20101220

大切な場面で大きな仕事をする

どんな職業をもち、どんな暮らしをしている人にも、日々のなかで、あるいは一生のなかで、運命をきめる大切な場面に出くわすことはある。そこで満足いく仕事がしおおせるか、成果を得ることができるかは、何によるところが大きいのだろう。運? それもいくらかはあるだろう。でもそれに頼ることはできないし、運もまたこちらの状況を見てやってくるものかもしれない。いい運を呼び込みたいなら、何か他の力が求められそうだ。

NHKBSで「サッカーボーイズ」というシリーズドキュメンタリーを見た。6回シリーズの2回目のところで気づいたので、初回は見ていない。内容は、イギリスとアイルランドの16、17歳の10人のサッカー少年がイタリアにわたり、強豪クラブ、インテルの入団テストを受けるというもの。10人のうち1人だけが、インテル・ユースと1年間の契約を結べる。この10人は、本国で7000人の応募者のなかから選ばれたサッカーエリート少年たち。

撮影時インテルはセリエAでトップ、また2009/2010の欧州チャンピンオンズリーグの覇者にもなる。監督は知る人ぞ知るモウリーニョ。モウリーニョ自身も番組に登場する。審査は数週間にわたり、インテル・ユースのコーチであるマルコがみずから行なう。10人を1人に絞っていく過程は、精神的にも過酷なものだ。まだ子どもの顔を残す少年たちは、ときにホームシックになりながらも、親元から離れて長期間暮らすなかで、自己の能力と厳しく対面し、他者から遠慮のない批評を受け、荒波にもまれながら抱える問題を克服していかなければならない。

各回で紹介される「振り落とし」の過程は、あらかじめ2、3人の「危険ゾーン」にいる脱落候補者が告げられ、その者たちにコーチがそれぞれの問題点を教える。そして次の練習試合でその成果を見て判断し、脱落者と合格者を決めていく。自己を冷静にみつめ、要求されていることを満たすという問題解決能力、それをコーチは見極める。このような判断にさらされるのは、プロの選手になった後、毎日の練習のなかで日常となる。それによって次の試合のメンバーになれるかが決まるからだ。そういう意味では、こういうストレスの大きい過程そのものが選手生活であり、そこを自力で通過する能力が求められている。

少年たちにとって、たった1回の試合の出来不出来で判断されるのはきついことだ。でもそのたった1回のところで、もてる能力を出さなければいけないのがプロのプレイヤーでもある。大きな試合の、勝ち負けを分つところで、決勝点をあげる、という場面を何度も見てきた。そこに何があるのか、なぜそうなったのか、には偶然ではない理由があるように見える。

真面目さだけでは通用しない。ただ真面目に取り組んだだけでは成果は得られない。取り組みへの意識の高さが必要なのではないか、という気がする。それは非常に能動的なものだ。自分の内にある真剣さと言ってもいい。真剣さはどこから来るのか。それは自分がどれだけそのことを欲しているか、求めているかの強さの度合いかもしれない。人があることに真剣になること、そこは不可知の領域、ものごとの生まれる始まりの場所、神秘の場所だ。それを一度でも体験したことのある者は、何かあるごとに、その感覚を呼び戻そうとするかもしれない。

わたしの好きなサッカープレイヤーに、韓国出身のパク・チソン選手がいる。この選手のここ数年の選手生活を見てきて、最初はなんと運の強い人だろう、なんというラッキーボーイなんだ、と思っていた。でもよくよく見ていくと、この運の良さは彼自身が生み出しているものに違いない、と考えるようになった。そしてそこのところが、世界レベルで見れば大物スター選手ではなくとも、人を惹きつける力になっている。

本人の弁によれば、「自分は平凡な選手」だと言う。心肺能力が人並み外れて高いものの、サッカーの能力で見れば特に突出したものはない、という意味だろうか。この「平凡な選手」がここまで成してきたことは、記録を見るだけでも決して小さくはない。しばしばアジア最高のフットボーラーと言われる由縁だ。日本人から見れば、中田英寿や中村俊輔だって欧州で活躍したのでは?と思うかもしれないが、キャリアのデータを比べればその差は歴然とする。ワールドカップに3大会連続フル出場(これは中田も同じ)、すべての大会でゴールを上げ(中田は日韓大会のときの1点のみ)、2002年大会ではチームがベスト4(日本はベスト16)。クラブ歴では、オランダ1部リーグで3年間プレイする中でリーグ優勝2回、欧州チャンピンオンズリーグ(CL)でも活躍し、2005年チームはベスト4にまで登り詰める。CLでの活躍がイングランドのビッグクラブの目にとまり、マンチェスター・ユナイテッドに移籍。チームはパクの入団後、3年連続リーグ優勝、欧州チャンピンオンズリーグ優勝を果たしている。オランダでもイングランドでも、チーム状態がベストのときに在籍している幸運ぶりだ。中田は意外にも欧州チャンピンオンズリーグへの出場経験はない。中田が日本で一二を争う、優秀な選手であることは間違いない。ではどうして、キャリアの記録ではこれだけの大きな差が出てしまったのだろう。

大きな才能を持ちながら、それを充分に表現し披露することができなかった者がいて、一方に「平凡な選手」であるにも関わらず、運を強力な味方につけ、才能を開花させる者がいる。その差は何か。そこに何か法則があるとすれば、サッカーやスポーツ以外のことにも通じるのではないか。パク・チソン選手はきっとその何かをつかんだのに違いない。

先週のイングランド・プレミアリーグ、大一番と言われて注目を集めたマンチェスターUとアーセナルの対戦で、パクは決勝点を上げた。激しい攻防が繰り広げられた緊迫した試合の中で、1−0の勝利となったその1点は、相手ディフェンダーの脚にリフレクトしたボールを素早い反応でゴールに流し込んだものだった。ボールはポストの内側の高い位置に当たってネットを揺らせた。あとわずかボールが低かったら、大きくジャンプしたゴールキーパーの手に弾かれていただろう。イングランドのマンUファンたちの間でも、「あれはラッキーゴールだったのか?」それとも「技ありか?」と話題になったらしい。スロー再生で見ると、棒高跳びの背面跳びのような姿勢でボールを頭に当てたとき、顔の向きはしっかりゴールマウスに残っていたことからも、確信のプレイだったのだろうと思う。それが運を呼び寄せたのに違いない。

20101206

カタール! 中東、アラブという未知

未知の国や地域はたくさんあるけれど、その中でも中東やアラブ世界について知っていることは非常に乏しい。南米やアフリカも知っていることはごく一部のことに限られるが、いくらかは知っているし、音楽、文学などで触れてもいる。中東のなかでもアラブは、とっかかりがこれまであまりなかった。中東でもイスラエルは友人を通じて、イランはキアロスタミ、マフバルバフなどのイラン映画を見て親しみをもってはきたが。

イラン、イラク、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、オマーン、バーレーン、、、これらの中東の国々はしかし、スポーツ大会ではアジアの枠組みの中に入っていて、様々な大会で日本とも対戦をしている。先月広州であったアジア大会もその一つ。男子サッカーで言えば、決勝戦は日本対アラブ首長国連邦だった。サッカーワールドカップの予選も、これらの国々と本大会出場権を競っている。知らないようでいて、実は身近な国、同じ枠組みに所属する地域なのだ。

先週、チューリッヒで2018年、2022年のサッカーワールドカップの開催地選出があった。日本も2022年に立候補していた。結果は2018年がロシア、2022年がカタール。旧共産圏、中東地域でそれぞれ初めての開催になるそうだ。今年初めて、アフリカでの大会が開かれ、次はという中での選出だった。南アフリカ開催を強く願ったFIFAブラッター会長は、喜びに湧くロシア、カタールの招致団に、「われわれは新しい土地に向かう」と壇上から語りかけたそうだ。ニュース番組で見たカタールの夜の町は、人々の喜びで溢れていた。

開催地の投票はFIFAの理事22人により、過半数を得る候補者が出てくるまで最下位の国を落としていく方式で、繰り返し行なわれる。2022年にはオーストラリア、韓国、アメリカを入れた全5カ国が立候補。カタールは第1回目の投票時から11票を得ていた。もう1票あれば1回で決まっていたところだ。オーストラリアもオセアニア初の開催で名乗りを上げていたが、1票しか取れず、最初の投票で落ちた。最後はカタールとアメリカの一騎打ちになったが、14対8でカタールが選ばれた。カタールの招致大使を元フランス代表のジダンが務めていたことも目を引いた。アルジェリア移民2世で、カタールがアラブ諸国の支援を受けていたことが重要だった、と述べたそうだ。カタールでの中東初開催は、アラブ諸国の願いだったのだろう。

サッカーと中東ということで気づくのは、二つの事象だ。一つは近年、ヨーロッパで活躍したスタープレイヤーが、ピークを超えてから中東のリーグに呼ばれ活躍しているということ。アルゼンチンのバティストゥータやブラジルのロマリオがカタールで、イタリアのカンナヴァーロがアラブ首長国連邦で、というように。そういえばオランダやイングランドで活躍した韓国のイ・ヨンピョがサウジアラビアに、同じく韓国代表のイ・ジョンスが南アフリカ大会後に、Jリーグからカタールへ移籍したのも最近のことだ。そうやって有能な選手や過去のスタープレイヤーを豊かなオイルマネーで呼び入れている。もう一つの傾向は、アラブ圏の国がイングランドのビッグクラブに資金投資をしていること。近年はプレミアリーグは強豪チームの多くが、外国人投資家に買収されている。スター選手をずらりと買いそろえた今シーズンのマンチェスター・シティーは、アラブ首長国連邦の投資開発会社がオーナー、去年リーグ優勝のチェルシーは、ロシアの石油王がオーナーである。2008年の投資ウェブジンの記事に「英サッカー界に注がれるオイルマネーの脅威/過熱するロシアとアラブの覇権争い」というタイトルを見つけたが、ロシアとアラブ、これは今回のW杯開催地にそのまま当てはまる。

そのような政治力、資金力の結果であったとしても、中東でのW杯開催はいいことであるように思う。アラブ、イスラムの世界がスポーツ大会を通じて身近になるのだ。カタールの人々が今回の招致獲得で湧き返っているのも、世界各地からやってくる人々を歓迎する気持ちがあるからではないか。こちらからもカタール、中東の国々に気持ちを寄せていくいい機会になる。

さて、ではカタールはどの辺にあるのか。実のところ、地理的な詳細すらあやふやだ。Google Earthを立ち上げて「カタール」を検索する。それはサウジアラビアのあるアラビア半島から突き出した、こぶのような小さな半島の中にすっぽり収まっていた。サウジアラビア東側に隣接し、ペルシャ湾の中に突き出した小さな国だ。面積は秋田県より少し狭い。人口は140万人。たった?! 秋田県の人口より少し多いだけだ。ペルシャ湾を囲んで周辺には、アラブ首長国連邦、イラン、クウェート、イラクなどの国々がある。カタールはバーレーンやアラブ首長国連邦と同じ、1971年にイギリスから独立している。そういえばイングランドのサッカー選手たちが、このところリゾート地としてドバイ(アラブ首長国連邦)をよく選んでいる。ヨーロッパ人から見たこのあたりの地域は、それほど遠いものではないのかもしれない。

映画、文学、音楽などでこのあたりの文化圏に近寄るのは、てっとり早い方法かもしれない。中東の作家、アラブ系の現代作家を検索してみるが簡単には出てこない。シリアのラフィク・シャミというドイツに移住してドイツ語で書いている作家を見つけた。そうか、国外に出て書く作家という所からの接近があった。アラビア語で書くのではなく、ドイツ語や英語、フランス語などで書く作家がいれば、近づきやすさの点で優位性があるかもしれない。書く人自身が、外の世界を知った上で、そこから眺めた自国の姿をポートレイトできるからだ。イギリスやアメリカにも興味がもてるようなアラブ系の作家はきっといるだろう。どういう人に出会えるか、少しずつ探してみたい。