20150126

音の記録、音の記憶。岡利次郎さんのこと(3)

岡先生から教わった和声感とアウフタクトは、大人になってから得た、音楽における貴重な財産だったが、それ以外にも、岡先生から学んだことは多い。岡利次郎さんが演奏家出身ではなく、作曲家であったことが、関係しているかもしれない。演奏家の弾くピアノと作曲家の弾くピアノは、かなり違いがあるように思う。非常にピアノの達者な高橋悠治さんのような人でも、演奏を聴くと作曲家的なエッセンスを感じる。林光さんも達者なピアノ弾きだったが、やはり作曲家の弾くピアノの面白さがあった。どちらも生の演奏を何回か聴いたことがある。あるいは奇異なピアノを弾くとされるグレン・グールドも作曲家だった。

何が違うのか、言葉で言うのは難しい。たぶん、楽曲に向かう姿勢とか態度がピアニストとは違うのではないか。ピアニストが音楽解釈と演奏訓練の割合が、3対7だとすれば、作曲家は7対3かもしれない。全くの私見だけれど。ある音楽をどう捉えるか、はもちろんピアニストにとっても重要だ。ただ作曲家の場合、自分も曲をつくっているわけで、他人の曲を演奏するときも、音楽の成り立ちに対する好奇心がピアニストの何倍か強い、ということは考えられる。

岡先生のピアノレッスンでは、曲の分析に関して、ハッとするような指摘や助言をたくさん受けた。「ここは減7になっているでしょう、、、」というような指摘や、こんな風に和声進行が行われている、というようなヒントをよくもらった。また表現や構成の面での助言も言葉豊かだった。あるフレーズのところで、「暗い小屋の中で小さな窓をみつけて、それを開けてみたら、光がワッと入ってきて、見れば外には緑の大草原が広がっていた、っていうような感じじゃないかな」というような例えをしてくれたりもした。また音の力学というか、あるフレーズでこうくれば(例えば小さくチョロチョロとした動き)、次にはこんなものが出てきてね(ドスドスと勇ましい動き)、そうかと思ったらさっきのフレーズの変形がまた現れる、というような、物理学的な運動要素を心理的な表現に置き換える、あるいはその逆を説明してくれる。

楽譜にフォルテとかクレッシェンドと書いてあると、音の強さの度合いにばかり気がいってしまいがちだが、本当に大事なのは響きの質や性質だったりする、ということも岡先生から学んだ。それは物理学的にも理にかなった音の運動となる。日本ではf(フォルテ)は強く、ff(フォルテッシモ)はもっと強く「音を出す」、のように言われているが、そうすると演奏者は、大きな音を出せばOKと考えてしまう。岡先生によれば、フォルテの意味は、一つには音の幅を広げること、響きを豊かに充実させ太く幅のある音を出すこと、それによって音量も上がり、強度も増す。ある楽譜の中のフォルテを、作曲者が意図したような豊かで強く鳴り響く音にするには、演奏者の楽譜理解力と聴力(音を聞き分ける感度)と指の強度が必要だ。「f」と見れば強く鍵盤を押して、あるいは叩いて、大きな音を出すのはただの運動だ。

子どものころのピアノレッスンでは、楽曲や楽譜の解析や解釈はしたことがなかった。音符が読めるようになること、それを弾ける指と手をもつこと、そのための練習ばかりしていた気がする。子どもでも、自分の弾く楽曲の簡単な説明を受ければ、もっと興味をもって深く演奏することができるのではないか。音だけ出している演奏は、弾いている子どもにとって退屈だ。「気分をだして」あるいは「気を入れて」弾いたとしても、ベースに音楽解釈がないと独りよがりの演奏になってしまう可能性もある。この弾き方だと、何回か弾くうちに飽きてしまう。弾くたびに発見がある、という風になるには、やはり楽曲をどう理解するかが関わってくると思う。

岡先生はピアノの演奏のことを「再創造」という言葉で表していた。作曲家の「創造」したものを、つまり楽譜として残されたものを、弾く人が命を吹き込むことによって生き返らせる。そのときに新たな創造が起き、その行為は再創造となる。演劇でもダンスでもオリジナルをつくる人、作家や振付家がいて、俳優やダンサーはそれを再創造している。料理のレシピをみて、自分の家族のためにそれを調理するのも、再創造の一つか。ある言語で書かれた小説を、違う言語に置き換える翻訳も、再創造の一種かもしれない。料理と同じように、変換後の言語を母語とする人々の顔を想像しながら、「食べやすい」ものにアレンジすることも再創造の一環だ。いずれのメディアにおいても、オリジナルの創造物に命を吹き込むための、最初の解釈が重要で、それが再創造のベースになる。

最後に岡先生のレッスンの中で、効果を上げていた録音について書こう。岡先生のところでは、生徒が成果を発表する演奏会は、三、四年に一回と少なめだった(通常一年に一回くらいやっているのではないか)。準備に半年はかけるので、毎年はやっていられないこともあっただろう。それくらい演奏会は、ある意味練習の成果が厳しく問われる場だった。演奏会場も駒場エミナース小ホールなど、一定レベルの楽器があり、ホールの環境もいい選ばれた場所でやっていた(ちなみにわたしは、駒場エミナースの舞台で生まれて初めて、スタインウェイのピアノに触れた。リハーサルのとき鍵盤に触れて、その柔らかなタッチと音の響きに感動したことを覚えている。駒場にあったのは、中レベルのコンサートグランドだと聞かされてもなお、自分が触ったことのある中では一番のピアノだった)。演奏会が少ない代わり、一、二年に一回、レッスン室で録音をやっていた。長期(三、四ヶ月)練習した曲(ときに一つの曲集)を、一発録りで録音する。最初の頃はオープンリールの録音機だったと思う。

聴衆のいない、先生と自分だけの場での録音だが、緊張度は高かった。演奏会場で弾く半分くらいは緊張した。楽曲を仕上げることの大切さとともに、ある緊張感の中で演奏する練習としても意味があったのだろう。普段の練習では100%仕上げるところまでは、なかなか行かないもの。しかし録音するとなれば、最低でも7、8割の完成度は必要になってくる。6割程度でよしとするか、8、9割まで仕上げるかでは、大きな違いが生まれる。小さな子でも、録音のときは曲を8割くらいまでは仕上げなければならない。「仕上げる」ということがどういうことか、学ぶチャンスでもある。それが100%近い完成度を要求される演奏会の練習でも生きてくる。


最初のところで書いた、屋根裏にしまってあった録音テープの半分は、このようなわけでレッスン室で録ったものだ。ただの音の記録ではあるが、録るにいたる経緯やその意味も考えると、長い歳月と自分の経験したこと、岡先生から教えを受けたことなど多くの、一言では言えないものが詰まっていると感じる。

20150112

音の記録、音の記憶。岡利次郎さんのこと(2)

(1)からのつづき
バイエルを和声音楽として、遜色ないように演奏すること、それが岡先生のところでまず身につけなければならないことだった。和声の感覚を中途半端にしかもっていない者が、それを自分のものにするには時間がかかる。ある言語を母語としない者が、その言語の発音をものにするような感じだろうか。西洋音楽の基本的な和音は、I、V、IVである。「 I 」はトニック、「V」はドミナント、「IV」はサブドミナント、それぞれ主和音、属和音、下属和音(Macでは変換候補が出ない!)とも呼ばれる。音でいうと、ドミソ、ソシレ、ファラド、それぞれの根音はド、ソ、ファである。バイエルの楽譜はこの三つの和音が中心になっていると思う。

たとえば左手でドミソの和音の根音ドを弾き、そこに右手でメロディーのドレミファソと乗せるとする。そのときに左手のドは「 I 」の和音のドなので、主音らしく安定感のある、ドミソの和音らしい響きを探して弾く。この探して弾く、ということが重要なのだ。ピアノはポンと押せば音は出るが、意図した音を出すにはよく耳を澄ませなければいけない。そして右手は左手のド及び(音はないけれど)ドミソの和音をよく聞いて、それにうまく乗せる気持ちでドレミファソと弾く。それができると、たったこれだけの一小節でも美しい音楽の始まりとなる。

ドミソの和音が聞けるようになったら、ファラドやソシレも聞けるようにする。ファラドの響きはどんなものかと言うと、広がりのある、どこか遠くにまで視界が届くような響きだ。お腹が太くなる、というような表現を岡先生から聞いた気がする。ソシレは反対に引き締まった緊張を強いる響き。メロディーがシー、ドーで終わるとき、和声はV → I となり、緊張極まったものが最後に解放されて安定したドにたどり着く感じが味わえる。まさに西洋音楽の醍醐味といっていい響きの推移だ。ごく基本的なものではあるが。この和声感がわからないことには、ピアノという西洋の楽器を弾きこなすことは難しい。ジャズやロックは和声のバラエティやコード進行がクラシックとは違うが、それでも基本はやはりこの I、V、IVにある、ということを最近バークリー音楽大学の講座(コーセラ)で学んだ。

子どものころピアノを習っていたとき、このような和声感を育てる訓練は受けなかった。楽譜を譜面どおり弾く、という命題の中に、和声を感じながら、和声の移り変わりを表現して弾く、という課題は含まれていなかった。しかし西洋音楽では、作曲家はこの和声の移り変わりに曲の意図を込めたり、ダイナミズムを盛り込んだりしている。メロディーと伴奏のパターンだけが曲の意図ではないのだ。だから和音の移り変わりに耳を澄ませずにピアノを弾くことは、楽譜の半分しか弾いていない、とも言える。

和声の感覚というのは、日本の伝統音楽にはない。小さなころからキリスト教会にでも行っていれば別だが(教会で歌われる賛美歌やオルガンは西洋音楽の和声をもつ)、普通はピアノを習う前に和声の感覚をもっていることは稀だろう。岡先生は入門したばかりの生徒たちに、まずこの和声感を教える必要があった。これは訓練によって育つものなのだ。

もう一つ、岡先生のレッスンで重要と思われたものは、アウフタクトの感覚だ。岡先生はリズム研究家でもあり、東洋と西洋のリズムの違いについて書いたユニークな著書もある。確かフェンシングと剣道の違いに注目し、動きの中から切り込んでいくフェンシングと、静止の状態から気合を込めてエイっと切り込む剣道、という分析を音楽に当てはめていたと記憶している。フェンシングの動きには弾みがあり、それは常に動いていることから生まれる。一方剣道は、動きに弾みはなく、緊張感のある「静」から一気に「動」へと移行する。

日本の伝統音楽も、剣道のように弾みではなく、ペタンペタンという地を打つ拍子の進行で音楽が成り立っている。一拍子だ。何もないところから、静止状態から、一(いち)が始まる。「せーのうー」で始められる一も同様だ。西洋音楽の場合は、実際の音がスタートするより前から、すでにリズム運動が始まっている感じだ。循環しているというか。三拍子であれば、一、二、三、一、二、三、のように。アウフタクトの曲は、たとえば、その三のところから音楽がスタートする。アウフタクトの演奏は難しいので、バイエルでも半分過ぎたあたりで初めて出てくると思う。

アウフタクトが難しいのは、循環するリズム運動を、演奏者が演奏前からもっていないといけないからだ。一、二、三、一、二、三、というリズムと弾みが心やからだの中にないと、アウフタクトは弾けない。それがあって初めて「三」から音を始められる。これも子どものころのピアノレッスンで、どのように習ったか記憶が定かでない。岡先生のところで初めて、意識するようになったし、最初のころはなかなかうまくできなかった。

アウフタクトの感覚なしでピアノを弾くと、ペタンペタンした音楽になる。日本の小さな子どもがピアノを弾くのを聞いていると、一音一音ペタンペタンと弾いていることがよくある。それは小さいからそういうものだ、と思うかもしれないが、そうではない。岡先生のところの子どもたちは、四歳、五歳の子どもでもアウフタクトの感覚をもっていた。それは訓練のたまものだ。きちんと教えれば、日本人であろうと何人であろうとできるのだ。

西洋の音楽は、正しい訓練をすれば、誰でもある程度のレベルまで達成できる法則性のある音楽だと思う。師匠について、その真似をして自分のものにしていく日本の伝統音楽とは、かなり違うものだと思う。法則さえ知れば、そしてその訓練をすれば、誰もが達成できる西洋音楽。秘法でも師匠独自のものでもなく、いわば全世界に公開されている。岡先生は、たとえ日本人であっても、一定のやり方で訓練を積めば、才能に関係なく、誰もが西洋音楽の醍醐味を味わい、美しい音楽を演奏することで、西洋音楽の徒の一員になれる、と考えていたのではないかと思う。(つづく)