20190719

Spotify、楽曲提供者の側から見たら


いくつか音楽サブスクリプション・サービスを試したのちに、最終的にSpotifyを使っている。最初の3ヶ月トライアル期間が月100円という気軽さもあり、そして3ヶ月使ってみれば、どういうものかわかるだろうと踏んでのことだった。Appleは1ヶ月だったから(ただし無料だったと思う)、3ヶ月というのは相当長い。多分、1ヶ月というのは短いと思う。

現在、月々980円を支払ってSpotifyで音楽を聴いている。使う頻度が高いことと、仕事上で試聴が必要なこともあり、あれこれ探して自由に聞けるのがいい。便利だと思って使っているので、高いとは思わない。たまに探しているものがないこともあるが、8、9割くらいは丁寧に探せば(日本語で出なければ、原語で引くなど)、見つかる。

Kindleのように端末の数の制限も多分なく、iMac、MacBook、Kindle Fire、iPhoneとその時々で端末を利用して聴いている。端末間での連携もあるので、いろんな意味で使いやすいかな、と。今のところ。正規料金を払い始めたのが今年の3月なので、5ヶ月目ということになる。

そこでふと気になったのが、聴く方の利用者はいいとして、音楽をサブミッションしている方、つまり楽曲提供者の側(特にミュージシャン)にとって、この仕組はどうなのだろうと考え始めた。利用された回数に対して、どれくらいの率で支払われるのか。想像するに、単価は低いのではないか、ということ。

AmazonにKindleのUnlimitedという読み放題のサブスクリプションがあるが、こちらはダウンロード数ではなく、読まれたページ数で換算されると聞いたことがある。なるほど、ある意味合理的かなとは思ったが、作家ないし版元にとっては厳しい条件かもしれない。

Spotifyの場合も、換算法は公開されていないようだが、サブミッションしているアーティストの話を小耳に挟んだところでは、換算率はかなり低いようだ。通常のCDの場合、利益の分配としてJasracに何パーセントかいって、その残りを契約に沿って著作権者、アーティストとレーベルや音楽出版社が分配ということのようだが、それがストリーミングの場合も当てはめられるのではないか。詳しくはわからないし、ケースごとに数字も違ってくると思うが、たとえば1回再生されて1円にならない、というようなことなのかもしれない。1円としても100回再生されて100円。レーベルからアーティストに支払われるのは、またそこから何パーセントかということになるとすると。。。ちょっと言葉を失う。

ただSpotifyの場合、事務所などに所属していない(あるいは自分で事務所を持っている)アーティストで自作曲、あるいはパブリックドメインの作品であれば、利益は差し引きなしで入ってくると思われる。音楽事務所などに所属している場合は、ときに二重、三重に事務所を通していたりすると、かなりの比率で差し引かれる可能性もあるようだ。それはCDの場合も同じ。

音楽雑誌RollingStoneによると(2018.12のウェブ版)、2011年に「再生回数90,000回で8ポンドを受け取った。Spotify、死ね!」とツイッターに書き込んだイギリスのミュージシャンがいたそうだが、その後何年かして、反Spotify運動をしていた作詞家やアーティストの作品も、Spotifyで聴取可能になっているとあった。(1ポンド120円として、1回再生して0.000089ポンド=0.01円)

海外でも日本でも人気ミュージシャンの音源提供がじょじょに増え、Spotifyは「2013年は3,600万人だった加入者が現在では1億9,100万人になっている」(RollingStone誌)とのこと。「有料サービス加入者単体の増加率は1,300%」(同)とあり、伸び率は相当大きいと言えそうだ。「音楽配信サービスは、アメリカ国内のレコード音楽業界に3年連続の黒字をもたらした」(同)ともあり、CDは売れなくなったとしても、業界全体としては儲かっているという風に見える。

たとえば現在は過渡期で、音楽配信事業がもっと安定してくれば、過去の古い換算法ではないやり方で、アーティストや作家に利益が渡るようになる、という希望はないのだろうか。根本的には、音楽家とユーザーが直接つながるパイプが強化され、システムとしての配信サービスは残ったとしても、中間業者(音楽出版社やレーベルなど)が消滅していくとか。現在のSpotifyやbandcampなども、レーベルと個人アーティストは並列でサブミッションしているようなので、ケース・バイ・ケースで混在していくのかもしれない。

ただレーベルが、作品づくりの一端を担っているということはある。レーベルのプロデューサーやディレクターが、アルバム作りにおいて大きな役割を果たしている場合など。たとえばECMレコードのマンフレート・アイヒャーのような人は、作品づくりにおいて欠かせない存在かもしれない。楽曲と演奏者があればアルバムが作れるわけではないのだから。録音の技術的なことから、プロモーションに至るまで、あるいは企画の段階でアーティストと一丸になって考えたり、修正したり、判断、決定したりということをやっているのではないか。Spotifyの楽曲クレジットを見ると、アーティスト名、ソングライター名とともにプロデューサー名という欄がある。楽曲やアルバムによって、そこに名前があるものも、ないものもある。

Spotifyという企業について言えば、最初に知ったときにわりにいいイメージを持ったこともあって、また利用者としては不満はないので、楽曲提供者側への利益の還元を将来的に良くしていってくれることを望みたい。その場合、配信で音楽を聴くことが当たり前になって、あるいは他の選択肢がなくなって(CDが発売されないなど)、現在の980円が1980円になるということも、利用者側は覚悟しておくべきなのかもしれない。

スポーツの試合を配信しているDAZNも、現在は月額980円。コンテンツは豊富ではあるが、通信エラーが多く(原因はこちらのハード機器なのか、アプリの問題なのか、通信状態なのか切り分けできないことも多々ある)、もしかしたら980円という破格の安さが一因なのかもしれない(DAZON側のインフラやソフトのキャパシティ、能力などが低いためという)。DAZNも日本で稼働してまだ1、2年なので、ユーザーの呼び込み期間という意味で、過渡期とも考えられる。

確かにDAZNも、商業レベルでやっていけるようにすること、高額のコンテンツを購入してラインアップさせること、ユーザー数を増やして利益を出すこと、これらのことを一度にしなければならないという意味で、ギリギリのところなのかもしれない。

アメリカにBlendleというジャーナリズムのプラットフォームができた。わたしが登録した時は、まだベータ版だった。登録をしたら、創設者のアレクサンダーからメールが来た。このプロジェクトの企画意図をサイトに読みにいったら、次のようなことが書かれていた。アレクサンダーいわく、「音楽にはSpotifyがある、ビデオにはNetflixが、なのにジャーナリズムにはプラットフォームが未だない」と。あちこちの新聞やサイトを回って、質の高い、あるいは読みたい記事を探すのではなく、あるいは一誌だけ定期購読するのではなく、一つのプラットフォームがあって、そこにすべての記事が格納されていれば、気に入った記事のみを単体ごとに買えるようになる。それがBlendleということらしい。

そのアレクサンダーが(彼はオランダ人)、どうやったら世界の有力紙のライセンスが取れるか考えていたとき、Spotifyを始めたスウェーデン人のダニエル・エクの話を耳にした。ダニエルは楽曲を提供してもらうために、スウェーデン中のレコード会社のドアを一つ一つ叩いてまわったという。あちこちでノー、と言われても、まわり続けたそうだ。アレクサンダーもそれを真似て、2年間、月に1度、アムステルダムからエコノミークラスの飛行機でニューヨークに飛び、たくさんのメディアのドアを叩いてまわったという。

こんなエピソードを読んでいたこともあって、Spotifyにはなんとなく親近感を持っていた。23歳で起業して、10年のうちに世界最大の音楽配信プラットフォームにする。すごいことだと思う。

オランダにユッセン兄弟というピアノのデュオがいる。ルーカス25歳、アルトゥール22歳。子どもの頃から演奏活動をしてきた人気者。このユッセン兄弟のサイトを見ていたら、面白いものを見つけた。今、音楽家たちはサンプル音源やPVビデオを自サイトに載せるのは普通だ。サイトに来てくれた人に、演奏を聴いて楽しんでもらう。それは普通のことだけど、彼らは「Audio」のページの冒頭に、「好きなクラシック」「一番のお気に入り」「グッとくる」「パーティタイム」のリンクがあって、それをクリックすると、Spotifyのページが開くようになっていた。

つまり自分たちの「やっている」ではなく「聴いている」好きな音楽を読者に伝えようとしているのだ。これは面白いと思ったし、それをするのにSpotifyは最適なツールかもしれない。「一番のお気に入り」のところを見て驚いた。ナタリー・コール、フランク・シナトラ、ボブ・マーリー、イーグルス、マービン・ゲイなどのオールド・ソングがずらりと並んでいる。へぇーーー。こういう曲が好きなんだ、と思いながらいくつか聴いてみる。確かに、クラシック育ちの彼らにとって、古いと言ってもモーツァルトやベートーヴェンほど昔のものじゃない。それにこういう過去の遺産の中から、質の高い音楽や自分の好みにあったミュージシャンを探し出すのも、Spotifyが生きる使い方かもしれない。最新のヒット曲ばかり聞く、というのが音楽の楽しみ方ではない。

このようなことからも、いま、音楽の聴取に関して、すごくフラットになってきた部分があるのかなと感じる。ヒットチャートとも関係なく、有名無名でもなく、新しい古いでもなく、自分にとっていい音楽を探す、見つけ出すという楽しみ方へと、ユッセン兄弟のような若い層を中心に移行してるのだとすれば、これはとても良いことに思える。確か水村美苗が「人はなんといろんなところで書いているのだろう………。地球のありとあらゆるところで人が書いている」と『日本語が亡びるとき ------ 英語の世紀の中で』で書いていたと思うが、これを音楽に当てはめれば、

人はなんといろんなところで音楽を生み出しているのだろう………。
地球のありとあらゆるところで人が歌ったり演奏したりしている。

ということになる。これは真実だと思うし、実際、東欧のあまり知られていない小さな国の音楽家の曲を見つけたり、アメリカの古い時代のフォークソングに聞き入ったり、現地語で歌われるセネガルのポップスやマリのダンス音楽にはまったりということはあるだろう。そういうものを統合する場として、Spotifyというプラットフォームが存在するのであれば、音楽文化にとってとても豊かなことだと思う。いや~、けっこう、これはすごいこと!

ところでSpotifyにはプレイリストというものがある。これまで人の作ったプレイリストを聞くことはあったけれど、自分で作ってみようとは思わなかった。どうやって作るのかなと試しにやってみた。なんということはない、簡単に作れる。とりあえずタイトルにDivas from European small nationsとつけて6曲ほどアルメニアやチェコの女性シンガーの曲を入れてみた(のちにガンビアの歌手を入れたのでEuropeanを外した)。Spotifyではあえて非公開に設定しない限り、プレイリストは公開されるらしい。プレイリストのところに何人とついているのは、そういう意味だったのだ。そのプレイリストをフォローしている人がいるということだろう。

昔、カセットの時代に、友だち同士で自作のコンピレーションをやり取りしていた感覚と同じだ。ちょっと驚いたのは、自分のプレイリストをかけていて、曲がすべて終わった後に自動で「プレイリストRadio」なるものができて、そこでかかった曲がちょっと聴いたことない作曲家のものだったりして、発見があったこと。ただSpotifyの自動で流れてくる音楽は、これまであまり性に合わなくて、自動で流すのをオフにしていた。まあ、たまに聴いてみるのもいいかもしれない。

ところでユッセン兄弟は、自分たちの演奏楽曲でプレイリストを作り、ルーカス・ユッセン(兄の方)の名で公開していた。「85ソング、6時間36分」とあってCompleteとあるので音源のすべてなのかもしれない。また、アーティスト自身ではなく、誰かが作ったプレイリストをそのアーティストが認証した場合は、プレイリストの横にチェックマークが入っているらしい。そういうものは1、2回見たことがある。聴き手とアーティストが繋がったということになるのだろう。面白い。アーティストもまた、他人の音楽をここで聞くリスナーでもある。そういう意味でもプラットフォームは、いろいろに機能しそうだ。

リスナーのプラットフォーム以外に、Spotifyが作るプレイリストというものもあるようだ。自動作成のプレイリストRadioではなく、キュレーターがいるらしい。音楽のキュレーターによるプレイリストがある、ということ。新しい職業だろうか? まあ、店舗や公共の場で流す音楽をセレクトする、という職業は前からあったかもしれないが。

Blendleのアレクサンダーではないが、音楽にはSpotifyがあるのに、本の世界にはそういうプラットフォームがない。アマゾンのKindle Unlimitedがあるといっても、漫画が中心で読みたいものが全然ない、という状態ではサブスクリプションする気になれない。そもそも日本では本の電子化が遅れている。というか遅らせている。新刊を出すときには必ずKindle版も、という風にはなっていない。紙の本だけ出す。または何ヶ月もたってからKindle版を出す。本の文化、本をめぐる世界を豊かにしたいなら、電子化は必須だと思う。Spotifyのような仕組ができれば、紙の本の売り上げは減っても、業界全体は潤い、活気が戻るのではないか。本にとって紙製であることは必須の条件ではない。本とは、中身がいちばん最初にくるものじゃないのかな(一つだけあげるなら)、とまあ、ここ何年も思い続けている。