20140519

移民たちのクックブック(3) 在日二世コウケンテツの料理と旅


イタリア系、ベトナム系移民の料理本を二回にわたって紹介してきました。今回は在日韓国人のコウケンテツの料理本について。今ではかなりの人気者で、有名人といってもいいくらいのコウケンテツさんですが、わたしが彼の料理本に出会ったとき、まだそれほど知られているようには見えませんでした。

近所の本屋さんを見ていて「鶏本」という本を新刊の平台で見つけました。2009年のことです。副題に「家族の味、僕の味。」とありました。鶏本とは変わったタイトルだな、と思い手に取ると、表紙(カバーの内側の)はノートのようなデザインで、中の写真もレイアウトもいい感じでした。出版社はソニーマガジンズ。最初のイントロダクションに「僕は、鶏好き」と題した文章がありました。多国籍風のレシピにも興味を惹かれましたし、本の最後の「僕の好きな世界の鶏料理」という世界地図入りの料理案内も素敵でした。また著者が在日韓国人であることにも、親近感をもちました。知らない著者のものでしたが、料理人のアイディアと本をつくる編集者の、どんな風に読者を「鶏料理の世界」に導きたいかが伝わるいい本に見えました。

本を買ってから、いくつもの鶏料理を実際につくってみました。どれもとても美味しいのです。いつの間にかわたしも鶏好きになっていました。そしてNHK BSでシリーズでやっている「コウケンテツが行くアジア旅ごはん」なども、いくつか見ました。アジアの国々を訪ね、地元の市場をまわり、辺鄙な村まで行ってホームステイし、家の人にその土地の素材や調理法を学び、さらに台所を借りて土地の素材をつかって、彼が家の人に料理をふるまったりもしていました。草、ハーブ、虫などかなり変わった素材やキツイ(超辛いなど)味覚にも負けず、好奇心全開であらゆる料理や素材に挑戦するコウさんに好印象をもちました。

それを見ていて思ったのは、コウケンテツという人は、韓国からの移民という自分の出自をうまく自分の仕事に生かしているな、ということ。同じく料理家である母親のつくる朝鮮半島のものを食べて育ち、同時に住んでいる日本の食材や料理にも親しんできた、そのことが未知の国の料理法や食材への強い興味と旺盛な摂取能力につながっている、そんな風に感じました。「韓国と日本の狭間にいる自分は、中途半端な存在」とアイデンティティについてテレビで話していたことが、実は多様な存在への肯定や異種混合への許容、フラットなものの見方につながっているのではないかと想像します。

鶏本でわたしのお気に入りのレシピは、手羽先と青菜のコラーゲンスープ、手羽先の辛いコチュジャングリル、手羽元と大根のあまから煮、鶏ものとじゃがいもの塩ハーブ炒め、骨付き蒸し鶏の2色アジアンだれ、スパイシータンドリーチキンなど。作り方はシンプルで、でも食べたことのない味が体験できる、素晴らしいクックブックです。

コウケンテツさんは新聞でレシピを連載していた時期があり、それは切り取ってファイリングしていました。その中にも鶏料理がありました。「カリカリハーブチキンソテープレート」という料理で、これは偶然生まれたレシピだそうです。出張から腹ぺこで帰ったコウさんが、荷物を片付けている間に出来ていたという一品。フライパンに鶏を入れて15分くらいして、アッと思って見にいったらカリカリの鶏料理ができていて「めっちゃうまかった」とのこと。作り方は簡単。フライパンにオリーブオイルを入れて充分温め、切り込みを入れ塩こしょうした鶏もも肉を入れ弱火にします。上にハーブ(ローズマリー、タイムなど)を乗せます。じっくり10分くらい焼いて、裏返してさらに数分。取り出してレモンを添えます。わが家では生のハーブがないとき、ドライハーブでつくることもあり、それでも美味しいです。

いくつかの料理本を読んでいて、最近気づいたことに塩やオイルの選択があります。オイルについては、オリーブオイル、ひまわり油などをすすめている料理人がとても多いです。それは素材のヘルシー度、安全性に関係していて、いわゆるサラダ油(キャノーラなど)は成分や添加物の点でよくない、ということで一致していました。前回紹介した二人(イタリア系、ベトナム系)の料理本でもそう書かれていました。各メーカーから安価で出ているサラダ油はどうも問題がありそうです。わが家では、元々つかっていたオリーブオイルとごま油、それに最近つかい始めたひまわり油、この三種の油だけつかうようになりました。

オリーブオイルは「オリーブオイルの真実」という本が話題になりましたが、最近イタリアのアブルッゾ産のオリーブオイルを買ってつかってみました。一回目に紹介したドメニカのおすすめのオリーブ農園でつくられたものです。運よくそれを日本で輸入している人がいて、そこから買いました。フランチェスカという女性がやっている農園でつくられた、無農薬で精度の高いオリーブオイル。農園の様子を撮ったビデオがここにあります。
アブルッゾにあるフランチェスカのオリーブ農園

塩についてもずっと気になっていました。ドメニカのレシピでは必ずコーシャーソルトがつかわれています。また次回紹介するオキーフのレシピでもつかわれていました。近所のスーパーでは売っていないので、アマゾンで調べたらありました。1.3kg入りで800円程度、それほど高くはないです。アメリカ産で、紙のボックスに直に塩が入っていて、小包の箱から取り出そうとしたら塩がこぼれてきて驚きました。まだ1、2回つかったところですが、しっかり塩の味がしてなかなか良さそうです。フレッシュなサラダにコーシャーソルト、挽いたコショウ、レモン汁、フランチェスカのところのオリーブオイルをかけて食べたところ、何がどう作用したのかかなり美味しかったです。次回紹介するオキーフのレシピにあった、シンプルなチキン料理にもこの塩をつかってみました。それについては次回書きます。

20140508

移民たちのクックブック(2) 旅人のアジアンレシピ

移民と食というのは、移民と言語と同じように興味深い組み合わせ、と前回書きました。今回はベトナム系アメリカ人の料理本を紹介します。

 アンドルー・X・ファムはベトナム出身の作家で、子どもの頃、アメリカに家族とともに渡りました。ベトナム戦争後のことです。アメリカで作家となりましたが、一時期、十年くらいに渡って、故郷の東南アジアを旅しながら暮らしていたそうです。その自転車旅行のとき、日本にも立ち寄ったと聞いています。

 「A Culinary Odyssey(ぼくの料理日記、旅と料理と東南アジアの思い出)」は、これまでに著者が食べてきた、そして自ら台所で作ってきた、タイやベトナムの料理のレシピと、食べものにまつわる様々な文章が一つになった本です。料理の材料や道具についての説明があると思えば、あるレシピの思い出やベトナムの食と暮らしに関するエッセイ、既刊の著者の本からの抜粋(関係する料理が出てくる)もあります。

 アンドルーはこう書いています。なんでそんなに自転車で走ったり、ランニングしたり、泳いだりするの、と訊かれて、「食べるためだよ」と。「食べるために生きてる」とも。「健康にして旺盛な食欲のために、運動するのさ」 アンドルーは作家になる前、数年間、レストラン批評とフードライターをしていました。食べもの好きが高じた結果ですが、好きなことを職業にしてしまうと、面白かったこと楽しんでいたことが変質してしまった、だからやめた、そう書いています。アンドルーは親の家を出て、一人暮らしを始めてからずっと料理日記をつけていました。

 道具についての説明のところで、中華鍋はとても便利なもの、これ一つあればたいてい間に合う、とありました。著者がアジアの孤島に住んでいたときは、ご飯を炊くのも、お湯を沸かすのも、パスタを茹でるのも、コーヒーをいれるのも、あらゆることを中華鍋一つで済ませていたそうです。

 どのようなレシピがあるのか、いくつか名前をあげてみます。サラダロール(生春巻き)、パパイヤサラダ、サクサクマンゴーサラダ、シーフードヌードルサラダ、茄子のガーリックチリ、トムヤムクン、ココナッツチキンスープ、パイナップルビーフ、BBQポーク冷麺添え、グリーンカレー、インドシナ・バゲットなどなど、全部で50近いメニューが記されています。この本の中でわたしが作ってみたのはまだ一つ。というのも多くの料理でフィッシュソース(魚醤)が使われていて、それがちょっと苦手ということから手が出なかったのですが、あまり臭くない土佐産のものを見つけたので、それを買って一つ作ってみました。「キャベツと卵」という料理です。

 著者いわく、この本の中で最もシンプルで、また繊細な味の料理とか。材料はキャベツと人参と卵。キャベツを細切りにし、人参もマッチ棒くらいに切り、卵はよく混ぜます。油を入れたフライパンでキャベツを焦がさないように、中火くらいで5分炒めます。人参を加えさらに4分炒めます。溶いた卵を加え、野菜とよく混ぜます。キャベツの芯が柔らかくなり、でも少しシャキっとした食感が残っているところで火を止めます。魚醤をかけて味をみます。

 キャベツが甘みと新鮮さをもたらし、人参が色味と土臭さでアクセントをつけ、卵がクリーミーさとタンパク質を補給する、どこにでもある質素な、たった四つの材料でこれだけ美味しくて栄養価があるものは他に思いつかない、、、そう書いてありました。作ってみて、確かに、よく知る日常の材料ながら、食べたことのない優しい味、不思議な美味しさが生み出され感動しました。まずキャベツをこれだけじっくり炒める、ということをやったことがありません。中華料理などでは、ベタッとしないように手早く炒めることばかり考えていました。でも長く炒めることで、うま味が出るのだとわかりました。

 この料理について、レシピの最後に、アンドルーはこんなことを書いています。自分の母親は8人もの家族に、わずかなお金でご飯を作らなければならなくて、その答えの一つがこのレシピだった。キャベツ一個、卵二、三個、人参一本。これを作っていて、母親の当時の苦労をおもい、思わず胸が詰まることがある。この料理を自分は一生作りつづけ、食べつづけるだろう。

 この本にはベトナム、タイを中心にした食習慣や、カンボジアやラオス、中国、そして日本の食材についての記述がいろいろでてきます。醤油やオイスターソースなど共通の調味料もあり、また大根はdaikonと書かれていたりもします。醤油やオイスターソース、中華鍋などは、200年くらい前に、中国の労働者(鉱山や農園などの)がタイに連れてこられたことで伝わったそうです。近代になってからは、その中国系タイ人は、富や事業の多くを支配しているそうですが。

 ベトナムはフランスの植民地だった時代があるため、コーヒーやバゲットなどがオリジナルに近いそうです。当時、宣教師や兵士たちがそれなしには生きられない、というところから生まれたようですが。インドシナ・バゲットなどというメニューは、まさにその申し子でしょうか。アメリカでも人気が出て、様々なバリエーションがあるそうです。醤油と米酢のソースで、あとはピクルス、玉ねぎ、ソーセージ、ハムなど好みで何でも挟んでいいみたいです。ベトナム人にとって、今ではヨーロッパ式のコーヒーやバゲットは、日々の暮らしに欠かせないもののようです。