20110517

富士は世界一の山、か

子どもの頃、富士山は世界一高い山だと思っていた。多分、世界一と日本一の差がよくわかっていなかったのだろう。何より「世界」が何かを知らなかったわけだから。日本の境界やその外、という感覚もなかったに違いない。今どきの子どもたちは、世界と日本の差は小さい頃からわかっているだろうが。

富士山がおよそ3700mで一番高いと思っている子どもが、中国、ネパールには8800mを超える山があると聞いたとき、何を思うか。もし学校で富士山はすごく高いんだ、と言う子に、中国には富士山を二つ縦に重ねたより高い山があるんだぞ、とたとえば中国人の子が言ったら、そんなのウソだと喧嘩になるかもしれない。えっ、ほんとなの、すごいね、その山のこともっと教えて、という風にはならない気がする。

山が高いのがそんなに偉いのか、ただの地質上の差異ではないか、というのが理屈だけれど、何故か山の高さ自慢と愛国心には関係があるようにも見える。

山に限らず、日本ですごいと思われているものが、世界に照らすと特にすごくもない、といったことはわりによくある。世界が何かを知らなかった時代でなくとも、である。

野球のイチローについて、アメリカの元大リーガーの選手が書いている記事を読んで、えっと思ったことがある。野球については日本のものもアメリカのものも知識がなく、ほとんど見たことがないので、その書き手の名前も覚えていない。多分、名の知れた名選手か記録保持者だったのだろうと思う。その元大リーガーは、イチローはマリナーズのような弱いチームではなく、もっと高いレベルでプレイできる上位チームで記録に挑むべきだ、というようなことを書いていた。マリナーズがどのようなチームかも知らなかったので、弱いチームと言われて初めてそれを認識した。ウィキペディアで調べると、「アメリカンリーグの現存14球団で唯一、リーグ優勝およびワールドシリーズ進出を果たしたことの無いチームである。」とある。

では強いチームとは? と当てずっぽうに松井秀喜がいたニューヨーク・ヤンキースを見てみると、リーグ優勝40回、ワールドシリーズ優勝27回、と書いてある。なるほど、こういうチームが強いチームというんだな。

イチローについてはメジャーリーグでの数々の記録とか、MVPとか、そのプレイスタイルでアメリカの野球ファンを魅了した、などのイメージを日本のメディアで読んで何となく抱いていた。そのこと自体はきっと間違いではないのだろうと思う。日本からすごい野球のプレイヤーが生まれた、という日本人がもっているイメージが身びいきの勝手なものだとは思わない。ただ情報は日本語で、日本のメディアを通したものしか見たことがないから、どういう位置づけの選手なのかは、本当のところはわからない。

それで最初に書いた、元大リーガーの選手の記事を読み、えっそうなの、と虚をつかれた。弱いチームにいてその中で個人として記録を出していく、それがイチローという選手が選んだ自分にとってベストな道だったのだろうか。安打記録や盗塁記録などについて言えば、野球とは、チームのレベルにかかわらず個人の記録が出せるスポーツなのかもしれない。これがサッカーだと多分こうはいかない。どんなに得点能力の高い選手でも、チームのレベルが低ければ、得点機会が減ってしまうことが予想される。リーグの下位チームから得点王が出たという話はほとんど聞かない。

元大リーガーの選手は、何故イチローにもっと高いレベルのところで勝負せよ、と書いていたのか。上位チームに所属し、リーグ優勝を果たし、ワールドシリーズに進出して他の強豪チームとしのぎを削りながら、その激しい争いの中で、自己の能力を発揮してこそ記録も光る、そんなようなことなのか。弱いチームで個人の記録を延ばすことにだけ専念するのは、彼の考えるアメリカ野球ではない、とか? もしイチローがそういう選手だとしたら、かなりユニークなスタンスをとる選手なのだろうな、とは思う。普通であれば、それだけの能力があって、アメリカ野球全体から認められているプレイヤーなら、強いチームに移籍してそこで個人、チーム両面で輝かしい記録を残したいと考えそうなものだと思うのだ。それに輝かしい歴史と実力あるチームに所属してプレイすることには、それ自体、選手として素晴らしい価値がありそうにも思うし。でもそれはイチローという選手の選択肢にはなかったのだろう。

わたしにとって元大リーガー選手の記事が新鮮だったのは、イチローはすごい選手、というだけの一面的な見方に、違った視点を与えたくれたことだ。イチローという選手の個性や記録の秘密と関係する何かがここにはありそうだ。富士山はたしかに高い山だが、ヒマラヤやアルプスなどもっと高いレベルの山もある。そう知ることから、高山の魅力や秘密を拾うことができるように、イチローに関しても、一面的ではない視点から、この選手の秘密を解明してくれる人がいたら面白そうだ。世界を知る、とはそうことではないかと思う。