20180824

ラジオ体操の音楽学


夏の朝、早起きして窓をあけると、どこかから微かなピアノの音が聞こえてくる。耳を澄ませてみると、ラジオ体操の音楽だ。夏休みだから、近くのどこかに子どもたちが集まって、ラジオ体操をやっているのだろうか。そういうものが今もあるのだな、と。

しばらく聞いていると、この音楽、間違いなく日本のものだという気がしてきた。西洋音楽でありながら、日本の文化の香りがとてもする。まずは拍子。聞いていたときはてっきり2拍子(4分の2拍子)かと思ったが、あとで楽譜で確かめたら4拍子(4分の4拍子)だった。確かに音の連なりを見れば4拍子に作曲されている(服部正作曲)のがわかるが、ぼんやり音を聞いていると2拍子の感じがした。 

4拍子と2拍子、どう違うかと言えば、4拍子は一つの小節に強迫が二つある。1拍目は強く、2拍目は弱く、3拍目は少し強く、4拍目は弱く。2拍子は1拍目が強い。2拍子は強弱、強弱、強弱といった単純な拍の繰り返しによるリズム。行進のときのような感じと言ったらいいか。右左、右左、右左、、、のような。4拍子の方は、もう少し複雑で、音の流れに循環があると思う。1、2、3、4、の4は弱音だが、次の1につなげるため、引き上げて次の1で落とすような感じだ。4拍目にはアウフタクト感がある。

小さく聞こえてきたラジオ体操のピアノ音楽は、演奏の仕方が2拍子に近い感じがした。おそらくNHKのラジオのものだと思うが、標準的な演奏法ではないだろうか。一般に知られているラジオ体操はNHK発ということだから。そしてその2拍子っぽい演奏法は、体操の振りからきているのかもしれない、と思った。1、2、3、4、いちにーさんしィー、いちにーさんしィー、という循環する流れはあまり感じられない。1、2、3、4、いち、に、さん、し、となっていて、いち、に、いち、に、とあまり変わらない。

もし体操の振りが4拍子的だったら、演奏も4拍子らしいものになっていたかもしれない。ただラジオ体操が老若男女、日本のだれにでもマスターできる体操を目指していたとしたら、2拍子の方が適していたと考えられる。それも今の時代ではなく、20世紀前半にラジオ体操が始まった、という歴史を考えればなおのこと。振りを考案したのは遠山喜一郎さんという、ベルリンオリンピックにも出場した体操選手だそうだ。

そう聞けば、なんとなくなるほどと納得できる。体操競技とラジオ体操の動きには共通するものがあるかもしれない。ダンスではなく体操なのだ。

日本の元々の音楽、民謡や邦楽には西洋音楽でいうところの拍子の感覚はないと思う。日本には手拍子というものがあるが、あれは1拍子ではないだろうか。ラジオ体操の音楽も、1拍子と取れなくもない。手拍子と掛け声で、ラジオ体操ができそうだ。2拍子の場合も、頭の強拍をきちんと取ることが大事、といったイメージだ。

ラジオ体操が考案された約100年前の日本のことを頭に描けば、洋服はすでに入ってきてはいただろうが、まだふつうに着物をきて下駄や草履をはいていた時代。とすれば、ラジオ体操が手拍子調であったとしても不思議はない。ピアノやバイオリンより、三味線や琴、あるいは浪曲や民謡に親しんでいた時代だ。

ラジオ体操は4拍子で書かれているが、1拍子か2拍子のような趣きがある。今もそれがつかわれているということは、時代が変わって、普段聴いている音楽が変わっても、からだに馴染み深いものとして定着しているということなのか。日本人のリズム感は今も昔も変わらないということか。

そういえば、小学生がラジオ体操をダラダラやっているのを見た覚えがある。NHKのお手本の人がやっているようなテキパキした動きではなく、体操にあまり見えないような、一応振りをやってるフリのような。あれはいろんな意味で、「自分たちに合ってない」から「できない」という信号のようにも見える。

ラジオ体操ができた頃は、運動とかスポーツといったものがまだ一般に馴染みが薄く、日々の労働とは別に、健康のためにからだを動かすことはよいことだ、という考えに注目が集まったのかもしれない。そして誰もが簡単に真似できて、戸惑うことなく実行できるには、日本人のからだの中にあるリズム感である必要があったのだろう。

しかし今の子どもたちにとってはどうなのか。ダラダラやっているのも、ダサい、動きがヘン、音楽が軍隊みたい、と思ってのことかもしれない。昔ながらのラジオ体操はそのままにしておくとして、今の日本人のからだや音感に合った、ストレッチやウォーミングアップ、エクササイズに通じるラジオ体操があってもいいように思う。現在のラジオ体操のはじまりは、冒頭からテキパキしているが、もっとゆっくり始めるものでもいい。その日のからだの調子や感覚を確かめながら、筋肉のストレッチからゆっくり入り、からだが温まってきたら動きを軽快にしていくとか。

音楽も、今の子どもたちのリズム感に合ったものが作られていい。単純な2拍子の繰り返しではなく、3拍子とか、8分の6拍子とか、ときに変拍子など取り入れても面白いかもしれない。一つの曲の中で、体操の振り、動きが変わるごとに、リズムの変化があれば、一つ一つの動きがより際立ってくるかもしれない。小さな子でも、リズム変化の面白さに反応するということもあり得る。ラジオ体操(ラジオダンス? いや、ラジオでもないのかも)という考え方が基本にあったとしても、今の時代のバリエーションはいくらでもできそうだ。

テキパキ、きちっとした2拍子的な動きだけでなく、柔らかな屈伸、しなやかな伸び、シャープなステップ、緩急のある跳躍といったものを、様々なリズムの音楽にのってからだで表現することは、楽しいことではないか。

一つ一つの動きにイメージを持たせるのもいいと思う。たとえば「宇宙にむかって何か伝える」イメージで、からだを大きく、しなやかに伸ばすとか。「地面を這う小さな生き物を追いかける」イメージで、ステップを踏むとか。頭脳(イメージ)とからだ(運動)がより強く結びつけば、運動効果はあがるかもしれないし、体操に意味が生まれる。からだから脳への刺激にもなりそうだ。脳の活性化を、イメージとからだの動きによって起こす。 

現在のラジオ体操に見られるような、機械的な動き、音に合わせて揃って動かすことが主な目的の軍隊調の運動ではないものの方が、今の時代を生きていく上で、応用が効きそうだ。たとえば一見関係ないように思える、外国語の習得などにも、2拍子調ではない、柔軟性のある体操の方が役立つかもしれない。

余談になるが、面白いと思ったのは、ラジオ体操の動画をYouTubeで見ていたら、ある小学校の校庭で実施されていたものは、子どもと大人が混ざっていて、その中の女性たち(上下ジャージ姿)が揃って、ラジオ体操第1の冒頭の「伸び」の次の運動(両手をサイドに振り上げながら足を開脚屈伸する)を、足を閉じて屈伸していたこと。日本人の女の人の感覚からすると、今の時代にあっても、「足を開脚」して屈伸という格好はあり得ない、またはあまりしたくない、ということか。何となくわかる気はするが、体操のときもそうなのか? トレパンはいてても? 

そう考えると、1930年代、1940年代といった古い時代に、ラジオ体操で女性たちに「足(股)を開いて屈伸させる」動きは、革命的な意味があったとは言えないか、などと深読みしてしまう。スポーツとか運動というものには、女だからこういうマナーで、女性らしさを失わず、などいうものは基本的にはないはず。ある民族の持つしぐさというのは、思っている以上に意味深いのかもしれない。

20180809

W杯をつたえるメディアについて


W杯ロシア大会について、何回かつづけて書いてきた。最後にイベントを扱うメディアについて考えてみたいと思う。

W杯のような国際的な大きなイベントでは、人も動けば、大きなお金も動く。であれば当然、イベントをめぐるメディアもこぞって参入してくる。日本では、日本代表に関することが報道の多くを占めていたようだが、海外のメディアを見れば、W杯全体を把握しようとしているものが目についた。

わたしが大会前、大会中をつうじてよく見ていたのは、イギリスの新聞ガーディアンが特集していた『2018年W杯736選手完全ガイド』。

各国32チーム、総勢736人の選手の紹介ページだ。メニューから国を選ぶと、その国のFIFAランクと大会リーグ戦のグループ名、簡単なチーム紹介(強みと弱み)が出てくる。その下に、選手のプロフィールを担当した外部のライター(主としてチームの国の人)の名前とツイッターへのリンクがある。ちなみに日本代表のプロフィール・ライターは、イギリス人で大阪在住のサッカー・コメンテイターのベン・メイブリーと、サッカーライターの川端暁彦の2人。

その下に、ゴールキーパー、ディフェンダー、ミッドフィルダー、フォアワードの順番で選手の顔写真が並べられている。その顔写真にカーソルを合わせると、選手の詳しい情報が読めるようになっている。所属クラブ、代表キャップ数、ゴール数、年齢とあり、その次に今大会における各試合ごとのレートがつけられるようになっている。たとえば全試合に出場した日本代表の柴崎岳であれば、7、7、4、7。4はポーランド戦だ。最後の7はベスト16のベルギー戦。10点満点なので、概ね高評価ということだろう(この評価は、ガーディアン側でやっているものと思われる)。

試合前に出場選手名が発表されたあと、このメンバー紹介を見れば、どこのクラブに所属し、代表ではどんな活躍をしてきたかがおおよそわかる。このようなアーカイブをすべての国について、サブも含めた選手全員載せていることには価値がある。このプロフィールは、試合のあとに更新されることもあるようで、日本対コロンビア戦の翌日、録画でこの試合を見ていて、ハーフタイムのときにガーディアンの選手紹介を見ようとしたところ、カルロス・サンチェス(ハンドで退場になった選手)のところに、

….but his reflexive handball against Japan left the team with 10 men for 87 minutes and means he is banned……….
(しかし反射的に動かした手がハンドをとられ、残り87分間を10人で戦うことになり、サンチェスは処分を受け、、、)

とあり、あわててページを閉じた。試合結果に触れられていたら困ると思ったのだ。のちに再度ページを開いて読んでみた。プロフィールには「このポジションで彼ほどのクォリティの選手はいないし、メンバー表にまず記される選手であることに変わりない」というようなことが書かれていた。担当者が、これは書いておかなくてはと思って更新したのだろう。サンチェスはコロンビア国内で、ハンドのことで非難もされていたようなので。わたし自身、サンチェスを気の毒に思いながらも、他にまともな選手はいなかったのか、と思いそうになっていたので、これを読んで考えを改めた。サンチェスはプレミアリーグにいた頃、プレーを見て少し知っていた。このコメントで、ハンドを犯してしまったが、コロンビア代表にとって重要な選手だったのだ、と理解した。

次にNHKのワールドカップ見逃し配信について紹介したい。『2018 FIFA ワールドカップ』というコンテンツをNHKはつくっていて、その中で、全試合の映像を無料で見れるようにしていた。これは本当に素晴らしいものだった。大会期間中に見ることはなかったが、終わってから、気になる試合を再度見たりしていた。(ウェブサイトは7月31日まで、iOSのアプリも現在終了している)

何が素晴らしいかといって、全試合配信ということもあるが、その映像が画期的だ。ストリーミングもスムーズだし、映像のクォリティも高い。パソコンのフル画面で充分に楽しめる。またマルチアングルを選ぶと、戦術カメラ、ワイヤーカメラ、4分割A、4分割Bのオプション画像が見れる。

戦術カメラというのは、ゴールサイド斜め上からのピッチ全体が入る映像で、それにより両チームの選手がどのような配置で、どんな動きをしているか、俯瞰で見ることができる。ワイヤーカメラというのは、ピッチ上部に吊ったワイヤーからの映像で、戦術カメラより、個々の選手の動きがよく捉えられている。戦術カメラAは、画面が「試合」「戦術」「選手(Aチーム)」「監督(Aチーム)」に分かれていて、4分割の状態で試合を見ることになる。戦術カメラBは、「選手」「監督」のところがBチームに入れ替わる。

試合の進行を見ながら、応援するチームの選手や監督の表情を追うという忙しい見方になる。しかしスポーツ記者など、役に立てる人もきっといるだろう。試合中にタッチライン際で、選手と監督が話をしていた、などというコメントも耳にした。今のサッカーは世界標準のチームでは、試合中にどんどん戦術を変更していくのが普通だというから、重要なやりとりをしている場面が、カメラに捉えられていてもおかしくない。

このアプリによる映像はNHKがつくったものではなく、FIFAが全世界に配信しているものを、日本ではNHKが購入したと思われる。あるいは全試合の放送権を買った局には、付いてくるとか? そのあたりはザッと調べたところ、いまのところ不明。

もう一つ、この見逃し映像で素晴らしい点は、映像の長さだ。試合だけを配信しているわけではない。カメラは選手がスタジアムに到着し、ピッチに現れウォーミングアップするところからずっと追っていく。その前に、まずスタジアムが上空高いところから映し出される。カメラをぐっと引いて、スタジアムの周辺の街の様子、川が流れていたり、団地のようなビル群があったり、というかなり遠景をていねいに捉える。見ているものは、そこがどんな場所で、スタジアムはどんな形で、ということをリアルな感覚で得ることができる。

そしてカメラはスタジアムの中のサポーター、観客の様子、表情もゆっくり拾っていく。まだ席は埋まっていない状態だ。そういう映像を見ていて、これから始まる試合のことに思いを馳せ、ワクワクしていくというわけだ。少しするとどちらかのチームのゴールキーパー3人(主力1、サブ2)が、キーパー・コーチとともに現れる。客席に向かって、拍手を送りながら出てくる選手もいる。引き締まった、でも期待で胸をふくらませているようなキーパーたちの表情。ときに笑顔も見られる。そしてウォーミングアップ開始。キーパーはこういうウォーミングアップをするんだな。もう一方のチームのキーパー・グループも出てきて同じことをする。まずキーパーが出てくるのは、どこのチームも同じ。

少ししてフィールドプレーヤーも現れ、ウォーミングアップを始める。走り込みをしたり、円になってボールをまわしたり、いろいろなことをする。映像はカットされることがないので、延々、試合が始まるまでつづく。人が埋まってきたスタジアム内の様子、観客の表情もときおり混ぜる。何も起こらない映像としては、かなり長い。試合が始まるまでに小1時間はあるかもしれない。

試合後の映像も、テレビで映される以上の長さがある。試合後の両チームの選手の交換、抱き合い、互いを称え合う場面、選手が客席にいる友人や家族のもとに歩み寄るシーンなども映される。全試合をこの調子で見ていたら、大変な時間がかかるだろう。でも気になるチームをカットなしの全編で見るのは、またとない機会となるだろう。

FIFAの公式ページにも行ってみた。コンテンツは充実していたが、日本語版はなかった。英語の他にはオランダ語、スペイン語、中国語、フランス語、キリル語、アラビア語(と思われる)があった。各国語を話す国が権利を買って訳しているのだろうか。英語版で読んだ記事の中では、ロシア代表の監督のインタビューが面白かった。ロシアは開催国であるだけなく、今大会、代表チームは驚きの活躍を見せた。日本語の報道では、ロシアへの興味が一般に薄いのか(あるいは日本の政治的偏向によるものなのか)、大会をつうじてロシア関係の記事は少ない印象だった。 以下に代表監督スタニスラフ・チェルチェソフの言葉を紹介する。FIFAのインタビューによる。

「(今大会の成功の理由は)まずは運営が信頼に足るものだったことがある。開催地としてロシアを選んでくれた国々に対して、正しい投票だったことを示す必要があった。すべての運営が非常に高いレベルに設定され、実行された。これは我々自身が言っているだけでなく、海外からワールドカップを見にやって来た人々がそう話していたことだ。これは大きな鍵であり、このことなしに、我々あるいはどんな国であれ代表チームがいいプレーを見せることなどできない」

日本ではこの発言を、やはりロシアは全体主義的だから、こういうコメントをするんだ、と受け取る人がいるかもしれない。わたし自身はそうは思わなかった。理由は、多くの海外メディアが、元日本代表監督のオシムさんも日本のスポーツマガジンで、そして前回紹介した日本人ベテラン・サッカーライターの後藤健生さんも、これを裏付ける記事を書いているからだ。後藤さんは、過去12回生観戦したW杯の中でも最高の運営だったとしている。スタジアム内はもちろん、スタジアム間の交通、街のサービスに至るまで、訪れた人々が快適に過ごせるようプラン、管理されていたという。

W杯の1年前、コンフェデ杯(W杯主催国で開催される、大陸間で王者を決める大会)を戦い、ロシアが自分たちの弱点を知ったことは大きな助けになった、とチェルチェソフ監督は言う。選手選考においても、怪我人を多く抱えながらも、選手たちを競争させてよりよい人選になるよう努力したという。そしてオープニングの試合では、ただ勝つだけではだめだ、人々を納得させる戦いをする必要がある、そうすれば我々代表チームを国民が信頼してくれるはず、と考えた。実際、初戦のサウジアラビア戦を終えたあとには、国民の熱はおおいに高まったし、ファンとチームが一体になれた。そう語っている。この試合でロシアはサウジを5−0というスコアで圧倒した。

相手が(今大会最下位のロシアの次の)サウジだったから勝てた、とは誰もが思ったかもしれない。第1戦を見たときは、わたしもそう思った。しかし第2戦のエジプト戦でも、ロシアは強さを見せた。3−1の勝利だった。世界的な、と言ってもいいエースのモハメド・サラー選手は怪我あけであまり動けていなかったものの、失点はそのサラーによるPKの1点のみ。チェルチェソフ監督は、ベスト16でスペインに勝って次に進んだことは大きかったが、このエジプト戦こそ完璧な試合ができた、と述べている。

つづくウルグアイ戦で3−0で負けたことは衝撃だったようだ。わたしも、実力はここまでかと思った。しかし決勝トーナメント第1戦のスペイン戦では、監督いわく「うぬぼれてるように聞こえるから、自分の口では言いたくないが、自分の考えでは、この試合はフットボールとしても、試合の緊張感としても、今大会最高の試合だったと思える」 そう述べている。「我々はそれまで(ウルグアイ戦も含め)5バックで戦ってきた。この試合では4バックにした。W杯前は4バックでもやっていた。スペインはこれに少し戸惑って、うまく対応策が取れなかったのではないか」

ひょっとして、チェルチェソフ監督は、第2戦でグループリーグ通過を決めていたので、ウルグアイ戦ではあえて5バックのままで戦い、ベスト16に備えていたのかもしれない。ベスト16の相手となるスペインかポルトガルをあざむくために。ロシアはベスト8のクロアチア戦でも積極的な攻めを見せ、2−2でペナルティに持ち込んでいる。4得点とハイスコアを出したチェリシェフ選手など、得点力も高いチームだったのだ。

ロシア代表の戦いぶりを見れば、チェルチェソフ監督の発言にある種の客観性があることを認めないわけにはいかない。このインタビュー記事はW杯終了後の7月20日に、FIFAのサイトに掲載された。大会後にもこうして、何が起きていたのかを知るための記事が載せられ、読めることは素晴らしい。こういった監督への直接のインタビューは、どこの国の記者でも、興味さえあれば可能だったのではないか。決して強豪国ではないロシアが、この大会のために何をどう実行してきたかを聞くことは、同じく日本のような強豪国ではない代表チームにとって、役立つことはありそうだ。もっと関心をもってもよかったと思う。

日本のメディアが大会中、大会後に何を報道していたかを見てみると、大手メディアについてはあまりこれといった良い点が見つからない。地上波民放の実況放送では、試合の前後に1時間、ときに2時間もの「紹介プログラム」が組まれていた。しかしその内容は、ほぼ日本代表に関するもので占められていた。それが日本の試合でなかったとしてもだ。「今日の日本代表の動き」というようなタイトルで、それほど素材はないのに、練習風景やそこまでの試合の日本の得点シーンを何度も流し、あとはスタジオにいる大勢のタレントや芸人、元選手たちのトークで埋めていた。サッカーに関係する実のある話は少ない。戦術に関する話もなく、日本代表のゴールに感動した話で盛り上がっていた。

NHKの実況放送は、元代表選手や現在のアンダー世代の選手をゲストに、多少はサッカーの内容についての話はしていた。アンダー世代を呼んだのは、2020年の東京オリンピックのアピールを兼ねてのことだろう。しかしやはり番組の前後を飾るのは、日本代表に関する情報。そのとき実況するチームについて、もっと取材があってもよかったと思う。何人ものスタッフが現地入りしているのだから。基本的によそのチームに興味がないという「日本の事情」は、報道においても、いかんともしがたい。

こうした大手メディアではなく、ネット上で展開されていた動画によるトークや、若手サッカー解説者による戦術分析には、見るべきものがいくつかあった。その中心にいたのは、元サッカー選手の戸田和幸さんである。一つはSportsnaviのロシア大会特集の中で、テキストと図版により日本代表の戦いを細かく分析していた。ところいま、そのページにアクセスしようとしたところ、「7月31日をもって大会特集は終了」となっていて、読むことができなくなっていた。

こういうことは日本のメディアでは非常に多い。掲載期間が極端に短いのだ。また大手新聞社などでも、記事をアーカイブし一般に開放する期間は短い傾向がある。すべてのサービスは、有料会員のためにある、と言わんばかりだ。日本は一般にコマーシャルで動いている部分が多く、アメリカも近いところはあるが、それでも非営利運営的な思想が発達しているので、コマーシャル一辺倒にはならない。日本では非営利活動の地位が低いので、多くのものやことがコマーシャルベースの中に飲み込まれてしまっている。

戸田さんの試合レビューの動画版に、「THE OPINION」というネットでのトーク番組があった。こちらは今でも視聴できる。「サッカーにまつわる様々なテーマについてディベートする」とあって、スペインサッカーに詳しい小澤一郎さん、元サッカー選手の中西哲生さんなどが参加している。ここでロシア大会の日本代表の戦いを、試合ごとにテーマにして取り上げていた。1時間くらいのトーク番組になっていた。またここでは、鼎談者が40歳代ということで、彼らより年長のサッカーを語る人々とは少し違った印象だった。どこが一番違うかというと、事実の見方に関する客観性の占める割合だ。

岡田武史さん(元日本代表監督)や山本昌邦さん(元オリンピック代表コーチ)など60歳代のサッカーの論客は、経験も見識もあるはずの人々だが、「大人の振る舞い」を意識しているのか、日本代表を客観的に見て語る部分は、40代世代と比べると少なかった。8割は良いことしか語らない。本当に起きていたことに、細かく触れていくことがない。スポンサーや放送局の求めることを知ればこそ、そうなってしまうのだろうか。その背後には、そういうトーンの報道や解説を求める国民のマジョリティがいる(あるいはいると想定されている)わけだが。

「THE OPINION」で、日本の初戦コロンビアとの試合について、戸田、中西、小澤の3氏が、他では全く取り上げていなかったことを話していた。この試合を振り返る中で、司会役をつとめる中西哲生さんが、コロンビア選手のハンドボールに対して、レッドカード(一発退場)とペナルティキックの両方が出たことについて、あれはどうだったのかという疑問を投じた。レフェリーの判断は適正だったのか、と。これに対して小澤一郎さんが、今のレギュレーションでは、ペナルティキックを蹴らせるのであれば、カードはイエローでしょうね、と答えていた。中西さんも同じ認識があるようだった。

わたしもこの試合を見ていて、レッドカードが出たときは非常に驚いたので、この話は納得のいくものだった。戸田和幸さんは、「どういうたぐいのファールかにもよるでしょうけど、ただ、手の平でこうやって(とやってみせる)止めたわけではなく、少し広げた腕の上腕部にボールが当たったものだったから(戸田さんとともに、小澤さんもジェスチャーで腕の動きを示していた)、これについての判断は分かれるのでは」というような話をしていた。コロンビアは中盤の重要な選手を開始3分で失い、87分を残りの10人で戦うはめになり、さらにペナルティキックによる1点も先取されてしまった。日本にとってはこれ以上の幸運はないが、試合としては壊れてしまった、と見ていたわたしは感じた。

レッドカードについて、このトーク以外の日本のメディアで話題に上ることはほぼなかったと思う。しかしこの10対11による87分間の戦いは、この試合のほぼすべてだったと思う。勝った=日本は強かった、ということにはならない。しかしコメンテーターとして、その後の中継に出ていた岡田武史さんなどは、「相手が少ないとかえってやりにくいんですよ」といったコメントに終始していた。確かに、2014年のブラジル大会、日本の第2戦でギリシアと戦った際、38分にギリシアが2枚目のイエローで退場となった試合では、相手が残り時間固く守り、0−0に終わった、ということはある。その試合を今回のコロンビア戦にそのまま当てはめることができる、と岡田さんは本気で思っているのだろうか。

もしこれが逆のケースだったら、日本が一発退場+ペナルティキックを取られていたら、そして負けていたら、黙ってはいなかったのではないか。「現在のレギュレーションではレッドではなくイエローのはず」と憤懣やるかたなかったかもしれない。多くの日本のメディアや解説者が、その論調で取り上げることはあり得る。

相手側に不利に働いたときは黙っていて、自分の側が不利を被ったときのみ発言する、というのでは、発言者の判断や発言の信頼性は著しく低くなってしまう。その意味で、「THE OPINION」の3氏が、日本の勝利を喜び、祝い、よかった点をほめながらも、起きたことを公平な視点から論じていることは貴重だと思った。こういうことがないと、「専門家」や「経験者」の話や意見に、きちんと耳を傾けることは難しくなる。そのことが若手の(と言っても40代だが)コメンテーターたちは、よくわかっているのだ。

今大会、マスメディアではないところで、戸田和幸さんを中心に、きちんとした分析が行なわれていたことは、日本のスポーツメディアにとって大きかったと思う。こういう小さなメディアへの視聴者、読者の反応が影響力をもつようになれば、大手メディアも太鼓持ち的な報道ばかりしていられなくなるし、太鼓持ち的コメントばかり言っている人たちは追いやられ、仕事を失うだろう。そういう流れをつくっていくのは、一般の視聴者、読者であるわたしたち受け手の役割でもある。一人一人が自覚をもつことで、メディアを変えていくことが可能になったのが、今という時代だと思う。

東京オリンピックのサッカー競技や次のW杯のときには、このようなオルタナティブな、ネットをつかった解説やトーク番組が、もっと活発になり支持を得るようになるかもしれない。


*YouTubeには、スカパーで放送した岩政大樹MCによるW杯日本代表戦のレビュー・シリーズがアップされていた。登録者はテレビ局自身のようだった。スカパーではW杯の放映はなかったが、こういうレビュー番組をつくっていたのだ。地上波大手がやらないので、意味あることだと思う。

THE REVIEW #4-(1) | コロンビア戦レビュー…前半全体を振り返る

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