20180420

人の一生を語ること:自伝、評伝、CV(経歴書)


「伝記」というとエジソンとか野口英世とかの偉人伝のようなイメージがあって、最近はあまり耳にしない気がする。しかし意味するところは人物伝、ある人間の一生を追ったノンフィクション、あるいはストーリーである。日本語では「一代記」という言い方もあったかな。英語では一般にbiography(バイオグラフィー)と呼ばれている。

このバイオグラフィーという言葉、略してbio(バイオ)は、インターネットを始めてから、ずいぶん身近に感じるようになった。インターネットの英語サイトを見ていると、あらゆるところにこれが登場し、「わたしは(あるいはこの人間は)これこれこういう者である」ということが紹介されている。日本語では「プロフィール」あるいは「自己紹介」と言われることが多い。

これはわたしの印象だけれど、日本では自己紹介文を書くのが苦手という人が多いように思う。就職などのときに書く履歴書とも違う、文章で自分の出身やこれまでの活動について書くのが自己紹介。あまりそういう機会がないためか、慣れないのだと思う。また日本の社会では、他者に自分を知らせるため、自分のことを客観視し、それを述べること自体にもある種の苦手意識があるかもしれない。「わたしは○○で、、、」と自分から出発して、自分を語らなければならないからだ。

しかし英語でバイオと言われる自己紹介文を読んでいると、「彼女は1990年、イリノイ州シカゴに生まれ、、、」と三人称で書かれていることが多い。編集者など自分以外の人が書くこともあるだろうが、自分で書くときも、普通に「彼女は、、、」「彼は、、、」と表現している。日本語をつかう日本人からすると、不思議な感覚かもしれない。

このように他人のことを書くように自分を表現すれば、もっと楽に自己紹介文が書けるということはないだろうか? 個人ではなく、会社や団体の場合は、サイトではよく「About」とか「About Us」という自社紹介ページが見られる。日本語のページでも、この用語はインターネットのサイトでは普通に使用されてきた。しかし自社紹介がないものも、日本のサイトにはかつてよくあった。団体レベルでも自己紹介が苦手なのだろうか。市民団体や何かの活動グループなどは、日本でも、積極的にこのAboutを載せていることが多い。それは自分たちのことを伝えないことには、活動にならないからだろう。英語のサイトでは、Aboutだけでなく、mission(目的、目標、使命など)として、これこれこういうことを目指しますといった項目もよく見かけた。(最近はそれほどないかもしれない。インターネットというメディアや場、空間が、万人に認識され、信用されるまでの間、必要なものだったのかもしれない)

外に向かって、不特定多数の人に、つまり未知の人々に語りかけるという行為は、インターネットでは普通のことだが、これもどこか日本語を話すわたしたちには馴染みにくいのかもしれない。かつてはmixi、いまならFacebookといった、「公(おおやけ)」よりもう少し小さな、知り合いや知り合いの知り合いといった集団での発言の方が心地いいのだ。つまり携帯電話でのやりとりの範疇とその周辺(日本ではインターネットより携帯の方が広がり方が早く大きかった)。知り合いの間であれば、自己紹介をわざわざする必要もない。自己紹介に対する苦手意識というのは、この辺りのこととも関係しているかもしれない。

それとは別に、いわゆる自伝とか評伝といった、何かを成した人についての書物があるが、(これも印象でしかないが)どちらかというと、日本ではそれほど人気がないように見える。日本人のサッカー選手が海外のチームに入団するまでの記録、あるいは海外移籍先での生活を綴るといった短期的な話題を本にしたものなら、それなりにあるとは思う。あるいはタレントや俳優の半生記(生きている人のここまでの人生の記録)とか。タレント本のジャンルに入るような、写真を多用したスタイルのものとか。

もう少しジャーナリスティックなもの、ある人物の研究者や作家が書いた評伝などは、あるにはあるが、どちらかというと地味な存在かもしれない。わたしは自伝、評伝の類はけっこう好きでよく読む方だと思う。日本語でも英語でも読むが、どちらかというと英語で、あるいは翻訳物でというケースが多い。海外ではこのジャンルが活発でバラエティがあるからかもしれない。最近読んだものでは、フランスのソプラノ歌手、レジーヌ・クレスパンの自伝がかなり面白かった。タイトルは『On Stage, Off Stage: A memoir』で、本人がフランス語で書いたものを、友人のジャーナリーストが英語訳していた。

クレスパンは1927年生まれで、2007年にすでに死んでいる。自伝は1997年出版(英語版)で、晩年にさしかかった頃に書かれたものだ。メモワール(回想記)と副題にあるように、子ども時代からオペラ歌手として成功するまでの道のりを、たくさんの印象的なエピソードの集積により記している。この自伝の面白さの理由には、クレスパンの好ましい性格、オープン(開けっぴろげ)な語り口が影響していたと思う。そのせいで読者は、語り手の真実に触れることができ、心情につられて一喜一憂させられたりする。

20世紀を代表するような、著名な指揮者や作曲家とのエピソードも豊富で楽しく読んだが、なんといっても文章のうまさが光っていた。ユーモアとウィットに満ちた表現、深刻な出来事にも笑いの要素を織り交ぜることを忘れないセンス、それは彼女の人柄とも言えるのだろうが。書くことにおいての正直さ、真摯な態度は、文章のうまさに繋がっているように感じた。また本全体の構成力(ものを語っていく順番やトピックの分け方)も型通りではなく、よくできていた。何が大事か、何を言っておきたいか、といったことがはっきりとしていて、潔く、爽快だった。

オペラ歌手というものがどういうものか、よく知らずに読んだのだが、脚本の読み込みに相当な時間をかけるということからも、オペラ歌手というのは、音楽の表現者というだけでなく、演技者としての側面もかなりあり、役になりきる、ストーリーを具現化するといった創造性が求められるのではないかと想像した。そしてそういった訓練で養われた能力が、文章を書くことに生かされていると思った。

クレスパンとの出会いは、YouTubeでフォーレの歌曲をうたっているのを聴いたことから。その後、2枚組のベスト盤CDを買って、よく知らないままにオペラのアリアなども聴いている。自伝を読んだことで、その人物がよく理解できたので、歌を聴くことがさらに楽しくなった。

自分がここまでに読んできた自伝や評伝をあげてみたら、はっきりとした特徴が見えてきた。二つのジャンルがあり、一つは音楽家たち(ダンサーを含む)。もう一つはサッカー選手たち。音楽家の方は、現在、作家であり作曲家であるポール・ボウルズの評伝を読んでいる。『An Invisible Spectator』というタイトルで、Christopher Sawyer-Lauçannoというジャーナリストが書いたもの。本の前書きで、ボウルズの音楽を聴き、スコアを手に入れて演奏もしてみた、とあって、数ある評伝の中からこの本を選んだ。最も早い時期に出されたポール・ボウルズの評伝の一つだと思う。(ボウルズ本人による自伝がこれより早く出ており、その後にも2冊追加で出ている)

音楽家の評伝としては、フランスの作曲家モーリス・ラヴェルのものも面白かった。二つあってどちらもアメリカ人によって英語で書かれたもの。一つはBenjamin Ivry著『Maurice Ravel: a Life』(こちらは日本語訳が出ていたと思う)、もう一つはラヴェルの死後まもなくに書かれたもので、Madeleine Goss著『Bolero – The Life Of Maurice Ravel』。まだラヴェルの弟エドワルドや友人たちが生きていた時代に、直接話を聞いて書かれたものだ。ラヴェルについて書くために参考資料として読んだので、とびとびではあるが(すべてを読み通したわけではない)、どちらも面白かった。日本語の本では、木琴奏者・平岡養一の評伝『木琴デイズ』(マリンバ奏者の通崎睦美の著作)が本格的な評伝として楽しめた。日本語で、こういうものがもっとあっていいと思った。

サッカー選手の自伝(半生記=まだ現役中の選手によるものが多い)には、けっこう面白いものがある。読んだものでベスト3は、韓国のパク・チソン選手(2冊出している)、ウルグアイのルイス・スアレス選手、スペインのアンドレス・イニエスタ選手のものだろうか。前者二つは日本語で、最後のものは英語版で読んだ。パク・チソン選手以外は今も現役。自伝が出たときは、みんな20代だったと思う(人生30年未満の自伝とは!)

ルイス・スアレスの自伝は、二人の英国人ジャーナリスト(ガーディアンやデイリーメールで記事を書いている)との共同プロジェクトのような形で進められた著作のようだ。二人ともサッカー業界で活躍する有能な記者で、ゴーストライターとしてではなく、本の扉にはスアレスとともに名前が記されていた。片方のライターはスペインのリーグを取材することが多いようで、スペイン語は堪能なのだろう。しかしこの本はライターたちの母語、英語で出版されている。「著者」がスペイン語を母語とするウルグアイ人なのに、である。amazonのスペイン語サイトを見てみたら、確かにこの本のスペイン語版はあったが、翻訳者の名前が添えられていた。つまり英語版がオリジナルということ。

出版当時スアレスが、イングランドのプレミアリーグのクラブ「リバプール」に所属してからなのだろうか。しかしその後すぐにスペインの「バルセロナ」に移籍したのだが。ウルグアイの人々はおそらくスペイン語版を読むだろう。しかしamazonのスペイン語サイトを見る限り、(kindle版はなく)紙の本しかないし、レビューも一つもない。マイナーな感じだった。

想像するに、二人の英国人ライターが中心となってプランを進め、スペイン語、英語を交えてスアレスに話を聞き書き記した部分と、本人が(二人の助けを借りて、おそらくスペイン語で)書いた部分が混ざっているのかもしれない。しかし全体として、非常によくまとめられているだけでなく、選手のパーソナリティや声が聞こえるような仕上がりで、「自伝」といって問題ないものだと感じた。

イニエスタの自伝も、ジャーナリストの助けがあって書かれたもののようだ。こちらはバルセロナFCの生え抜きの選手で、生まれもスペイン。オリジナル版は二人のスペイン語ライターによるもので、名前も扉に記されている。そして、英語訳はスアレスの本の英国人ライターコンビだった(わたしが読んだのは英語版)!

こちらも非常によくできた「自伝」で、読んだ印象は強烈だった。それまでそれほど詳しく知らなかった彼のことが、そのパーソナリティを通じてよく理解できた。いくつか好きなエピソードがあって、そういうものには、イニエスタという人間、サッカー選手としての魅力が深く表現されていた。テキストの英語訳もみごとで、スペイン語のもつエモーショナルな感じがうまく訳されていて、その文章ととともにこの著作が印象づけられた。おそらく英国人ライターコンビは、優秀な「自伝」ライターなのだろう。この本はスアレスの本が出てから2年後に出版されている。つまりイニエスタがスアレスとバルセロナで同僚になったあとのことだ。この2冊の本は(イニエスタの本は英語版については)同じイギリスの出版社から出ている。

アレックス・ファーガソンというイングランドのマンチェスター・ユナイテッドで長く監督を務めた人の自伝も、日本語版が出る前に、英語版Kindleで読んだ(Kindleだと世界発売と同時に読める)。ちょうど香川真司選手がマンUにいた頃のことで、それもあって日本でもこの本は話題になった。しかし香川選手のことにはそれほど触れられていなかった。実況番組で解説をするサッカーライターなどが、これは「暴露本」の一種という言い方をしていたが、それは全く当てはまらないと感じた。どちらかというとオーソドックスな自伝の書き方で、1500試合目となる監督最後の、衝撃的な終わりを見せたゲームのことに始まり、出身地スコットランドでの選手生活と話はつづく。確かにズバズバと明快に選手の批評をする部分はあったが(ファーガソンらしい)、一読に値する人物評もあり、暴露本というのとは違う。日本のサッカーライターがしきりに、なぜあれほどの人が暴露本など書くのかと言っていた意味が、正直わからなかった。まだその頃は日本語訳が出ていなかったので、原著を読むことなく、英国内の一部の評判を聞きかじっただけで言っているのでは、と疑った。確かに、日本では「自伝といえば暴露本」という流れもありそうだ。 

『SOLO』というタイトルのアメリカの女子サッカー選手ホープ・ソロ(GK)の自伝もKindleでもっているが、途中まで読んで気持ちが外れてしまい、そのままになっている。少女時代の頃のことから書かれていて、面白くなかったわけではないのだが。機会をみつけて再読しよう。アルゼンチンのセルヒオ・アグエロ選手はファンなので、自伝が出たとき読みたいと思ったが、Kindle版の英語版サンプルを読んでみて、今ひとつで購入をやめた。本人が書いていないのは構わないが、全体の作り、文章にイマイチ惹かれるところがなく、購入に至らなかった。前書きで、友人で同じアルゼンチン人のリオネル・メッシが、少年時代の二人の出会いを書いている部分はワクワクした。

自伝や評伝を読む動機づけとして、まずは書かれている人物への興味があると思うが、評伝の場合、書かれている人への興味ではなく、書いている人への興味で手に取ることもある。富岡多恵子の『釈迢空ノート』という折口信夫の評伝はそういう理由でもっている。が、読まないまま書棚にあり、今回あらためて取り出してみた。ひょっとしたら読んでみるかも。なぜこのこの本を著したかが書かれている「はじめに」を読んでみて、書き手の視点を面白いと感じたからだ。

ある人物の生涯を知るというのは、どういうことなのだろうか。葉っぱの坑夫を始めた頃に、メアリー・オースティンというアメリカのナチュラリストの本に出会い、強く惹かれるものを感じた。カリフォルニアのシエラネバダ山脈付近の沙漠地帯に住み、その土地の自然や野生動物、鉱夫やインディアンなどの地元民についてたくさん書いている。最初に『The Basket Woman』という童話集を訳した。ウェブ版では『インディアン・テイルズ』、紙の本版では『籠女』のタイトルで出版した。その頃、オースティンの自伝『Earth Horison』を見つけ、手に入れた。日本ではほとんど知られていない作家なので、どういう人なのか、この本で初めて詳しく知ることができた。ワクワクする体験だった。

やはり自伝や評伝を読む動機として、対象となっている人物への興味は第一要因になるだろう。ポール・ボウルズのように、自分で書いた自伝以外に多数の評伝や回想録が書かれ、出版されている人も(英語圏などでは)いるようだ。伝記・評伝など一つあれば事足りそうなものだが、そうではないのだろう。書き手の対象への迫り方、独自の視点の示し方、人物像の提示など、その書き手にしか書けないものを書こうという野心があるにちがいない。ボウルズの10を超える評伝と、本人による三つの自伝をすべて読んだら、いったいどこに行き着くのか。専門の研究者でもないかぎり、そこまでする人は少ないだろう。しかしそういう読書のあり方も面白いかもしれない。

自伝や評伝を書くのは大変だが、ショートバイオ、経歴書あるいは英語でCV(curriculum vitae)と言われるものを、必要がなくとも、書いてみるのは面白い行為かもしれない。何か発見があるのでは。わたし自身は他人(アーティストや作家など)のバイオをウェブで紹介するため、かなりの数書いてきた。日本語でも英語でも。ちょっと面倒なところはあるものの、やってみれば面白い作業である。資料が豊富で、経歴も長ければ、どの部分を取り上げるかなど、書き手の腕次第のところもある。

自己紹介文、経歴書、CVといったものを、何年かに一度、書いてみるのもよさそうだ。数年の間にアップデートする出来事はあるはずだし(少なければ、停滞してることになるかも)、書くときの視点も変わってくる。また目的や読み手を想定することによっても、書き方は大きく変わるはずだ。書いてみれば発見もあるだろうし、なんかのときに役立つかもしれない。

インターネット上では、アーティストなどが、自分のCVをダウンロードできるようにしていることがよくある。自分のキャリアをアピールして、仕事やプロジェクトへの誘いや依頼に役立てようとしている。日本人の感覚だと、履歴書、経歴書を誰もがダウンロードできるようにする、という行為はあまりしたくないことかもしれない。自サイトに英語ページをつくっているアーティストなどは、日本人でも普通にCVを載せている。

自分のことを不特定多数の人のいる場(社会)にさらしていく行為は、生きている現実(人生)そのものは変わらなくても、それを見る視点が変わるという意味で、創造的なことなのかもしれない。

20180406

画像引用について考えてみた

葉っぱの坑夫を始めて以来、著作権について考えることはよくある。まずはテキストだが、翻訳する場合、本でもサイトの文章でも元テキストの著作権者を調べなければならない。どんなに面白いものでも、そこがはっきりしない限り、翻訳に手をつけるわけにはいかない。 

パブリックドメインになっている著作(著作権の切れたもの、もしくは放棄されたもの)は、そのまま翻訳できる。著作権が生きているものは、著者か権利者に、翻訳・出版の許可を得る。そういったケースでは、最初から代理店やエージェントに問い合わせるのではなく、まずは著者をネットなどで探して、メールであいさつや著作の感想、こちらの気持ちを伝えることが多かった。著者にまず自分の気持ちや翻訳の意味を伝えたかったし、できれば直接交渉で進めたかったからだ。しかし海外の作家の場合、半分くらいは、エージェントを最終的に通すことの方が多かったように思う。

ときに著者サイドの希望で、海外の代理店と関係をもつ日本の代理店を通すこともあった。日本の代理店もおおむね親切に対応してくれるが、そういうところは、大手出版社との付き合い方が主なので、こちらが著者に支払う際の送金手数料などの経費をなんとか安くしようとするやり方には、戸惑いもあったとようだ。コストを下げるため、任せてもらえる部分はこちらでやらせてもったりもしていた。

海外のエージェントは、小出版社や非営利出版に対して、それなりの理解があったように思う。いろいろ細かく相談しながら進め、費用のかからない方法をとることを承認してくれたりもした。作家の方にも理解があったように思う。とはいえ、エージェントも作家もそれぞれで、対応の仕方、され方は一つ一つ違う。案外、著名な作家の方が、小さな儲からない出版への理解があったりするものだ。エージェントの考え方次第で、厳しく要求してくるところもあり、しかしそれが有名作家や人気作家であるとは限らない。そういう場合、話はそこで終わってしまうことが多い。

ここまで書いてきたのは、著作権者の承認を得ての再利用の話だが、作品の一部を借りてくる「引用」について、今回は考えてみたい。ここでいう引用とは、著作者の許可なく使用することを指す。

このブログでも、テキストの引用はたくさんしてきた。基本的な理解としては、引用部分が自分の書いている地のテキストと比べて、量的に少ないこと、出典を明らかにすること、引用箇所を地の文と区別して表示すること、などがあった。引用の量とは、主従関係において「引用」部分が従であることを意味する。どれくらいの割合になっているか、自分のこれまでのブログで確かめてみよう。

2018年3月9日の『野生と飼育のはざまで(4)』の<スポーツハンティングが野生動物を救う?>では、全体の文章が7273文字、テンプル・グランディンの著書から引いた部分が161文字、小林聡史教授の論文からの引用が188文字、日本自然保護協会サイトからの引用が146文字となっていた。どれも200文字足らずなので、おおよそ36から40分の1くらいの割合だろうか。

もう一つ、引用の多い記事を調べてみると、『文章の質について考えてみた』(2017年12月1日)は全体の文章量が6404文字、『李朝滅亡』という書籍からの引用が167文字、238文字と二ヵ所あった(全体の16分の1)。また『「反日思想」歴史の真実』という本からは、180文字分引用があった。その他ウィキペディアからの引用が数カ所あったが、こちらはクリエイティブ・コモンズのところで、別途書くことにする。

テキストの引用のルールとしては、はっきりした決まりはないものの、おおよそ10〜15%以内にとどめることになっているようだ。これまで文字数を数えながら引用をしたことはなく、だいたいの感覚で判断してきた。15%というのは、自覚としても、かなり割合的に多いと感じられる量ではないだろうか。

さてでは画像の引用はどうなのか。これまで画像について「引用」を適用したことはないと思う。テキストに比べて、引用という概念が湧きにくいことが一つにある。しかし調べてみると、基本の考え方は同じであるようだ。それは音源についても同様だと思う。

画像の引用は、感覚的にいうと、してはいけないこと、できないこと、という受けとめ方が多いかもしれない。わたし自身もそう思ってきた。しかしよく考えてみれば、テキストならいいが、絵や写真はだめ、という法律は理論上つくりにくいかもしれない。著作権は創作物に対してかかるという意味で、文章も絵も写真も音楽も同じだからだ。

では画像を著者の許可なく引用したいという場合、どのような条件をクリアしたらいいのだろうか。ここまでに調べたところでは、以下のことが判明した。(これはテキストや音源にも当てはまる)

・一般に公開された著作物である
・引用を行なう「必然性」がある(報道、批評、研究での利用など)
・オリジナルの文章(創作物)が「主」で、引用部分は「従」である
・引用部分は、ハッキリと他の部分と区別されている(引用マークなど)
・引用部分を勝手に改変していない
・出典元が明記されている

引用とは、公表されている著作物を他の者が利用できるよう、「著作権に制限をかける」ということのようだ。何もかも利用はだめ、というのではなく、一定の条件を満たしていれば、その範囲内の使用は認められるということだ。

引用を行なう必然性ということに関して、テキストの場合は関係のない文章を引用することはまずないと思われるが、画像の場合は少し事情が違うかもしれない。引用先の記事や著作物と引用元の画像の関係性に、「必然性」が求められるとき、たとえばイメージ画像としての利用は難しい、という判断になるかもしれない。

たとえば『被災地である◯◯町の現在』という文章で、その◯◯町の被災現場の写真を1枚引用させてもらうのは、一定の必然性が認められるのではないか。しかし『この春はのんびり温泉旅行』という休暇の提案に関する文章で、どこかの温泉地の風景を撮った写真を引用させてもらうのは、難しいかもしれない。必然性という意味で、その写真でなければならないという特定性がないからだ。文章と写真の関係が薄く、直接的ではない。こういったイメージとしての写真というのは、必然性が低いと判断されるかもしれない。

以前に一度書いたことがあるが、画像直リンクという手法が日本で問題になった。観光案内サイトで、メインに使われているイメージ画像が直リンクによるものだった場合、著作権を侵している可能性があるかもしれない、というものだ。以下は過去のブログからの引用(2017.07.14『引用・コピペ・再編集文化』)
ネットの観光地案内のサイトなどでは、他サイトから直リンクで画像を「引用」している場合があるようだ。直リンクとは、画像のURLをコピーして、自サイトのコードにそのURLを貼り付けて画像を表示させる方法のこと。画像にコピーガードのかかっていないサイトに行き、画像をポイントして右クリック(またはコマンド+クリック)すると、「画像アドレスをコピー」という項目が出てくる。それを自サイトのコードにペーストする。すると著作権者の許可なく、目的の画像を使用できる。 
これが違法かどうか微妙なのは、他者の画像をダウンロードして自分のサーバーにもってきているわけではなく、画像はそのまま相手のサーバーに置いたまま、画像アドレスを使うことで「引用」しているからだ。だから盗用の範ちゅうには入らない、という考え方が成り立つ。画像は「盗んでいる」わけではない、というわけだ。 
しかしわたしはこの考え方に疑問をもつ。YouTubeやツイッター、インスタグラムなどは、著作権者が投稿する時点で、というよりそのサービスに登録してIDを得た時点で、おそらく作品の利用権を投稿先に許可しているはず。だからシステム内外での引用が許されており、拡散が行われる。しかし一般のサイトでは、サイト保有者または著作権者と、画像直リンク利用者の間には関係が成り立っていない。あるのは直リンクという技術だけだ。よって許可なく直リンクで画像を引いてくれば、無断転載と同じような結果になる。少なくとも、著作権者にはそう見えるだろう。これは心理的に理解のできることだ。

これを書いていた当時、画像の引用というものがあり得るかどうかについては、考えが及んでいなかった。直リンクの場合も結局のところ、方法論ではなく、法律で示唆されている引用の範囲に収まるかどうか、が問題になるのではないか、と今は思う。

同じ写真でも、人の顔が写っている場合は、また別の点で気をつけなければならないだろう。写真を撮った人の著作権ではなく、被写体の人の「肖像権」が侵されていないかが問題になるかもしれない。「肖像権」で調べてみたところ、そのものは法律で規定されていることはないものの、「人格権」の一部として判例があるようだ。もう一つ「パブリシティ権」というものがあり、有名人などの肖像や名前から生じる経済的な利益を指すという。どちらの場合も、被写体の人の利益を損なった場合(写真を使っての名誉毀損や、顧客を呼び寄せるために肖像を引用するなど)、問題が起きる要因となるのではないかと思われる。

今回なぜ画像の引用について調べてみようと思ったかについて、少し書いておきたい。この7月から、20世紀に活躍したアメリカの現代音楽作曲家のインタビューのプロジェクトをスタートさせる。オリジナルはアメリカのブロードキャスターが、主として1980年代、1990年代にラジオで放送したインタビューを、のちに文字化してサイトで公開したものである。葉っぱの坑夫のプロジェクトでは、膨大な音楽家たち(作曲家だけでなく、ピアニストや歌手、指揮者など)のインタビューの中から、アメリカの20世紀の作曲家を何人か選んで、日本語に翻訳する。

テキストに関しては、ブロードキャスター本人に連絡をとり、企画への賛同と翻訳の許可を得ている。しかしインタビューのページで使用されている写真については、彼が権利をもっているわけではない。いくつかの写真については、インタビューの際に、音楽家自身から借りたもののように見えるものもあった。しかしそれ以外のところから「引いてきた」ものもあるようだった。インタビューのサイトには以下のような断り書きがあった。
多くの写真はあちこちのサイトで見つけたものですが、もしこのサイトで掲載するべきではないということであれば、わたしに知らせてください。すぐに削除します。あるいはクレジットをつけてほしいということであれば、お知らせいただければ付けます。(日本語訳)
インタビューした本人が、必ずしも音楽家の写真をもっていないのは、放送があったのはかなり前のことで、文章化したのはそれからだいぶ時が経ってからのことだからだろう。当時すでに晩年期を迎えていた音楽家の中には、サイトに載せる時点ですでに亡くなっている人もいる。

わたしがこの断り書きを読んで感じたのは、このような対処法があるのだな、ということ。撮影者の著作権に触れることはあるかもしれないが、被写体本人とかなり長いインタビューを過去にした者が、それを文字化して(商業ではない)自サイトに載せるとき、写真を使用することは自然なことに見える。写真はかなり古いもの(若い頃のもの)も多く、30年前、50年前と撮影者を追跡するのは難しいことかもしれない。スナップ写真のようなものは、撮影者を特定すること自体が困難ということもあるだろう。

インタビュー記事でインタビュイーの写真がないケースの方が、例として少ないかもしれない。顔写真があった方が、読む方もより楽しいし、顔だちや表情からパーソナリティを理解することもできる。このインタビュー記事の被撮影者である音楽家は、(すでにどこかで公開されている)写真を、ここで使われることに不満はないのではないか。とすると、写真の利用によって起きる侵害や不幸、損害は最小限と見積もることができる。

(オリジナルのサイトにはないものだが)葉っぱの坑夫の日本語バージョンでは、インタビュー記事に、音源のサンプルも付けようと思っている。それはアメリカに限らずだが、現代音楽の作曲家の作品というのは、一般にほとんど知られていないから。あまり聴かれることがない。いったいどんな音楽なのかさえ、読者は想像すらできないかもしれない。インタビューのページでは、ぜひ音源のサンプルを使って、作曲家たちの音楽も紹介したいと思った。

音源についても、引用の規定は他の著作物とほぼ同じと思われる。その作曲家の特徴をよく表していると思われる楽曲を、あるいは今聴いて興味を引きそうな作品をみつけ、音源のあるサイトへのリンクや、YouTube、あるいはその楽曲を購入した上で、一定時間分のサンプル音源をつくるなどして紹介しようと思っている。

最後にウィキペディアとクリエイティブ・コモンズについて。まずウィキペディアに掲載されている記事は、どのような扱いが許されているのか。「Wikipedia:著作権」によれば、
ウィキペディアのコンテンツは、他の人々に対して同様の自由を認め、ウィキペディアがそのソースであることを知らせる限りにおいて、複製、改変、再配布することができます。それゆえにウィキペディアの記事は、永遠にフリーであり続けるでしょう。
ここに書かれている「他の人々に対して同様の自由を認め」というのは、自分が利用した文書や画像を(さらには改変した場合はそれも含め)、他の人が同様に、自由に利用することを指している。つまり独占的に利用することはできない、という意味だ。さらに二次利用については次のような説明があった。

ウィキペディアは「フリー百科事典」ということを掲げており、掲載している文章や画像等は、各種表示等を条件に自由に二次利用することができます(無断転載など)。この文書は、ウィキペディア上の素材を、ウィキペディア以外の場所で二次利用されることをお考えの皆様に対し、その二次利用方法についての解説を提供することを目的としています。
「他の人々に対しても同様の自由を認め」という考え方は、クリエイティブ・コモンズの考えとしても、古くから知られている。自分がありがたく二次利用するのなら、他の人が、自分の著作物の中のその部分を使うことも許さねばならない、ということだ。クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)とは、「インターネット時代のための新しい著作権ルールで、作品を公開する作者が<この条件を守れば私の作品を自由に使って構いません。>という意思表示をするためのツールです。」としている。

現在の著作権法の多くの部分は、インターネット時代以前に定められたものだ。インターネットの普及によって著作権の考え方は大きく変化している。傾向としては、「著作権の制限」の方向へ動いているのではないか。また「シェア」や「共有」という考え方が、「所有」や「独占(排他的権利)」より一般的に受け入れられいてきているように思う。YouTubeやインスタグラム、ツイッターなどは、「著作権の制限」や共有の思想のもと広まったものだ。

自己の利益のためでなく、世の中を豊かに、楽しくするための共有という思想と、他者の権利を侵害したり、傷つけたりしない方法での引用は、近いところにあるのかもしれない。著作権について「侵害したら大変なことになる」という恐怖の側面からだけ見るのではなく、倫理的に正しいやり方を考え、議論しあい、著作物をリサイクル(再循環、資源再生)して有効利用していくことは、未来に向けて大切なことかもしれない。