20170428

子どものトランスジェンダー問題

先月末、スタンフォード大学で「子どものための栄養学と料理」を教えているマヤ・アダム教授からメールが届いた。メールの表題は「Gender and our Children」。アダム教授の授業はCoursera(ネットで大学の授業を受けることができる新しい教育システムMoocの一つ)で取っていたことがある。メールの内容は次のようなものだった。

5年前にスタンフォード大学で「子どもの健康学」をアダム教授が教えていたとき、授業のあとで一人の学生が教壇にやって来た。「アダム先生、この授業はとてもためになりました。でも一つ、子どもの健康について欠けているものがあります。先生の授業ではジェンダー・アイデンティティについて、それが子どもたちの健康や暮らしにどのような影響を与えるかの情報が全くありませんでした」 学生はそのように述べたと言う。アダム教授はそれを聞いて、ジェンダー・アイデンティティですって? それが子どもたちの健康に影響があるって? とかなり戸惑ったそうだ。

アダム教授は、ジェンダー・アイデンティティと子どもの健康に与える影響について、そこから調べ、考えはじめた。小児科医、両親、教師、地域の子どもたちに話を聞くことからはじめたと言う。その結果わかったことに対して教授は非常に驚き、知らなかった自分を恥じ、現在の状況に深く胸を痛めた。トランスジェンダーに生まれた子どものことを何一つ知らず、医学の学位をとったと思い込んでいた自分を恥ずかしく思い、また子どもたちを(それぞれの、すべての子どもたちを)ちゃんと社会が支援できていないことに対して心砕ける思いだったと打ち明けている。そしてメールの中で、Together, we can change that.と呼びかけた。5年前の自分と同じようにこのことについて知識のない人、ジェンダー・アイデンティティと子どもの健康の関係について知りたい人は、「ぜひこのコースを取ってください」と結ばれていた(上品な先生に似合わず、この部分はすべて大文字で書かれていた)。

この率直な思いを訴えかけるメールは印象深いものだった。おそらく過去にアダム教授の授業を受けたことのある人全員に送られたのではないか。子どもの健康とジェンダー・アイデンティティの関係を調べはじめて5年、その成果をMoocという仕組をつかって世界中の学生たちに呼びかけ、このことを一人でも多くの人に知ってもらおう、という教授の熱い想いが伝わってくるメールだった。その想いに打たれ、また子どものジェンダー・アイデンティティについてぜひ知りたいと思い、わたしはすぐにクラスに行って受講申請の手続きをした。

授業のタイトルは「Health Across the Gender Spectrum(ジェンダーに関わる健康について)」。3月27日からスタートした。3週間にわたる短期のコースで、第1週目は「What is Gender Identity?」、第2週目は「What is the Gender Spectrum?」、第3週目は「How Do We Create a Gender-Inclusive Society?」。3週間にわたる授業には、トランスジェンダーの子どもたちやその両親へのインタビュー、50歳を過ぎてから肉体的にも社会的にも性を変えたある大学教授の体験談、この領域の専門家たちとアダム教授の対話のビデオ、理解度をチェックするクイズ、トランスジェンダーの子どもをめぐる問いに対して自分の考えを書き、クラスの他の人々の意見を読むディスカッション、参考になる書籍などのリスト、といったものが並んだ。

わたしがまず驚いたのは、当事者たちのインタビューで多くの子どもたちが、非常に小さな頃から自分の性に対して違和感をもっていたということ。およそ3歳くらいからその感覚は始まっているように見えた。からだは女の子である子どもが、スカートやピンクの服を着るのをいやがり、ズボンをはいて男の子たちと遊びたがる。逆にからだは男の子である子どもが、女の子のものを身につけたがり、自分は女の子と主張する。

実はこれまで、わたしはトランスジェンダーというものがよく理解できないでいた。スカートをはくとか、男の子のように振る舞うといったことは、人間がつくりあげた男女を区分する社会的文脈の中でのみ意味があり、人間にとって本質的なものではないのではと考えていた。社会が男の子として、女の子として、その範囲内で振る舞うよう強制するから生まれるギャップなのではないか、と。もし社会が男女差のない中性的な、あるいは男女を横断し混合を許すような、行き来自由な文化であれば、男とか女とかといった自意識上のギャップは生まれないのでは、と考えていた。

しかしアダム教授の授業を受けてみて、非常に小さな子どもがすでに違和感をもっていることを知り、自己認識の途上で何らかの不和が肉体と精神(脳)の間で起きているのかもしれない、と思うようになった。3歳といえば、歩いたり走ったりできるようになり、外の世界を知り始める年齢だ。それまでは主に母親や父親(兄や姉)と自分、という関係の中を生きていたのに対し、同じ年頃の友だちやよその大人たちとの接触が増えてくる。そうした中で、おそらく自己認識を少しずつはじめ、自分とは何か、自分はどのような存在か、どこに属するのか、ということを認知しようとし始めるのだろう。

トランスジェンダーの問題の基本は、自己認識のあり方にあるようだ。自分はどんな存在かと認識する過程で、男女という性に関する属性の識別が出てくる。授業の中の両親へのインタビューでは、多くの親が子どもの主張に驚き、胸を痛めながらも、自分の子どもが自己認識する性をなんとか理解して認めようとしてきた経緯が語られていた。トランスジェンダーの子どもたちにとって、思春期(第二次性徴期)は最初の関門で、そこをどのように通過するか、どの性で日常生活を送り、まわりの人々にどう理解してもらうかが差し迫った問題となり、将来的に自分の性の舵をどうきるかの入り口に立たされるときでもある。

授業の中で体験談を語った大学教授は、男の子として生まれたが、小さな頃からそれに違和感をもちつづけて成長した。なんとか自分の肉体が示す男性として生きよう、生きなければと思い、高校や大学でバスケットボールなどのスポーツに心を傾け、また素晴らしい女性たちとの巡り会いも経験して、最終的にある女性と結婚し、子どもを二人もうけた。その後、最初の妻とは離婚し、非常にユニークな女性との出会いがあって再婚。そして50歳を過ぎたころに、自分の性の認識について妻に打ち明け、妻の応援もあって性を変更する決意をする。そこからホルモン療法など医学的な治療を受け、性を男性から女性に変更した。当時すでに大学教授だったため、社会的に性を変更する旨、大学の上司に申告することになる。職を失うかもしれないと思いながら打ち明けたところ、その上司は「なに、きみが初めてというわけでもないんだよ」と受け入れてくれたという。また成人した娘と息子にもそれぞれ打ち明けた。息子は「なんだ、もっと重要なことかと思ったよ。これからは共和党を支持するとかさ」と言い、娘は「じゃあ、いっしょにショッピングに行きましょう!」と喜んだという。これはきっと幸せな結末を迎えることができた例だと思うが、そうであっても、この大学教授の50歳までの人生は大変な苦痛をともなうものだったと想像できる。

この大学教授が女性との巡り会いを経験しているように、トランスジェンダーであることと、性的な指向とは必ずしも重なるものではないようだ。ジェンダー・アイデンティティというように、基本は自己認識の問題なのだと思う。そこも混同されやすい問題らしい。

この授業の中で、子どもたちの学校生活で困ることとして、男女に分かれたトイレの問題が取り上げられていた。これは同性愛の人々の問題としてよく知られているが、トランスジェンダーの子どもたちにとっても、学校という生活の場で直接的にストレスのかかる問題となる。学校ではなるべく水を飲まないようにするなど、トイレにまつわる子どもたちの苦労や告白があった。解決策としては、男女別のトイレの他に、性を区別しないトイレを設置することが上げられていた。しかしこれも、学校や教師たちがトランスジェンダーの子どもたちの状況をよく理解しないことには、実現は難しい。

どの国の社会にも、男女を区別する文化はある。そこにどの程度の必要性があるのかは、まだあまり議論されていない。慣習として、歴史的に(封建制や家父長制のもと)、特に問うことなく続いてきたことだ。ネットなどのアンケートでも、男女をチェックする項目は普通にある。最近は必須ではないことも多くなっているが。答えたくない(答えられない)人のことを考慮してのことだろう。一般にマーケティングというものは、年齢や男女の属性を知りたがる。しかし、そこにある意味は深く問われないままだ。男ならこれを欲しがる、30代の人はこういう傾向だ、女性にこういうものを勧めると効果がある。そういった方法で商売をしていく方法は、いったいあとどれくらい持つのだろうか。いやいや世の中、そうは変わりませんよ、という人もいるだろう。性別に大きな意味を感じている人、女はこうあるべき、男はこうだ、という考えの中を自分が生きていることに気づかない人もいるだろう。それしかない、それが当然と思っている人々の存在は、トランスジェンダーの人々を気づかずに傷つけてしまうこともある。それは無知からくるものだ。人間に関する、知識の無知からくるものだと思う。だから誰もが知ることで変われる可能性をもっているし、そういう人が増えれば社会も変わる。


授業の中で参考図書として上げられていた本を1冊購入した。Beyond Magentaというタイトルで、「10代のトランスジェンダーたちの発言」という副題がついている。数人の子どもたちによるモノローグと著者のスーザン・カクリンの解説をまとめたもので、複数の人間の体験を知ることは入門として役に立つのではないかと思った。著者のカクリンはこの本を短編小説集に例え、それぞれの子どもを語る際は、PGP(preferred gender pronounce=その人が望む性の人称代名詞、彼女や彼)をつかいます、と冒頭で述べている。機会があれば、この本について詳しく紹介したい。

20170414

中絶は「女の権利」なのだろうか??

フェミニストの女性たちは、中絶は女の権利であると主張することがよくある。わたしもフェミニスト(社会的に男女の区別をつける意味はないという考え)ではあるが、「中絶は女の権利」とまでは言えないな、と感じている。

体内の子どもの生存を決める権利が誰にあるか検討する場合は、精子提供者である男と卵子提供者である女、それぞれが同等の立場にいないと公平性が失われる。確かに子どもは女性の体内で育つけれど、だからと言って、男性より権利に優位性があるわけではない。「産むのはわたしなんだから、わたしが決める」というのでは、男がかわいそうだ。

子どもの父親が中絶同意書にサインしてくれないという場合、父親不明という形で中絶同意書を提出することも実質的には不可能ではない、と聞く。法律上は「前項の同意は、配偶者が知れないとき若しくはその意思を表示することができないとき又は妊娠後に配偶者がなくなったときには本人の同意だけで足りる。」(母体保護法第14条2項)となっているため、本当は同意が必要だが、なんらかの理由をつけることは可能ということだろう。
厚生労働省の2014年の調査では、人工中絶の件数は18万件(年間出産数100万件)となっている。近年は手術件数そのものは減少傾向にあるらしいが、18万件というのはそれなりの数字だ。

そもそも女性の体内で生まれ、育まれた生命は、それ自身が主あるいは主体であって、誰の所有物でもないように思う。いや、胎児は生命には当たらないという考え方もあるだろう。その場合、どこからを生命とするかは難しい問いだ。母親の体内で人間の形を取り始めるのは受精後7週目くらいで、頭とからだの区別がつき、2頭身くらいになるらしい。妊娠がもっと進めば、さらに人間らしくなり、各器官が備わってくるだろう。そのどこからを生命とするか、その線引きは誰にも決められそうもない。

「中絶は女の権利」ということをOKにしてしまうと、「お腹にいる子はわたしのもの(所有物)」という主張、さらには生まれたあとも子どもは母親のものという考えにつながりやすくなる。レイプなどの犯罪を除けば、子をつくるのは男女両方の協力によるものであり、基本的にはそこで生まれた生命は誰のものでもなく、その生命自身のものだと考えた方がいいように思う。

アメリカではキリスト教系の団体や共和党系の人々が、昔から中絶に反対してきた。最近読んだ国際政治史が専門の松本佐保さんのアメリカのキリスト教右派の話は興味深かった(Synodos インタビュー)。松本氏によると、アメリカでは19世紀までは妊娠初期の中絶は認められていたが、中絶によって命を落とす人が増えたことから規制がかけられたという。しかし1973年には、「中絶裁判」により中絶は合法となった。キリスト教の保守層からは反発を受けたが、そもそも何故彼らが中絶に反対するのかという理由は不思議なものだ。

松本氏によると、ドイツで19世紀の後半に、生物学者によって「受精」が発見されると、受精が人間生命の始まりという考え方が出てきたという。「マリアがその母アンナの胎内に宿った(受精)その瞬間から、原罪から逃れていたという信仰で、受精の瞬間を重視するものでした。これ以降、妊娠の継続を中断することは胎児への殺人行為と信じられようになります。」

ふーむ、受精の発見という科学的な進歩があって、その考えを取り入れるときに、キリスト教では受精の瞬間を宗教的に意味あるものとした、ということだろうか。しかしこの受精の発見というのは、宗教抜きで重要なポイントかもしれない。それを生命の誕生とするかどうか、という問題が中絶との関係で出てくるわけだから。

フランス在住のエッセイスト中島さおりさんによると、フランスでは妊娠12週までなら中絶が合法的にできるそうだ。妊娠7週目までであれば、ピルによる人工流産ができるという。日本ではいまだに中絶の方法が掻爬手術なので、からだへの負担は大きいと聞く。避妊のためのコントロール用のピルは、フランスでは50%くらいの女性が使用していたようだが、近年は下降傾向にあるという。その理由は2012年に第三・第四世代のピルに重大な副作用があるとわかったため。脳梗塞や血栓症を誘発することが知られるようになり、製薬会社への訴訟も起きた。

「フランス4百万のピル・ユーザーに対し2529件の血栓症があり、うち20人が死亡しているという調査結果が明らかにされ、続いて速やかに保健省が第三、第四世代ピルの保険による還付を停止した。」(中島さおり「フランス女性とピルの緩やかな離反」/Love Peace Club)

妊娠のコントロール(の苦労やリスク)を負うのは、やはり母体となる女性の方ということになるのか。ピルの副作用については、死を招くようなものでない場合も、体重の増加やニキビ、吐き気などが言われてきた。ホルモンを投与するのだから、何かしらの影響があっても不思議はない。

健康に影響を与える可能性のあるピルなどの薬をつかわず、また中絶も避けたい場合、確実に、女性の管理のもと避妊する方法はほかにないのか。

それがあるのだ。昔からある科学的な計測&解析法だが、テクノロジーの進歩により使用の負担がかなり軽減され、からだ自身には何の負担も影響も与えない。それは女性が基礎体温を計る方法だ。毎朝目が覚めたらすぐ精度の高い専用の体温計で体温を計測し、それを継続的に記録する。それにより排卵日(体温のもっとも低い日)が特定でき、その日と前後を避ければ妊娠は避けられる。妊娠したい場合は、この排卵日に照準を合わせる。これは避妊のため、あるいは妊娠のためだけでなく、女性が自分のからだがどう活動しているのか、具体的に知ることができる目から鱗的な「実験」になる。

きちんと真面目に長期にわたって計れば、自分のからだの内部の動きが手に取るように見えて面白くもある。昔は手書きでグラフにしていたものが、今はスマホなどと連携させて、自動記録できるようにもなっている。計る時間も秒単位だ。中学や高校の保健の授業で排卵日の見方を学び、実際に生徒に計測させてみるといいのではないか。できれば男子生徒もいっしょに授業を受け、実際に計測したものを前に女性の排卵の仕組を学べば、生命のリアルを身近に感じ、女性のからだへの敬意も生まれるかもしれない。

人間は自由意思によって生き方を選択できる生物であると同時に、ほかの動物たちと同じように、生物として保有する機能からは逃れられない。それを薬や手術といった対処療法でコントロールするのも一つの方法とは思うが、体内のリズムを把握することでコントロールできれば、他の方法以上に、女性は自分のからだも生き方も掌握できるようになる。中絶の権利を主張することもありだとは思うが(違法にしたり、犯罪としたりすることで、より酷い状況を生みかねないから)、別の選択肢として、基礎体温による自立した生き方を推奨し、広めていくことも大事なように思う。

20170330

キンコン西野、パート2

2月に『キンコン西野の「お金の奴隷解放宣言」』というタイトルで、キングコングの西野亮廣さんのことを書いたけれど、それ以降もこの人に注目し続けている。

西野さんの面白さ、特異さはかなり突出していて、やることなすことが興味深い。そしてその弁も面白い。お笑い芸人という職業的な才やエッセンスが何をしても、何をつくっても、至るところで効いていて、得しているなあと思う。そういえばマックンパックンのパックン(アメリカ人の方)も、日本版ニューズウィークでコラムを書いているけれど、この人のお笑い以外の仕事は、笑いのセンスあってこそという気がする。

注目していると書いたけれど、実は西野亮廣さんのキングコングとしての活動、つまり漫才は見たことがない(多分)。では何を追っているかと言えば、毎日更新されるブログや、ハミダシターというトーク番組(FOD=フジテレビオンデマンド)のネットでの視聴、活動にともなうクラウド・ファンディングのページなど。

西野さんが人を惹きつける理由は、アイディアの豊富さ、決断の早さ、実行力、そして人脈の豊かさ、面白さ。またいつ寝てるのだろう、いつ食べてるのだろう、というくらい、常にフル回転しているように見えること。ブログがほぼ毎日、濃い内容で、それなりの長さで、図版(デザインアイディアやイラスト、写真など)をともなって更新されている。朝の8時台の更新がけっこう多いから、早起きしてるのだろうか。とにかく毎日のように新しいことを思いつき、すぐにそれに手をつけ、今こんな風になってますーとブログで報告している。

西野さんの活動は多岐にわたるから、一つ一つ説明するのも大変だけれど、たとえば絵本の制作とその販売。最新の絵本『えんとつ町のプペル』は、西野さん(絵本作家としては「にしのあきひろ」と名乗っている)がストーリーやベースの絵を描いたあと、クラウド・ソーシングでスタッフ(完全分業制なので、いっしょに絵を描いて仕上げていくためのチームメンバー)を募集し、クラウド・ファンディングで資金を集めたとか。幻冬舎が版元になっていて、一般書店やアマゾンでも売っているけれど、それ以外に自らの手でも販売しているという。自らの手でというのは、ネットで直接注文を受け、サインを入れた本を封筒に入れて宛名書きをして自分で発送しているという意味だ。発送前の封筒の山の写真が、ブログに載っていた。直接読者に届けたい、1部でも多く売りたいから自らも、という気持ちの表れのようだ。ネットのサイトでこの絵本を無料で全公開したことで話題になり、クリエーターや出版業界などの一部から反発を受けて炎上したりしたらしいが、売り上げはその直後からグーンと上がって27万部を超えたと聞いている。

西野さんは「アンチはぜったい必要!」と常日頃いっているようだけど、まさにこの反応はアンチのパワーかもしれない。自分のファン、自分を好意的に見ている人ばかりで周りを固めていたのでは広がらない、というのが彼の弁だ。確かに。

自らプロジェクトを組み、資金調達し、ストーリーをつくって作品の絵を描き、本ができれば販売し、さらには全国各地でプペルの絵本展も開催しているらしい。その絵本展では朗読(読み聞かせ)もやっている。読み聞かせかぁ、なんかこれもトークのできる芸人ならではという気がしてくる。その才を存分に生かしてるんじゃないかなあ。

FODの『ハミダシター』の番組は、有料版も含めていくつか見た。西野さんがホスト役をつとめているが、どうも対談相手の人選を自らしているように見える。わたしが最初に見たのは無料版の「FUTURE学」2回分で、ゲストが面白かった。携帯のフリーテルの代表取締役・増田薫に加えて、アソビシステムの中川悠介(1回目)、研究者でメディアアーティストの落合陽一(2回目)が登場。どちらも会社代表や研究者に見えない風貌で、落合陽一の方は、まだ20代で筑波大助教授にしてデジタルネイチャー研究室を主宰している。1回目のアソビシステム中川さんのときは、きゃりーぱみゅぱみゅに興味をもち、さらにそのディレクションをした増田セバスチャンへと行って、セバスチャンの『家系図カッター』まで読んでしまった。この人もかなり変わった人だ。

また小説家の平野啓一郎の回も見た。西野亮廣と平野啓一郎という組み合わせが目を引いた。白っぽい明るい採光の天井の高いスタジオみたいな部屋で、二人並んでベンチにすわって話をしていた。意外な取り合わせのようで、なかなかはまっているところもあって、二人のやりとりは刺激的だった。60分くらいのトークのあいだCMなどまったく入らないし、カメラが切れること(TV番組でよくあるようなサイド情報やゲストの宣伝を流すなどの画面の切り替え)がなく、ずーっとじっーと落ち着いて、二人の話だけを聞いていられる。こうして見ていると、西野さんのホストとしての才能はかなり高そうだ。あいづちの打ち方やリアクションにやや芸人ぽいところはあるけれど(かと言ってNHKの対談みたいでも困るから、まあいいんじゃないか)、パッパッときれる質問を適度に挟んでいくし、ゲストの話をテンポよく聞いて進めるところもいい。ときどき自分の方に話を引きつけて、濃い話、自分の意見を語るのもなかなか。誰がきても全然負けてない。

西野さんは下の世代の人や子どもに対する期待がすごく大きそうに見える。実際そのような発言もしている。下の世代の人と話すときは、向こうがエライと思って聞いてると言っていた。子どもに向けて絵本をつくっているのも、西野さんの子どもたちへのメッセージということかもしれない。いろいろなイベント会場で、西野さんが子どもたちと遊んでいる写真を見るが、イメージとしての子どもではなく、リアルな子どもとの付き合いがあって、絵本を描いているようにも見える。平野啓一郎とのトークでは、二人とも、子どもたちに「将来何になりたい?」と聞いたとき、「わかんない」という回答が返ってくるのは正しい反応、ということで一致していた。今どき、将来の夢を一つのことだけに絞ったところで、世の中もぐるぐる変われば、仕組も簡単に変わってしまい、大きな会社も潰れるから、「これだけ!」という生き方はけっこう危ないというのだ。

ハミダシターの別の回では10代のシンガーソングライター、ぼくのりりっくぼうよみとの対談を見た。まったく未知の人だったけれど、話はとても面白かった。西野さんが彼を番組に招待したという感じだった。このように西野さんのまわりにいる人々、人脈がかなり面白いのだ。

西野さんの話でよく出てくるのは、「客はもういない」という指摘。どういう意味かというと、今は純粋なオーディエンス、つまり受け手であることに納まっている人はもう少数派で、みんなが作る側にまわっているということ。ものを作ることで食べていなかったとしても、もう一つの仕事として(jobではなくworkとして)、セカンドクリエーター(西野さんの命名)として活動している。だから「自分を発信者と位置づけて、純粋な受け手を探す」ことをしても、客はいないということらしい。いない客を探すのではなく、セカンドクリエーターたちと共同して活動した方が面白いし、広がりがでるというわけだ。広がりがでれば、つまり活動に関わる人が増えれば、活動は大きくなり、その分人の輪も広がる。

人の輪を広げるということについては、西野さんはたとえば、独演会をやるとき、チケットを手売りしたりする。ツイッターなどで自分の出没スケジュールを公開し、直接自分のところに買いに来てもらうという。買いに来た人と立ち話などしていると、その人が帰りがけに「もう一枚ください」ということが少なからずあるという。友だちでも誘おうという気にさせてしまうのだろう。チケットを手売りで直接買った人は、仲間意識が芽生え、自分も主催者側に少し立った気分になって独演会を成功させたいと思うらしい。それでその人が独演会を広めてくれる一員になる。その方法で最初400席だった独演会を2000席にまで増やすことに成功したようだ。

西野さんの活動は、絵本作りや読み聞かせ、トーク番組のホストにとどまらない。「おとぎ町」という町を最初は青山に、のちに埼玉につくった。そのどちらも持ち主の好意で土地を提供されている。また今は「しるし書店」という一風変わった古本屋をクラウド・ファンディングで資金集めして、自分のネットサロンのメンバーたち(ファンクラブのようなものか)と立ち上げようとしている。マーカーで線を引いたり、折りをつけた本はBookoffなどでは扱ってもらえなかったり、価値が低くなるけれど、この「しるし書店」はその「しるし」こそが貴重だというコンセプトらしい。本の持ち主がどのようなところに惹かれて線を引いたのか、それを本の中身とともに味わい、共有する。「しるし」が本の価値を下げるのではなく上げているという逆転の発想。

一事が万事、このようなことを一日中、一年中、考えては実行し考えては実行し、としているのが西野亮廣さんという人だ(と思う)。興味をもった方は、まずは毎日更新されているブログをのぞいてみてはどうだろう。

20170318

「地球温暖化」をめぐる議論ふたたび

日本で地球温暖化についての報道が目につくようになったのは、いつ頃からだろう。2000年代の前半? いや2000年代半ば以降だろうか。IPCC(国連気候パネル)が、「温暖化の原因は自動車利用など人類の行為」であることが90%以上としたのは2007年(前回の2001年には66%以上だった)。アル・ゴアの映画『不都合な真実』が公開されたのが、2006年(日本では2007年)。アメリカではその前年の2005年当時、地球温暖化の原因を二酸化炭素の排出による温室効果ガスによるものとする勢力と、それを否定する勢力の対立が起きていた。多くのメディアは前者を支持し、タカ派のウォールストリート・ジャーナルなど数少ないメディアが人為説に否定的だったという。

そして今、トランプ政権になって、大統領が「地球温暖化説は信用できない」というような発言をし、環境保護局(EPA)の長官に、同様の考えをもつスコット・プルイットを指名している。トランプとは反対の立場をとるオバマ大統領時代のプルイット氏(当時オクラホマ州司法長官)の経歴には「EPAの方針に反対を唱える中心人物」とあったそうだ。そのEPAの長官に、今回プルイット氏が任命されたというわけだ。

ニューヨークタイムズやロイターの3月10日の記事によると、プルイット氏はアメリカのニュース専門放送局CNBCのインタビューで、「人間活動による環境への影響を正確に測定することは非常に困難で、影響の強さについては見解の相違が大きい」とした上で、「人間活動が地球温暖化の主な要因との見解には賛同しない。議論を続け、引き続き検証と分析を行う必要がある」と述べたそうだ。

トランプ政権下の環境保護庁長官と聞いただけで、「まゆつばもの」の人物と思う人がいるかもしれない。しかし、人間活動による環境への影響を測定することは簡単ではないこと、(調査や分析の方法によって)見解の相違が出ること、今後も議論や検証をつづける必要があること、これらのことは間違っていないと(わたしは)思う。共和党支持者でもなく、保守論者でもないが、考え方として「地球温暖化に対する結論はとっくに出ており、世界的なコンセンサスがすでにあり、議論の必要は一切ない」という意見には賛成できない。

アメリカのように人為説派、懐疑・否定派の対立がない日本では、国民、政府、メディアそろって地球温暖化は二酸化炭素の排出によるもの、と信じているように思われる。というかそれ以外の考えがあることすら一般に知られていないのかもしれない。「地球温暖化は二酸化炭素のせい、それでいいじゃないか」 わたしもあるときまで、特に疑問をもってはいなかった。何がきっかけで人為説一元論に疑いをもつようになったかと言えば、ある国際ニュース解説者が、「温暖化問題は、気象や環境問題というより、国際政治の問題だ」と書いているのを読んだことにある。かなり前のことで、おそらく10年以上前になると思う。以来、この問題に関する見方が大きく変わった。

地球温暖化問題がなぜ環境問題というより、政治の問題なのか。日本でも世界でも、IPCCの報告の真偽やアル・ゴアの発言に疑問を抱く科学者やジャーナリストがそれなりの数出てきて、地球温暖化人為説について様々な見解が出ている。国際ニュース解説を書いている田中宇氏は、英米など第三次産業にすでに移行している先進国が、これから発展して二酸化炭素を多く排出しそうな中国やインドなどを、排出ガス規制によって発展を遅らせたり、規制によって「経済成長の果実の一部をピンハネ」する仕組(排出量の多い企業が「排出権」を少ない企業から購入するなど)をつくるためではないか、と推測していた。確かに、先進国は過去に排出したほどには、今後二酸化炭素を出さないだろうことはわかる

しかしここに来て排出規制に消極的だった中国が、去年の9月のパリ協定(京都議定書に代わる新たな温暖化防止の枠組み)で、国際的締結を承認し批准を認めている。中国の批准により、パリ協定の発効は前進するとみられている。ここ何年かで中国やインドは国力があがり、後進国であることから抜け出し、世界の枠組に入ることが損失にならなくなっているのかもしれない。

基本的に、二酸化炭素の排出量を減らすことはいいことだ。日本で言えば、1960年代からのマイカーブーム以来、それは変わっていない(二酸化炭素が増えることによって、逆に、地球の寒冷化を進めるのでよくない、という意見も聞いたことがあるが)。しかし二酸化炭素排出と温暖化の関係の信ぴょう性が疑われ、政治に利用されたつくりごと、偽情報だったとすれば、それは大いに問題がありそうだ。これだけ世界中の人々を巻き込み、真実でないことが長期にわたって信じられたとすれば、地球規模の犯罪行為に見えてくる。

IPCCは2007年に、気候変動問題に関する活動でアル・ゴアとともに、ノーベル平和賞を受賞している。このことが人為説に拍車をかけた可能性は高い。しかし地球温暖化関係のいくつかの書籍(主として温暖化あるいは人為説懐疑派の)を読むと、IPCCは重要な過ちをいくつか犯しているように見える。一つは、温暖化現象が起きていることを表す図(グラフ)で、上昇に転じている時代から現在までのデータを(都合よく)取り上げて、二酸化炭素が増えはじめた時代との合致を示す、という方法論をとっていること。それ以前のもっと気温が高かった時代を無視しているというのだ。あるいは1960~70年代にかけての気温の低下時期を、意図的にデータから削除して、上昇し続けたかのような図をつくったという分析もある。これについては、2009年11月に起きたクライメートゲート事件で、データ製作に関わった2者間のメールがハッカーによって暴露されたことで、データ改変の事実が明るみに出た。クライメートゲート事件は、日本ではほとんど報道されなかったと聞く。

IPCCは設立の1988年当時、「2020年にはロンドンもニューヨークも水没している」と初代議長が発言していた。またIPCCは「ヒマラヤの氷河は2035年までに溶ける」とする報告書を以前に出していたが、あとになって「2350年までに溶ける、の間違いだった」と関係者が訂正しているらしい。IPCCのパチャウリ前議長は、地球温暖化人為説を否定することは、ホロコースト否定と似たようなもの、という見方にも関わっているという。ゴアの『不都合な真実』が、予告編を見ただけでも虚仮威しの大ボラ吹きに見えるのは、あれが科学や環境の話ではなく、政治の話(プロパガンダ)だからに違いない。たとえばゴアは映画の中で「6メートルの海面上昇」を主張しているそうだが、これは1980年代の古い数字を使ったもの。IPCCでさえ、アメリカの環境保護局が1980年代に出した「2100年までに海面は数メートル上昇する」という予測を、1990年代には67センチ、2001年には48.5センチ、2007年には38.5センと数値を減らしつづけているというのに。

トランプが「地球温暖化説はうそだ」と言えばいうほど、あいつが言うなら、うそではなく本当に違いない、と思われるのが今の状況。逆効果で、地球温暖化説がまた、より強力に広まっていくかもしれない。わたし自身は、データ改ざんの可能性や歴代議長たちの軽率な発言など、IPCCのあり方には一定の疑惑をもっている。なぜいい加減な情報によって「温暖化の事実」を証明しようとするのか、なぜその原因を二酸化炭素の排出のみに求めるのか。人為説に少しでも疑問を挟むことが、なぜホロコースト否定と並べて語られるのか。納得しがたいことは多い。今後この問題が、(特にトランプ政権下で)どう動いていくか、人々がどう反応するか、見守っていきたい。

目を通した地球温暖化問題に関する書籍、サイト:
地球と一緒に頭も冷やせ!(ビョルン・ロンボルグ、2008年、ソフトバンククリエイティブ刊)
正しく知る地球温暖化(赤祖父俊一、2008年、誠文堂新光社)
地球温暖化の政治学(竹内敬二、1998年、朝日選書)
CO2温暖化説は間違っている(槌田敦、2006年、ほたる出版)
二酸化炭素温暖化説の崩壊(広瀬隆、2010年、集英社新書)

田中宇 国際ニュース解説https://tanakanews.com/

20170303

小沢健二の不思議な広告

少し前(2月21日)に見た新聞広告から、新聞とか広告のことを考えてみた。その前に、紙の新聞をとっている人ってどれくらいいるのだろう。イメージとしては月極めで家まで配達してもらう定期購読者は、年齢層の高い人というのがまずある。ネットで見たある調査では、2016年度で70%強の人が定期購読者らしい。そのうち全国紙は50%程度。年齢層でいうと、20代、30代は半分程度で、やはり60歳以上の人が90%近くと高い割合を示している。またここ10年くらいの変化でいうと、2008年度が90%弱あった定期購読率が2016年度には73%とかなりの落ち込みだ。この調査の中には電子新聞として定期購読する人も含まれているようだが、比率は1.5%と低い。わたしの家では長らく紙の新聞をとってきたが(やっと先月末で止めた)、わたし自身の紙の新聞への信頼度は近年ガタ落ちで、家族がとっていたからパラパラと見ていたものの、ものの5分か10分で読み終わる。読むところがないからだ。以前(10年以上前)には、時間をかけて読んでいた時期もあった。新聞の中身が変わったのか、自分が変わったのか、その両方あるいは社会のあり方や新聞の位置づけが変わったのか。

新聞代はけっこう高い。月額4000円くらい。しかし紙面の半分ちかくは広告という印象がある。めくってもめくってもぶち抜き15段、30段(現在は文字を拡大した12段が基本の新聞もあるが)の広告がつづき、記事になかなかたどり着けない、というイメージ。試しに広告が新聞全ページのどれくらいの割合を占めるか数えてみよう。手元にある2月22日の朝日新聞の広告段数を数えてみた。最初に全体の段数を数えようとしたが、広告のないページが1ページもないので数えられない。朝日新聞は何年か前から文字を大きくし1ページ12段にしているようだ。ページの5分の1(昔風に言うところの全5段)以上の広告を中心に数えてみたところ、(15段換算で)290段あった。新聞は40面(ページ)なので15段×40ページで全部で600段。ということはやはり約半分が広告ということになる。試しに翌日のものも数えたが285段だった。この2日間は平日だったため、15段広告が何ページもつづく旅行会社のパッケージツアーのものはなかった。なのでほぼ通常、こんな割合ではないかと思う。気づいたのは多くのページが、見開きで5段+15段の組み合わせになっており、記事部分は2面(30段)の中の10段分(つまり3分の1)ということ。株式のページなど広告がないページや、5段+5段の見開きもあるので、全体としては広告が半分弱ということになる。

何年か前に同じ計算をしたことがあるが、そのときは広告が3分の1くらいだった記憶がある。半分まではいっていなかったと思う。それでも驚き、高いお金を払って広告ばかり見せられていることに腹をたてた。今は広告代(媒体料金)が安くなっているので広告が増えている、あるいは新聞社への広告出稿が減っているので、量で広告費を稼ごうとしているということだろう。しかし半分ですよ! 払っている新聞代の半分が広告とは。なぜ誰も文句を言わないのだろう。

広告も情報のうち? そうかもしれない。しかし(たとえば)「リベラル、インテリ層」が読者と言われている朝日新聞も広告はひどいもの、読む(見る)に耐えないものが多い。男性週刊誌のえげつないタイトルが拡大太文字で並び(ときに写真も)、「あの世の仕組みがわかる」本やら、白髪染めに若返り、健康食品の「無料提供」のデカデカとした文字、腰痛、尿もれ、美肌の文字がこれでもかと並び、にんにくパワー、健康シューズ、エコに社員旅行に善玉菌といった商品の嵐。こういうものを貴重な情報源としている読者とはいったいどんな人々なのか。日常に得られる情報が新聞とテレビしかない層だろうか? 広告内容や広告コピーがひどいだけでなく、デザインも汚い。こうした広告群と「誇り高い」「知性派リベラル」朝日新聞の記事や論説とはどんな関係があるのか、知りたいものだ。

新聞の定期購読者が減っている現象、当然と思う。正しい判断だ。誰が購読料の半分を、読みたくもない広告に払いたいと思うだろうか。それに気づかないで月額4000円払っている人が主な読者層とすれば、新聞社がその人々にどんな記事を提供しようとするかも想像できる。実際、朝日新聞を読んでも、世の中のことは理解できない。表面をなでるだけだ。会社や友人との会話で、どんな事件があったか話すときそうそうと相槌をうてる程度の内容だ。(通信社経由でない)オリジナルの取材記事や署名記事は少ない気がするし、どの記事もいつも同じ側面からばかり語られているようにも見える。あるいは何も語らないか。最近は誰でも読めるツイッターの引用(トランプなど)も増えている。

広告が広告なら記事も記事、ということか。目をとおす利点があるとすれば、どのような記事が、あるいは広告が、いま日本の主要メディアで扱われているかを見聞すること、くらいかもしれない。

さてタイトルに書いた小沢健二の広告の話。モノクロの15段(1ページ)広告、タイトルは黒ベタに白抜きのゴシックで「言葉は都市を変えていく」となっている。その下に新聞記事風レイアウトで縦組み10段の文字原稿。一番下には「19年ぶり新作シングル本日発売」の大きめの文字。右上端には、その新曲の歌詞がゴシック太文字の横組みで入っている。『流動体について』小沢健二の新歌詞。また左下端には別の楽曲の歌詞『神秘的』も横組み太文字で入れられている。すべて文字ばかりの紙面で唯一、黒太枠で突き出し広告のような体裁で「小沢健二 既発MV限定公開中」と書かれた中に、小沢健二らしい人の小さなポートレイト・イラストが入っていて、ユニバーサル・ミュージックの該当URLが記されている。

パッと見た目、広告のようでも、記事のようでもない不思議な体裁だ。記事なら最低でも5段組の広告が下にあるはずだし、広告であれば、大きな写真とか大きな文字が紙面いっぱいにあるはずだ。そのどちらでもない。左上に小さな黒枠に囲まれた「広告」の文字があるから、広告だとわかる。わたしは最初、何かなと思って『流動体にについて』の歌詞を読んだ。その脇に小沢健二の新歌詞とあったからだ。「新歌詞」というのも不思議な、あまり聞いたことのない表現だ。

そのあとエッセイのような文章を読み始めた。よく見ると「発売記念モノローグ連作」と書いてある。これはあとで気づいた。「連作」は全部で6つ。『アンキパンの秘密』『ビバ、ガラパゴス!』『メイポールの日』『ショッカーを追え』『歴史の連続性』『遠い起源』。文章はなかなか面白く、長文だがするっと最後まで読んだ。19年ぶりにシングルを発売するにあたって、全ページ広告というのはすごい試みだと思うけれど、それ以上にこの広告のスタイルに不思議さを感じていた。エッセイにはアメリカの暮らし(家族で住んでいる)、そこで暮らす息子(3歳)の話、日本のいちご(や食パンがハイレゾ=高解像度=密度がある)の話、息子の保育園とそれにともなう仮面ライダーの戦いの場面の陣形の話、昭和のテレビ主題歌と軍歌の類似性といった話題がゆるやかに関連しながら語られていく。

19年ぶりのシングルを出したシンガーソングライターの近況報告ともとれるし、アメリカに住みアメリカ人の妻と子どもと暮らす、日本人移民による「外から見た」日本観のようでもあり。こう書くとよくあるどうでもいい駄文を想像するかもしれないが、わたしは書かれていたいくつかの考察を面白く読んだ。いつも忌み嫌い、金返せと悪態をつく15段広告を隅々まで読み、一定の満足感を得、さらには新聞と新聞広告について考え、このように文章まで書いている。CDを買う気はないが、情報はちゃんと受け取り、なんらかの影響も受けた。これを広告効果と言わずしてなんであろう。

小沢健二の文章には、特定のファンに向けて書いた感じがあまりなかった(実際わたし自身、ファンでもなんでもない)。不特定多数の人に向けて何が言えるか、という印象を受けた。エッセイの内容はCDとは関係なさそうだ。トップにある広告コピー(ヘッドライン?)「言葉は都市を変えていく」は、『流動体について』の歌詞の中にある。「だけど意思は言葉を変え 言葉は都市を変えてゆく」が2度繰り返されている。そうか、アメリカでの暮らしというものが、この歌の感性のベースになっているということなのか。エッセイはそれを伝えるためのものなのか。

むかし広告業界で仕事をしていた経験があるので、この広告はどのような手順を追ってプランされたものなのかなあ、という興味が少し湧く。想像では形(見映え、デザイン)から入ったのではないだろう、ということ。多くの広告は(たとえブレーンストーミングをして企画書があったとしても)、制作のある時点で「じゃあまずデザインのたたき台を」という話になって、一気に形の世界に入る。そしてA案、B案、C案とデザインラフができれば、もう終わったも同然、デザインに基づいて、ここに入るコピー、ここに入る写真(あるいはイラスト)を用意する作業に入る。そしてクライアントが「B案がいいなあ」と言えば、B案に決定。しかしあとになってクライアントの上層部の人間が「うーん、違う」と言えば、またブレーンストーミングの段階にもどる。あるいは今ある案を無理やり改良する。(これは程度の低い広告制作の例かもしれないが)


小沢健二の新聞広告は、どういうものをどういうやり方で発信するかに本人が深く関わっているように見えるところ、が勝負の決め手になっている(もしこれが効果的であったなら)ように思える。もちろん広告代理店やデザイン事務所がつくっているのだけれど、あまりその部分が目立たない。中間の媒介的な立場の影が薄いというか。「この広告はアートディレクター○○さんの仕事」というのが新聞広告の質を左右しているかのような時代があった。そういった意味で小沢健二の広告は、広告制作専門業者の手を経ていながらも、発信者の生な手触りが感じられるつくりになっていると思った。

20170217

20世紀初頭の動物作家たち

19世紀末から20世紀前半にかけて、北米を中心に新しいタイプの動物作家が数多く生まれたということを、ラルフ・ラッツの “The Wild Animal Story : Animals and Ideas” という論文で読んだ。日本でも有名な作家をあげると、たとえばカナダの作家、アーネスト・トンプソン・シートンがそれに当たる。アメリカの作家、ジャック・ロンドンもこの中に含まれている。ジャック・ロンドンを動物作家と呼ぶのがふさわしいかわからないが、『白牙』などでオオカミの野生の物語を書いていることは事実だ。

シートンは今でも子どもを中心に読まれている作家だと思うが、日本で知られる『シートン動物記』という本は、原典にはない。シートンが書いた(そして絵も描いた)たくさんの物語を、日本の出版社や訳者が編集して『….動物記』としたようだ。ファーブルの『昆虫記』にならったのかもしれない。

ラルフ・ラッツが「新しいタイプ」の動物作家と呼んだのは、人間がつくりあげた動物をめぐる架空の話ではなく、野生動物をリアルな描写で描いた、本当の動物の姿を記したという意味で「新しい」ということらしい。ほぼ同世代だが少し前の時代のイギリスの作家、ラドヤード・キプリングは、よく知られた小説『ジャングル・ブック』で動物を描いているが、新たな動物作家たちの「リアルな物語」とは境界を異にするということだと思う。

シートンを始めとする新しいタイプの動物作家たちは、自ら森や草原に出ていき、そこで長年にわたるを観察をし、それをもとに物語を書いている。物語といっても、それは必ずしもフィクションを指すわけではない。ジャック・ロンドンの作品は小説と言っていいと思うが(事実に沿っていないという意味ではない)、シートンは自著の中でわざわざ次のように書いている。
わたしは、この物語のなかで、「ウサギの言葉」を人間の言葉に訳して、読者のみなさんにお伝えします。訳すときに、わたしはウサギがいっていないことは、ひと言もつけくわえていないことを、読者のみなさんに誓います。(福音館書店『ラギーラグ』)
シートンの物語は小説ではないかもしれないが、フィクションの様式で語られた物語だと思う。「ウサギが言っていないことは、ひと言も書いていない」と言うように、実際に観察したことを創作の方法で仕上げた作品と言っていいかもしれない。

それに対して、ラルフ・ラッツが「現代版のシートン」と呼ぶ、アメリカの作家でナチュラリストのウィリアム・J・ロングは、よりノンフィクション的作法で作品を書いている。シートンが動物を主人公として書いているのに対し、ロングは一人称「わたし」が森を歩いて出会った動物たちを描写するスタイルだ。動物ルポルタージュと呼んでもいいかもしれない。シートンの物語が、登場人物である動物たちがどんな事件に遭遇するかを記したものだとすれば、ロングの物語は、「わたし」がどんな動物たちと出会い、何を目撃したかを記すことが中心だ。しかしそこには報道記事のような記録ではない、ノンフィクションとしての物語があり、動物と出会ったときの書き手の興奮や失望などが話を魅力あるものにしている。

ウィリアム・J・ロングは日本では全くと言っていいくらい知られていない。まず日本語に訳された本がない。知っている人がいるとしたら、このジャンルの研究者くらいではないか。作品は数多く、Wood Folk Seriesとして知られる何冊かは、特に有名である。1952年が没年なので、アメリカの現在の著作権法でいうと保護期間内となるが、1978年の法改正以前に死亡しているため、現行法が適用されていない可能性がある。グーテンベルクなどいくつかのアーカイブに、複数の作品が登録されており、無料で誰もが作品を読むことができる。アメリカのアマゾンでも、いくつかの本がペーパーバックや電子書籍で売られており、たくさんのレビューがついているものもある。シートン同様、アメリカでは一定の読者を今も得ているのだろう。

ロングの魅力は子どもの頃から自然のそばで暮らし、成長してからは野生動物を追って旅をし、野鳥をふくめ、さまざまな野生動物を身近に観察してきたことで「自然界のマナー」を知り尽くしているところにある。ロングは「自然の掟」というような表現はしない。少し違った観点から動物を見、動物とつきあっているようだ。多くの野生動物は臆病で、偉ぶらず、礼儀を知っている、とロングは観察の中で感じている。たとえば人間社会や物語の中ではあまり評判のよくない、カラスやキツネもこれに当てはまる。また森の動物たちの間で起きるさまざまな出来事、事件をコメディ(喜劇)として捉える感性の持ち主でもある。多くの観察者は、動物間で起きる出来事を「悲劇」と捉える傾向が強いようだが、ロングの見方は違っている。野生動物の世界を「掟」とか「弱肉強食」「悲劇」のように捉えていない。
これらのことは、わたしが小さなころ、経験から得たものだ。本で知ったことではない。自然が語る言葉をわたしは理解していたのだと思う。そしてたくさん観察することで、鳥や動物たちは野生の暮らしを受け入れていることがわかるようになった。おそらく意識せずに、遊びの一種として、面白おかしい役割をそれぞれ演じているのだ。のちに野生動物についての文学や似非科学が現れ、ある者は楽しい森を悲惨な話で満たし、またある者は厳しい生存競争として広めようとした。しかしわたしが野外に一歩足を踏み入れ、動物たちを目の前にすれば、こういった借り物の見方は白日のもとにさらされる。頭で作り出された悲しい物語であったり、誤りの多い机上の科学理論だということがわかる。(Wood-folk Comedies, 1920)

ロングは子どもの頃、庭に野鳥のための食卓を用意して毎朝観察していたが、鳥の種類や学名を覚える前に、個々の鳥の存在を個として捉えていたと書いている。「顔」や羽の色で識別し、名前をつけ、その後に鳥の種としての名前を知るという順番だったりもしたらしい。この付き合い方はごく最近になって、徐々に認識されてきた野生動物に対する理解の仕方に近いものがある。マダライルカ、アジアゾウというように、種として大雑把にその特徴を捉えてわかったように思うのではなく、indivisual(個)として動物を捉えることを大切にする 見方だ。その昔、黒人奴隷を十把一絡げにして、「字も読めない野蛮人である黒人」のように種として捉えていたのに似て、動物の能力を低く見積もり、個々の性格や能力の違いには目をとめない見方が動物に対しては長くつづいた。それは動物に対して非対称の見方をしていたからだろう。人間のほうが動物より優れているという見方だ。今もこの考え方がなくなったわけではない。

もう一人、この時代の興味深い作家に、カナダのグレイ・アウルという人がいる。前述のラルフ・ラッツの論文を読んでいたとき、この名を見て聞き覚えがあると思った。何年か前に、葉っぱの坑夫のメンバーだったカナダの友人が来日した際、もらった本があった。その作家の名前ではなかったか、と思ったのだ。実はその本はほとんど読んでいなかった。さっそく書棚を探してみたら、やはりこのグレイ・アウルの本だった。イギリスに生まれ、20世紀初頭にカナダに移住し、そこでインディアンと親しく付き合い、自分もインディアンであるように振舞っていたという。それで名前がグレイ・アウルなのだ。写真を見ると、顔立ちは確かに西洋人で、しかし髪型や服装はインディアンのものだ。オジブワ族の女性と長く暮らし、その人の影響を受けて、狩りをすることから野生動物の保護へと生き方を変えたらしい。

そもそも20世紀初頭に野生動物を描く作家が多数あらわれた要因は、18世紀から19世紀にかけて起きた産業革命に対する反応(反動)の一つだった。当時、こういった作家の作品は多くの読者を得たそうだが、それまでの動物観を壊すところがあるため、作品に対する反発もたくさんが生まれた。「動物は本能で行動するものである」から、人間のように経験から学び行動するという見方は「科学的」ではない、動物を擬人化している、というような論議があったという。そのような論者の中に当時のセオドア・ルーズベルト大統領もいた。ルーズベルトは、アメリカのあらゆる学校の図書館からロングの本を排除したとも言われる。こうした非難に対してロングは、当時の新聞で、「腰に銃を備え、馬に乗り、ときに何人もで押しかけていては、野生動物の本当の姿はわからない」と反論したようだ。

ロングは著書の中でこう書いている。

森の動物たちは、人間が彼らに興味をもつ以上に、人間に好奇心をもっている。森で静かにすわれば、ニューイングランドの山裾の町によそ者がやって来たとき程度のざわめきで済む。自分の好奇心を制御すること。そうすれば少しして、動物たちの方が好奇心に耐えられなくなる。この人間は何者か、ここで何をしているのか、見にやって来るにちがいない。そうすればこっちのもの。彼らが好奇心を満足させようとしているうちに、恐れを忘れ、あなたが見たこともないような暮らしの断片を見せてくれるだろう。(Secrets of the Woods, 1901)

20170203

キンコン西野の「お金の奴隷解放宣言」

漫才コンビ、キングコングの西野(にしのあきひろ)が自分の絵本を無料で公開している、という話を聞いた。なんでも「お金の奴隷解放宣言」と名をうって、なぜ絵本をネットで無料公開するのかを説明しているらしい。さっそくその宣言を読んでみた。

絵本は幻冬社から去年の秋に発売された『えんとつ町のプペル』で、23万部の「マグレ当たり(本人の弁)」ヒットになっているという。インクづかいなど印刷にお金をかけたことで、2000円という少し高めの値段になってしまったとか。ある日小学生からの投稿で、「2000円は高い。自分では買えない」と言われたことから、キンコン西野は考えはじめたそうだ。

自分はこの本を子どもたちに届けたい、読んでほしいと思って描いた。子どもの方もこの絵本を読みたいと言っている。両者が願っているのにそれが叶わない。なぜか。それはお金のせいだ。お金を介してるせいで、読める人と読めない人が出てしまっている。ならばそのお金を抜きにすれば、読みたい人が読めるようになるのではないか。絵本をお金から解放してやれば、お金を払って読みたい人は本を買って読み、お金のない人は無料でネットで読める。

キンコン西野はこのように考え、発売から3ヶ月後の2017年1月19日に、ネットで絵本の内容のすべてを公開することにした。すでに23万部売れているということで、関係者には制作代金を支払い、版元も(そして著者自身も)利益がとれていることでできた決断だとは思う。しかし無料商品(無料公開)というのは、日本ではあまりないことなので、つまり商習慣として馴染みがなく、どちらかというと社会から嫌われる行為のように思う。

『えんとつ町のプペル』の無料公開も、各方面から反論が相次いだようだ。出版社や書店がダメージを受けるのではないか、クリエーターにお金がまわらなくなる、無料化はよくない金の流れをつくる、、、などなど。しかし無料公開したとたん、アマゾンで売り上げが伸びていき、売上ランキング(絵本部門)でとうとう1位になったそうだ。西野いわく、人は「確認作業で動く」「知っているものを買う」。

ネットで全編見た人が、手元に置きたい、自分でお金を払って買いたいと思って購入したというのだ。そしてネットでは、無料ということで(おそらくSNSなどを通じて拡散も進み)たくさんの人がこの絵本を目にした。その人たちがどのような心理に陥って購入という行動に出たかは興味深いと思う。まず絵本の内容や絵がいいという判断や気持ちが必要だ。次にそれを無料で公開してくれたことへの(出会いをつくってくれた)作者への感謝や、このような行為への賛同があったのかもしれない。

ネットで公開された『えんとつ町のプペル』は、絵本の順番どおりに、テキストと絵を並べていっただけのシンプルなもの。ゴシック体の文字に、700ピクセルくらいの大きさのそこそこ大きな絵。この画像にはプロテクトすらかかっていない。デスクトップに保存してスクリーンセーバーにもつかえそうだ。人に(無断で)利用されたりすることを気にしていない、ピリピリしてない。画像にウォーターマーク(透し模様)を入れたり、右クリックでDLされないようにする技術は誰でもできる簡単なもの。(葉っぱの坑夫も、『イルカ日誌』のプレビューをする際、原著の版元から言われてプロテクトをかけた。言われたから従ったが、インスタグラムやツイッターなどで画像をシェアして拡散する時代に、画像プロテクトとは???という疑問をもったことは確か)

ネットで読める(見れる)絵本は、本の形になった絵本とは内容は同じだけれど、仕立てが違う。どんなストーリーで、どんな絵があるのかは、ネットのコンテンツで十分わかる。でも紙の本になったとき、どんなサイズの、どんな厚さのどんな質感の紙に、どんな色合いで印刷されたものか、タイトルやデザインはどんな風か、といったことはわからない。元データは変わらなくとも、作者が描いた出力のイメージや到達点に関して、紙の絵本こそがこの作品の「オリジナル」と言っていいと思う。ネットで公開する場合も、工夫しようと思えば、いくらでも本らしい仕立てには出来たと思う。アプリケーションをつかい、絵本をめくって読むようにだって出来たはずだ。音声や音楽やアニメーションを部分的に追加することだってできただろう。でもそれはやっていない。ネットで公開するのはコンテンツの素材、あるいはデータに過ぎないということかもしれない。

「お金の奴隷解放宣言」を知ったきっかけは、書体デザイナーの佐藤豊さんのブログだ。佐藤さんはキンコン西野の無料公開に対して賛同する人、反感をもつ人を次のように分析している。

非難する人は、仕事を誰かに貰って生きている人…。
称賛する人は、仕事を自分で作って生きている人…。

なるほど。そういう分類はできるかもしれない。

この問題に関心をもったのは、葉っぱの坑夫が2000年のスタート当時から、ネットのコンテンツはすべて誰でも読みたい人が読めるよう無料で公開してきたことと関係がある。もともとコンテンツの公開を、「作品の出版」と捉えてきてもいる。無料であっても作品は作品。作品の価値と有料か無料は直接関係ない。またネットで公開しているコンテンツの中から、読者の作品との出会いの機会を増やす意味で、ある時期から、紙の本やキンドル本にもすることを始めている。紙の本は当時のオンデマンド印刷で、葉っぱの坑夫スタートの翌年にもう始めている。印刷費があるから有料の本だ(それに書店では無料の本は扱ってくれない)。でも内容は同じ。ネットでは写真が入っているけれど、紙の本は写真ではなくイラストやデザイン的な見せ方で、という違いはある。あるいはネットではフラッシュプレイヤーをつかった動的でインタラクティブな作品に、紙の本はモノクロの小さな本、というケースもあった。でも基本になるテキストは同じ。それに対して、アマゾンのレビューで、「購入したあとにネットでも読めたことに気づいた」というような、やや批判的(不満?)なことを書いている人もいた。そのとき、あーやっぱりな、日本ではそう思う人が多いんだな、と思った。キンコン西野への非難と同種の考え方だ。

インターネットが当たり前の時代になってから使い始めた人には、そのように感じる人が多いかもしれない。インターネット一般化の始まりの時期(1990年代の終わりごろ)、ネットの中心は商売の手段や場というわけではなかった。ネットという空間で、何ができるのか。どんな人々がいて、何をやりとりするのか、など未知な世界を目の前に、多くの人がワクワクしていた。そこにはお金、という介在物を第一にする思想はあまりなかった。そこは表現の場、個人や団体のアピールの場であったりもした。そしてこの世界はグローバルネットワークを基本としていた。フリーウェアとかシェアウェアという名で、誰かが開発した便利なソフト(アプリ)が、無料だったり、少額だったりで世界中で配布されていた。インターネットの世界は、今以上に国境がなかった。アーティストは自分のサイトをかっこよくつくり、国外にまでオーディエンスを広げようとした。NGOや非営利団体はその活動を世界にアピールし、寄付を募っていた。青空文庫が参考にしたグーテンベルクという非営利団体は、過去の文学作品を続々とアーカイブし、世界中の人々が無料で読めるようにしていた。

このようにインターネットのはじまりは、お金を介さない、世界中の人がアクセスできる場として発展し、人々の心をひきつけたのだ。いま日本でも普通につかわれる「シェア」という言葉は、この時期のインターネット抜きには生まれなかった思想だと思う。現在も、海外の(主として英語をベースにした)サイトは、無料で多くの有益なものを提供している。お金や商売に直接関わらずに、出版活動をしている。しかし日本では青空文庫や葉っぱの坑夫がしているような活動はあまり多くなく、無料で誰もがアクセスできることへの評価も低い。公共の財産という考えや、公共という空間に対する認識があまりないのかもしれない。

キンコン西野の絵本の無料公開への反発や非難は、そう思ってしまう側の社会認識の低さや、日本社会の常識への服従から生まれているのでは、と思えてくる。

1月30日のキンコン西野のブログには、今後さらに絵本の無料化を進め、自分の絵本の全作品がネットで読める図書館をつくろうと思う、と書いてあった。図書館、なるほど。図書館では本が無料で借りて読める。誰もそれに文句は言わない(出版社が最近言っているようだが)。それは公共のものだから。公共のための活動は役所の専売特許か? そんなことはない。任意の団体、グループ、個人も公共のための活動はする。NPO(非営利団体)という言葉が、日本の社会でもここ10年くらいの間につかわれるようになってきた。そのように日本も進化してきている。ただし、アメリカとは違って、あくまでも法人としての活動しかNPOとして社会的には(税の優遇措置など)認められていない。個人や小グループが非営利的活動をすることへの理解は(中でもそれが創作に関係することでは)、キンコン西野の例でもわかるように、まだまだ低いのだと思う。

「お金の奴隷解放宣言」