20180907

WorkとJobとLife

ワークライフバランスという言葉を最近よく見かけるようになった。仕事(主として会社などに雇われて外で働くこと)と自分の個人的な生活のバランスを取った方がよい、という考え方だと思う。そこでここで使われているワークとライフという言葉について、考えてみようと思う。

まずワーク(work)という言葉について。ワークとは何か、と考えるとき、似た言葉としてジョブ(job)があることに気づく。workとjobはどこが違うのか。workという言葉は、会社などで雇われて働くこと以外に、プロジェクトや研究、勉強など、自主的に取り組んでいる活動にも使われる使用範囲の広い言葉だ。それに対してjobの方は、会社での業務、任務など第三者から与えられた仕事というイメージが強い。またワークには必ずしも「仕事(労働)に対する報酬」はないが、ジョブは「報酬あっての仕事(労働)」とも言えそうだ(すべてではないにしても)。

その意味でいうと、今言われている「ワークライフバランス」は、「ジョブライフバランス」に近いようにも見える。

さてではライフ(life)の方はどうか。日本語でライフと言うと、生活を意味している割合が多いが、lifeには人生とか生涯といった意味もある(命という意味もある)。翻訳をしていて、lifeを何と訳すか迷うことがある。意味としては「人生」でも「生活」でも通るとき、どちらの言葉を当てるか、考えるケースがある。日本語では人生と生活では、指している範囲がかなり違うように思えるが、おそらく英語で言うlifeには、そこまでの区別がないのかもしれない。

「ジョブ」が対価が得られる労働というイメージが強いのに対し、ライフも日本語では、日々の生活、実質的な暮らし方のほうに重点が置かれている。人生と生活の間には、イコールでは結べない、心理的な仕切りのようなものがあるのだろうか。あるいは視点の違い、より近視眼的に見るのが生活で、少し距離を置いて客観的に見るのが人生なのか。

ワークライフバランスは、本来は「人としての生き方」と「自分が取り組む仕事や責務」のバランスを目指しているのかもしれないが、現在使われている言葉の方向性や範囲を見ると、もっと狭い意味を指しているように思える。

「働き方改革」と言われているものも、残業時間の削減といったことがまず目標にあげられる。確かに日本の会社員の多くが長時間労働をしている(あるいは強いられている)ことは、データでもよく挙げられている。海外の従業員と比べると大きな差がある、といった。しかしたとえばヨーロッパの会社員が、まったく残業をしないわけではない。ドイツ在住のフリーライター、雨宮紫苑氏によれば、ドイツ人も仕事が立て込んでいるときは残業をするという。それはドイツでなくとも、どこの国であれあり得ることだろう。

ただ日本との違いは、「必要に迫られれば」「仕事の進行状況に対応して」ということであって、仕事のないときも、遅くまで会社に残っているわけではないという。勤務時間の長さが評価に繋がるのではなく、あくまでも仕事の成果が問われているわけだ。日本では仕事のあるなしに関係なく、部署の人間が残っていれば、あるいは上司がいる間は、自分ひとり家には帰れない、という同調圧力があることはよく知られている。

また仕事のペースや、ミーティグンの時間設定などが、定時に終えることを無視して組まれていたりもする。どうせ皆9時、10時までいるんだから、と。また誰かが思いついた突然の夕方からのミーティングも、拒否する人はあまりいないかもしれない。今日は妻と外食する約束があって、、、とは言わず、妻に「急に会議はいっちゃって、ゴメン」と言って済ます。今だにそうなのか、と思わされるが、劇作家の鴻上 尚史氏も最近の新聞の記事で、日本社会の中の同調圧力について触れた際、定時に家に帰れない理由として、周囲の空気を挙げていた。

会社にいる間は、自分は自分であって自分でない。そこでは自分をなるべく消して、周囲の環境に馴染ませることを心がける。自分で判断して自分だけ何かする(たとえば仕事を終えていれば、定時になったらさっさと帰宅する)ことは、社内の空気を乱す行為であり、空気の読めない人間と思われる。日本の学校教育の中で、「協調性」が強く求められるのも、協力して何かを成し遂げる喜びを学ぶというより、ひとりだけ外れたことをして、皆に迷惑をかけないことが大事だからだ。「協調性」と「人に迷惑をかけない」ことを日本では小さな頃から教え込まれる。

そのようにして育ってきた子どもたちは、昔も今も、組織の中で外れてしまうことを何よりも恐れる。集団の中で、自分で判断して行動することをためらう。そんな調子でよく仕事ができるな、と思うかもしれないが、皆がそうであれば問題ない。

日本の会社員が残業するのは、残業代がないと暮らしていけないからですよ、と言う人もいるだろう。残業代がつかないと、普通の生活が送れないくらい基本的な給料が低い、という状況や会社の自分への評価の低さに甘んじている、とも言える。組織の中で、そこにある状況にどうにも抵抗できないというのは、言葉を変えれば、自己評価が低いことだ。そういった自己評価の低い人間が集まった組織は、会社としての成果も低くなるだろうが、才能やスキルはあるが集団としての合意から外れやすい(あるいは抵抗をする)人間の集団よりずっと、御しやすい。

ジョブを中心に考えれば、収入を失って(あるいは減らして)はいけないので、そのためにライフが犠牲になってもよしとする、という考え方が成り立つ。しかしワークとライフを中心に考えれば、違うアイディアが浮かぶかもしれない。

どんな暮らし方、生き方をしたいか、どのように自分の能力を発揮したり、自分を成長させながら仕事を続け、進化していきたいか、という視点から考えたとき、ライフもワークも、まったく
違う顔つきで目の前に現れるかもしれない。そんなの理想論だよ、現実は厳しいんだから、と言う人の顔が見えるようだ。自己評価が低く、自分自身を、自分の周囲を変えるアイディアや勇気に欠けている人だ。

働き方改革とかワークライフバランスなどの言葉で、社会が変化してくれば、自分もそれに従う人たち。でもそれは周囲の環境や社会の考え方が道を示しているからそうするのであって、自らの発意や欲求からの行動ではない。自分は基本的に何も変わらない。もし揺り戻しが起きれば、すぐにでも元に戻るだろう。

2、3年前に、電通の社員が過酷な労働が原因で自殺する事件があった。現在の日本の社会で起きていることは、同調圧力によって会社に滞留させられているだけでなく、実質的な過重労働によるものがかなり多いらしい。特に若い世代の人々の仕事量は、今の管理職が若かった時代と比べて、かなり多いのではないか、という意見もある。また電通社員の事件後に、会社が残業をつけることを禁止したため、残業時間のすべてがサービス残業になってしまった(仕事量が多く定時に終わらない)というコメントも聞いた(東洋経済オンラインの『日本人の「サムライ型」労働は、もはや限界だ』の記事に対する読者のコメント)。

常時、やりきれない程の仕事を押しつけられ、毎日遅くまで会社に残って仕事しなければならない勤務状況、というのは普通に考えて問題があるのは明らか。そんな状況で会社を運営していることに問題があるのはもちろんだが、それに抵抗できないでいる労働者にも問題がないとは言えない。そこにはやはり自己評価の低さがあり、会社には(あるいは上の者には)従うしかないと考えている弱さがあると思う。また皆がそうであれば、自分もそうするしかないという考えに逃げることも容易で、これは他者への同調圧力として働くだろう。

同じ日本国内でも、外資系の会社となると全く状況は変わるようだ。わたしの知る2、3の外資系勤務の人は、勤務時間や勤務場所にしばられる割合がかなり低い。仕事成果主義なので、どこで(たとえば自宅で)仕事しようと、何時まで(あるいは何時から)仕事をしようと、本人の自由意志でコントロールできる部分が多い。しかし成果に対する評価は厳しいようだ。ジョブに対する評価とは、本来こういうものだと思う。日本は長い間、終身雇用の考え方でやってきたので、仕事の成果より、社内で滞りなく過ごすことの方が重視されてきたのだろう。

外資系で長く働いてきた人が、日本の会社に転職し管理職となったが、定時に誰も帰ろうとしないのを見て驚いたという。周りからはいろいろ言われても、仕事本位でさっさと帰り、部下にもそうするよう指導しているそうだが、他の環境を知らない若い人は周りを気にして、それができないそうだ。上司が勧め、自ら実行していても、まだできないとしたら、それはかなり重症ではないか。おそらく自分の上司の行為が、社内で否定的に見られているから、そちらに従っているのだろう。

自分が属している集団内で、それが学校であれ会社であれ、人と違うことをするのは確かに簡単ではないと思う。同じことをしている分には理由はいらないが、違うことをするときは、その行動に対して理由が求めれらる。その理由が一般論として正しいと思われることであっても、あるいは会社や学校の規定にあったとしても、だからと言って「それはそうだね」「そっちの方が正しい」とはならない。だとすれば、自分の中にはっきりとした価値判断がないと、それを通すのは難しくなる。自分で物事の価値判断ができるということは、自己評価がそれなりにあり、自分の考えや判断を外に向かって主張できるということだ。

こう書くと、人間として当然もっているべきことに思えるかもしれないが、多くの人は自分で物事の価値判断を実はしていない。そのことが同調圧力を生む、大きな原因の一つにもなっている。ワークライフバランスを考えるとき、具体的に残業を減らすことは大事かもしれないが、残業時間を少しでも減らすことができれば問題は解決する、とも言えない。基本的なところで、ライフとワーク(ジョブ)のバランスを取るのであれば、自分という個のあり方を中心に据えて、ライフに対して、ワーク(ジョブ)に対して、自分なりの価値判断をする習慣をつけていく必要がありそうだ。

そういうことが出来る人間になるには、教育の現場でも(学校や先生が子どもを扱いやすくするための)「協調性」ばかり評価するのではなく、子どもが自分を積極的に評価できるよう、自分の価値を見出せるよう、励ましながら指導することが大切だ。「協調性」と同様に「人に迷惑をかけない」などというあまり意味のない指針も、控えめにする方がいい。これは家庭でも、父母が、子どもの自主性や自己評価を促進させるために、あまり口にしない方がいい言葉だと思う。

こういった今実際に行なわれていないことを実行するのは、実は簡単ではない。周りが違えば、それだけで不和を呼ぶ。協調性や人に迷惑をかけないことより、自己評価を高められるよう子どもを育てれば、先生からは不評を浴び、クラスでいじめられるかもしれない。こう考えると、鶏が先か卵が先か、のようなことになってしまう。それに歯止めをかけるのは、やはり個々の人間の気づきであったり、自覚であったりする。会社に行く年齢になったら、親もあまり助けられないだろうが、子どものうちは、まだ手をつくし、励まし、よりより道を見つけてやることはできるだろう。

間もなく親になる人、すでに小さな子どもをもつ親である人は、ワークライフバランスにおいて、非常に重要な役割を担っている。


20180824

ラジオ体操の音楽学


夏の朝、早起きして窓をあけると、どこかから微かなピアノの音が聞こえてくる。耳を澄ませてみると、ラジオ体操の音楽だ。夏休みだから、近くのどこかに子どもたちが集まって、ラジオ体操をやっているのだろうか。そういうものが今もあるのだな、と。

しばらく聞いていると、この音楽、間違いなく日本のものだという気がしてきた。西洋音楽でありながら、日本の文化の香りがとてもする。まずは拍子。聞いていたときはてっきり2拍子(4分の2拍子)かと思ったが、あとで楽譜で確かめたら4拍子(4分の4拍子)だった。確かに音の連なりを見れば4拍子に作曲されている(服部正作曲)のがわかるが、ぼんやり音を聞いていると2拍子の感じがした。 

4拍子と2拍子、どう違うかと言えば、4拍子は一つの小節に強迫が二つある。1拍目は強く、2拍目は弱く、3拍目は少し強く、4拍目は弱く。2拍子は1拍目が強い。2拍子は強弱、強弱、強弱といった単純な拍の繰り返しによるリズム。行進のときのような感じと言ったらいいか。右左、右左、右左、、、のような。4拍子の方は、もう少し複雑で、音の流れに循環があると思う。1、2、3、4、の4は弱音だが、次の1につなげるため、引き上げて次の1で落とすような感じだ。4拍目にはアウフタクト感がある。

小さく聞こえてきたラジオ体操のピアノ音楽は、演奏の仕方が2拍子に近い感じがした。おそらくNHKのラジオのものだと思うが、標準的な演奏法ではないだろうか。一般に知られているラジオ体操はNHK発ということだから。そしてその2拍子っぽい演奏法は、体操の振りからきているのかもしれない、と思った。1、2、3、4、いちにーさんしィー、いちにーさんしィー、という循環する流れはあまり感じられない。1、2、3、4、いち、に、さん、し、となっていて、いち、に、いち、に、とあまり変わらない。

もし体操の振りが4拍子的だったら、演奏も4拍子らしいものになっていたかもしれない。ただラジオ体操が老若男女、日本のだれにでもマスターできる体操を目指していたとしたら、2拍子の方が適していたと考えられる。それも今の時代ではなく、20世紀前半にラジオ体操が始まった、という歴史を考えればなおのこと。振りを考案したのは遠山喜一郎さんという、ベルリンオリンピックにも出場した体操選手だそうだ。

そう聞けば、なんとなくなるほどと納得できる。体操競技とラジオ体操の動きには共通するものがあるかもしれない。ダンスではなく体操なのだ。

日本の元々の音楽、民謡や邦楽には西洋音楽でいうところの拍子の感覚はないと思う。日本には手拍子というものがあるが、あれは1拍子ではないだろうか。ラジオ体操の音楽も、1拍子と取れなくもない。手拍子と掛け声で、ラジオ体操ができそうだ。2拍子の場合も、頭の強拍をきちんと取ることが大事、といったイメージだ。

ラジオ体操が考案された約100年前の日本のことを頭に描けば、洋服はすでに入ってきてはいただろうが、まだふつうに着物をきて下駄や草履をはいていた時代。とすれば、ラジオ体操が手拍子調であったとしても不思議はない。ピアノやバイオリンより、三味線や琴、あるいは浪曲や民謡に親しんでいた時代だ。

ラジオ体操は4拍子で書かれているが、1拍子か2拍子のような趣きがある。今もそれがつかわれているということは、時代が変わって、普段聴いている音楽が変わっても、からだに馴染み深いものとして定着しているということなのか。日本人のリズム感は今も昔も変わらないということか。

そういえば、小学生がラジオ体操をダラダラやっているのを見た覚えがある。NHKのお手本の人がやっているようなテキパキした動きではなく、体操にあまり見えないような、一応振りをやってるフリのような。あれはいろんな意味で、「自分たちに合ってない」から「できない」という信号のようにも見える。

ラジオ体操ができた頃は、運動とかスポーツといったものがまだ一般に馴染みが薄く、日々の労働とは別に、健康のためにからだを動かすことはよいことだ、という考えに注目が集まったのかもしれない。そして誰もが簡単に真似できて、戸惑うことなく実行できるには、日本人のからだの中にあるリズム感である必要があったのだろう。

しかし今の子どもたちにとってはどうなのか。ダラダラやっているのも、ダサい、動きがヘン、音楽が軍隊みたい、と思ってのことかもしれない。昔ながらのラジオ体操はそのままにしておくとして、今の日本人のからだや音感に合った、ストレッチやウォーミングアップ、エクササイズに通じるラジオ体操があってもいいように思う。現在のラジオ体操のはじまりは、冒頭からテキパキしているが、もっとゆっくり始めるものでもいい。その日のからだの調子や感覚を確かめながら、筋肉のストレッチからゆっくり入り、からだが温まってきたら動きを軽快にしていくとか。

音楽も、今の子どもたちのリズム感に合ったものが作られていい。単純な2拍子の繰り返しではなく、3拍子とか、8分の6拍子とか、ときに変拍子など取り入れても面白いかもしれない。一つの曲の中で、体操の振り、動きが変わるごとに、リズムの変化があれば、一つ一つの動きがより際立ってくるかもしれない。小さな子でも、リズム変化の面白さに反応するということもあり得る。ラジオ体操(ラジオダンス? いや、ラジオでもないのかも)という考え方が基本にあったとしても、今の時代のバリエーションはいくらでもできそうだ。

テキパキ、きちっとした2拍子的な動きだけでなく、柔らかな屈伸、しなやかな伸び、シャープなステップ、緩急のある跳躍といったものを、様々なリズムの音楽にのってからだで表現することは、楽しいことではないか。

一つ一つの動きにイメージを持たせるのもいいと思う。たとえば「宇宙にむかって何か伝える」イメージで、からだを大きく、しなやかに伸ばすとか。「地面を這う小さな生き物を追いかける」イメージで、ステップを踏むとか。頭脳(イメージ)とからだ(運動)がより強く結びつけば、運動効果はあがるかもしれないし、体操に意味が生まれる。からだから脳への刺激にもなりそうだ。脳の活性化を、イメージとからだの動きによって起こす。 

現在のラジオ体操に見られるような、機械的な動き、音に合わせて揃って動かすことが主な目的の軍隊調の運動ではないものの方が、今の時代を生きていく上で、応用が効きそうだ。たとえば一見関係ないように思える、外国語の習得などにも、2拍子調ではない、柔軟性のある体操の方が役立つかもしれない。

余談になるが、面白いと思ったのは、ラジオ体操の動画をYouTubeで見ていたら、ある小学校の校庭で実施されていたものは、子どもと大人が混ざっていて、その中の女性たち(上下ジャージ姿)が揃って、ラジオ体操第1の冒頭の「伸び」の次の運動(両手をサイドに振り上げながら足を開脚屈伸する)を、足を閉じて屈伸していたこと。日本人の女の人の感覚からすると、今の時代にあっても、「足を開脚」して屈伸という格好はあり得ない、またはあまりしたくない、ということか。何となくわかる気はするが、体操のときもそうなのか? トレパンはいてても? 

そう考えると、1930年代、1940年代といった古い時代に、ラジオ体操で女性たちに「足(股)を開いて屈伸させる」動きは、革命的な意味があったとは言えないか、などと深読みしてしまう。スポーツとか運動というものには、女だからこういうマナーで、女性らしさを失わず、などいうものは基本的にはないはず。ある民族の持つしぐさというのは、思っている以上に意味深いのかもしれない。

20180809

W杯をつたえるメディアについて


W杯ロシア大会について、何回かつづけて書いてきた。最後にイベントを扱うメディアについて考えてみたいと思う。

W杯のような国際的な大きなイベントでは、人も動けば、大きなお金も動く。であれば当然、イベントをめぐるメディアもこぞって参入してくる。日本では、日本代表に関することが報道の多くを占めていたようだが、海外のメディアを見れば、W杯全体を把握しようとしているものが目についた。

わたしが大会前、大会中をつうじてよく見ていたのは、イギリスの新聞ガーディアンが特集していた『2018年W杯736選手完全ガイド』。

各国32チーム、総勢736人の選手の紹介ページだ。メニューから国を選ぶと、その国のFIFAランクと大会リーグ戦のグループ名、簡単なチーム紹介(強みと弱み)が出てくる。その下に、選手のプロフィールを担当した外部のライター(主としてチームの国の人)の名前とツイッターへのリンクがある。ちなみに日本代表のプロフィール・ライターは、イギリス人で大阪在住のサッカー・コメンテイターのベン・メイブリーと、サッカーライターの川端暁彦の2人。

その下に、ゴールキーパー、ディフェンダー、ミッドフィルダー、フォアワードの順番で選手の顔写真が並べられている。その顔写真にカーソルを合わせると、選手の詳しい情報が読めるようになっている。所属クラブ、代表キャップ数、ゴール数、年齢とあり、その次に今大会における各試合ごとのレートがつけられるようになっている。たとえば全試合に出場した日本代表の柴崎岳であれば、7、7、4、7。4はポーランド戦だ。最後の7はベスト16のベルギー戦。10点満点なので、概ね高評価ということだろう(この評価は、ガーディアン側でやっているものと思われる)。

試合前に出場選手名が発表されたあと、このメンバー紹介を見れば、どこのクラブに所属し、代表ではどんな活躍をしてきたかがおおよそわかる。このようなアーカイブをすべての国について、サブも含めた選手全員載せていることには価値がある。このプロフィールは、試合のあとに更新されることもあるようで、日本対コロンビア戦の翌日、録画でこの試合を見ていて、ハーフタイムのときにガーディアンの選手紹介を見ようとしたところ、カルロス・サンチェス(ハンドで退場になった選手)のところに、

….but his reflexive handball against Japan left the team with 10 men for 87 minutes and means he is banned……….
(しかし反射的に動かした手がハンドをとられ、残り87分間を10人で戦うことになり、サンチェスは処分を受け、、、)

とあり、あわててページを閉じた。試合結果に触れられていたら困ると思ったのだ。のちに再度ページを開いて読んでみた。プロフィールには「このポジションで彼ほどのクォリティの選手はいないし、メンバー表にまず記される選手であることに変わりない」というようなことが書かれていた。担当者が、これは書いておかなくてはと思って更新したのだろう。サンチェスはコロンビア国内で、ハンドのことで非難もされていたようなので。わたし自身、サンチェスを気の毒に思いながらも、他にまともな選手はいなかったのか、と思いそうになっていたので、これを読んで考えを改めた。サンチェスはプレミアリーグにいた頃、プレーを見て少し知っていた。このコメントで、ハンドを犯してしまったが、コロンビア代表にとって重要な選手だったのだ、と理解した。

次にNHKのワールドカップ見逃し配信について紹介したい。『2018 FIFA ワールドカップ』というコンテンツをNHKはつくっていて、その中で、全試合の映像を無料で見れるようにしていた。これは本当に素晴らしいものだった。大会期間中に見ることはなかったが、終わってから、気になる試合を再度見たりしていた。(ウェブサイトは7月31日まで、iOSのアプリも現在終了している)

何が素晴らしいかといって、全試合配信ということもあるが、その映像が画期的だ。ストリーミングもスムーズだし、映像のクォリティも高い。パソコンのフル画面で充分に楽しめる。またマルチアングルを選ぶと、戦術カメラ、ワイヤーカメラ、4分割A、4分割Bのオプション画像が見れる。

戦術カメラというのは、ゴールサイド斜め上からのピッチ全体が入る映像で、それにより両チームの選手がどのような配置で、どんな動きをしているか、俯瞰で見ることができる。ワイヤーカメラというのは、ピッチ上部に吊ったワイヤーからの映像で、戦術カメラより、個々の選手の動きがよく捉えられている。戦術カメラAは、画面が「試合」「戦術」「選手(Aチーム)」「監督(Aチーム)」に分かれていて、4分割の状態で試合を見ることになる。戦術カメラBは、「選手」「監督」のところがBチームに入れ替わる。

試合の進行を見ながら、応援するチームの選手や監督の表情を追うという忙しい見方になる。しかしスポーツ記者など、役に立てる人もきっといるだろう。試合中にタッチライン際で、選手と監督が話をしていた、などというコメントも耳にした。今のサッカーは世界標準のチームでは、試合中にどんどん戦術を変更していくのが普通だというから、重要なやりとりをしている場面が、カメラに捉えられていてもおかしくない。

このアプリによる映像はNHKがつくったものではなく、FIFAが全世界に配信しているものを、日本ではNHKが購入したと思われる。あるいは全試合の放送権を買った局には、付いてくるとか? そのあたりはザッと調べたところ、いまのところ不明。

もう一つ、この見逃し映像で素晴らしい点は、映像の長さだ。試合だけを配信しているわけではない。カメラは選手がスタジアムに到着し、ピッチに現れウォーミングアップするところからずっと追っていく。その前に、まずスタジアムが上空高いところから映し出される。カメラをぐっと引いて、スタジアムの周辺の街の様子、川が流れていたり、団地のようなビル群があったり、というかなり遠景をていねいに捉える。見ているものは、そこがどんな場所で、スタジアムはどんな形で、ということをリアルな感覚で得ることができる。

そしてカメラはスタジアムの中のサポーター、観客の様子、表情もゆっくり拾っていく。まだ席は埋まっていない状態だ。そういう映像を見ていて、これから始まる試合のことに思いを馳せ、ワクワクしていくというわけだ。少しするとどちらかのチームのゴールキーパー3人(主力1、サブ2)が、キーパー・コーチとともに現れる。客席に向かって、拍手を送りながら出てくる選手もいる。引き締まった、でも期待で胸をふくらませているようなキーパーたちの表情。ときに笑顔も見られる。そしてウォーミングアップ開始。キーパーはこういうウォーミングアップをするんだな。もう一方のチームのキーパー・グループも出てきて同じことをする。まずキーパーが出てくるのは、どこのチームも同じ。

少ししてフィールドプレーヤーも現れ、ウォーミングアップを始める。走り込みをしたり、円になってボールをまわしたり、いろいろなことをする。映像はカットされることがないので、延々、試合が始まるまでつづく。人が埋まってきたスタジアム内の様子、観客の表情もときおり混ぜる。何も起こらない映像としては、かなり長い。試合が始まるまでに小1時間はあるかもしれない。

試合後の映像も、テレビで映される以上の長さがある。試合後の両チームの選手の交換、抱き合い、互いを称え合う場面、選手が客席にいる友人や家族のもとに歩み寄るシーンなども映される。全試合をこの調子で見ていたら、大変な時間がかかるだろう。でも気になるチームをカットなしの全編で見るのは、またとない機会となるだろう。

FIFAの公式ページにも行ってみた。コンテンツは充実していたが、日本語版はなかった。英語の他にはオランダ語、スペイン語、中国語、フランス語、キリル語、アラビア語(と思われる)があった。各国語を話す国が権利を買って訳しているのだろうか。英語版で読んだ記事の中では、ロシア代表の監督のインタビューが面白かった。ロシアは開催国であるだけなく、今大会、代表チームは驚きの活躍を見せた。日本語の報道では、ロシアへの興味が一般に薄いのか(あるいは日本の政治的偏向によるものなのか)、大会をつうじてロシア関係の記事は少ない印象だった。 以下に代表監督スタニスラフ・チェルチェソフの言葉を紹介する。FIFAのインタビューによる。

「(今大会の成功の理由は)まずは運営が信頼に足るものだったことがある。開催地としてロシアを選んでくれた国々に対して、正しい投票だったことを示す必要があった。すべての運営が非常に高いレベルに設定され、実行された。これは我々自身が言っているだけでなく、海外からワールドカップを見にやって来た人々がそう話していたことだ。これは大きな鍵であり、このことなしに、我々あるいはどんな国であれ代表チームがいいプレーを見せることなどできない」

日本ではこの発言を、やはりロシアは全体主義的だから、こういうコメントをするんだ、と受け取る人がいるかもしれない。わたし自身はそうは思わなかった。理由は、多くの海外メディアが、元日本代表監督のオシムさんも日本のスポーツマガジンで、そして前回紹介した日本人ベテラン・サッカーライターの後藤健生さんも、これを裏付ける記事を書いているからだ。後藤さんは、過去12回生観戦したW杯の中でも最高の運営だったとしている。スタジアム内はもちろん、スタジアム間の交通、街のサービスに至るまで、訪れた人々が快適に過ごせるようプラン、管理されていたという。

W杯の1年前、コンフェデ杯(W杯主催国で開催される、大陸間で王者を決める大会)を戦い、ロシアが自分たちの弱点を知ったことは大きな助けになった、とチェルチェソフ監督は言う。選手選考においても、怪我人を多く抱えながらも、選手たちを競争させてよりよい人選になるよう努力したという。そしてオープニングの試合では、ただ勝つだけではだめだ、人々を納得させる戦いをする必要がある、そうすれば我々代表チームを国民が信頼してくれるはず、と考えた。実際、初戦のサウジアラビア戦を終えたあとには、国民の熱はおおいに高まったし、ファンとチームが一体になれた。そう語っている。この試合でロシアはサウジを5−0というスコアで圧倒した。

相手が(今大会最下位のロシアの次の)サウジだったから勝てた、とは誰もが思ったかもしれない。第1戦を見たときは、わたしもそう思った。しかし第2戦のエジプト戦でも、ロシアは強さを見せた。3−1の勝利だった。世界的な、と言ってもいいエースのモハメド・サラー選手は怪我あけであまり動けていなかったものの、失点はそのサラーによるPKの1点のみ。チェルチェソフ監督は、ベスト16でスペインに勝って次に進んだことは大きかったが、このエジプト戦こそ完璧な試合ができた、と述べている。

つづくウルグアイ戦で3−0で負けたことは衝撃だったようだ。わたしも、実力はここまでかと思った。しかし決勝トーナメント第1戦のスペイン戦では、監督いわく「うぬぼれてるように聞こえるから、自分の口では言いたくないが、自分の考えでは、この試合はフットボールとしても、試合の緊張感としても、今大会最高の試合だったと思える」 そう述べている。「我々はそれまで(ウルグアイ戦も含め)5バックで戦ってきた。この試合では4バックにした。W杯前は4バックでもやっていた。スペインはこれに少し戸惑って、うまく対応策が取れなかったのではないか」

ひょっとして、チェルチェソフ監督は、第2戦でグループリーグ通過を決めていたので、ウルグアイ戦ではあえて5バックのままで戦い、ベスト16に備えていたのかもしれない。ベスト16の相手となるスペインかポルトガルをあざむくために。ロシアはベスト8のクロアチア戦でも積極的な攻めを見せ、2−2でペナルティに持ち込んでいる。4得点とハイスコアを出したチェリシェフ選手など、得点力も高いチームだったのだ。

ロシア代表の戦いぶりを見れば、チェルチェソフ監督の発言にある種の客観性があることを認めないわけにはいかない。このインタビュー記事はW杯終了後の7月20日に、FIFAのサイトに掲載された。大会後にもこうして、何が起きていたのかを知るための記事が載せられ、読めることは素晴らしい。こういった監督への直接のインタビューは、どこの国の記者でも、興味さえあれば可能だったのではないか。決して強豪国ではないロシアが、この大会のために何をどう実行してきたかを聞くことは、同じく日本のような強豪国ではない代表チームにとって、役立つことはありそうだ。もっと関心をもってもよかったと思う。

日本のメディアが大会中、大会後に何を報道していたかを見てみると、大手メディアについてはあまりこれといった良い点が見つからない。地上波民放の実況放送では、試合の前後に1時間、ときに2時間もの「紹介プログラム」が組まれていた。しかしその内容は、ほぼ日本代表に関するもので占められていた。それが日本の試合でなかったとしてもだ。「今日の日本代表の動き」というようなタイトルで、それほど素材はないのに、練習風景やそこまでの試合の日本の得点シーンを何度も流し、あとはスタジオにいる大勢のタレントや芸人、元選手たちのトークで埋めていた。サッカーに関係する実のある話は少ない。戦術に関する話もなく、日本代表のゴールに感動した話で盛り上がっていた。

NHKの実況放送は、元代表選手や現在のアンダー世代の選手をゲストに、多少はサッカーの内容についての話はしていた。アンダー世代を呼んだのは、2020年の東京オリンピックのアピールを兼ねてのことだろう。しかしやはり番組の前後を飾るのは、日本代表に関する情報。そのとき実況するチームについて、もっと取材があってもよかったと思う。何人ものスタッフが現地入りしているのだから。基本的によそのチームに興味がないという「日本の事情」は、報道においても、いかんともしがたい。

こうした大手メディアではなく、ネット上で展開されていた動画によるトークや、若手サッカー解説者による戦術分析には、見るべきものがいくつかあった。その中心にいたのは、元サッカー選手の戸田和幸さんである。一つはSportsnaviのロシア大会特集の中で、テキストと図版により日本代表の戦いを細かく分析していた。ところいま、そのページにアクセスしようとしたところ、「7月31日をもって大会特集は終了」となっていて、読むことができなくなっていた。

こういうことは日本のメディアでは非常に多い。掲載期間が極端に短いのだ。また大手新聞社などでも、記事をアーカイブし一般に開放する期間は短い傾向がある。すべてのサービスは、有料会員のためにある、と言わんばかりだ。日本は一般にコマーシャルで動いている部分が多く、アメリカも近いところはあるが、それでも非営利運営的な思想が発達しているので、コマーシャル一辺倒にはならない。日本では非営利活動の地位が低いので、多くのものやことがコマーシャルベースの中に飲み込まれてしまっている。

戸田さんの試合レビューの動画版に、「THE OPINION」というネットでのトーク番組があった。こちらは今でも視聴できる。「サッカーにまつわる様々なテーマについてディベートする」とあって、スペインサッカーに詳しい小澤一郎さん、元サッカー選手の中西哲生さんなどが参加している。ここでロシア大会の日本代表の戦いを、試合ごとにテーマにして取り上げていた。1時間くらいのトーク番組になっていた。またここでは、鼎談者が40歳代ということで、彼らより年長のサッカーを語る人々とは少し違った印象だった。どこが一番違うかというと、事実の見方に関する客観性の占める割合だ。

岡田武史さん(元日本代表監督)や山本昌邦さん(元オリンピック代表コーチ)など60歳代のサッカーの論客は、経験も見識もあるはずの人々だが、「大人の振る舞い」を意識しているのか、日本代表を客観的に見て語る部分は、40代世代と比べると少なかった。8割は良いことしか語らない。本当に起きていたことに、細かく触れていくことがない。スポンサーや放送局の求めることを知ればこそ、そうなってしまうのだろうか。その背後には、そういうトーンの報道や解説を求める国民のマジョリティがいる(あるいはいると想定されている)わけだが。

「THE OPINION」で、日本の初戦コロンビアとの試合について、戸田、中西、小澤の3氏が、他では全く取り上げていなかったことを話していた。この試合を振り返る中で、司会役をつとめる中西哲生さんが、コロンビア選手のハンドボールに対して、レッドカード(一発退場)とペナルティキックの両方が出たことについて、あれはどうだったのかという疑問を投じた。レフェリーの判断は適正だったのか、と。これに対して小澤一郎さんが、今のレギュレーションでは、ペナルティキックを蹴らせるのであれば、カードはイエローでしょうね、と答えていた。中西さんも同じ認識があるようだった。

わたしもこの試合を見ていて、レッドカードが出たときは非常に驚いたので、この話は納得のいくものだった。戸田和幸さんは、「どういうたぐいのファールかにもよるでしょうけど、ただ、手の平でこうやって(とやってみせる)止めたわけではなく、少し広げた腕の上腕部にボールが当たったものだったから(戸田さんとともに、小澤さんもジェスチャーで腕の動きを示していた)、これについての判断は分かれるのでは」というような話をしていた。コロンビアは中盤の重要な選手を開始3分で失い、87分を残りの10人で戦うはめになり、さらにペナルティキックによる1点も先取されてしまった。日本にとってはこれ以上の幸運はないが、試合としては壊れてしまった、と見ていたわたしは感じた。

レッドカードについて、このトーク以外の日本のメディアで話題に上ることはほぼなかったと思う。しかしこの10対11による87分間の戦いは、この試合のほぼすべてだったと思う。勝った=日本は強かった、ということにはならない。しかしコメンテーターとして、その後の中継に出ていた岡田武史さんなどは、「相手が少ないとかえってやりにくいんですよ」といったコメントに終始していた。確かに、2014年のブラジル大会、日本の第2戦でギリシアと戦った際、38分にギリシアが2枚目のイエローで退場となった試合では、相手が残り時間固く守り、0−0に終わった、ということはある。その試合を今回のコロンビア戦にそのまま当てはめることができる、と岡田さんは本気で思っているのだろうか。

もしこれが逆のケースだったら、日本が一発退場+ペナルティキックを取られていたら、そして負けていたら、黙ってはいなかったのではないか。「現在のレギュレーションではレッドではなくイエローのはず」と憤懣やるかたなかったかもしれない。多くの日本のメディアや解説者が、その論調で取り上げることはあり得る。

相手側に不利に働いたときは黙っていて、自分の側が不利を被ったときのみ発言する、というのでは、発言者の判断や発言の信頼性は著しく低くなってしまう。その意味で、「THE OPINION」の3氏が、日本の勝利を喜び、祝い、よかった点をほめながらも、起きたことを公平な視点から論じていることは貴重だと思った。こういうことがないと、「専門家」や「経験者」の話や意見に、きちんと耳を傾けることは難しくなる。そのことが若手の(と言っても40代だが)コメンテーターたちは、よくわかっているのだ。

今大会、マスメディアではないところで、戸田和幸さんを中心に、きちんとした分析が行なわれていたことは、日本のスポーツメディアにとって大きかったと思う。こういう小さなメディアへの視聴者、読者の反応が影響力をもつようになれば、大手メディアも太鼓持ち的な報道ばかりしていられなくなるし、太鼓持ち的コメントばかり言っている人たちは追いやられ、仕事を失うだろう。そういう流れをつくっていくのは、一般の視聴者、読者であるわたしたち受け手の役割でもある。一人一人が自覚をもつことで、メディアを変えていくことが可能になったのが、今という時代だと思う。

東京オリンピックのサッカー競技や次のW杯のときには、このようなオルタナティブな、ネットをつかった解説やトーク番組が、もっと活発になり支持を得るようになるかもしれない。


*YouTubeには、スカパーで放送した岩政大樹MCによるW杯日本代表戦のレビュー・シリーズがアップされていた。登録者はテレビ局自身のようだった。スカパーではW杯の放映はなかったが、こういうレビュー番組をつくっていたのだ。地上波大手がやらないので、意味あることだと思う。

THE REVIEW #4-(1) | コロンビア戦レビュー…前半全体を振り返る

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20180721

W杯日誌(準決勝、決勝)

W杯ロシア大会が7月15日に終わった。前回のつづきとして、準決勝の2試合と3位決定戦、決勝について少し書いてみたい。

準決勝

準決勝に残ったのは、フランス、ベルギー、イングランド、クロアチアの4チーム。ブラジルがベルギーに負けて落ちたのは、やや意外だったかもしれないが、カバーニとスアレスが揃わなかったウルグアイがフランスに負けたのは想定内と言えそうだ。

まず7月10日にフランスとベルギーの試合があった。直後の日本語のスポーツ記事は、「フランスがアンチフットボールをした」というタイトルで溢れているように見えたが、試合の内容はそうではなかった。おそらくベルギーに肩入れする日本人の記者が、ベルギー選手のツイッターなどの発言を過剰に扱った結果ではないか。英語メディアではそういう論調は見られなかったように思う。アンチフットボール発言をしたベルギー選手も、のちに謝罪をしているようだ。

試合はフランスが1−0で勝利。前半からベルギーはアグレッシブな戦いをし、フランスは受ける形になった。しかしベルギーは得点を上げられなかった。後半になって(51分)、コーナーキックからDFのウンティティがヘッドで決めて、フランスが先制。ベルギーの反撃がはじまり、フランスは守りを固めつつ、カウンターを狙う。フランスの守備は穴がなく完璧に近いという評価が英語メディアであった。ベルギーの選手たちも、それは認めているようだ。

フランスは後半、効果的なカウンターをいくつか見せていた。FIFAの公式記録によれば、フランスのシュート数(19)はベルギーの9を大きくうわまっている。ベルギーはよく攻めているように見えたが、シュート9のうち、枠にいったのは3、枠外が5、ブロックされたのは1だった。フランスは枠内シュートが5、ブロックされたシュートが6と、ベルギーよりゴールの可能性は高かった。ベルギーは攻めてはいたものの、ゴールが遠かったのかもしれない。

試合直後の日本語の記事では、フランスは守りを固めて攻めにいかず、アンチフットボールをして勝った、という言説が広まったようだが、数字的に見てもこれは正しくない。日本ではサッカーの試合の分析というのがあまり好まれず、見た目の(感情入りの)印象だけで語られてしまうことが多い。「フランスはアンチフットボールをして勝った」という日本語記事を見てすぐ思ったのは、「日本が善戦した」ベルギーは「優勝に値するほど強かった、そのベルギーを日本は追い詰めた」というシナリオが欲しいんだな、ということ。

翌7月11日には、 準決勝第2戦のイングランド、クロアチア戦があった。どちらが決勝に進んでも、やや意外な感じはしていた。開始5分、イングランドがフリーキックから先制。クロアチアはしぶとく攻めつづけ、68分、ついにペリシッチがゴール。1−1のまま延長になり、109分にクロアチアのFWマンジュキッチが得点して2−1とし、そのまま試合は終了。イングランドは早々に得点したものの、その後のプランが見えず、攻めてはいたものの効果的ではなかったようだ。攻撃のバラエティがやや、クロアチアより少なかったように見えた。クロアチアはどこからでも点を取ってやるといった攻めのうまさが垣間見えた。

統計データによれば、両チームの間で、パスの精度やポゼッション率、走行距離などに大きな違いはないものの、パスの数と成功数はクロアチアがうわまわり、それは目で見た印象と重なる。大きく異なっているのはシュート数で、クロアチア22に対してイングランドは11。クロアチアが枠内シュート7に対して、イングランドは1。やはり攻撃面でイングランドはうまくいっていなかったことがわかる。枠内シュートが一つでは、勝つのは難しい。この1というのが、トリッピアのフリーキック直接得点のことなら、その後、一つの枠内シュートもなかったことになる。

というわけで、データを見ていけば、フランスとクロアチアが順当に勝ち上がったことが納得できる。決勝戦がフランスとクロアチアという組み合わせは、多くの人の想定外だっただろう。

ところでクロアチアとイングランドの試合は、NHKで見ていた。民放でしか(ライブで)やらない試合は仕方なくそれを見たが、なるべく番組中のコマーシャルと、何人もの芸人やタレントがコメンテーターをつとめ、ワイドショーのようになっている民放は避けたかった。ところがそのNHKでも、情報の伝え方、詳しく言えば画面のスペースの使い方に問題があることを発見した。

この日、広島や岡山など関西地域で豪雨による被害が広がり、死者や行方不明者がたくさん出ていた。NHKはテレビ画面の左端に太い帯を設け、特大の文字で「死者何名、不明者何名」と記し、試合の間ずっと外さなかった。また画面上部にも縦帯よりは細い帯を敷いて、そこに地域ごとの雨の警報を流していた。この2本の帯により、サッカーの試合を映すスペースは3分の2くらいに減ったように感じられた。動いている選手の一人一人が、誰なのか認識しづらかった。太い縦帯の中のテキスト情報に変化はなかった。つまり同じ情報をずっと据えていた。横帯の方もほぼ同じだったように思う。

このような情報の与えられ方をしたとき感じるのは、何かを強制されている感覚だ。たとえば普通に言えば聞こえるのに、耳元で拡声器をつかって同じことを何度も繰り返されたような。NHKの情報伝達技術は、とても原始的かつ高圧的なものに感じられた。情報を発信する側のこと(責任問題など)のみに神経をつかい、受け手のことは頭にない。たとえレベルの高いテクノロジーを手にしていたとしても、情報伝達法のリテラシーが低ければ、それは全体として低レベルのものになってしまう。

面白いのは、サッカーの試合の間は据え置きだったこの情報の帯が、局の連続ドラマ(朝ドラ)になった途端、すべて消えたことだ。大事な大事な人気ドラマの画面は汚したくないのかな、などと勘ぐってしまった。


3位決定戦

準決勝で破れた2チーム、ベルギーとイングランドが3位を競う。前半始まってすぐ(4分)に、右サイドからムニエが得点してベルギーが先制。印象としてイングランドの反撃は鋭いものではなかった。チャンスはつくっていたが、不発またはGKクルトワに止められる。イングランドはパスまわしがやや単調で、どんな風に得点するのか心配になった。コーナーキックなどセットプレーではここまでたくさん得点しているので、可能性が見えたのだが。試合終盤、ベルギーのカウンターアタックから、アザールがペナルティエリアに切り込んで自らゴール。82分に2−0になったことで、ほぼ試合は終わった感じだった。

しかしこの試合、統計データを見ると、両者に差があったようには見えない。パスの数、パス精度、シュート数、枠内シュートなどはイングランドが上まわっている。タックルやブロック数も多く、戦っていなかったわけでもない。クリア数がベルギーに多いことから、ベルギーが押されていたようにも取れる。しかし結果は2−0。イングランドの惜しい負けだったのか、はっきりしない。ただ4位という成績は、ここのところ目立った活躍のなかったイングランドにすれば、上出来なのかもしれない。

この試合もNHKで見ていたのだが、この時期NHKは、ウィンブルドンのテニスの試合も中継していた。セミファイナルで、久々に復活かというジョコビッチと、ここ最近ATPランキングで1、2位に復活しているナダルが対戦した。日をまたいで5時間を超える、手に汗握る好試合になった。

中継が行われていたこの日、日本上空では二つの高気圧が重なり猛暑が予想されていた。実際、全国的に35℃近い気温となった。こうなれば「熱中症厳戒注意報、警報」が、情報の最重要度事項となる。テニスなど見ている場合ではない。テニスの中継はそのまま放映されていたが、画面の左上、ちょうどスコア欄の上にかぶさるようにお天気情報が陣取りつづけた。これまであまり気にしたことがなかったが、テニスの試合を見ているとき、選手の動きと同時に、そのスコアを見ながら試合の進行を確認していたと気づいた。だからそこが塞がれてしまうと、どう進んでいるのがよくわからなくなった。

画面は、他に三つのコーナーがあり、右上角は「ウィンブルドン2018 LIVE」のような番組タイトルがあり、残りの二つは空いていた。同じ情報をただ貼り付けておくのなら、スコアの上ではなく、他の三つのコーナーのどこかでよかったのではないか。

試合が進行してどれくらいたったか、「お天気注意報」が突然消えた。そしてスコアが出ている間は表示をやめ、スコアが消えているときに、同じ場所に「お天気情報」を出し、重なることがなくなった。スコアが出そうになると、サッと「お天気情報」を引っ込めた。これは視聴者からのクレームによる対応なのか、あるいは社内でモニターしていた人が気づいたのか。無事解決して残りの試合を楽しむことができた。

情報を発信する側は、その内容に気を配るだけでは足りない。受け手に情報をどのように与えるかのプランや想定があって初めて、高いレベルの情報伝達が可能になる。


決勝

今大会最後の試合、決勝戦はフランスとクロアチアになった。フランスは優勝経験が自国開催で1度、それ以外に準優勝が1度ある。クロアチアは3位が最高。決勝戦の経験値や個々の選手のレベルで言えば、フランスが上か。

クロアチアは試合開始から積極的に攻めに出る。データを見ても、シュート数15と、フランスの8をうわまわっている。しかし枠内シュートを見ると、フランスが6あるのに対し、クロアチアは3、枠外シュートが8と精度で下まわっている。しかしコーナーキックの数は6とフランスを上まわっているし、ポゼッション、パスの数、パス精度でも優っている。フランスの相手シュートへのブロック数やクリア数が多いことからも、クロアチアがよく攻めているように見える。

試合は前半(18分)にグリーズマンのフリーキックをマンジュキッチが頭でクリアしようとしてオウンゴールになり、フランスが先制。その10分後、クロアチアはペリシッチのゴールで同点に。この時点で、これはわからない展開になったと感じた。しかしペナルティエリアで、 同点打を放ったペリシッチのハンドが取られ、VAR確認によりPKとなる。この判定はかなり微妙なものだった。PKに値するようなハンドだったかどうか。VARをモニターのところまで確認に行ったアルゼンチン人のレフェリーは、映像確認に長い時間をつかっていた。そして一旦モニターを離れようとして、再度モニターに戻り、再確認をしていた。その結果、レフェリーはPKに値すると判断し、グリーズマンがこれを落ち着いて決めた。この得点は、試合の流れに大きな影響を与えたかもしれない。

前半を2−1で終えたフランスは、後半、安定した守備で試合を進め、中盤選手の交代のあとすぐ、ポグバとエムベパによる素晴らしいゴールが決まり、4−1とする。その数分後、フランスのキーパーのヨリスがバックパスの処理を誤り、まさかの失点(しかしこの手のミスは、高いレベルでも割にあること)。マンジュキッチがヨリスの中途半端なボールを引っ掛けて追加点を取るが、試合は4−2のまま終了した。

準決勝、決勝のステージにきて、クロアチアが優れたチームであることはわかった。フランスは安定していて、さらにスーパーな選手が何人かいた。フランスの優勝も、クロアチアの準優勝も妥当ではないかな、と感じた。決勝戦でさほど固い試合にもならず、延長戦もなく、両チーム合計6点も点が入ることは珍しいのかもしれない。ただ前半のハンドによるPKの1点、あれはやはり大きかったと思う。レフェリーのちょっとした匙加減のようにも見えた。


大会全体から受けた印象

約1ヶ月の戦いが終わり、勝者はフランスになった。ドイツやアルゼンチンが早々に消え、またオランダやイタリアが予選を通過できなかったため、大会に顔を見せなかった。優勝候補筆頭と言われたブラジルも、ベスト8でいなくなった。決勝トーナメントに入ってから印象に残ったのは、地元のロシアとスウェーデンだろうか。ヨーロッパのチームとして、中堅かそれ以下の代表が、しぶとく戦ってベスト8までいった。グループリーグにもしぶとく戦っていたチームはいくつかあったが、得点力が低いと、引き分けられても勝ち越すのが難しそうだ。その点、ロシアとスウェーデンには得点する方法論があったということだ。ロシアのチェリシェフは、ロナウド、グリーズマンなどと並んで、今大会4ゴールをあげている。5ゴールあれば得点王の可能性もあるW杯で、4ゴールは大したものだ。

この大会の特徴としてよく言われているのが、セットプレーからの得点が多いこと。またPA内のファールやハンドによるPKによる得点も多かったそうだ。VARによる判断が影響したのかもしれない。大会中の一発レッドカードは、2枚だった。そのうちの1枚が、グループリーグ第1戦の日本、コロンビア戦のハンドによるカードおよびPKである。その3日前のグループCの対オーストラリア戦で、フランスのウンティティが犯したハンドと変わらないように見えたので(イエローだった)、コロンビアのサンチェスにレッドカードが出たときは驚いた。試合開始後1、2分のことだった。この時間にレッドとは、と試合が半分壊れたことにがっかりしたのを覚えている。

コロンビアの選手たちはもちろんレフェリーに抗議していた。しかし判定は覆らなかった。レッドカードが適切だったか、テレビ画面でしか見ていない自分には判断はつかない。ただ、2010年大会のとき、ウルグアイのスアレスが、ベスト8の戦いで、ゴールマウスの前に立ってガーナのシュートしたボールを手で掻き出して、レッドカードとなったプレーとは全く違うものだ。ウンティティのハンドの方に近い気がした。試合のほとんど全部の時間を10人で戦わなければならなかったコロンビアにとって、一発退場の判定はこの試合のすべてだったかもしれない。その後、一発レッドカードは、ベスト16に入ってからスイスが受けた、対スウェーデン戦94分(アディショナルタイム)のもののみだった。 

ここ最近の大会での一発レッドの数を見てみると、2014年が7枚、2010年が9枚、2006年が5枚、2002年が11枚。今大会は一発レッドカードが非常に少ない大会ということになる。過去の記録を1930年の第1回大会から見てみると、やはり早い時間帯に退場者を出したチームは、多くの場合負けている。今大会のコロンビアの4分(公式記録)というのは、1986年にウルグアイがスコットランドとの試合で、1分で退場者を出したときに次ぐものだ(この試合は0−0。残り時間、どんな試合になったか想像がつく)。それ以外には1962年チリ大会で、イタリアがチリ戦で8分に退場者を出し、0−2で負けている。詳細はわからないが、チリが開催国だったことを考えると、あり得る判定だったのかもしれない。そのときのグループリーグの対戦表を見ると、この試合の勝敗が、どちらが決勝トーナメントに進むかに大きく影響したように見える。当時イタリアは2度の優勝経験があり、その次の大会では準優勝している。

日本が開始4分で相手チームに退場者を出させたことは、史上2番目の早さということになる。大会の全試合でたった2枚の一発レッドしかなく、もう1枚は試合最終盤だったことを考えると、日本にとってかなり恵まれた判定だったのではないか。

この判定だけでなく、V ARを使用していてもなお、レフェリングに疑問が残ることはあった。ただ全体としては、これまで見逃されていたオフサイドやペナルティエリア内でのファールが指摘、判断できるようになり、進歩したのかもしれない。今後さらに判断の精度が高められていくことに期待がかかるだろう。

FIFAによって配信された試合中のデータが、各チームの戦術にどう影響したのか、まだそれを記した記事は読んでいない。公式ページ(英語)に掲載されている各種データは、各チームに配布されたデバイスにも配信されていたことだろう。これについては何か面白い発見があれば、また書こうと思う。


地元ロシアや大会運営についての評価

ロシア大会についての全体的な評価はどうだったのか。運営について、BBCの記者やFIFA会長は、スタジアムそのものや会場の整備、各会場への交通の無料化など、ホスピタリティやサービスに素晴らしものがあり、権威主義的なロシアというイメージは間違っていることを証明した、などと発言したようだ。英語版ウィキペディアで引用されていた。日本語の記事では、ロシアという国や大会運営についての感想をほとんど見かけなかったが、12回目のW杯観戦を果たしたベテランのサッカーライター後藤健生さんは、「過去W杯の中でも最高の運営」と取り上げて褒めていた。

滞在した街の治安がよく、夜中でも安心して歩けたこと、深夜でも公共交通機関が動いていること、メトロでもバスでも、1分ごとに車両が到着し、便利なことこの上ないこと、取材者用のADカードをもっていると、すべての交通機関が無料なこと、飛行機の運賃も安く、試合チケットのある人は、都市間の列車に無料で乗れること、スーパーでの少額の買い物に到るまで、クレジット決済ができること、スタジアムでは荷物検査を徹底しながらも、入場口の人の流れがスムーズで混雑がなかったこと、などが挙げられていた。

後藤さんは書く。「2018年にロシア・ワールドカップを観戦した人が、2020年のオリンピックで東京を訪れたとしたら、果たして満足してもらえるものだろうか……。ロシア大会の大成功によって、東京大会にとってハードルがかなり上がったように思えるのだが……。」 ロシアという場所や社会の現在について、ロシア大会の運営について、日本語の記事があまりないことからも、日本の関係者が、あるいは国民が、こういった側面に対して関心が薄いことがうかがわれる。「日本の伝統をつたえるオ・モ・テ・ナ・シ」もいいかもしれないが、誰もが普通に快適に滞在できるサービスが行き渡っている方が、国際スポーツ大会の現場では、人を選ばず、多くの人に喜ばれるのではないだろうか。


その他に思ったこと

ウィンブルドンの決勝を制して、久々の活躍を見せたジョコビッチ選手が、優勝インタビューで話していたことが記憶に残った。ジョコビッチは肘などの怪我や手術で、トップレベルのプレーから長期間遠ざかっていた。あまりに長い離脱で、年齢も31歳、もうトップに返り咲くことはないのだろうかと思い始めていた。

そのジョコビッチが復帰までの長い道のりについて、「(復帰に向けての)プロセスを信じる必要があった」と述べていた。これを聞いて思い出したのが、サッカー日本代表のキャプテン長谷部選手の釈明だった。W杯グループリーグ第3戦のポーランド戦で、試合終了までの残りの10分近く、チーム全員で後ろでボールを回しつづけたことへのファンからの非難に対しての言葉だった。「結果がすべて」「プロの世界は結果がすべてだから」こう言ったのだ。

ここでいう結果とは、「決勝トーナメントに進むこと」である。その時点で日本は1勝1引き分けで、第3戦で敗戦の最中にあった。引き分け以上で(勝ち点5)グループリーグを自力で抜けられる状態だった。しかし監督の指示で、長谷部選手は、0−1で負けている状態を保持することをチームに伝えるはめになった。それは同時刻他会場のセネガルがコロンビアに負けていて、勝ち点(4)と得失点差(0)はセネガルと全く同じながら、イエローカードの数がセネガルより少ない日本は、これ以上、今やっている試合でイエローをもらわなければ、勝ち抜けられるのではないか、と踏んだのだ。セネガルが最後の最後に1点入れて、コロンビアと引き分ければ、日本は敗退だったが、それは考慮から外された。負けたままでスコアを動かさなければ(もし下手に攻めて、もう1点ポーランドに取られれば敗退)、ここを通過できる、という方に日本は賭けた。つまり運を天に任せた。

この行為を正当化するために、日本人の中には、数学の確率などをつかって合理性があることを説明する人もいたようだ。その計算が確率的に合っていたとしても、セネガルが1点入れて引き分けに持ち込む可能性は50%あった。0−1で負けたままにしておく方が、1−1にして追いつき、自ら引き分けを手にして次のステージに進むより、ずっと勝算がある、と見た心理とはいったいどんなものだったのだろう。自分たちはポーランドにはどうやっても得点することができない、と見極めたということなのか。そうであればスコアは0−1であっても、日本はポーランドに大敗したようなものだ。

あの場では監督も長谷部選手もある種のパニックに陥っていたのかもしれない。日本とポーランド戦が終了時間を迎えたとき、まだセネガル、コロンビア戦は終わっていなかった。日本の選手たち、監督、スタッフの虚ろな表情がテレビカメラに捕らえられた。自分たちの運命が、他会場の試合結果に委ねられていた。少ししてやっと、セネガルがそのまま負けた情報が入り、日本代表チームに控えめな笑顔が戻った。よかった、通った。

わたしはこの時日本代表が選択した行動と、他会場の結果を心配して虚ろになった選手たちの表情を見て、これは心理的に相当な傷になるのではと思った。しかしその後のインタビューの様子や、「チーム状態はすごくいいです」という選手たちの発言を聞いて、それほど傷ついてはいないのかもしれないと思った。そして長谷部選手の「結果がすべて」「プロの世界は結果がすべて」という発言があった。

プロの世界は結果がすべて、というのは本当のことではないと思う。それはサッカーに限ったことではない。長谷部選手が「結果がすべて」と発言したのは、ポーランド戦後にキャプテンとして、チームが選択したプレーに対して、そう言うしかなかったのかもしれない。しかし、と思う。違うことを言ってもかまわなかったのでは。一般に、日本の選手は、記者の質問に対して当たり前の、型通りのことしか言わない。記者への信頼がないのだろう。あるいは記者の向こう側にいるファンや日本国民に、本音は言えないと思っているのだろう。

ジョコビッチは「プロセスを信じる必要があった」と語った。プロセスを信じることは、結果がすべて、結果のみを信じることより難しいことだ。もし日本代表がポーランド戦で、「(やっていることの)プロセスを信じる必要がある」と考えたなら、自分たちは1点取りにいって引き分けに持ち込める、それだけの力も信念もある、ということになり、それが果たせれば勝ち点5を手にし、他会場の結果と関係なく、堂々グループリーグを突破できた。試合終了後の虚ろな表情に陥ることはなかった。

仮にそれが果たせず、ポーランドから得点が奪えなかったとして、あるいはさらなる追加点を取られて負けた場合も、それが実力だったと思えば、納得はできるのではないか。そこから学ぶことは多かったかもしれない。あのギリギリの状況下で、勝負から逃げずに、力を出し尽くして戦うことで得られるものの大きさを考えずにはいられない。1勝、1引き分け、1敗の勝ち点4で、グループリーグ敗退。この結果は、戦績として、決勝トーナメントを戦った後の結果、1勝、1引き分け、2敗とほぼ同じだ。プラスされるものはなかった。であれば、グループリーグで勝ち点5なり、勝ち点7なりを取ることを目標にしていた方が健全だったのではないか。真の実力を上げる、それを追求するという意味で、今後に繋がる気がする。

前回も書いたが、今大会のグループリーグで、勝ち点4でトーナメントに進めたのは、日本とアルゼンチンのみ。勝ち点4はギリギリの線なのだ。イランとセネガルは勝ち点4で落ちた。決勝トーナメントにおいて、グループリーグで勝ち点6以下のチームは、いずれもベスト8には進めていない。こういう一発勝負の大会では、先に進むことが大事なのはわかるが、確実に実力を上げていくには、グループリーグでの戦績を確かなものにしていく、という考え方があってもいいと思う。勝ち点4ではなく、勝ち点5以上を常に取れるようにしていけば、結果として、決勝トーナメントに進めるようになるはずだ。その意味で、もうちょっとでベスト8に進めた、次の目標はベスト8だ、といって盛り上がるのは楽しいかもしれないけれど、早まった考えであり、軽はずみな判断ではないかなと思ってる。日本の今大会の成績は、32チーム中15位だった。


20180710

W杯日誌(ベスト8、ベスト4)

ベスト8 2018.7.5記

W杯が始まって4週間、残りあと10日ほどで決勝を迎える。ここまでに出場32チームの中からベスト8が出揃った。

ウルグアイ、フランス、ロシア、クロアチア、ベルギー、ブラジル、スウェーデン、イングランド

こうやって見てみると、ロシアのところにスペインが、スウェーデンの代わりにスイスが入っていてもおかしくはないものの、ほぼ順当と言えるのではないか。アルゼンチンやドイツがここに入ってないのは、珍しいことではあるけれど、試合を見た感じでは、それもありと思える。

開催国枠で出場したロシアは、グループリーグ敗退かとも予想されたが、意外にも、ブラジル大会以降に相当な進化をさせてきた結果なのか、ベスト8まで勝ち進んだ。4年前の大会では引き分け2の勝ち点2で、グループ3位でリーグ戦を敗退している。面白みの少ない、堅いチームだなという印象をもった。しかし調べてみると、当時、意外なことにFIFAランクは19位だったようだ。今回は(65位)と32チーム中最下位での出場。

ロシアは開催国のため予選の試合がないので、大会前にブラジル、アルゼンチン、フランス、ポルトガルなどの強豪チームとの強化試合を組み、そこで負け続けてきたという。それが65位という順位に影響しているのかもしれない(予選がなかったため試合数が少ないことが基本にあったとしても)。しかし本大会の成果を見れば、順位が落ちるのを気にせず、強豪チームと対戦してきたことが、生きているようにも見える。去年の11月にはスペインとの親善試合を3−3の引き分けに持ち込んでおり、ロシア大会でのベスト16では、そのスペインと当たり1−1のPK戦で勝っている。

ロシアは堅い守りとカウンター攻撃のチームと思うが、グループリーグではサウジアラビアに5−0、エジプトに3−1と勝ち、ウルグアイに0−3で負けている。ウルグアイ戦を見て、このあたりが限度かと思ったが、決勝トーナメント第1戦のスペイン戦はPK戦に持ち込んだ。ここまでの得点は9、失点5で、得失点差は+4。アルゼンチンと決勝Tで打ち合いをしたフランスが+3、手堅いスウェーデンが+4だから、それほど悪くはない数字だ。因みに失点の少ないウルグアイ、クロアチア、ブラジルは+6、得点の多いベルギーは+8となっている。

ロシアがベスト4を競う相手はクロアチア。グループリーグではナイジェリア、アルゼンチン、アイスランドに勝ち、勝ち点9の1位通過だった。アルゼンチン戦では相手GKに大きなミスがあり、運も味方した。クロアチアはそこそこスタープレイヤーのいるチームで、印象的なプレーをしていると言う人もいるようだが、わたし自身の感想としては、今大会、さほど冴えたプレーを見た記憶がない。しかし期待していたナイジェリアが、クロアチア戦で非常に劣って見えたのは、クロアチアが抑えていたせいなのかもしれない。第2戦のアイスランド戦後半では、ナイジェリアは良い戦いをして、2−0で勝っているのだから。やはり相手によってチームの見え方は大きく変わるので、複数の試合を見ないと実力や特徴はつかみにくい。

ロシアとクロアチア。実力や選手層からいえばクロアチアに分があるだろう。クロアチアはここまでに失点2と守備も堅いようだ。調子の乗らないアルゼンチンではあったが、得点0に抑えてもいる。ロシアはこのクロアチアに対して、得点するのは難しいかもしれない。勝ち目があるとするなら引け分けに持ち込んで、PK戦で勝負するか。それとも何か特別なオプションをもっているかどうか。

ベスト8に進んだチームの中で、ロシアとともにやや意外だったのはスウェーデンだ。ヨーロッパ予選を2位で通過し(フランスが1位のグループ)、イタリアとのプレーオフに勝って本大会に進んできた。イタリアを破ったホーム&アウェイの2試合はテレビで見たが、しぶとい戦い振りだった。それがW杯本大会でも十二分に発揮されている。

グループリーグでは、初戦韓国にはPKの1点で勝ち、ドイツ戦では1−1のロスタイムに1点入れられて負けてしまったが、終始しぶとい戦いを見せていた。第3戦でメキシコに3−0で勝ったときは驚いた。メキシコは初戦でドイツに勝っていたから、メキシコは強く見えた。ドイツ、メキシコ、スウェーデン、韓国のグループFで、スウェーデンが1位通過するとは想像していなかった。ドイツとメキシコが通過すると思っていたのだ。

スウェーデンは準決勝をかけてイングランドと対戦する。イングランドの印象は、選手層が厚く、平均年齢が低いこと。スタープレイヤーもいて、スピードがあり、守備も統率が取れている。決勝トーナメント第1戦のコロンビア戦では、うまくコロンビアを抑えていたように見えた。コロンビアはキープレイヤーのハメス・ロドリゲスを負傷で欠いていたが、基本的にはアグレッシブでスピードもあり、強いチームという印象がある。グループリーグ第2戦の3−0で勝ったポーランド戦を見て、相当強いと感じた。FIFAランク8位のポーランドは今大会、まったく冴えない試合ばかりしていたが、守備はそれなりに堅いと思うので。この試合の解説をしていた戸田和幸さんが、コロンビアの強さに驚嘆し、日本戦では退場者が出ていてよかった、とポロリと口にしたくらい。11人対11人であれば、日本はとても勝てそうにないチームに見えた。やはり短期決戦のW杯では、運が大きく作用することも多いということか。

イングランドはこのコロンビアに1ー1で引き分け、PK戦(4−3)で勝った。イングランドの試合中の得点は、相手ファールによるPKだった。コロンビアはコーナーキックからのセットプレーで1点を返した。試合全体の印象としては、イングランドがコントロールしているように見えたが、コロンビアの時間もそれなりにあったと思う。

このようなイングランドとスウェーデンのベスト8の戦いはどのようなものになるだろう。イングランドはこれまで勝ったことのなかったPK戦を制したことで、自信を高めているかもしれない。監督のサウスゲートが、PK戦の練習を含め、入念な準備をしてきたという。得点の取れる前線のプレイヤーで言えば、イングランドはスウェーデンに優っている。前線のタレントはたくさんいるし、スピーディーで得点力も高い。

ベスト8のダークホースと見られるロシアとスウェーデン、この二つのどちらかが準決勝に進めるかどうか。どちらも守備に重心を置いた粘り強いチームだ。高さもある。いずれかのチームが勝ち進むようなことがあれば、今大会のサプライズになることは間違いない。 

今大会で一つ注目してきたのは、守備に重心を置いたチームだ。攻撃に優るチームと守備に優るチーム、どちらが有利に試合を進められるものなのか。あるいは実力で劣るチームは、どちらに重心を置いた方がより勝てる可能性が高まるのか。

アジアからの出場ではイラン代表に注目していた。アジアで1番の順位(34位)をこのところ保ち、グループリーグで勝ち点4を取ったイラン。スペイン、ポルトガルという強豪グループに入ったのは不運だったかもしれない。勝ち点4を取りながらグループリーグを敗退した。グループHの日本は、同じ勝ち点4、得失点差0で決勝トーナメントに進むことができたのだが。勝ち点4で決勝トーナメントに進めたのは日本とアルゼンチンのみ。勝ち点4で進めなかったのはイランと、日本と最後に通過を競い、フェアプレーポイント(イエローカードなどの枚数によるポイント)の差で負けたセネガルの2チーム。

日本とイランの得点と失点を比べると、チームの性質の違いがよくわかる。(グループリーグで)日本は得点4、失点4、イランは得点2、失点2。イランは8年前からポルトガル人のカルロス・ケイロスの元でチームづくりをしてきた。特徴としては守備に重心を置いていて、得点力はあまり高くない。前大会は1分け2敗で、勝ち点1、得点1、失点4(得失点差ー3)でグループ最下位。一方日本も同じく1分け2敗で、勝ち点1、得点2、失点6(得失点差ー4)で最下位。

しかしイランは今回少しだけ進歩したのかもしれない。モロッコ戦の1得点は相手のオウンゴールだったが、スペイン戦ではよく守り、前半は0−0。スペインに後半1点を入れられると、イランは方針転換、突如攻撃型のプレーに入った。見事な変身ぶりで驚いた。あれ、こんなプレーできるの?! 得点を取りにいくプレーを手の内に隠し持ちながら、守備に重心を置いて戦いつづける姿勢、その精神のあり様に感心した。するとイランがついに1点を入れる。ゴールの歓喜にわくイラン。ところがVARの判定によりオフサイドとなり、この得点は取り消された。

イランはもしここでスペインと引き分けられていれば、次のポルトガル戦でも引き分けているので、グループリーグ突破が可能だった。第3戦が現状と同じであれば、スペインは勝ち点3で敗退し、イランは勝ち点5でグループリーグを突破した。イランは得点力に問題があるのは変わらないと思うが、攻撃の形はもっていてそれなりの威力はありそうなので、前大会から見れば少し進歩があったのではないか。

日本の進化については判断が難しいかもしれない。前大会は史上最強のチームと言われ、ザッケローニの元、期待を背負ってブラジルへ。しかし結果は1分け、2敗、勝ち点1しか取れなかった。今大会は初戦でコロンビアに勝ち、セネガルに引き分け、ポーランドには負けたものの、決勝トーナメントではベルギーに善戦。ということになるのだが、コロンビア戦は87分間、ほぼ試合の全体を退場者を出した10人の相手チームと戦う、という幸運があった。攻撃に威力のあるコロンビアから、全開のパワーを受けることを避けられた。セネガル戦は点を取られては追いかけるという展開だったが、がんばってよく追いついたという意味で価値が高い。第3戦のポーランド戦は引き分け(以上で)なければならない試合だったが、0−1で負けてしまった。直前のスイスとの親善試合に似て、こういう(ヨーロッパ型の)守備のチームには日本は弱いのかもしれない。たとえばグループFに入って、初戦をスウェーデンと戦っていたら、勝つことは難しかったかもしれない。日本と実力の近い韓国は、このグループを1勝2敗で敗退している。

ベルギー戦では、日本は後半すぐに2点先取したものの、最終的に3点取られて負けてしまった。このパターンはブラジル大会でも、2006年のドイツ大会でも見た風景だ。ブラジル大会では、第1戦のコートジボワール戦で、前半1点先制していたのに、後半になってドログバが投入されると、その2分後に立て続けに2点入れられ負けてしまった。第3戦のコロンビア戦でも、前半に相手に1点入れられたあと追いついたのだが、後半ハメス・ロドリゲスが投入されると、彼のアシスト二つとゴール一つの計3点を入れられ負けてしまった。ドイツ大会のときもオーストラリア戦、ブラジル戦ともに先制しながら、相手に3点、4点と入れられ負けている。特にオーストラリア戦で、1−0で勝っていた試合の最終盤、わずか数分間のうちに3失点した衝撃は大きかった。このような負け方を第1戦ですると、第2戦で日本は0−0の堅い試合をすることが多い(ブラジル大会のギリシア戦、ドイツ大会のクロアチア戦)。

2010年の南アフリカ大会のときは、岡田武史監督の元、急仕立ての超守備的な戦いをして勝ち点6(得点4、失点2)で決勝トーナメントへ進んだ。数字的には、日本としては理想的といっていい成績。ここでは上記のようなパターンには陥らなかった。今大会、解説者としてテレビに出演していた岡田さんの話では、第3戦のデンマーク戦で、超守備的な戦いはこの辺でやめ、本来の攻撃的な戦いをしようとしたが、すぐに危なくなって元に戻した、ということだった。デンマーク戦では、本田と遠藤が前半に直接フリーキックを決め2点を先取していた。試合終盤にPKを取られ、その流れで1失点しているが、そのあと日本が追加点を入れて勝ちきっている。2010年には陥ることのなかったパターンに、2006年、2014年につづいて今大会もはまってしまったのだろうか。それとも今回の敗戦は、違った種類のものなのか。

サッカーでは守備も攻撃も両方するわけで、守備的、攻撃的と簡単には分けられない。しかし戦い方のプランのベースには、このどちらかがあるに違いない。中堅〜弱小チームに限っていえば、一般に守備をベースに置くチームは、失点は少ないが得点も少ない。攻撃にベースを置くチームは得点はできても、失点が多く、時に失点が得点をうわまわる。つまり負けてしまうということ。日本は気持ち的には攻撃をベースに戦いたいチームだと思うが(選手もサポーターも国民も)、このやり方だとどうしても失点が多くなる。2010年の南アフリカ大会では、超守備的な戦いをあえてして、数字的には2勝、1分け、1敗という日本サッカー史上、W杯で最高の成績を残した。しかしこのやり方は良しとされなかったのか、このときの経験が、現在に至るまで生かされているとは言えない。

間もなく、準決勝をかけた戦いが始まる。サッカーは点を取り合うスポーツだから、得点能力の高いところが最終的に優位に立てるのか、それとも失点が少ないほど勝つ確率が高くなるのか。ベスト8で見ていくと、失点が少ないのは、ウルグアイ、ブラジルがここまで1失点、クロアチア、スウェーデンが2失点。得点が多いのは、ベルギー12得点、ロシア、イングランドが9得点となっている。


ベスト4 2018.7.10記

ベスト4をかけた全4試合を見た。準決勝に残ったのは、ベルギー、フランス、クロアチア、イングランド。

この4試合の中で、ロシアの戦いぶりは印象的だった。ロシアは今大会の最大のサプライズと言っていいかもしれない。ベスト4をかけたクロアチアとの戦いは、PK線にもつれこんだ。予想とは違い、ロシアは最初から積極的だった。やはりこのステージでは、先に点を取ることが重要と判断したのか。そして1点を先制。しかしすぐに1点を入れ返される。それはそうだろう。クロアチアが黙っているわけはない。そしてそのまま延長戦に。そこでクロアチアが追加点をあげたときは、やはり、と思った。ところがロシアは入れ返して同点にしたのだ。しぶとい戦いぶりだ。守るだけでなく得点力も示した。プランがしっかりしているのか、状況を見極めての選手交代も早かった。強さだけでなく、実質的な技術もあるチームに見えた。

そしてPK戦。PK戦は必ずしも実力を示すものではないが、しかしクロアチアが制したのは順当だったかもしれない。ロシアは2人が失敗した。3番目に蹴って枠を外してしまったのは、延長戦で同点ゴールを放ったフェルナンデスだった。そしてクロアチアの5番目のキッカーはラキティッチ。バルセロナでプレーする優れたミッドフィルダー。ラキティッチは落ち着いてこれを決め、クロアチアがベスト4に進出した。

ロシアの全5試合の戦いぶりは、プランも実力もあり、見事だったと思う。開催国枠での出場やグループリーグの優遇(自国がポッド1にいることで、最強のチームがいなかった)はあるものの、ベスト16だけでなく、ベスト8まで進んだことは大きな成果なのではないか。怪我でストライカーを1人欠いていたので、攻撃面での影響はあったかもしれないが。

スウェーデンも、もしベスト4に入ればサプライズのチームだったが、イングランドに2−0で負けて敗退した。スウェーデンもロシアと同様、このステージでは攻撃に積極性を見せていて、それまでの戦いぶりと少し印象が違った。しかし前半早い時間にコーナキックから失点し、さらに追加点を取られ、難しくなった。イングランドはコロンビア戦のPK戦あたりから評価をあげていたゴールキーパーのピクフォードが、スウェーデンの攻撃を好セーブで何度も止めて勝利に大きく貢献していた。

ということでダークホースの2チームは、ベスト8の戦いで、攻撃に少し重心を移したプランを実行していたように見えたが、やはり実力差が出たのか、勝ち切ることはできなかった。

ベルギー対ブラジルは、早い時間の失点(ブラジルのオウンゴール)が影響したのか、前半にもう1点追加点を奪われたブラジルが、形勢不利のままの試合を強いられた。失点の少なかったブラジルが、得点の多いベルギーに負けた形。

ウルグアイ対フランスは、なんといっても、ウルグアイに負傷者が出て出場できず(フォワードのカバーニ)、前線のパワーが半減したのが大きかったかもしれない。その前のベスト16の試合で、スアレス+カバーニの威力を見せつけられただけに、この2人のいるウルグアイとフランスとの戦いが見られなかったのは非常に残念だった。

準決勝は7月10日、11日(現地時間)、フランス対ベルギー、クロアチア対イングランドが戦う。ベルギーは1986年以来のベスト4(最高位)、クロアチアは1998年の(クロアチアとして)初出場での3位(最高位)以来の好成績となる。優勝経験のあるフランスは1998年の優勝(自国開催)、2006年の準優勝以来のベスト4以上、イングランドは1996年の優勝(自国開催)、1990年の4位以来のベスト4以上となる。

戦績で言えば、フランスが初めて自国以外の大会で優勝する可能性が高いように見える。ベルギーやクロアチアが優勝すれば、サプライズになるだろう。イングランドの優勝も、それに近いものがある。近年の成績を見てみれば、ベッカムやオーウェンがいた時代に、ベスト8まで行ったくらいで、強豪国とは言えない状態が続いていたからだ。

フランスが優勝するには、ベルギーに勝ち、決勝でイングランド、クロアチアの勝者に勝つ必要がある。エムバペ、グリーズマン、ジルーといった強力な前線が機能すれば、ルカク、アザール、デ・ブライネのベルギーに勝てそうな気がする。どちらもスピードとパワーを兼ね添えたチームだから、いずれにしても面白い試合になることだろう。

20180628

テクノロジーの進化とW杯ロシア大会



サッカーW杯ロシア大会がスタートした。2010年の南アフリカ大会、2014年のブラジル大会につづいて、なるべくたくさんの試合を観戦しようと思っている。すべての試合が地上波のNHKと民放で放映される予定だ。

サッカーの何がそんなに面白いの?と聞かれることがある。答えは展開や結果が予測できないから。八百長試合でもないかぎり、短期決戦のトーナメント戦では、強豪チームと弱小チームがマッチアップする場合でさえ、やってみないことにはどのような試合になるかは誰にもわからない。そこが面白い。

90分という時間の中で、両チームが何をし、どのような策を練り、それをどう実行していくか。負傷や退場など、思わぬハプニングも起こる。そのすべてが予測不可能。だから試合を見る前に、結果を知ってしまうことはあってはならないこと(平気な人もいるらしいが)。時差のある地域の試合をすべてライブで見れるわけではないので、録画で翌日見ることになり、結果の情報が入らないようにするには、ネットの閲覧をコントロールする必要がある。

情報というのは、今や手に入れることより、制御することの方が難しいかもしれない。ネットを閲覧していれば、速報を含め、逐次試合結果が流れてくる。うっかりGoogleで、検索ボックスにどこかの国名を入れただけで、W杯の試合結果が表示される可能性もある。たとえば「サッカー」とか「W杯」と書かなくても、今なら「セネガル 日本」と入れただけで、試合結果が出てくる可能性はとても高い。

ウィキペディアでも、たとえばテニスの四大大会などの結果は、対戦中にリアルタイムでどんどんアップデートされる(英語サイト)。テレビで見られないときは、これを見ていれば、試合の進行が最速でわかる(大会のオフィシャルページの更新とさして変わらない早さかもしれない)。逆に録画で試合を見ようと思っているときは、絶対にサイトに行ってはダメだ。情報の遮断をする。

スペイン・サッカーに詳しいコメンテーターの小澤一郎さんという人が、W杯開会前に気になることを言っていた。今回の大会は今までのものと、かなり違ったものになるだろう、というのだ。何が違うのだろう、とずっと考えていた。そして思い当たったのは、今大会からFIFA(国際サッカー連盟)が導入した、V A Rとリアルタイム・データ配信のシステムだ。W杯では、毎回なにかしら新しい技術がピッチの内外で披露される。

2010年の南アフリカ大会のときは、映像技術において様々な試みがされていた。以下は葉っぱの坑夫サイトに掲載したときの記録から。

<中継映像 1>
FIFA制作の中継映像が、放映権を得た各テレビ局によって流されている。プログラムのアイキャッチ映像、各チームの紹介プログラム(競技の進行に従って、各試合に即した新しいものが現場でつくられている)、実況中継、この三つが提供される主な内容である。これを基本に各テレビ局では、解説者やゲストを迎えての分析や感想を加えて番組にしている。今大会の映像で気づいたことは、何台ものカメラによるアングルの多彩さ。中でもかなり高い位置からのピッチ全体を見下ろす俯瞰の映像は圧巻だった。一斉にゴールに向かって走り出す攻守のプレイヤーたちを野生動物のように美しく捉えていた。ゴールネット隅の背後から捉えた、ゴール瞬間の映像も迫力があった。再生映像では、プレイの直後に数種類のアングルから捉えたものを畳み込むようにスピーディに流したり、ズーム・インで捉えた決定的瞬間の選手の動きや表情をストップモーションや超スロウ再生で映し出したり、高度な技術とアート性を感じた。前者は見る者にこのスポーツへの理解を深めさせるのに役立つだろうし、後者は文学や音楽や演劇などで人間が表そうとしているものを瞬時の判断で見事に一つの映像に結晶させていた。


超スロウ映像の多用については、ちょっとやりすぎではないか、大事なライブ映像を逃してしまう、という批判もあったようで、それ以降の大会では、もっとシンプルな映像になっている。2010年はひとつの試みであったと想像される。悪いことはではない。今大会でも、ここはというシーンでは、選手の表情のクローズアップなどがスロウ映像で捉えられている。

2014年のブラジル大会では、ゴールライン・テクノロジーのシステムが導入され、ボールがゴールラインを割ったか(ゴールマウスの中に完全に入ったか)を、必要に応じて判断基準に取り入れることになった。テニスでもそうだが、ボールがラインから完全に離れていること、つまりボールがラインに触れていないことが基準になる。サッカーではボールが見た目、ゴール内に入っているように見えても、ラインの内側とボールがわずかでも触れていればノーゴールになる。これをレフェリーが目で判断しかねるとき、映像データシステムをつかってゴールかどうか決めるのだ。この技術が出てきたときは、試合が中断されるなどの理由で賛否両論だったが、今ではヨーロッパのいくつかのリーグで導入されているようだ。

そして2018年ロシア大会で導入されたのが、V A Rとリアルタイム・データの配信だ。V A Rとはヴィデオ・アシスタント・レフェリーのことで、危険なファールやハンドなどカードの対象になるようなプレー、ファールによるPK(ペナルティキック)やオフサイドの判定など得点にからむシーンで、レフェリーが見逃したり、死角で見えなかったりしたプレーを、ヴィデオの映像を使用して判断の助けとする仕組。これも試合が中断されるなどの理由で反対意見がかなりあったようだが、採用の仕方の改善などもあって、ロシア大会でこれまで行なわれたものについては、さほど大きなストレスは感じなかった。親善試合などのテスト期間で見たときは、レフェリーがその場でプレーを止めて、ピッチの外にあるモニターを見にいき、そこでセンターとやり取りする、というやり方で時間がかかっていた。

ロシア大会では、プレーはそのまま続行し、判定に問題があるかもしれないと判断された場合のみ、レフェリーがピッチ外にセッティングされたモニターの前まで走っていき、映像を確認する。そこに至るまでは、試合を止めずに進めている。問題の提出はレフェリーからモスクワにあるセンターに委任されるのか、それともセンターからレフェリーに連絡がいくのか、その両方なのかわからない。V A Rセンターの側にも各国のレフェリーがいるので、そのレフェリーの映像確認によって問題の箇所が通達され、ピッチ内の主審レフェリーがそれを見た上で判断するのではないか。ここまで見た試合でV A Rを利用したケースでは、V A Rの映像が判定結果につながっていた。グループリーグ第2戦、白熱した0ー0状態のブラジル対コスタリカ戦では、レフェリーにより「ファールによるPK」といったん判断されたものが、V A Rの映像確認によって覆された。 

主審レフェリーが映像確認して裁定を下すまでの時間は、それほど長くはない。これにより公平性が高まるのであれば、V A Rの使用は多くの人が納得するのではないか。(グループリーグ第3戦のポルトガル対イランの試合では、レフェリーの質の低さから、V A Rの使用時にも混乱があったが)

レフェリーが駆け足でピッチを離れ、設置されたモニターに一人向き合っている図は、なにか面白いものがある。不思議な光景というか。アドレナリンが多量に放出されている熱い戦いのさなかに、クールな風がヒョロヒョロと通り抜けていったみたいな。それが理由で試合の邪魔になるという人もいるかもしれない。それはそれで理解できる。ただ完璧にとはいかないまでも、可能なかぎり裁定に公平性をという意図は、それはそれで正しい。技術を手にしたとき、それを使うかどうかは人間の判断に任さられる。しかし手にしている技術を使わない、という判断を下すこともそれはそれで難しい。

人間がやっている遊び(スポーツ)なのに、公平性のためだからと言って、機械を入れることはサッカーをつまらなくする、という考えもあるかもしれない。レフェリーが、100%、間違うことなく正しい判断をするのは、人間の能力を超えることだ。人間の限界を理解し、機械で補う。どう考えるかは人によると思う。ただ判断基準はあるのだから、機械の力を借りれば、判断の精度はあがり、レフェリング全体の技術の向上にもつながるかもしれない。

ただ一つ思ったのは、V A Rが当たり前になったとき、どんな判定もV A Rさえ通せばお墨付きの決定事項となり、誰も異を唱えられないかもしれない、ということ。今大会のベルギー対チュニジア戦で、少し疑問に感じたことがあった。試合開始後まもなく、ベルギーのスタープレイヤー、アザールが猛スピードでチュニジアのゴール前(ペナルティエリア)に走りこもうとした。チュニジアの選手がそれを猛追し、ファールが起きた。画面で見ていた感じでは、ファールが起きたのはペナルティエリアの線の外に見えた。すぐに鋭いホイッスルが鳴り、レフェリーは迷いなく即座にペナルティキッックを指示。すぐにテレビの再生映像が様々な角度からその場面を映し出した。それを見た感じから言うと、足がかかった場所はエリアの外に見えた。PKを蹴る前にV A Rで確認ということになり、レフェリーがモニターに走ったが、一瞬で判断してピッチに戻ってきて判定どおりのPKを指示した。えーっ!という感じだった。外でしょ? (いや、V A Rの診断には、人の目では捉えられない、何か特別な基準があるのかもしれない?) 試合後のハイライト映像を流しているとき、番組MCの一人も「外でしょ」と小さくつぶやいていた。微妙な位置だったことは間違いない。

試合はその後、ベルギーが勢いづいて次々に得点し、5ー2の大差で勝利した。確かにベルギーは強いし、実力はチュニジアの比ではない。このような結果になれば、あのPK判定のことは皆忘れてしまうだろう。チュニジアの選手以外は。そしてベルギーの揺るぎない強さが絶賛される。しかしあのPKの1点は最初の得点であり、意外にもそこまでベルギーがチュニジアに結構攻め込まれていたことを考えれば、あのPKはベルギーにとって天からの恵み。サッカーというのはこんな風にして流れが変わり、試合を決定することがある。

何故わたしがこの判定にこだわるかと言うと、同じグループの第1戦、イングランド対チュニジア戦で、実力差があるはずのイングランドがチュニジアに攻め込まれ、追加点に苦労していたからだ。チュニジアに得点を許したイングランドは、1ー1のまま試合を終えそうだった。最後の最後、アディショナルタイムにやっと1点入れ返し、まあこれが実力の差かもしれないが、この試合でイングランドが勝利するために苦労したことは確かだった。世界ランクでいうと、チュニジアは21位とアフリカ勢で最高位、一方イングランドは最近調子がいいと言っても12位。10位分の差だ。「チュニジアは弱小チーム」という一般的なイメージは当たらない。あれだけ攻め込んでいたのもわかる。

そんな試合の流れだったので、評判の高かったイングランドの実力を疑う人もいたようだが、わたしはむしろチュニジアの実力の程に関心が向いた。ベルギー戦を見れば、ある程度わかるだろう、というつもりでその試合を見ていた。だから試合開始まもなく、疑わしいPKの判定が下されたことにはがっかりした。V A Rにより判定が決定したことで、このファールの位置は問答無用になった。V A Rはもし意図して使おうと思えば、そのように(ダメ押しとして)も使えるのではないか、という疑問が起きた。意図としてはもちろん、正確さや公平性を保つため、誤審を減らすためにあるのだが。小さなささくれのようなものが残った。

次は今回取り入れられたもう一つのテクノロジー、リアルタイム・データの配信について。メディアや実況などでまだあまり取り上げられていないが、今大会から、F IF Aがピッチで行なわれている試合からデータを収集し、それを各チームに2台ずつ配ったタブレットに、リアルタイムで配信するというシステムのことだ。「コーチングの目的で情報収集を行ない、そのデータをベンチに送ること」をF IF Aが許可した、ということらしい。タブレットを配ったり、情報を配信しているのだから、F IF Aはこれを推進しているようにも見える。あるいはすでにデータ利用に着手している国もあるようなので、いずれ広まるということでコントロールしようとしているのかもしれない。


データの内容はどんなものかというと、選手の位置データやパス、プレス、スピード、タックルなどをトラッキングしたものの統計や、30秒遅れの試合映像といったもののようだ。このデータをアナリストが分析し、コーチや監督、あるいは医療スタッフに提示するとか。これを元に、監督は目で見た試合状況だけでなく、データから得た情報によって戦略を変更したり、選手交代をしたりするのだろうか。どこかの国のチームでは、スタンドにいるアナリストとベンチの監督とのやり取りがスムーズにいくか、大会前にシミュレーションしたと聞いた。

ここまで試合を見ている感じでは、監督やコーチが表だってタブレットを手にしている姿は見られない。どのように利用しているかは、チームのIT技術の進度や理解によるのかもしれない。しかしこういうものが出てきたということは、4年後の次の大会では、話題としてもっと出てくるのではないか。今大会でいい成績をあげたチームが、有効利用していたなどということになれば、なおのこと。


この記事の草稿を書いているとき、レフェリングについて、2010年の南アフリカ大会のときの記録をいくつか確認してみた。V A Rのない時代のレフェリングについて。

<レフェリー>
ルールに則って行なわれることであっても、一つ一つの判断は個々のレフェリーの裁量によってなされ、解釈されるわけで、ときに事実との食い違い、誤審や微妙な裁定も下される。今大会でも決勝トーナメント1回戦のドイツ、イングランド戦でのゴール判定、アルゼンチン、メキシコ戦でのオフサイドの見逃しが大きな話題となった。どちらも誤審だったことが再生映像によりFIFAによっても認められた。誤審のあったプレイは直後に、スタジアムの大型スクリーン上で繰り返し再生され、観衆もそれを見ていた。判定はくつがえらなかったので、誤審のまま試合は進んだ。
(「ドキュメント<2010年南アフリカの小宇宙> サッカーW杯全試合観戦記」より)

2010年の大会ではV A Rは導入されていなかったものの、スタジアムの大型スクリーンではリプレイされ、観衆もテレビで見ている人もそれを目撃していた。このとき思ったのは、誤審は問題だが、レフェリー(人間)が間違うことがあるという事実を、見ている人全員が共有していることの大事さだった。おそらくこのような誤審を避けるため、今回のV A Rが導入されたのだろう。しかし2010年の時点で、リプレイ画像によって「事実」の情報の一部は提供されていた。目でリアルタイムで一度だけ見たものではなく、様々な角度から撮った再生映像によって事実確認する、という方法論は、すでにこの時点で示されていたことになる。

今回映像で気づいたことがもう一つ。これまでの大会では(少なくとも2010年のスカパーでは)、テレビ放映される映像はF IF A提供の国際映像だったのではないか、と思うのだが、今大会ではローカライズされたものが流されていた。日本、セネガル戦を見ていて、日本目線の映像ばかりなので、それに気づいた。日本向け映像(カメラマンが日本人、または日本のサッカー事情を知る者でないと撮れない)というのを購入できるのかもしれない。このあたりは調べてみないとわからない。日本では世界標準のものより、「日本向け」映像の方が「気持ち的に」ずっとウケるし、共感しやすいのだ。日本人選手の姿や表情を中心に捉えるだけでなく、スタンドに来ている「久保くん」の顔を捉えていたのでわかった。日本で久保くんは、子ども時代にバルセロナF Cのカンテーラ(下部組織)にいたことで有名人の仲間入りしている。サッカーでまだ何を成したというわけではないのに、すでにW杯中のテレビコマーシャルで単独起用されるほどの売れっ子ぶりだ。16歳になった久保くんの顔を認識しているのは、日本にいる日本人と日本のメディアくらいだと思われる。

2010年の大会はC Sのスカパーで全試合を見た。あのときのスカパーのW杯全試合放映のテーマは「世界標準」だった。だから国際映像を採用していたのかもしれない。2010年のときも民法やNHKでは、日本戦については、ローカライズされた映像を流していた可能性もある。わたしはもし選べるなら、日本の試合も国際映像で見たい。せっかく国際大会を見ているのに、日本人目線の映像でそれを見る理由はない。今回の日本、セネガルの試合の場合も、日本の選手はよく知っているわけで、むしろセネガルの選手の表情や姿をもっと見たかった。

多分こういった感想はまったく一般的でないとは思う。多くの人にとってどうでもいいことかもしれない(日本在住のセネガル人は別にして)。しかし気になる者にとっては、実況のコメントを聞いていても、(日本戦に関しては)自分が目で見ているものと違うことが話されていることも多い。コメントの方向は「良い面を強調し、批評、批判はしない」。不思議なもので、このようなコメントを素直に聞いて見ていると、自分の目で見た映像もその方向で修正されていく。情報というのは、このような入り方をして人々の脳に浸透していき「事実」となる。


20180608

Wスポーツの楽しみ(ロシアW杯まもなく!)


まもなくサッカーのワールドカップがロシアで開催される。6月14日(現地)スタートなので、ちょうど1週間後だ。7月15日までの1カ月間かけて、サッカーの世界一を競うことになる。サッカーはグローバルスポーツの一つで、地球上のあらゆる国で遊びとして、スポーツとして楽しまれている。

たとえば南米。南米は昔からサッカーが盛んな国が多く、ストリートや広場、海辺で裸足の子どもたちがボールを蹴っている姿は、一度は見たことがあるだろう。最近はブラジルでも、このような姿は減って、サッカーのうまい子は早い時期に、地元の有力クラブの教育システムに吸収されてしまうと聞いたことがある。とはいえ南米からは、多くの才能がつねに「発掘」され、ヨーロッパの主要リーグのトップレベルでたくさんの選手が活躍している。なぜヨーロッパかと言えば、それはそこに莫大な資金が投下された、世界最大の巨大マーケットがあるからだ。

さて今回のW杯では、南米の出場国に少し変化があった。常連のブラジルやアルゼンチン、そしてここ最近強さを取り戻しているウルグアイやコロンビアは出場枠にはいった。しかしチリ、パラグアイといったW杯によく登場する力のある国は、外れてしまい、前大会出場のエクアドルも外れ、ペルーが1982年以来の久々の出場となった。南米はW杯予選の激戦区と言われ、またアウェイの地が高地であったりもし、アルゼンチンですら、予選を戦い抜いて出場を決めるのは簡単ではないように見える。

今回出場のペルーはサッカーにおいてどんな国か、と見てみると、5月18日付けの世界ランキングでは11位に入っている。そんなに強いのだろうか?? ウルグアイやコロンビアより上位にいる。ウィキペディアで選手をあたってみると、ほとんどが地元南米かメキシコのリーグでプレーしていて、よく知られた名前は見当たらない。予選の結果は第5位で、ニュージーランドとのプレーオフにまわっている。予選ではボリビアやエクアドルといったW杯出場を逃した国には勝っているものの、上位の国に勝てているわけではない。

ロシア大会ではグループCに入り、そこにはフランス、デンマークがいるので、決勝トーナメントに進むのは難しいかもしれない。オーストラリアには勝てるかもしれないが、グループリーグ突破を図るには、フランスかデンマークのどちらかと引き分ける必要があるだろう。

次にアフリカを見てみよう。アフリカ諸国も南米同様、ストリートや草地で子どもたちがサッカーをする姿がよく絵になっている。南スーダンからの難民キャンプがある、ケニアのカクマ難民キャンプでも、サッカーは子どもたちの娯楽のメインになっている。南スーダンのロスト・ボーイズと呼ばれる内戦を逃れて旅を続けた子どもたちは、逃亡の道筋で、食べるものがないときも、靴下をまるめたボールでサッカーをしていた。どんな状況に置かれていても、人間には楽しみが必要なのだ、そこから得られるものは小さくないと知った。

アフリカも、南米と同じように、ヨーロッパのリーグへの優秀な選手の「補給」源になっている。青田買いのような形で、ヨーロッパのエージェントたちが、才能ある子どもを探しにアフリカ各国をまわっている、と聞いたことがある。南米もそうだが、アフリカも多くの国が貧しさにあえいでいる。子どもたちにとって、また家族にとっても、スポーツ選手になって大金を稼ぐことは、大きな希望になる。

ロシア大会では、アフリカ勢の顔ぶれはかなり変わった。前大会の出場国で今回も出ているのはナイジェリアだけ。出場5カ国の中でブラックアフリカは、他にセネガルのみで、あとは北アフリカの国になった。モロッコ、チュニジア、エジプトの三つで、どの国も久々の出場になる。このような入れ替えがあるのは、競争が激しいのか、国の事情、経済の問題などから代表チームの安定性が保ちにくいからなのか。ほぼ指定席が決まっているアジアとは、大きな違いだ。

アフリカの出場国の中で注目を集めているのは、エジプトとセネガルだろう。5月26日に決勝戦を終えたばかりの、ヨーロッパのクラブ1位を決めるチャンピオンズ・リーグ、まさにその決勝の舞台に、この両国から選手が出ていた。エジプトのモハメド・サラーとセネガルのサディオ・マネ、それぞれ25歳と26歳だ。やはりこのような世界最高の舞台に出場するような選手を輩出していることが、その国の現在の代表の力の一端を表しているのだろうか。サラーとマネはイングランドのプレミアリーグ(リヴァプール)でのチームメートであり、前線でサポートし合う3人のフォワード(攻撃的ポジション)のうちの2枚という役割を担っている。今シーズンの世界指折りの3トップと言われている、3枚のうちの2枚なのだ。

この二人はともにイスラム教徒で、試合開始前に両手を天に向けて祈ったり、ゴールのあとに大地にひざまずき頭を地に付けて、神への感謝を表している。もしこの二人の代表チームが勝ち上がったとしても、決勝まで当たることはない。チームの実力から言って、まずそんなことはあり得ないだろうが、もし、エジプトとセネガルが決勝で当たることになったら、と想像してみることはそれはそれで楽しい。グループリーグでエジプトは優位にたっているかもしれない。それは開催国出場枠ロシアのグループに入ったからだ。予想では、このグループではウルグアイとエジプトが勝ち抜ける可能性が高いのではないか。

ただチーム1番のエース、サラーは現在負傷中で、W杯のメンバー入りはしたようだが、初戦から出場できるかどうかはわからない状態。上に書いたチャンピオンズ・リーグの決勝戦で、相手チームのディフェンダーに腕をからまれたまま落下し、肩を痛め退場した。サラーはリヴァプールにおいてもチーム1のエースであり、最大の得点源。サラーがいなくなったことで、リヴァプールはストロングポイントを失い負けてしまった。サラー選手の怪我は、エジプトにとって一番恐れていたことだろう。しかしサッカーでは、特にチャンピオンズ・リーグ決勝のような大舞台で、最も危険な選手が激しいディフェンスを受けること、そしてそれが負傷につながることはあり得ることではある。それが起きた。とても残念なことではあるが。

サラー抜きのエジプトは、上に進む確率が格段に落ちることは間違いない。サラー以外にもイングランドのプレミアリーグなどでプレーする選手は何人かいるが、サラーが欠けることは、普通のチームになること、エジプト人の意気消沈はどれほどのものか。出場が可能になった場合も、どの程度までコンディションを戻せるかが焦点になるだろう。

一方セネガルのマネは、チャンピオンズ・リーグの決勝でサラー退場後、そして1点入れられてビハインドになった数分後に、ゴールを決めて同点とし、力を見せつけた。この選手がスーパーであることは、これを見ても間違いのないことだ。W杯でセネガルの属するグループHは、ポーランド、コロンビア、日本が入っている。セネガルは日本に勝てるだけの力はもっていると思うが、ポーランドとコロンビアに対しては未知数だ。決勝トーナメントに進めるかどうかは、半々くらいではないか。

チュニジアとモロッコについては全く知識がない。しかしチュニジアは世界ランク14位につけており、モロッコは42位。ちなみに日本は60位である(5月18日時点で)。チュニジアの選手を見てみると、地元チュニジアのリーグ以外には、サウジアラビアやフランスでプレーする人が多いようだ。ただ知られた名前は見当たらないし、監督もチュニジア人で、選手時代にヨーロッパでプレーした経験もないようだ。W杯の経験としては、過去に出場は何回かあるものの、決勝トーナメントに進んだことはない。そういったチームがどのようにして世界ランク14位という地位を確保しているのか、よくはわからない。14位というのはメキシコやコロンビア、ウルグアイの少し上なのだ。

北中米では今回、アメリカが外れた。この地域はアメリカとメキシコともう1カ国という感じだと思うので、少し驚いた。今回アメリカの代わりに入ったパナマは初出場の国。どんな選手がいるのか見てみると、地元パナマのリーグか、南米あるいはアメリカのリーグでプレーする人が多いようだ。名の知られた選手はいない。メキシコはW杯の常連で、つねに決勝トーナメントまで進んでいるチーム。ただその先まで進んだことは、最近はない。またスーパーな選手がいるかといえば、いるわけでもない。名を知られた選手は少しいるものの、全体として年齢があがっていて、有望な若手選手が出ているようには見えない。

次にヨーロッパを見てみよう。今回わたしは、W杯のヨーロッパ予選のいくつかはテレビで見ている。また2016年開催のユーロ(欧州選手権)も見ているので、多少は各国チームの力は知っている。楽しみなチームとしては、ユーロでベスト8までいったアイスランドだろうか。W杯は初出場ながら、予選ではクロアチアをおさえてグループ1位で通過している。2年前のユーロも初出場にしてベスト8まで進んだ。ベスト16でイングランドに勝ったあと(そしてベスト8でフランスに負けてしまったあとも)、サポーター席の前に選手全員が並んで、サポーターとともにやった「応援感謝の手拍子パフォーマンス」は圧巻だった。あれをまた見てみたいものだ。

もう一つヨーロッパで期待する国を選ぶとしたら、イングランドかもしれない。サッカーの母国と言われるイングランドだが、前大会はグループリーグ落ちだったし、近年はそれほど強豪国とは見られていない。しかし今シーズンのプレミアリーグを見るかぎりでは、なかなかのメンバーが揃い、ある程度の成績は残せるかもしれない。若い有能な選手が各ポジションに出てきていて、2014年とは違うチームになっている。若手ではケイン、アリ、スターリング、ラシュフォードなどが注目だ。

オセアニアは前大会につづき、今回も出場国を出せなかった(枠は0.5で、プレーオフでペルーに負けた)。出てくるとしたら、ニュージーランドなのだが。最後にアジアを見てみよう。枠は4.5で、イラン、オーストラリア、日本、韓国、サウジアラビアの5カ国が出場権を手にした。オーストラリアはシリアとのプレーオフを勝っての出場だった。この地域は、ベスト16を突破するのがどの国にとっても難しい。前大会はどこも散々な成績だった。勝ち点でいうと、オーストラリアが0、日本が1、イランが1、韓国が1。勝ち点1というのは引き分けた試合が一つあったということ。それ以外は敗戦だ。わたしの贔屓チームは日韓大会以来、韓国なのだが、あの大会でベスト4となった後は、日本とほぼ同等の成績しか残せていない。今回はプレミアリーグで活躍するソン・フンミンという若手の攻撃選手がいるが、ドイツ、メキシコ、スウェーデンというグループに入ってしまったので、ここを抜けて勝ち進むのは厳しいのではないか。決勝トーナメントに進むための2位争いは、メキシコとスウェーデンになるだろう。

こうして見てみると、出場国は32カ国にかぎられるが、地球上のさまざまな地域から予選を勝ち抜いた国々が集まるという意味で、W杯はその名の通りグローバルな大会と言っていい。傾向としては、サッカーの歴史の長いヨーロッパと南米の国々に強豪国が集中している。そこから優勝国が出るはずだ。ドイツ、ブラジルといった国が優勝する可能性は高い。トーナメント表を見ると、この両国が決勝であたる可能性も高い。面白い試合になるだろう。

スポーツはなんのためにあるのか、と考えてみると、ゲームとして競い合うことで、互いのことをよりよく知るということがある。相手を知る、相手の国のことを知る、そのためにはいろいろな方法があるだろうが、ゲームをする中で知り合うというのも一つなのだ。競技において対戦相手の分析をすることは、欠かせないこと。W杯のようなグローバルな大会では、どことどこが当たるか、その二つが対戦するとどんな試合展開になるか、ということを予測する楽しみがある。それはあまり当たったことのない国同士が、試合で対面するからだ。

とはいえ、W杯に出てくるような国の選手は、国籍に関わらず、ヨーロッパのクラブチームで活躍していたりもするので、チームメートと国を分けて対戦することも起きる。試合のあとで、クラブのチームメート同士が、互いの健闘をたたえ合い、ユニフォーム交換をしている姿もしばしば見られる(試合後の映像にも注目してほしい)。こんな風に、サッカーというスポーツのもつ広がりや混合を目にすると、ますますこの競技の楽しさ、面白さ、意味を感じるようになる。

サッカーのW杯には、自国の試合以外のところにも、たくさんの発見や興奮があることを多くの人に体験してほしいと思う。今大会も、NHKと民放各局ですべての試合が放映されることになっている。

*追記:この草稿を書いたあとで、YouTubeで、今行なわれているW杯前の各国親善試合のハイライトをあれこれ見てみた。試合をやっている国のどちらかのTV局から(おそらく違法で)キャプチャーしたもので、言語も様々で、スペイン語、朝鮮語、アラビア語などの実況で見ることなる。そこで気づいたのは、どの国のものも、試合の放映方法に関しては、ほぼ標準的なやり方が取られていたこと。標準的な放映の仕方というのは、試合前に、両方のチームのメンバー表を提示することだ(先にホーム、次にアウェイ)。当たり前のことだが、これが日本のテレビ放送では多くの場合、成されていない。試合前にメンバー表が提示されるのは、日本のチームのみ。対戦相手のメンバー表は試合が始まって少ししてから、チラッと出てくるだけ(例外はスター選手が相手チームにゾロゾロいる場合)。わたしたちは対戦相手を事前に知らされることなく、試合に臨まなければならない。これは何を意味しているのだろう。日本人は日本人にしか興味がない??? 対戦相手のメンバーなど誰だって関係ない??? これはサッカーというスポーツにとって、非常に「非サッカー的」な観戦の仕方だと思う。もう一つ気づいたことは、他の国の放送では、どちらのサイドに点が入っても、「Gooooooo..............al!!!」と実況が叫んでいて、どこのTV局が放映してるのかわかりにくいこと。日本の放送ではこういうことはない。実況は日本のみ応援しているので、相手にゴールがあった場合は、「あーーーーー、やられてしまった!!!」となるし、相手がゴールに迫ったときは「あぶないっ!!!」となる。日本人にとっては、こういうことは当たり前かもしれないけれど、世界的に見ると特殊な国なのかもしれない。スポーツを愛国心から観戦することしか知らない、スポーツ後進国に見えてしまう。