国の経済発展から利益を得られることが競争力となる、としている。

一部の人のみが、経済発展による恩恵を受け、それを独占していれば、国際競争力は低いと判断されるようだ。また一時的な経済の興隆も評価の対象にならない。

競争力を測る方法として、国際経済フォーラムでは12の柱を立てている。そこには機関(公的機関、私的機関)、インフラ、マクロ経済(景気変動、経済成長など一国の経済活動全体の動き)、環境と健康、初等教育などの基本事項が含まれている。これらはある国が発展を進める際、最初の段階で取り組むべき問題だからだという。公的・私的機関のところには、財産権の保護、行政の効率性と透明性、司法の独立性などがあげられていた。

その国の運営や仕組が、公平で正常なものでないと、競争力は低くなってしまうということか。

他に立てられている柱としては、より高度な教育(教育の量と質、職業訓練)、技術革新、ビジネスの手法の効果や洗練、市場のサイズ(国内外)、技術的迅速さ(個人及び企業からの技術の採用、情報通信技術の使用)、労働市場(効果的で柔軟な受け入れ、職場における能力主義と男女平等)などがあった。

外国人の就労への門戸、年功序列ではない適正な能力判断、女性雇用者の正当な扱いなどは、日本社会では伝統的には不得意な部分だったと思われる。果たして今はどうか、向上しているか。

10ヶ国語でスイスのニュースを伝えるSWIによると、「スイスは優れたイノベーション技術、ビジネスや労働市場の質の高さが評価され、過去10年間で最高得点をマークした」とあり、報告書によれば、ランキング1位の評価としては、「経済活動を支えるのは、極めて発達した公衆衛生、初等教育、確固たるマクロ経済環境などといった基礎的な要素だ。スイス経済は高い柔軟性があり、国際的にも最も機能的な労働市場が整っている」というものだった。

日本は「マクロ経済環境」は去年も今年も100位前後と低いが、「健康・初等教育」は7位(去年5位)と低くはない。また「鉄道の品質」も2位(去年首位)と高い。技術革新に関する項目では「産学連携」が23位(去年18位)となっている。日経新聞デジタル版によれば、「日本はインフラや保健に関する項目で評価が高い一方、巨額の公的債務が重荷になる構図に変わりはない」そうだ。

ある国のレベルを評価するとき、経済は中心的な指標になるのだろうが、経済といっても、GDPの高さ比べでは測れないものがある、ということなのだろう。結局のところ、全体として見たときに、その国の人々が日々どのような質の生活を手にしているかが経済力であり、国際競争力の目安となるというわけだ。

ここでちょっと横道にそれて、国ではなく個人の「国際競争力」について考えてみよう。GDPに当たるものが一世帯(一人でも複数でも)の総収入。一人当たりのGDPはそれを人員で割ったもの。機関は世帯運営の仕組や決めごとになるのだろうか。家族内での透明性や自律性が問われることになる。財政収支は世帯収入から支出を引いたものだ。インフラはケーブルテレビやインターネット、Wifiの設備とか電気やガス、近隣の交通機関などが整備されているか。あるいは選択的に使用しているか。教育を受ける機会や家庭内の男女の公平性なども指針になるだろう。 

確かにこういう項目で高い数値を示す人は、社会に出たときに、競争力があると言えるのかもしれない。そう考えると、個人の場合も、収入が多いだけでなく、生活環境内のインフラ、公平性や透明性、教育の機会などが確保されていること、家父長制的な習慣が幅をきかせていないことなどが、競争力になりそうだ。

また生産力については、終身雇用の正社員として勤めて安定的な収入があるタイプだけでなく、いくつかの職業をかけもちしたり、副業やボランティア活動で生産性が示せるタイプの人もいるかもしれない。ただしその場合も、持続性や包括性が求められるだろう。また家族世帯であれば、経済的な発展があった場合、構成要員すべての人に利益として還元されることも、競争力を測る目安になるだろう。(あと生産性といったとき、子どもをたくさん産む、というのはどう測られるのだろうか。育てるのに資金と労力がかかるが、成長したとき、自己の競争力を高める価値ある存在になる可能性はあるかもしれない。ただし子どもは親の財産でも所有物でもないので、過剰に期待はできないと思っていたほうがいい。)

このように考えていくと、個人の場合も「競争力」という言葉が示すのは、単に人と比べて勝つことや、所得の量だけで判断されるものではないことがわかる。たとえ収入が多く、会社での地位が高かったとしても、仕事一辺倒で教育の機会をもたず、家庭内では家父長的で配偶者や子どもに利益を還元していない人は、競争力が低いことになるのかもしれない。

自己を映す鏡として、競争力という観点から、項目別に自分の現状をチェックしてみるのは面白いのではないか。

What is competitiveness?(競争力とは何か。英語)
https://www.weforum.org/agenda/2016/09/what-is-competitiveness/

20170929

在日二世とわたし

わたしは日本国籍をもち、日本語を話す。両親はどちらも「日本人」で、生まれも育ちも日本。日本の公立学校を中心に教育を受けてきた。日本ではこういう人間を「純粋な日本人」と呼び、日本に住む大半の人間はこういう人間だから、日本は単一民族国家と言ってもよい、とされたりもする。

でも実際、日本には日本で生まれ、日本語を話す「日本国籍を持たない人」や「日本に帰化した人」がたくさん住んでいる。古くから住み、数としても一番多いのは朝鮮半島をルーツにもつ在日コリアンではないかと思う。在日コリアンに親しい友人がいるわけではないが、ここ15年くらい、朝鮮半島からやって来た人やその子ども、またその母国に暮らす人々も含めて関心の対象の一つにしてきた。

きっかけが何だったかはよく覚えていない。もしかしたら東京国際ブックフェアで、韓国のブースで見つけた本が興味をもつことにつながったかもしれない。その本とはMirok Li(李 弥勒)による自伝『The Yalu Flows: A Korean Childhood』。原典はドイツ語で書かれているが(作者がドイツに亡命して暮らしていたため)、わたしが手にしたものは1986年出版の英語訳版で、韓国で出版されたものだ。

ミロク・リー((1899-1950)は、日本による植民地支配が始まった年の10年後の1920年、3.1(独立・抗日)運動を経て、ドイツに単身亡命している。中国との国境を流れる790Kmにわたる大河、ヤールー川(鴨縁江/朝鮮名:アムノク川)を夜の闇にまぎれて命からがら渡っていったことから、タイトルの『Yalu Flow』はつけられたのだろう。この作品では、ミロクの幼年時代からドイツ到着に至るまでの十数年間のさまざまな出来事が、ひとつひとつ思い出しては辿るようにして書き綴られている。

ブックフェアでたまたま手に取ったこの本のどこに惹かれたかと言えば、日本による植民地化がはじまったときのことが、そこに暮らす地元の子どもの視点で詳しく描写されていたからだ。こんな話は聞いたことがないと思い、その本をすぐに購入した。ミロク・リーによるこの本は、当時の朝鮮半島や日本の状況を、一般市民の暮らしを通して知る機会となったし、自伝としても、また物語としても面白かった。

何年かのちにこの作品を日本語訳し、主宰する葉っぱの坑夫で出版している。

この本を読んだこと、日本語に訳して出版したことで、朝鮮半島に対して親しみをもつようになったのは確かだ。また同じ頃にちょうどサッカーの日韓W杯が開かれ、その試合を見ていて、韓国代表チームに感動させられたことも、朝鮮半島への興味に多少影響したかもしれない。しかし在日朝鮮人について知るようになるのは、もっとあとのことだと思う。それがいつ頃のことか、ほとんど記憶にないが、mixiが人気だった頃、すでに「在日朝鮮人韓国人」のコミュニティに参加していたという事実はある。

引き続き、朝鮮半島の問題や在日コリアンに対して興味をもちつづけ、様々な著者の関連図書を読んできた。テッサ・モーリス-スズキによる、在日たちの帰国事業を追った本『北朝鮮へのエクソダス』や北朝鮮を旅した『北朝鮮で考えたこと』を読んだのもそのうちものもだ。コリアンでも日本人でもないイギリス出身の学者が、日本と朝鮮半島をめぐる問題に真摯に迫っていることに衝撃を受けたし、彼女の状況認識の仕方に尊敬の念を抱いた。日本サイドの言説から外れてものを見ることの大切さを知ったのも、このときのことだと思う。

日韓W杯の延長で、学術書やエッセイ以外に、サッカーの世界でも、在日や朝鮮半島の選手たちを興味の対象として追ってきたところはある。最初に知った在日の選手は安英学(アン・ヨンハ)選手で、新聞のインタビュー記事を読んで感銘を受けたことを覚えている。具体的な内容は覚えていないが、朝鮮半島や日本の社会に対する見方や、北朝鮮代表としてサッカーをする気持ちなど話していたと思う。2010年南アフリカ大会のときは、鄭大世(チョン・テセ)選手にも注目していた。のちにこのときの北朝鮮代表について、イギリスのスポーツライター、ショーン・キャロルが鄭大世に取材したものを日本語に訳して出版もしている。
知られざる国のサッカー代表

また南アフリカ大会の前には、韓国代表の朴智星(パク・チソン)選手が、新聞のインタビューに答え、南北両朝鮮がいっしょに南アフリカに行けたらいいと思う、と発言していたのを読んだ。そうなんだ、両国の選手たちの中には(そして在日の選手の中にも)そのように望む人が少なからずいるんだなあ、と感慨を覚えたことを記憶している。

ここまで、朝鮮半島をルーツとする人々へのわたしの興味を、その始まりから書いてみた。少なくとも10年から15年くらい、そうしてきたということだ。おそらくそこには自分が日本人であることが関係している。また最近『在日二世の記憶』(2016年、集英社)という本を読んで、いろいろ思うところがあった。新書版ながら750ページを越す、分厚い、中身の濃い書籍だ。

この本は小熊英二、高賛侑、高秀美編による在日二世のインタビュー集で、50人の在日コリアンを6年間かけて取材したオーラル・ヒストリー集である。被取材者を生年月日順に並べてあり、一番年上の人が1932年生まれ、一番若い人が1967年生まれと、同じ在日二世でも35年の差があった。35年と言えば一世代のあたるわけで、社会状況や経験の違い、それに対する感じ方にもバラツキはあった。しかし時代が進んでもいくつかの共通事項はあり、個別の体験への衝撃とともに、読んでいて記憶に残った。

記憶に残ったことの一つは、親の世代の暮らしの貧しさであり、読み書きができないなど在日一世である親たちがたどった人生の厳しさだ。そのような貧しい暮らしや、朝鮮人の日本社会での地位の低さなどから、自分がなぜ朝鮮人として生まれなければならなかったかについて、否定的な気持ちをもったことがある二世も多いようだった。日本の学校に行っていた者は、朝鮮人であることを恥じたり、隠したりもしていた。彼らが「チョン」などと言ってからかわれたり、いじめられたりという話を聞くと、いったいいつの時代の話かと思うが、自分が学校生活を送っていたときと重なっているのだ。つまりわたしが同じ社会で生きていた時代の話しなのだ。同じ社会に暮らしながら、知らない世界が、見えない世界があったということだ。

この本に登場するのは、主として自分で道を切り開いてきた人々で、音楽家やスポーツ選手、映画監督など名の知られた人も何人かいる。そこまで有名でなくとも、日本社会の中で事業を成功させたり、起業家として業界では知られている人もいるようだ。しかし多くの人に共通しているのは、子ども時代に、自分は在日だから、普通の日本人のようにまともな職業(会社員や教師など)への道は断たれている、という認識をもたされていたという事実だ。

ある人は、学校の進路相談で「教師になりたい」と言うと、教師から「あんた知らんの、それは無理やで」のようなことを平然と知らされたりもしている。大学院時代に、在日は大学の教員にはなれない(なった人はいない)と担当教授に教えられ、大学院をやめてヨーロッパに留学した人もいた。未来を夢みる子どもや十代の若者にとって、日本社会にいる限り、自分には自由に生きる権利、職業を選択する自由が失われている、と知ることがどういうことだったのか。それは想像を絶すること、底なし沼のような暗く重い未来を受けとめねばならないことだったのではないか。普通ならいろいろな夢を描く年代に、である。

そういう社会の中で、何も知ることなく、ぬくぬくと生きてきたのは、そしてその社会をつくり、存続させてきたのは日本人である自分だ。この本の終わりのまとめの部分で、小熊英二が「在日の歴史は日本社会の鏡であり、もう一つの日本史だ」と言っていたことは正しいと思う。

在日の人に知り合いがいなくとも、在日の人がいる日本社会を自分も構成し、日々生きていることで、すでに彼らと関係している。いや、彼らはわたしたちだ。自分がどう生きるか、日本で、あるいは国外でどう生きるか、を考えるときにも、自分の国に在日の人々が暮らしていることが無関係とは言えない。家庭内で北朝鮮のことを、あるいは韓国のことを話題にするときも、なぜ朝鮮半島を日本が植民しようとしたのか、なぜ分断は起きたのか、という知識なしに、あるいは事実の曲解や断片的な理解で語ることに対して、自覚的になることは必要だと思う。とくに小さな子どもがいる家庭では。

日本社会で生きることに疑問をもった二世たちが、ドイツやフランスに留学などで行き、外から自分のアイデンティティを眺めてその意味を知ったという話は興味深い。ドイツに留学していて、ドイツにおけるトルコ移民の人々が、在日の状況と似ていることに気づいた人もいた。在日の人たちはこのような見方ができることで、よその国の同じような状況にいる人々に共感したり、連帯したりすることで、自分の住む世界や思想の幅を広げているとも言える。日本に生まれ育って、自国には「日本人」しかいないと思っている日本の人々より、確実に広い視野を確保している。

『在日二世の記憶』はページ数も多いし、いっぺんに読むのは難しそうだったので、毎日一人ずつ読むことにしていた。朝起きて、コーヒーやハーブティーを飲みながら、一人一人の人生を知っていく。50人いるので50日、プラス巻末の編者たちの鼎談に3日、全部で53日間かけて読んだ。中身の濃い人生なので、一日に一人でちょうどよかったと思う。登場する人々が文中であげていた、お薦めの朝鮮史の本、本人発行による俳句雑誌、出版されたエッセイ集、音楽家の場合はYouTubeの動画など、インタビュイーの周辺も当たりながら読んだ。歴史作家、片野次雄著『李朝滅亡』もその一つ(この本は購入した)。インタビュイーの一人が、朝鮮と日本の関係を知るのによい著作であると紹介していたので。

『在日二世の記憶』には、在日の人々を救ったり、支援したり、協力を惜しまなかった日本人のこともたくさん語られている。ユダヤ人を助けたと言われる杉原千畝は有名だが、朝鮮人を助けた日本人の話はあまり聞かない。それはユダヤ人は日本人と関係が浅く遠く、朝鮮人は歴史的にも対立や利害が深く近いからかもしれない。また朝鮮人を救うことが、必ずしも名誉にはならない日本の社会の反映なのかもしれない。日本の社会や制度の欠損や進歩を知ることも含めて、具体的な一人一人の在日の人生を本人の語りによって知ることは、統計やメディアが伝える概要的な情報とは全く違う体験が得られる、と感じた。

最後にもう一つ。この本の中の在日二世に、自分のアイデンティティを考えるとき、帰化して日本の国籍はとるが、名前は朝鮮名で生きるという人がいた。最近の新しい傾向かもしれない。日本社会でよりよく生きるために国籍は変えるが、名前は民族のものを残すという考えだ。現実に生きている社会、その中でフルに生きたいと思う自分、その基盤は日本だ。しかし両親や祖父母の文化や言語の中にも自分は生きている。そこに矛盾はない。ある国家の枠組みの中に身を置く選択をしたとしても、自分という個人の全権を国家に託すわけではない。そういうことだろうか。

『在日二世の記憶』小熊英二、高賛侑、高秀美編、集英社 (2016/11/17)



20170915

日本の大手メディアの信頼度は?

1年くらい前に紙の新聞を取るのをやめた。長く習慣的に取っていたものだが、2、3年前くらいから、新聞を読む意味に疑問をもち始めていた。取っていたのは朝日新聞だが、記事の扱いや内容に得るものが少ないと感じたからだ。そう思い始めてからは、ヘッドラインをさっとなめ、気になる外部の専門家のインタビューやコラム(小熊英二の論壇時評など)、いくつかの署名記事のみ読む日がつづいた。家族に自分はいつやめてもかまわない、と宣言してから2年くらいして、やっと賛同が得られ、めでたく新聞をやめた。月額購読料4,037円、年額で48,444円の無駄が省けた。

新聞を読まないとどうなるか。テレビのニュース? いやそれも見ない。同じ理由から。ではどこで情報やニュースを得るのか。ネットでいくつかのデジタル版の新聞は(無料の範囲で)見ている。その理由は主として、大手メディアがどのような言説をとっているか、知っておくためである。日経、毎日、朝日、ハフィントンポスト、ときに琉球新報、沖縄タイムスなど。あとは海外の英語版の新聞(中東、インドなど含む)。

最近重視しているのは、ニュースではなく、もっと遅いメディアだ。事件や社会事象について解説し、専門家にインタビューして見解を聞いている特化されたメディア、あるいは国際ニュース解説のメールニュースなどを読んでいる。国際ニュース解説については、新聞をやめたあと、有料のものを申し込むことにした。いわゆる大手のメディアではないものを選択するときは、そのメディアや書き手への信頼度が大きな問題になる(いや、大手メディアだって信頼度を常に問われるべきだが)。しかし今という時代は、その「メディアを選ぶ」ことこそが、ニュースを、情報を得ることと同義になっているようにも思う。

一つ例をあげたいと思う。エッセイスト、翻訳家の中島さおりさんのブログを読んでいて、「私は共謀罪に反対です。」という文に出会った。中島さんは、国連の「越境組織犯罪防止条約」に加入するために、国内法で「共謀罪」法案を成立させる必要がある、という論理が国会で通り、採決されたことに対して反論している。組織犯罪処罰法の中に、共謀罪を含めることで、2020年の東京オリンピックに備えるというのが、政府側の言い分のようだ。

中島さんの主張の中で、国連の「越境組織犯罪防止条約(TOC条約)」というのは、マフィアや暴力団など「物質的経済的な目的がある組織犯罪集団」を取り締まるためのものであり、テロや宗教、思想集団の犯罪を対象としてはいない、という部分が目を引いた。つまり国際的な条約に批准するために、政府がぜひとも必要と言っている共謀罪(を含む組織犯罪処罰法)の成立は求められていないことになる。

求められてもいないのに、それができないと国際条約を批准できず、国際社会から非難を浴びるかのような発言をしているのは、騙しの手口であり、国民への嘘でもある。政府が共謀罪法案を成立させるために、口実としてTOC条約批准を利用した、という風に見られてもしかたない。

このことを踏まえて、「越境組織犯罪防止条約」「共謀罪」について、事実関係を別のメディアで調べてみることにした。

日経新聞(デジタル版)の日経プラス10「フカヨミ」という特集に次のような記事があった。

なぜ日本は「組織犯罪封じ込め条約」に乗り遅れたのか   
坂口祐一・論説委員に聞く2017/2/6 10:00 
導入部にには次のようなことがあげられていた。
1.安倍総理が、犯罪の計画段階で処罰する、いわゆる「共謀罪」法案の成立に意欲。
2.国連総会でテロ組織などの国際犯罪に対応する「国際組織犯罪防止条約」が採択され、187の国と地域がこの条約を締結している。
3.この条約の締結には共謀罪を盛り込んだ国内法の整備が必要
4.共謀罪は過去3度にわたり廃案となり、日本は国連の条約を締結できずにいる

この赤字の部分は、事実ではない。「国際組織犯罪防止条約」はマフィアなどを取り締まるためのもので、テロ集団のためのものでないから。そういった趣旨の条約であることから、共謀罪法案の成立は必須ではない(専門家によると、他の国内法で充分対応可能だそうだ)ことがわかる。よって現状のままで、日本は国連の条約を締結できるのだ。 

日経新聞という信頼を得ているはずの大手メディアで、国際的な条約の説明、解説に不備(うそ)があるのは大きな問題だと思う。これを読んだ人は、「国際組織犯罪防止条約」の定義を間違って覚えてしまうだろう。

またこのページは、国際組織犯罪防止条約の説明として、以下のことが図にして、「わかりやすく」あげられていた。

国際組織犯罪防止条約とは
  • テロ防止に向けて国際的な情報共有を強化(ここに赤線が引かれている)することを目的に、200011月国連総会で採択
  • 条約の締結には、「共謀罪」を盛り込んだ国内法の整備が必要で(ここにも赤線)、「日本は未締結」
  • 2020年東京五輪・パラリンピックでテロ対策に万全を期すため(ここにも赤線)、法案の成立と条約の締結に安倍総理が意欲を示す

このページは、日経の論説委員、坂口祐一に話を聞くという形で記事が書かれている(元は1月31日放送の小谷真生子キャスターの番組のようでそれを記事化している)。つまり論説委員という社説を書く立場にある新聞社の重要な記者が、このような事実とは明らかに違うことを認め、広めてしまっているのだ。

これにはわたしもさすがに驚いた。日本のメディアもここまできたかと思ったし、自分(日本の国民)は馬鹿にされていると感じた。

政府と大手メディアがいっしょになって、東京五輪を口実に、テロ対策を国際社会とともに進めていくためには、共謀罪の成立がぜひとも必要だと声をあげている、としか見えない。

このような日本国民に向けての騙しの手口というのは、政府と大手メディアが手を結ぶことで大きな効果をあげてきただろうことは想像できる。ではそういう嘘の言説に騙されないためには、国外に出たらすぐに間違っていると指摘されてしまうようなものごとの理解から抜け出すにはどうしたらいいのか。

やはり自分で信用のできるメディアを選びとることをするしかないのでは、と思う。またメディアが平気で嘘をつけないよう、各問題の専門家、学者などは、新聞やテレビが嘘を報じたときは、声をあげて批難してほしい。個人でも、学会や大学の立場からでも。知の集団はそういう形で、実社会に貢献してほしい。政府やメディアが二度と嘘がつけないよう叩いてほしい。

ニュースサイトSYNODOSで今年の6月に掲載された「共謀罪、政府与党の主張を徹底検証!」では、刑法学者の高山佳奈子教授が、シノドス編集長荻上チキの質問に答えている。高山さんは専門家の立場からこの問題の参考人として、法務委員会に出席して意見を述べた。高山さんが指摘している政府の発言の問題点の要点をいくつかあげてみる。

*法律のことでやや複雑にからみあう事項の理解が必要なため、詳細は実際の記事読んでほしい。ここでは意図を汲んだ要点のみあげる

  1. TOC条約は2000年にマフィア対策の条約としてできたもので、国際法上はテロ対策の諸条約とは全く無関係。対象は利益を得ることを目的とした組織的な犯罪集団。
  2. 政府側はTOC条約に加盟していないと五輪を招致できないと言っているが、実際には招致できている。政府の主張は論理的に間違っている。
  3. TOC条約には、共謀罪に似た対応が選択肢の1つとして求められてはいるが、日本の場合は、従来からある共犯の処罰範囲や予備罪などのいくつかを組み合わせることで十分対応できる。
  4. 既存の枠組みでは不十分と指摘する専門家もいることに対して:日本の場合(危険が発生した段階で処罰する)犯罪類型が諸外国よりたくさんあるので、現行法で対応が可能と思われる。
  5. TOC条約の批准はマフィア関連の情報共有にはつながるが、テロの情報共有にはつながらない。
  6. テロに関する国際条約は主要なものだけでも13本あるが、日本はすべて国内法化しており、対応が完備している。
  7. テロ対策と言ってTOC条約と結びつけるのは国民をだますような議論の運び方である。
これを読めば、政府や例に挙げた日経新聞の記事が、この問題に関して何をどのような方法で推し進めたかが、よくわかるのではないか。

それに対して、東京新聞は署名入りのウィーン取材記事(写真も記者によるもの)で、国連の「立法ガイド」を執筆した刑事司法学者のニコス・パッサス教授へのインタビューを載せている。この記事でパッサス教授は、「TOC条約はテロ防止を目的としたものではない」と明言した上で、「新たな法案などの導入を正当化するために条約を利用してはならない」と警鐘を鳴らしている。

また東洋経済ONLINEも、署名入り記事で、SYNODOSと同じ刑法学者の高山佳奈子教授にインタビューをし、この問題の真相に迫ろうとしていた。少なくともこの件に関しては、小さめのメディアの方がまっとうにものを見ている。

共謀罪法案とは別に、日本のメディアがどのようなものか知るのに役立ちそうなSYNODOSの別の記事があった。国連人権理事会の特別報告者のデービッド・ケイ氏の出した報告書についての記事である。ケイ氏は、昨年日本を訪問し、表現の自由に関する包括的な現地調査を行なっている。その報告書の中に、「メディアへの政府の圧力に対する懸念」という項目があった。以下にSYNODOSの記事からの引用を載せたい。少し長いが、日本ではあまり知られていないことなので、詳しく引用させてもらう。

国際法・国際人権法の専門家、阿部浩己教授へのインタビュー記事: 
報告書にはいくつかの重要な指摘があります。一つは、メディアの独立性についてです。(中略)報告書では、圧力に抗するメディアの力が日本では弱いことが指摘されています。その理由の一つして、ジャーナリストたちが大手メディアに雇用され、多くの場合そこでずっと仕事をし、組合も企業レベルでしか存在していないことがあげられています。要するに、日本では、雇用された新聞社なりテレビ局に忠誠を尽くす仕組みになっており、横断的にジャーナリストの独立を守る仕組みがないということです。 
世界的に見ると、ジャーナリストたちはむしろ所属する報道機関を移動することが多く、だからこそ、所属する会社に忠誠を尽くすようなことはなく、ジャーナリスト同士での連帯の度合いが高くなっている、と報告書はいっています。日本での現地調査に協力してくれたジャーナリストたちのほとんどが匿名を条件としたことにケイ氏は驚いたようですが、これも、日本の報道機関で働いている人たちが、経営者からの報復を恐れ、ジャーナリストとしての独立性を保障されていない証左であるとされています。

この記事を読めば、なぜ日本の大手メディアでは、本当でないことがまことしやかに報道されるのかが理解できる。残念ながら、わたしたち日本社会に住む、日本語のみの話者は非常に貧しく、偏向した情報環境の中で暮らしている、と言わざるを得ない。

日本人の中には、北朝鮮や中国の人々は政府やメディアの手中にあり、洗脳状態の中で暮らしているようなイメージをもつ人が多くいるかもしれないが、実際は、彼らは状況をある程度認識した上で、権力機構に従っているフリをしているだけだ、いう識者の分析を読んだことがある。それに比べると日本人は、メディアの言うことを鵜呑みにしてしまう傾向が強いそうだ。自分たちは民主的で表現の自由が確保された先進国に暮らしている、という理解。しかし実際は北朝鮮や中国以上に、メディアあるいは情報のリテラシーが低いという可能性がある。

日本社会を構成する、日本語で情報を受信する一人一人が、情報を判断する力、メディアを識別する能力をつけなければ、今のような状態から抜け出すことは難しい。一人一人、それはわたしであり、あなたであり、どこかの誰かではない。政府が都合のいい論理を振りまわすことができたり、メディアが騙しの手口や嘘で国民を平気で欺くような国は、どんなに経済力があっても、大学卒業率が高くても、知的レベルの低い国としか言えないし、そのように国際社会から見られてもしかたがないな、と思っている。


20170831

テニス界の新星、王子ズベロフと悪がきシャポバロフ

全米オープンテニスが始まった。今年最後の四大大会(グランドスラム)の話題はどこに向かうのだろう? 葉っぱの活動日誌ではたびたびスポーツの話題を取り上げている。その理由は、日本のスポーツジャーナリズムは貧しい状況にあるのではないか、と懸念しているからだ。このジャーナルで取り上げるることで、何が書ける試してみたいし、いつの日かスポーツに関する本を出せたら、と夢見ている。 

ここのところのテニス界を見ていて高齢化現象というか、新人の出ない停滞状態がつづいているように感じていた。現在トップ5は全員30代という状態。新たに出てくる若い選手の顔が見えない。ここ2、3年は10代から20代初めの選手の動向を気にしてきた。

というのも、過去の有力選手(グランドスラムで優勝するような)が頭角をあらわすのは、たいてい20歳くらいで、そのあたりで一度大きな大会でチャンピオンになっている。しかしここのところ、そういう選手が見当たらなかったのだ。

たとえば今年36歳になったロジャー・フェデラー(1981年生まれ)は、20歳のとき、初めてマスターズ1000(グランドスラムの次の格付けの大会)で優勝している。11シードでの出場だった。その翌年の2003年、ウィンブルドンでグランドスラム初優勝。

そのフェデラーとグランドスラムなどで優勝を争ってきたラファエル・ナダル(1986年生まれ)は、2005年5月の全仏オープン(グランドスラム)で優勝、その年の10月にはマスターズ1000で優勝している。18歳のグランドスラム優勝だった。

現在怪我で試合から遠ざかっているが、ここ何年もの間、鉄壁の王者を保ってきたノバク・ジョコビッチ(1987年生まれ)はどうか。目の上のたんこぶのように、強力な2強フェデラーとナダルを前に何度もチャンスを奪われ、苦労の多い選手時代前半だったとも言われる。しかしそうは言っても、2007年、20歳のときにはマスターズ1000の準決勝でナダルを下し、初優勝。翌2008年1月には、決勝でフェデラーを下し、全豪オープン(グランドスラム)でチャンピオンになっている。ナダルとジョコビッチはたった1歳違いなのだが、ナダルは10代のときから活躍していたため、ジョコビッチは遅咲きと感じられたのかもしれない。ジョコビッチが世界1位になったのは24歳のとき、フェデラー、ナダルが22歳でなっていることから見るとやや遅いだろうか。

ではジョコビッチとここ数年トップを競ってきたアンディー・マレー(1987年生まれ)を見てみよう。2008年、決勝でジョコビッチに勝って、マスターズ1000初優勝(21歳)。そこから4年連続でマスターズを2勝ずつしているが、グランドスラムを取るのは2012年の全米オープンで、そのときマレーは25歳。ビッグ4と言われた4人の中では最も遅いグランドスラム獲得だ。また世界1位になったのも29歳と遅い。

このようにビッグ4と言われるような選手は、20歳前後のときに、大きな大会で一度は優勝を飾っている。そのような選手がここ数年見られなかったことで、次世代の選手は育っているのか、という疑問が出てきていた。

そこに現れたのが今年のマスターズ1000をすでに二つ制覇した、アレクサンダー・ズベロフだ。1997年生まれの20歳。ロシア系の名前がついているが、国籍はドイツ。198cmの長身で、(異論はあるかもしれないが)王子顔。ここ1、2年のうちにグランドスラム王者にでもなれば、日本の女の子のファンを増そうかという容貌である。マスターズはローマの決勝でジョコビッチを破り、モントリオールの決勝で(今年復活して強さを見せていた)フェデラーを破って優勝した。ローマは16シードでの優勝だったため、より際立つ存在となった。

ズベレフは2年前の2015年、初めてトップ100位入りし、翌年にトップ20、そして現在トップ10入り(2017.8.21現在で6位)している。例外はあるだろうが、多くの有望選手は、ある時期(20歳前後)にたいていこのような何段飛ばしのような躍進をしてトップに登りつめている。ズベレフも例外ではなさそうだ。

ズベレフの今年のマスターズの優勝の試合は二つともテレビで見たが、優勝できたのは、技術や実力もあるだろうが、伸び盛りの勢いが影響しているように思えた。それによって勝ちきっている。まだ若いので、プレイの粗さやエラーの多さなど欠点はあちこちに垣間見られたが、それを上まわる勝負強さが感じられた。これがないと、いいところまで行けても、チャンピオンにはなれないのではないか。

さてもう一人の若手、次世代のホープはデニス・シャポバロフ(1999年生まれ)。名前はロシア系だがイスラエル生まれのカナダ人。モントリオールのマスターズ1000で、ワイルドカード出場ながらこの大会シード1位のナダルを破って準決勝まで行き、そこでズベレフと対戦した。結果は4ー6、5−7で敗れたが、試合では充分存在価値を見せてカナダ人だけでなく、多くの聴衆を魅了していた。確かこの試合のときは140位くらいだったと思うが、試合後にトップ100入りを果たしている。

タイトルに悪がきと書いてしまったのは、シャポバロフは今年のデビスカップで、試合中に激怒してボールを打ち付けたところ、それが審判の目にあたり、失格となったというエピソードから。またサーブの前に、選手はみんなボールをポンポンと地面で弾ませるが、シャポ君(覚えにくいのでこう呼んでいる)はそのボールを背後で打ちつけて、股のあいだを通すという面白い習性があり、それがちょっと悪がきっぽい。またトレードマークのキャップの後ろかぶりも、悪がきの名に似合う。ただ本当に悪がきかどうかは、まだ一度しか試合を見ていないので何とも言えない。

シャポ君のズベレフとの試合ぶりを見ていて、この人はここ1、2年のうちにさらに頭角をあらわすのではないか、と多くの人が期待をもったのではないか。モントリオールでのズベレフとの準決勝は、ときどき粗さを見せながらも、勝負どころで強さを見せていたし、もし第2セットを取っていたら、と期待させるところがあった。しかしこの時点でシャポ君はまだ100位以下。ズベレフはこの大会第4シードと錦織圭より上で戦っていたのだから、結果は順当だと思う。

日本のスポーツ報道では、テニスといえば錦織圭(1989年生まれ)ばかりなので、それほどテニスを見ない人にとって、ここまで書いてきたことはやや不可解に映るかもしれない。錦織圭は日本のホープ、いや世界のホープ、次世代を担う若手選手じゃないのか?と。

確かにその兆しが見えた年はあったと思う。第10シードで出場した2014年の全米オープン、当時24歳だった錦織圭は準決勝でジョコビッチを破り、決勝に進出。しかし決勝では自分よりシード順位の低いマリン・チリッチ(1988年生まれ)にあっさりストレート負けしてしまった。期待が大きかっただけに、日本国じゅうが大きなため息をついたかもしれない。ここで勝っていれば次が見えたのに、と思う人もいるだろう。勝てる可能性の高い相手だっただけに、なおさら無念さが残る。

錦織は2014年にマスターズ1000の決勝に進んだものの、そこでナダルに敗れている。また2016年には2回マスターズの決勝に進んだが、ジョコビッチに敗れチャンピオンを逃している。大きな大会での優勝がここまでにないのだ。今年錦織は28歳になるが、怪我のためか今シーズンは全く結果を残せていない。しかし28歳はテニス選手の最盛期でもある。30歳まであと2年。この間に大きな大会(マスターズかグランドスラム)で優勝できるかどうかは重要だ。おそらく順位よりチャンピオンになる方が大切ではないか。

錦織が世界4位になった2015年、日本の国民は大きな期待をもった。そのとき25歳の誕生日をまだ迎えていなかったかもしれない。日本のメディアは「次世代を担う選手」として錦織の記事を書きつづけた。しかし次世代という言葉は当てはまらないかもしれない。ジョコビッチやマレーとは2年の差だ。錦織のピークへと向かう時期が遅かったので、次世代のように感じるかもしれないが、2、3歳の差は同世代と言っていい。全米オープンで負けた1歳上のチリッチや、1年下のラオニッチとともに、ジョコビッチ世代を形成する中堅選手と言ったほうがピッタリくる。

しかしここまでに上げてきた者たちと、全く違う活躍の仕方をしてきた選手もいる。1985年生まれのスタン・ワウリンカだ。現在32歳。それまで決勝に進んだこともなかったのに、2014年、28歳のとき、全豪オープンでグランドスラム初優勝を遂げた。決勝の相手はナダル。この年、マスターズ1000でも初優勝。さらに翌年の全仏オープンでは、ジョコビッチを破って優勝。このとき30歳。さらには2016年の全米オープンでも、ジョコビッチを破り、3度目のグランドスラム優勝を果たしている。このとき31歳。今年の全仏でも敗れはしたが決勝に進んでいる。グランドスラム残りの一つ、ウィンブルドンを取れば、生涯グランドスラム達成者の歴代9人目になるという快挙だ。

だから20代の終わりに初優勝を飾って、いくつものチャンピオンを制覇する人も、あまりないこととは言え、前例はあるのだ。

しかし通常の選手の進化の法則から言えば、やはり18歳のシャポ君、20歳のズベレフへの期待は高まる。シャポ君の方はまだ何も成していないので、未知数だ。ズベレフの方は、もしかしたら今年の全米オープンでいいところまで行くだけでなく、運が良ければ優勝もあるかもしれない。今の勢いの乗って。半ばファンになりかけているわたしは、それを期待しているのだけれど。シーズン残りは、全米が終われば、2、3の大きな大会があるだけ。やはり取るならグランドスラム、ズベレフには20歳でチャンピオンになり、新星ぶりを見せてほしい。

20170817

『母ではなくて、親になる』を読んで

少し前に出たばかりの山崎ナオコーラの出産・育児本を読んでみた。タイトルは『母ではなくて、親になる』。川上未映子の『きみは赤ちゃん』(2014年刊)以来、わたしが読む子育て本だ。なぜ子育て本、それも赤ん坊時代の本など読むのか、と問われたらどう答えようか。この二人はそこそこ有名人ではあるが、タレントではなくて作家、あるいは小説家、文学者(こう書いたからといってタレント本をバカにしているわけではない。一時期タレント本に面白い本がたくさんあって、たくさん読んで感心、感動した)。

山崎ナオコーラ、川上未映子を小説家として好きかといえば、判断をくだすほど作品を読んだ覚えがない。おそらく読んだとしても1、2冊。ただどういう作家かはなんとなく知っている。『母ではなくて、親になる』はタイトルがいいと思った。それでキンドル版でサンプルをまず読んでみた。それほど強い動機はなかった。ちょっとした興味。どんな風に書いてるのかなと。

サンプルを読み始めて少しいくと、面白いことが書いてあった。赤ん坊の性別についてこの本では書かない、また作家である自分も性別を公表していない、とあった。ふふふ〜ん。なんか面白そうなことが始まりそう。だって山崎ナオコーラの性別は(おそらく写真かなんかで見て)誰もが知っている(と思う)。しかしみんなが知っているかどうかは問題ではない。公表しない、という意思に意味があるのだから。ナオコーラ本人は隠すほどのことでもないが、わざわざ公表するほどのことでもないと言っている。「女性作家」という社会の枠の中で扱われることに辟易しているらしい。

たしかに、最近は性別は女でも「女優」とは言わず、「俳優」という方が標準になっている。おそらくアメリカあたりでactressと言わなくなりactorと言うようになったことと関係があるのだろう。ただ日本は文化的にいえば、小さな頃から、たとえば学校生活でも、女と男を分ける傾向が強いように思う。また心理的にも、いっぱんに、無意識に過ごしている人ほど、当然のように男女を分けている気がする。

さて本の話にもどると、ナオコーラは赤ん坊の性別について書くことは、赤ん坊のプライバシーにかかわる気がする、という。身体的に女として、あるいは男として生まれたとして、将来その性を本人がどう受けとめるかはわからないから、と書いている。たしかにそれは言える。自分の身体的な性を受け入れがたい人はたくさんいるし、最近になって、そういう人がいることも一般に知られるようになってきた。赤ん坊の性別に関しても、ナオコーラは絶対に隠したいとは思わないが、最初に言うほどのことでもないと思っている。

赤ん坊といえば、「男か女か」「五体満足か」この二つが日本ではいちばんの関心事になるものだ。だから出産前にエコー検査や新型出生前診断で、性別や障害の有無を調べたりするのかもしれない。ナオコーラによると、通っていた病院に設備はあったものの、診断結果を言わなくていい、と夫とともに医師に伝えたそうだ。理由は「出会い」を大切にしたいから。お腹の中にいる間はまだ出会った感がないから、生まれ出てきたときを出会いとして迎えたいということらしい。結果、「まっさらな状態で人に会い、親になった」と書いている。それはよくわかる。なにごとも出会いや発見という最初のイベントは大事だ。のちのプロセスにも影響する。

赤ん坊が男か女か、をすごく気にするとしたら、その理由は何か。出産後のベビー服の色? 女の子ならピンク系で、男の子ならブルー系? 出産祝いもそれをもとに考える? あるいは名前を考えるのに必要? 女には女の名前、男には男の名前。こういう思考法が、生まれる前から、子どもに枠をはめることになるのに気づいていない。これを常識とか慣習という人もいるかもしれないが、たいして実用性があるとは思えない。男だったらこう、女だったらこう、などと今の社会で、生まれたときから考える必要はない。

また障害についても同じだ。妊婦の健康状態が著しく悪くなり、原因を調べたらお腹の中の赤ん坊に要因があった、という場合は、母体を守るためにも処置や治療が必要になるかもしれない。しかしほぼ健康に妊娠が進んでいる状態で、生まれる前に、赤ん坊に障害があるかどうか詳しく調べたい、という要望はどこから生まれるのか。障害のある子どもは産みたくない、という気持ちがはっきりとしているのだろうか。障害といっても、いろいろなレベルがあると思う。どの程度の障害なら許せて、どの程度なら産むことができない(意味がない、あるいは耐え難い)のだろうか。これについてナオコーラはこう書いていた。


(…… 特に「障害」に関しては、もしも手をかけることが必要な子だったら、と妊娠中期くらいの時期に勉強した。でも、私の場合は、「障害」があったところで妊娠中になんの治療も準備もできないし、顔を見て愛情を湧かせていないうちから赤ん坊のプライバシーをいろいろ調べなくて良かった、とは思っていた)。もう本当に、生きて生まれさえすれば、それ以外はなんにも気にならない。

わたし自身の話をすると、第一子の妊娠中、3、4ヶ月のころにおたふく風邪になった。風疹とともに障害児が生まれる可能性があるとその当時言われていた。たいして熱も出ず、ほっぺたが腫れるというほどでもない軽いものだったが、医者には「まあまあ、よりによってこんなときにねぇ」と言われてしまった。まわりの人間の中には、産まない方がいいと勧める人もいた。しかし自分はピンピンしているし、すごく大変なことが起きているとは思えなかった。何パーセントかの可能性の情報をもとに、障害児を産むリスクを避けるためいちおう堕ろしておく、などとはとても考えられない。仮に産んで障害があった場合も、自分はそれに対応できるという自信もあった。お腹の中の子どもにまだ現実感がなく、愛情がその段階でぼんやりしたものであっても、こういう決断はできるものだ。いや、こういう決断をしたことで、お腹の中の子と自分とのつながりが少し見えた気がした。

ところでこの本には「赤ん坊のプライバシー」という言葉がときどき出てくる。性別を公表したり、出産前に「障害」の有無を調べることが、赤ん坊のプライバシーに触れるかもしれない、とこの著者は考えている。赤ん坊のプライバシー、ということを気にする親はあまりいないと思う。つまり赤ん坊は(とくに母親の場合、お腹の中にいる期間が長く一心同体的な感覚をもつのか)、他人ではないという判断だ。いや判断というほど、意識的なものではない。なんとなくそう思ってしまっているのだ。そして他人ではない赤ん坊は、自分のもの、自分の所有物に近い存在だ、という認識が生まれやすくもなる。

しかし赤ん坊は親の所有物ではない。生まれたときから一個の人間だ。最低10年間くらい(今の世の中では20年くらいか)は、何かと親の世話になっていたとしてもだ。


子育てというと、二十年くらいある気がしていた。….子ども中心の生活にして子どものことはすべて親がやるという期間は、たぶん思っているよりも短い。そう気がついたとき、「五年程度のために仕事を辞めなければならなかった人はつらかっただろうな」と想像した。
(中略)
とにかく、べったりと赤ん坊と過ごせるのは今だけだ。数年後にはきれいさっぱり忘れて、嫌でも赤ん坊と距離をとらなければならなくなることを肝に銘じておこう。
(『母ではなくて、親になる』より)

そうなのだ、子どもを育てる期間は短い。特別の事情がないかぎり、どんなに長くても20年未満。子どもとべったりの数年間を過ごしつつも、子どもは自分の所有物ではないと意識し、のちに距離をとるようになることを想像しておくことは悪くない。この本の中でナオコーラは「わたしのところにいる赤ん坊」と常に書いている。「私の赤ん坊」でも「うちの赤ん坊」でもない。育児を必要とする期間、親である自分のもとに「いる」赤ん坊なのだ。その後、独り立ちできるようになれば、いつでもどこへでも飛びたっていく存在。そうしてほしいと親が望む存在、それが子どもだ。

終わりまで読んで、この本では子どものことを言うとき、徹底して「赤ん坊」の表現だったことに改めて気づかされた。娘とか息子とか〇〇ちゃんは一度も出てこなかった。読んでいてそれで何の不足も不満もなかった。子を産み、(母ではなく)親になった小説家の、子が1歳になるまでのさまざまな思考を知ることができた。今の産科や医療の実態も覗き見た。この本の冒頭でナオコーラはこう書いている。


 でも、出産していない人にも出産の話を、私はしたい。出産していない人が出産についてアドヴァイスをくれたり意見してくれたりもあるはずだ。
 そうして、今、私は育児エッセイを書いているが、読者の育児経験の有無によって、文章の読みが変わるということはない、と思っている。もし、ただ経験と照らし合わせるためだけに文章というものが存在するのならば、文章を書くのはなんとつまらない行為だろう。

その通りだと思う。出産や育児を経験していない人とも、妊娠や子どもの成長について話したり、話題を共有することはいいことだ。子どもは親のものではなく、この世界に生きる人。出産の経験や子どもの有無と関係なく、あらゆる人間と関係をもっていく存在だ。ましてや赤ん坊が「母」に所属しているなどということはないし、母しか子を育てられないわけでもない。女が二人の家庭にも子は育つ。男が二人の家族でも子は成長する。『母ではなくて、親になる』 過不足のない良いタイトルだと思う。

河出書房のサイトに連載されていたときのものが一部こちらで読めます。
Web河出『母ではなくて、親になる』
第1回 人に会うとはどういうことか
http://web.kawade.co.jp/webmag/634/

20170728

ロパートキナ。ダンサーの引退時期

ウリヤーナ・ロパートキナというバレエダンサーを最近まで全く知らなかった。1973年生まれ、ウクライナ(クリミアの小さな町ケルチ)出身のマリインスキー・バレエ団(ロシア)のプリンシパルである。先月、本人のウェブサイトで「職業上の怪我のため引退」と発表した。43歳での引退。

ロパートキナに出会ったのは、『ロパートキナ 孤高の白鳥』(2014年)というドキュメンタリーだった。たまたまNetflixの新着コンテンツを見ていてみつけた。彼女の名前も知らず、どんな映画かも知らず見始めて驚いた。これは相当なダンサーではないか、映画が進むうちに確信は高まった。わたしが最近のダンサーで名前を知るのは、せいぜいシルヴィ・ギエムまで。確かにバレエに関心があったとは言えない。しかしGoogleで(カタカナで)「ロパートキナ」と検索して出てくるのは、『孤高の白鳥』に関するものがほとんどだった。日本ではそれほど知られていなかったのだろうか、と思った。(日本語版ウィキペディアにはなかった)

次に「ロパートキナ シルヴィ・ギエム」で検索すると、チャコット(バレエ用品)のサイトや個人のブログなどで、ロパートキナへの熱い賞賛の言葉がたくさん出てきたので、知る人ぞ知るダンサーなのだなとわかった。そのうちの一つで紹介されていた『二十世紀の10大バレエダンサー』(村山久美子著、2013年)を読んでみることにした。10人の中にロパートキナが入っていたからだ。本のトップバッターでロパートキナは紹介され、表紙もまた彼女だった(瀕死の白鳥の写真)。

ロパートキナの章の冒頭で、著者はモスクワの芸術学者の言葉を引用している。「古典的優雅さと現代的スピード感をもつ稀有のバレリーナ」。この言葉は、わたしが映画で見たこのダンサーの印象、特徴にピタリとはまる。特にあとの方、「現代的スピード感をもつ」という紹介は特徴を捉えた優れた表現だと思う。いや、そうではないかもしれない。古典的優雅さと合わせもつ、その現代的スピード感がすごいのかもしれない。

映画『孤高の白鳥』の中で引用されていたいくつかのバレエのシーンは、どれも目を見張るもので、一つ一つの作品の踊りのレベルの高さと、そのバラエティの広さ(それをどれも最高の見せ方で演じている)に大きな衝撃を受けた。こんなことが可能なのか、こんな人がいるものなのか。シルヴィ・ギエムはここ2、30年の間の最高の踊り手では、と思っていたが、ロパートキナは総合的に見たときそれを超えているかもしれない、と感じた。彼女の踊りを見たあとでは、どんなダンサーの踊りも、ちょっとした小さな欠点が見えるような気がしてくる。

ロパートキナは身長が175cm(靴のサイズ26.5cm)と主役を踊る女性ダンサーとしてはかなり背が高く大柄。長い手足にスレンダーな身体、髪はショートカット、知性的な話ぶりで落ち着いた優しい物腰をしている。ティーンエイジャーの娘が一人いるそうだ。『孤高の白鳥』はバレエ作品の引用とレッスン風景、彼女のインタビュー、周囲にいるバレエ関係者の彼女についての発言などで構成されている。『孤高の白鳥』はフランス人プロデューサー、映画監督のMarlène Ionesco(女性)による作品だが、よくまとまっており、このダンサーの理解にとても役立った。

このように背の高い女性ダンサーは、古典バレエの名作と言われる『眠れる森の美女』や『ジゼル』『白鳥の湖』などでお姫様役はできるのか、と思ったが、所属していたマリインスキー・バレエ団でプリンシパルとして、すべて踊っている。ちなみにマリインスキー・バレエ団はサンクトペテルブルクにあるマリインスキー劇場付きのバレエ団で、古くはアンナ・アブロワ、ニジンスキー、ジョージ・バランシン、近年ではヌレエフやバリシニコフが所属していたことで知られる名門バレエ団。

ロパートキナの古典は高いレベルの技術と、主役として物語と舞台全体を自分のもとにおさめ、観客をひきつける圧倒的な吸引力が印象的だ。といってもパワーを振りまくタイプの踊り手ではなく、統制のとれた静けさを感じさせる身のこなしが特徴だ。役によって顔つきは変わるものの、「顔で踊る」タイプでもない。動きに余分なものが一切なく、それで充分に優雅さを感じさせる身のこなしである。作品と役への深い理解と、踊る技術の高さによって実現されているものではないか。一般に何かが欠けると(たとえば年齢の上昇によって技術が下がるなど)、他のもので補おうとし、それが余分な動きや顔の表情となって現れることがある。

ロパートキナの古典は見慣れた作品に新鮮さを与えてくれたが、わたしを驚かせたのは現代的な作品を踊る姿だった。『孤高の白鳥』の中で、ニコライ・アンドローソフ振り付けの『タンゴ』の舞台が紹介されていたが、そこで彼女はまったく違った次元でダンスを披露していた。手足が長く背の高いロパートキナが、サテンのシャツにぴったりとした細身のズボン、足元はフラットシューズ、髪はショートカットのまま、手にはツバ付き帽子(ジャケットも床にあった)、という姿で、アコーディオンが奏でるタンゴのリズムに乗ってスピーディーに、鋭く舞う。女性とも男性ともつかないジェンダーの表現。男の役を踊っているのかもしれないが、(宝塚の男役のような誇張した)男っぽさなどみじんも出さない。そこにいるのは手足の長い、大胆に動き、俊敏さを見せる、美しい人間。男性、女性、あるいは中間なのか。どちらでも構わない。

ロパートキナの『タンゴ』を見ていて、こんな風に踊れるダンサーは他にいるだろうか、男であれ女であれ、と考えた。そしてロシア、あるいはウクライナの文化は、こういうセンスのアーティストを生むような土壌があるのだろうか、と不思議に思った。感覚的にいうと、女性ダンサーのこのような身振り、仕草は相当近代的、現代的な思想や文化の上にしか出てこない気がしたからだ。ロパートキナのバレエを見たあと、たとえば日本のダンサーの踊りを見ると、(今までは気づかなかったが)かなり女性っぽさが強調されているように見えてくる。「しな」というのだろうか、あるいは顔つき。その意味で(これも今まで気づかなかったが)最盛期だった頃の森下洋子にも同じことが言える。彼女は非常に日本的なバレエダンサーだったのだ。

ロパートキナは43歳で引退した。怪我が原因と発表されたからその通りなのかもしれないが、ある意味でその時期がきていたのかもしれない。ダンサーの引退年齢はそれぞれだ。しかし、何人かのダンサーを見てみると、45歳前後が「踊れなくなる」年齢なのかもしれないと思う。それまでと同じように踊れない、という意味で。もちろんもっと高齢になるまで踊る人はいる。しかしその人たちも4045歳を超えて、最盛期のときと同じように踊れるわけではなさそうだ。踊る演目を変えたり、振りを変えたり、工夫をして長く踊ろうとする、ということ。高齢になってこそ踊れる演目もあるかもしれないし、身体状況の変化を汲み取って新作の振り付けをすることもできるだろう。

ロパートキナは練習やリハーサルをビデオに撮って、その映像を見ては直し、踊ってまた撮り、それを見てまた直し、と何回もすると聞いた。それをやって自分のからだの状態を常にチェックしていれば、技術的な衰えがきたとき、まず自分が気づくのではないか。多くのダンサーがそこまで自分のからだを客観的に厳しく見ているとは思えない。マイヤ・プリセツカヤがベジャールの『ボレロ』を踊ったのがちょうど50歳のときだという。その『ボレロ』は悪くなかったし、プリセツカヤらしいパワフルな感じも出ていた。ただ20代、30代のときのからだの動きとは違うように思った。鋭さや軽快さの点で。相当高齢になるまでポアント(トウシューズ)で踊っていたとも聞くが、映像は見たことがない。

ルドルフ・ヌレエフの40代後半の映像(森下洋子とのパドゥドゥ)を見たとき感じたのは、おそらく彼はヨーロッパではもう踊っていないのではということ。それは韓国公演の映像だった。振り付けや芸術監督の仕事をメインにするようになっていた時期だ。相手役の森下洋子はまだ30代半ばくらいで、充分踊れていた。しかし彼女も、ある時期以降(50歳前後かそれ以降くらいか)に見たときは昔の面影はなかった。映像で見ただけだが、年齢による技術の低下は明らかだった。その時代の映像は、そのあとYouTubeからすべて削除された。最近のもので残っているのは『瀕死の白鳥』のみ。2008年、60歳のときの踊りだ。振りも、からだの使い方も限定的で、表現力においても最盛期とは比べられない。彼女は今も「現役」で自分のバレエ団(松山バレエ団)で『眠りの森の美女』などの主役を踊っているそうだ。

アクロバチックなからだの使い方、類まれな柔軟さで、ときに「体操みたい」と言われたりもするシルヴィ・ギエムは2015年に50歳で引退した。キャリアの最後の方は、モダンバレエ的な創作ものを主に踊っていて、いわゆるクラシックのグランドバレエはある時期以降、踊っていないと思う。作品を選んで踊っていたということだろう。

ロパートキナも、怪我がなければ50歳くらいまで踊った可能性はある。その場合は、踊る演目や振り付けを厳密に選び、稽古やリハーサルではビデオチェックを欠かさず、自分自身で「ここまで」という時期を判断して引退したのではないかと想像する。

20170714

引用・コピペ・再編集文化

NHK BSで『チョイ住み in 香港』という番組を見た。この番組は以前、何回か見たことがあって、たいてい男同士(若い男の子とおじさんの組み合わせ)の旅で、海外のどこかの街で一週間くらいアパートを借りて共同生活をする、というものが多かった。タレントと作家、俳優と元スポーツ選手などの組み合わせで、同性で年の差がかなりある、という趣向が案外はまっていて面白かった。 

たいてい年配の方が料理好きで(例外もあるが)、地元の市場で買った材料で夕ご飯をつくるのが定番的にあって、若手の方はそれを手伝ったり、ちょっとした使い走りを喜んでやっていた。料理ができない分、他のことでがんばったりして、日本の若い男の子って、素直で可愛くて、優しいところがあって、世界に誇れる貴重種ではないか、などと思った。シナリオもあるだろうけれど、場当たり的に見えるものもそれなりにあり、あまり期待できそうもない場所に行ってしまったり、でもそれはそれでよかったり、別の展開があったり、と即興的な見え方もしていた。

今回初めて、女の子同士の旅を見た。一人はタレント、もう一人は人気ブロガーとのことだった。タレントの女の子の方は、「人といるのが苦手だから、1週間もつか心配」と最初に告白。ブロガーの方は、わかった、自分もそういうところがあるから、じゃあそういう風にやろう、とすぐさまその件を承認、処理する。ブロガーの人は、香港で行ってみたい店、食べてみたいものを日本で入念に調べ、これは美味しいらしい、ここは人気スポットなどリストしていたようだ。現地に着いてからもスマホ片手に、目指すショップへと脇目もふらず直行。そのあとをタレント女子がついてまわっていた。

目指すショップについて、テーブルにオーダーした料理が並べば、まずは写真撮影。何を食べていたか、それについて二人が何を話していたかあまり記憶がない。香港であの二人は何を食べてたっけ? 伝わってなかったのかも、とあとになって思う。ブロガーの方は英語が話せるようで、ときどき店の人に質問したりしてはいたものの、どこへ行っても事務的な話ぶりで、地元の人と会話している感じではなかった。一度だけ、言葉のできないタレントのほうが食堂のようなところで、料理を運んできた人をちょっとちょっととつかまえて、中国語で「これ、おいしい」と嬉しそうに伝えていた。ま、ほんの一瞬ではあったけれど、会話が成立しそうになった瞬間。ブロガーの方は、宿泊しているアパートに戻ると、撮った写真をせっせとブログに更新していた。

食べログなどの情報を詳細に調べてリストし、現地に行って目ぼしいものを探し当て、自分で注文し、それを写真に撮りブログで再配布する。一つの情報がこうして増殖していく。引用文化、あるいはコピペ文化、それとも再編集ジャーナル、だろうか。面白い面白くない、好き嫌いは別にして、大きな文化的潮流ではあると思う。旅に関するネットのサイトが、ほぼこの引用と再編集で成り立っていたりもする。一つの観光地について、ネットから拾ってきた情報(断片的なテキスト)を寄せ集め再編集、再構成し、その場所に行った人たちのツイッターから、あるいはインスタグラムから写真入り情報や感想をプラスしていく。ツイッターは拡散が身上だから、こういった引用には規則上問題がない。ツイッターを通しての引用(リツイート)にとどまらず、それ以外のサイトで引用することも許されている。ツイッターもインスタグラムも、それぞれ埋め込みコードをコピーして、自サイトに貼り付ければ、そのままコンテンツが表示ができる。これはYouTubeなどの動画の埋め込み法と同じである。

ただ観光案内サイトなどで利用されている画像直リンクは、問題があるかもしれない。ネットの観光地案内のサイトなどでは、他サイトから直リンクで画像を「引用」している場合があるようだ。直リンクとは、画像のURLをコピーして、自サイトのコードにそのURLを貼り付けて画像を表示させる方法のこと。画像にコピーガードのかかっていないサイトに行き、画像をポイントして右クリック(またはコマンド+クリック)すると、「画像アドレスをコピー」という項目が出てくる。それを自サイトのコードにペーストする。すると著作権者の許可なく、目的の画像を使用できる。

これが違法かどうか微妙なのは、他者の画像をダウンロードして自分のサーバーにもってきているわけではなく、画像はそのまま相手のサーバーに置いたまま、画像アドレスを使うことで「引用」しているからだ。だから盗用の範ちゅうには入らない、という考え方が成り立つ。画像は「盗んでいる」わけではない、というわけだ。

しかしわたしはこの考え方に疑問をもつ。YouTubeやツイッター、インスタグラムなどは、著作権者が投稿する時点で、というよりそのサービスに登録してIDを得た時点で、おそらく作品の利用権を投稿先に許可しているはず。だからシステム内外での引用が許されており、拡散が行われる。しかし一般のサイトでは、サイト保有者または著作権者と、画像直リンク利用者の間には関係が成り立っていない。あるのは直リンクという技術だけだ。よって許可なく直リンクで画像を引いてくれば、無断転載と同じような結果になる。少なくとも、著作権者にはそう見えるだろう。これは心理的に理解のできることだ。使われたくなかったら、ウォーターマークを入れるなり、ガードをかければいいじゃないか、という人もいるだろう。

本当は一番いい形は、著作権者やサイト保有者に連絡して許可を求めることだが、許可願いを送っても返事をくれなかったり、無視されたり、知らない人には貸せないと警戒されたりということが多くて、「仕事にならない」かもしれない。葉っぱの坑夫の経験でいうと、一般的に日本の法人的なものは個人や未知の者に冷淡で、返事をくれることが少ない。英語圏などでは団体、組織、ときに企業でも、相手にかかわらず許可を出すなり、条件を出すなり、断るなりしてくる。社会の中で未知の者同士のコミュニケーションが、ある程度成り立っているように見える。これまで葉っぱの坑夫が作品の翻訳などでプロジェクトを組んでこれたのは、海外の組織と連携をつくってこれたからだ。日本の組織とでは難しかったと思う。

このような日本の状況から、いちいち聞いていたんじゃ「仕事にならない」と考えるのはわかる。わかるが、だからと言って、「技術がすでにあるのだから、やっていいだろう」という風には、簡単には思えない。もしインターネットの世界で(あるいはリアル社会でも)、著作権などという考え方が消滅して、世の中にひとたび公開したものは本でも、音楽でも、美術でも、みんなの共有物、共有財産である、という認識が一般的なものになったら、そのときは画像直リンクも何の問題もなくなるだろう。直リンクは悪ではないと思う。みんなの認識がそうなったときは、便利な技術になる。

もしかしたらこの問題は法律の問題というより倫理の問題なのかもしれない。一般人が自分の趣味のサイトで画像直リンクをやっていても、よほど金儲けしていない限りそれほど追求されないかもしれない。しかし観光地ガイドなど商用サイトでそれをやった場合、その会社の倫理観は疑われるのではないか。しかしこれも、さっき書いたように、著作権の受け止め方が変われば、変化するものだと思う。

『チョイ住み in 香港』に戻ると、テレビというメディアは、視聴者に対してサービスするものだ。面白いと思ってもらえるような演出や工夫を常にしているはず。これまでの男二人組のチョイ住みの場合、テレビ慣れ、マスコミ慣れしている人がほとんどだったのかもしれない。そして今回の二人のうちの一人はタレントだったけれど、もう一人はブロガー。番組出演中もテレビではないメディアを相手に行動していたのかもしれない。それをテレビカメラが捉えただけ。視聴者が楽しめるだけのサービスが、十分には提供されなかった。それが面白くなかった大きな理由かもしれない。テレビでは、食べログに載っている場所を工夫なく次々訪問、体験するだけ、という企画は成り立たないと思う。そこが二次情報の羅列でもうまく再編集されていれば機能するブログや、まとめサイトとは違うところか。

再編集だけで成り立つテレビ番組もあるかもしれないが、多くは元ネタに対して再創造がないと難しいように思う。再創造とは、小説を映画に仕立てたり、スペイン語で書かれた小説を日本語に訳すときに発生する、準創造活動、準創造行為のことだ。オリジナルを作曲する行為と、すでにある歌の楽曲をオーケストラに編成する行為の違い。前者が創造で、後者が再創造。あるいは楽譜に書かれた記号(音符)を、楽器で演奏して音楽にする行為も再創造にはいる。翻訳家、ピアニスト、ダンサー、俳優、みな再創造をするアーティストだ。何もないところから作品を作るのではないが、違う形態のものに移行する過程で、ある種の創造行為が発生し、出来上がったものに新しい価値が生まれる状況を生み出すこと、それが再創造だ。


引用、コピペ、再編集。どれも今の時代、なくてはならない方法論であり技術だ。しかしその便利さ、めざましい効果をよく知るのであれば、使い方で価値をさげてしまうような行為は避けたいもの。画像直リンクも同様だ。引用も、コピペも、再編集も、直リンクも、著作物を利用する前に、著作者にどのように敬意をはらったらいいか、充分に考えたほうがいいと思う。