20191115

ミス、偶然性、予測不可能(2)


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先々シーズンのUEFAチャンピオンズリーグの決勝、レアル・マドリード対リヴァプール戦で、リヴァプールのゴールキーパーが大きなミスをした。チャンピオンズリーグは欧州のクラブチームのトップを決めるシーズン最大の大会で、おそらく世界最高レベルの試合が観れる機会といっていい。その決勝の舞台で、GKが大きなミスをしたことが影響してリヴァプールは負けてしまった。そのキーパーはまだ若手の選手で、シーズン中、不安定なプレーがときに見られたものの、チャンピオンズリーグをチームメイトとともに戦い抜いて決勝まで来た。つまりこのような大舞台での経験はなかったとしても、一定レベルのGKであると言っていいように思う。

サッカーでのミス、目立つミスと言えば、多くは守備に関するものだろう。その中でもGKのミスは直接ゴールにつながるので大きなミスになりやすい。非難も受けやすい。センターバックなどディフェンスの選手も、時にミスによる非難の的になる。多いのは、ゴール前でボールを失い、相手選手にボールをかっさらわれてシュートされることだ。それがゴールになれば、大きなミスとなることは必至。もう一つミスとして大きな注目を浴びるのが、PKの失敗だ。ペナルティキックは、ペナルティエリア内(ゴール前のスペース)で相手選手がファールを犯したり、ハンドをしたりしたとき与えられる特権。これを蹴るのはキックの上手い人で、多くは攻撃の選手かもしれない。GKとキッカーが1対1になるので、比率的には入る確率が高い。しかし緊張のあまり枠外に飛ばしてしまったり、GKに弾かれたりしてPKを失敗すると、特にそれで勝ち越せるとか、同点にできるなどの重要な場面であれば、チーム、サポーターともに大きな失望を味わう。よって非難の的になる。

またW杯などのトーナメント方式の試合では、延長戦でも勝負がつかないとき、PK戦になることがある。数人の選手が順番に蹴っていき、失敗した人の数が多い方が負けだ。2010年のW杯南アフリカ大会で、日本とパラグアイのベスト16の試合がPK戦にもつれ込み、日本の選手(駒野選手)が失敗したことで敗退したのを覚えている人もいるだろう。試合後、駒野選手は顔をおおって泣き崩れ、それを泣きながら慰めている松井選手の姿がカメラに捉えられた。ボール1個、蹴り損ねただけで、世界が終わったような悲しみようだ。大事な場面で、公衆の前で、ミスをすることの典型のような光景だった。

前にあげたリヴァプールのGKカリウス選手も、試合後、大泣きしながらサポーター席の前に行って謝罪した。こちらまで泣きたくなるような表情だった。彼のミスは、ボールを仲間ディフェンダーにアンダースローで投げようとして、すぐ目の前にいた相手フォワードにボールを弾かれ、ゴールされてしまったというもの。確かになんで!!!というミスではあるが、このようなGKのミスはこれ以外にも何度か見たことがある。SNS上では、心ない人たちからの脅迫めいた投稿が溢れたと聞く。そこまでいかなくとも、試合の放映を見ていた人の中には、「何だコイツ」「レベル低すぎ」と言っていた人は少なくなかったのではないか。

しかし、あのオリバー・カーンでさえ、ミスを起こすのだ。もっとも重要な場面で! そしてそれを「ただ起きる」と言っている。

カリウスのミスに対して、ウェールズの元GKネヴィル・サウスオールは、試合後にカリウスに応援の言葉をツイッターで送っている。自分にもその経験がある、暗い記憶だ、でもそこを通り抜けてほしい、Stay strong, Believe in yourself! と結んでいる。人がミスを犯したとき、その場にいた人、それを見ていた人は何をするべきなのか。ということを考えさせられる。

カリウスがサポーター席に謝りに行ったことについて、批判をした批評家もいたようだ。詳しいこと、その意図はわからないが、わたし自身は彼がそのような行動に出たことに少し驚いていた。自分のミスが影響して試合に負けて(優勝を逃して)しまったとき、心を固く閉ざして自分の内にこもり、ドレッシングルームに直行するといった行動もあり得るように思ったのだ。大泣きしながらサポーター席に行ったという行動からわかるのは、彼とサポーターとの間には、なんらかの、それなりのコミュニケーションがあったということだ。試合会場にいたわけではないし、リヴァプールのファンでもないので想像するだけだけれど。彼は最悪の事態を招いたときに、少なくともその場で自分を晒している。そこにこのGKがどんな思いでこの試合に臨んでいたか、決勝戦に至るまでの道のりをどう歩んできたかを想像させるものがある。

わたし自身は、カリウスのミスを見たとき、単純に他人事とは思えなかった。自分のことのように、とまではいかないが、起きたことの事態や彼の、彼のまわりにいる人間の心情に思いがいった。小さな痛みを感じた。わたし自身、公開の場でミスをしたことがある。カリウスとは比べものに全くならない、もっと小さな限られた場所で、一般に知られていない場面ではあるが。ただミスをした本人にとっては、その場の大小や重要度はあまり関係ない。何かのコンクールでもなく、実際上はなんの影響もなくても、ミスによる痛手は受けるものだ。

(1)で書いたピアニストのピレシュは、ワークショップの最後の日に、参加者全員の発表の場を設けた。練習してきたことをみんなの前で見せる。場所は音楽ホールの舞台の上ではあったけれど、観客がいるわけではない。ワークショップをともにしてきた仲間同士の発表の場だ。ピレシュは舞台に立つときの心構えや挨拶の仕方を話したようだ。そしてこう言った。「わたしがまず弾いてみます。わたしが緊張しないと思ったら、それは間違い。緊張します」 そしてお辞儀から始まって、短い曲を演奏した。大きな舞台での演奏より、少ない数の人の前で演奏する方がより難しい、とも言っていた。その意味はよくわかるので、こんな指摘までするとはさすがだなと思った。

またこうも言っていた。弾く前はとても緊張します。でも聴衆の前に出ていって、そこで挨拶をするとき、その緊張の質が違うものなる、良い心理状態に変わるのだと。あるいはそうなるようにすると。この話も、非常によくわかる。一度だけ、それを経験したことがある。その日、わたしはシューベルトのピアノソナタを会場で弾くことになっていた。力に余るということはないものの、そして数ヶ月間かなりの練習をしてきてはいたが、いろいろな意味で余裕しゃくしゃくで弾けるというレベルのものでもなく、まあだからこういった発表の場は力試しになるわけだ。舞台の袖でわたしは緊張し、檻の中の動物のように意味なく歩きまわっていた。もう楽譜は手元にない。身一つで舞台に出て行って、ピアノの前に座り、10分近くの時間、すべてを自分がやり通さなければならない。自信があるとか、そういう気持ちは特になかった。ただ舞台の上を歩いていって中央で立ち止まると、会場にいる人々をゆっくりと見まわした。理由はなく、ただそうしていた。お辞儀をして拍手を受けたとき、どうしてか「ありがとう」という気持ちが湧いてきた。自分のこれからやる演奏を聴いてくれて、ありがとうという心からの素直な気持ちだ。今このときその場に自分が、人々がいることに対するある種の感動があった。そして鍵盤に向かって弾き始めた。それ以前にも人前での演奏は何回か経験はしていたが、あの時ほど気持ちよく演奏できたことはない。のちにピレシュの言葉を聞いて、あの時の状態(心とからだの状態)が、彼女の言っていること(緊張からリラックスへの切り替わり)ではないか、と思い当たった。

もちろんミスは緊張が理由でだけで起きるものではない。ただ緊張がミスを呼ぶことはある。緊張して自意識が高まると、完璧なプレイ(演奏でもサッカーでも)を求めてしまい、リラックスが難しくなる。ここで気付いたのだが、完璧とプレイ(遊ぶ、楽しむ)は相反する言葉かもしれない。完璧に遊ぶ、完璧を求めて楽しむ、などという表現は理に合わない。

やはり演奏もサッカーも、その発生は遊びであり、楽しむものなのだ。それがプロの世界になれば、そうも言っていられないという事情が発生するかもしれないが、そうであっても、先にあげた演奏家たちが強調し、日々挑戦しているように、完璧性を求めての行動、行為は、やっていることの破壊に繋がることもあるのだ。そういうことをプレイヤー、聴衆の両方が、よくよく理解していれば、ミスが起きたときの波紋は違ったものになるかもしれない。

聴衆としてミスに立ち会うことで、プレイも含めた出来事全体が忘れがたいことになって、記憶にとどめられることもある。こんな話を聞いた。ある地方のコンサートで合唱付きの交響曲が演奏された際、地元の児童合唱団が曲の途中の入りを間違えた。それは現代曲で入りが難しく、歌い始めを逃してしまったのだ。すると指揮者がチッと舌を鳴らして、その少し前から演奏し直した。今度は順調にいった。しかし音楽が止まり再開するまでの間、会場は凍りついたという。その場で聞いていた人の話では、なぜかその曲が忘れがたいものになり、CDを買い求めて、その後ずっと聴き続けているとのこと。

わたしにも似たような経験がある。今でもその曲(ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲)を聴くと懐かしさとともに、小さな胸の痛みを感じる。その曲が単なる名曲ではなくなってしまったのだ。会場でリアルタイムで「事件」を分け合った経験とでも言おうか。楽曲に別の意味が足されたのだ。

ミスは人間の行為の結果。そして演奏やサッカーも人間の行為であり、なぜそれをするのか、追求するのかといえば、そこに遊びがあり、楽しさがあるからだ。予測不可能なことが起きたり、偶然性と出会ったりするからだ。そういう「空き」のことを「遊び」とも言う。ミスをしたくなければ、準備をすることは大切かもしれないが、充分準備をしたならば、あとはミスを恐れることなく、できる限り自由な精神でプレイするのが理想だろう。プレイヤー、聴衆の両方がその精神でリアルタイムの出来事に接すれば、もし大きなミスが起きたときも、受け止め方はまったく違ったものになるだろうし、プレイヤーだけでなく聴衆の側にも学びが生まれるはずだ。

20191101

ミス、偶然性、予測不可能(1)


『This is Football』というドキュメンタリーを見ていたら、オリバー・カーンという元ドイツ代表の名ゴールキーパーが、「それ(ミス)は、ただ起きる」と言っていた。2002年日韓W杯のときの決勝戦で、カーンにとってこの大会ただ一度の、初めてミスを犯して、ブラジルにゴールを許してしまったことを言っている。シュートされたボールを手前でこぼし、転がったボールを相手に入れられたのだ。名キーパーによるまさかのミス。この失点とさらなる追加点により、ドイツは優勝を逃した。

それにしても、ミスはただ起きる(理由を探しても無駄)、という発言は衝撃的かもしれない。多くのタイトルを獲得し、強豪バイエルン・ミュンヘンで14年(21年間の選手生活)を過ごした存在感のあるGKだったカーンの口から、そんな言葉が出るとは。

人間はミスを犯す(他の生物もそうだろうが)。現在のサッカーではミスを減らすために、予測不可能なこと、偶然性を極力減らすことに力を入れているそうだ。小さな、あるいは大きなミスが試合を決定してしまうことが多いからだろう。しかしその予測不可能性こそが、サッカーの面白さでもあり、サッカーをサッカーにしているという見方もある。たとえばゴール前で大きく跳ねたボールが、ディフェンダーに当たってゴールマウスに吸い込まれるとか。弱小のチームが、いくつかの偶然が重なって、強豪チームに勝ってしまうとか。サッカーは得点の少ないスポーツなので、1点が試合を左右することがある。

人間はいつでも、どこでもミスを犯す可能性をもっている。クラシック音楽の演奏会のことを考えてみよう。プロでもアマチュアでも、演奏会でのミスは心理的に演奏者の大きな痛手となる。クラシックの場合、楽譜に書かれたこう演奏されるはずという見本があるので(そして聴衆がそれを知っていることもあるので)、そこを踏み外せばミスと認定される。プロはミスをしないのか、と言えばそんなことはない。様々なエピソード(笑えるものも含めて)が残っている。途中で迷子になって、同じところを何度も繰り返したとか、演奏を止めて最初から弾き直したとか。ただプロの方が、何か起きたときの対処法はうまいだろう。聴衆に気づかれずに演奏を終えることも可能かもしれない。

より経験の少ないアマチュアはどうかと言うと、演奏中にミスを犯すと、それが引き金となって演奏全体をうまくコントロールできなくなったりしがちだ。自分の失敗に動揺して、平常心を保つことが難しくなり、一つ一つのアクションが綱渡りのようになってしまう。音楽は一度走り出すと終わりまで止まることができない(止まってはいけない)ので、その意味で非常に厳しい。発表会など人前で一人で演奏することは、普通の人(そういう経験のない人)が考える以上に、演奏者にとって負担が大きいことだ。小さな子どもでも、舞台に出る前、顔が白くなるほど緊張することはある。練習をたくさんしてきた子どもほど、緊張度は高まるかもしれない。

少し大きくなって、中高生くらいになると、自意識が高まるので、さらに人前での演奏は難しくなる。他で経験したことのないような緊張感に包まれる。頭が真っ白になって、数ヶ月練習してきたことがどこかに行ってしまったように感じられるかもしれない。でもいま、この場から逃れることはできないのだ。絶体絶命の危機。緊張のあまり、そして自意識が最高潮に達して、いつもの体と気持ちの関係が崩れ、自然な演奏が不可能になると、何でもない箇所でミスを犯したりする。それがさらに心理的に打撃を与え、全体の流れに影響を与える。などなど。

オリバー・カーンは、ミスはただ起きる、と言った。それはある意味正しいように思える。もちろんミスの原因をたどることはできる。集中力の欠如、練習の不備、不足、心理的な圧迫、その日の健康状態といった。しかしどれだけ準備し、練習し、不測の事態に備えていても、ミスは起きるときは起きる、というのも真実のように思える。

サッカー選手でも演奏家でも、ミスをしたあとで言っていることは同じだ。ミスから学べることは大きい。そこには学びの絶好の機会がある、と。ある演奏家はステージでミスをすると、その晩帰ってから、ベッドの中で100回くらい自分のその日の演奏を反芻するという。その作業、ミスから何を学べるかこそが、何を汲み取れるかが大事なのかもしれない。貴重な学びのチャンスと捉えることができたら、ポジティブになれる、次の機会に生かせる。

リコーダー奏者のミカラ・ペトリは、舞台で完璧に演奏するために、音楽性を犠牲にするのは良くない、と言っている。ミスなく演奏すること(完璧性)と音楽性とは違うものだと言っているのだ。完璧さを第一目標にミスなく演奏することに心を傾ければ、音楽性が失われてしまうというわけだ。それは音楽というのは、完璧性を聴衆と分け合うものではなく、楽しさや美しさを分け合うものだからだ。サッカーで言えば、予測不可能なことを最小限に抑え、ミスのないプレーを第一目標にすると、サッカー本来の楽しみが薄れてしまうというのと似ている。

パーカッショ奏者のエヴェリン・グレニーは、準備や練習はしっかりするけれど、舞台の上では何ヶ月もやってきたこと、リハーサルでやったことは繰り返さない、と言っている。練習してきたことを見せるのではなく、舞台の上ではそこから自由になって演奏したい、練習はそのための準備であると。それは予測不可能なことを含むから危険にさらされる、何が起きるかわからない、でもこれこそが聴衆と分け合いたいことだ、と言っている。前述のミカラ・ペトリ同様、音楽の本質は完璧さではなく、ミスも含めた予測不可能性や偶然性、自由な心情、今そこで生まれている何かの中にこそある、そういうことなのだろう。

最近引退したピアニストのマリア・ジョアン・ピレシュは、さらに強い言葉でこれについて語っている。「演奏家が不変、安定を演奏に求めると、音楽が破壊される」 子どもたちにピアノを教える、ブラジルで行なわれたワークショップでそう言っていた(NHK教育:スーパーピアノレッスン)。プロの演奏家だけでなく、アマチュアの演奏家にとっても、大事なことなのだろう。アマチュアや子どもの演奏者にとっては、練習してきたことがミスなく舞台で再現できるかは、普通、まず一番の目標になることかもしれない。先生も親も、本人もそれを期待する。しかし音楽の本来のあり方から考えると、そのやり方は、音楽性が失われたり、音楽が破壊されたりすることなのだ。

しかし練習でやってきたことを舞台で繰り返さない、というやり方はプロにとっても厳しいことかもしれないのに、アマチュアや子どもの演奏家にできることなのか。おそらくこれを実行するには、練習そのものを変える必要があるだろう。目標(ミスのない演奏を目指す)が変われば、普段の練習も変化するに違いない。たとえば難しい箇所、間違えやすい場所を、反復練習して体に覚え込ませる、という体育会系的なやり方ではなく、その箇所をいろいろな方法、解釈で弾いてみたり、違った視点で捉えてみたり、新たな発見を求めるといった、取り組みの幅を広げ、可能性を探していくような練習を試みるとか。このような練習は、練習そのものが音楽の追求、音楽の中にある何かを探す、という行為と結びつく。完璧さを得るための単純な反復練習には、何かを問うとか探すといった心理は働かないかもしれない。

ではミスに対して、聴衆の側はどうなのか。サッカーにしろ、演奏にしろ。それがプロであれば、完璧性を求める心情は、ある程度あるかもしれない。精神の自由度を求めミスには寛容な人と、まずは完璧性をという厳格な人と両方いるかもしれない。一般に、公衆の面前で緊張の舞台に立たされた経験のない人ほど、他人の犯したミスに厳しいのではないかという印象がある。サッカーでも演奏でも、そういった場に立たされた経験があり、ミスを犯した経験もある人は、ミスを犯したときの言いようない心の痛み、心に残る傷、消えない記憶を体験しているので、他者のミスに対して厳しい言葉を吐くことは少ないように思う。「ダメだ、こいつ」「終わりだな」といった決めつけをすぐにするのは、自分がそういう場に立ったことのない人だと思う。つまりその面での経験の少ない人だ。
つづく

20191018

インターネットと出会いのロマン(2)


『ドット・コム・ラヴァーズ/ネットで出会うアメリカの女と男』によると、オンライン・デーティングはまずmatch.comにプロフィールや写真などを載せて登録し、自分から、あるいはメンバーからのメールで始まる。ここで第一段階に当たるメールの役割はとても大きい。著者の吉原真里さんは、自分から書く場合も、相手からメールがあった場合も、じっくりと取り組む。相手から初めて来たメールも、自分の出したメールへの返事も、内容、言葉づかいなどじっくり検討して、その人となりを想像する。そういったメールを何回か交わして、お互いが気に入れば、デートということになる。
*ここでいうメールとは、携帯やスマホのSMS(ショートメッセージ)ではなく、パソコンを使った比較的長さのあるものが中心ではないかと思った。

吉原真里さんによれば、メールで受けた印象と、実際に会ったときの印象は、たいていとても近いという。これはわたしも何回も経験したことだ。出会い系ではないけれど、メールだけのやり取りだった人と、実際に会うという経験はたくさんしている。海外からの人も含めてだ。その印象は、「メールと変わらない」である。つまりメールというのは、日本の多くの人が心配するほど信用ならないものではなく、むしろ手紙などより、送受信のタイミングも含めて、相手の性質や傾向がストレートにわかるメディアではないかと思うのだ。

吉原真里さんは、マッチ・ドット・コムの経験から、メールの文章と実際の人物との誤差はあまりない、と書いていた。メールは、結構その人となりが現れるものだ。未知の人から初めてメールで連絡を受けることは、わたしの場合それなりに多いが、最初のメールである程度その人の感じはつかめる。昔は手紙の形式そのままで書いてくる人もいた。前略から始まって敬具で終わるような。さすがに今はそういう人はいないが。何回かやりとりが進めば、「お世話になっております」は、ほぼ9割くらいで使われている定型文だ。締めは「どうぞよろしくお願いいたします」。それが常識や安全を保証している。ということになっている。

しかしメールの肝は本文だと思う。多分、メディアとしては、手紙と電話、あるいはチャットの間くらいの感じだろうか。手紙はもはや書く人が少なくなっていると思うので、メールは書き言葉で人に何か伝えるための、標準的な媒体となっている。日本では文章が長いことは嫌われる、という風土があるので、メールも長くならないよう気をつける。もし長くなってしまった場合は、「長文にて失礼します」的な謝罪文が入る。英語圏でも、メールという即時性の強いメディアの特徴から、そこまで長いメールを書く人はいない。とはいえ、かなり長い文章、入り組んだことについての議論もメールでなされるし、そこで重要なことも決定もする。別に問題はない。

このように見ていくと、メールでのやり取りから相手の特徴を知り、気に入ればデートまで進むという手順は、それほど問題のある行為とは思えない。「メールでの出会い」というステップは充分有効だと思う。そして「出会いのロマン」についても、そこで生まれ、醸成されることもあるだろう。顔を見るまでは「無」の状態ではない。なんかこう、、、、脳と脳がつながる、という感覚がある。

人との出会いのロマンが、インターネットで可能だとしたら、たとえば本との出会いのロマンはどうだろう。というのは、強力な「紙の本」派の人々の発言には、本との出会いのロマン的な話がよくあるからだ。それはネットではなく、街の本屋でのみ起きるらしい。

確かに本屋さんを特に目的なくブラブラしていて、またとない本と出会うことはある。その喜びは大きなものだ。偶然見つけた、という出会い感が、何か得したような感情と結びつくこともあるかもしれない。自分自身の経験に照らしてみると、実際には回数はそれほど多くはないのだが。その理由の一つには、本屋さんの品揃え自体が、ここ10年、20年で変わってきて、売れる本が中心になっているからということがある。また自分の読書傾向の変化や、(新旧を問わない)一極集中的な本探しの態度にも原因があるかもしれない。また洋書のことで言えば、まず一般書店の少ない在庫(ごく一般的な、あるいは何かで話題になった本)の中から、自分の求めるものを探すのは不可能に近い。

わたしの本との出会いは、ここずっと、ほぼインターネットを通じてのものになっている。一つはネットの記事やブログなどで紹介されていた本というルートがある。あるいは本の紹介ではなく、ある人物に興味を持った場合に、その名前を検索して本にたどり着くといった。あるいはある事象や事件に興味を持った場合、それを頼りに検索して本にたどり着くとか。するとそこにゾロゾロと関連本が現れたりすることもある。

最近の経験では、さっきあげた吉原真里という人物を通じて、ほんの2、3時間のうちに、10冊近い本に出会っていた。本人の書いたものだけでなく、本人が紹介していた本も含めてだ。そのうちの半分くらいは、即座にKindleのサンプルをダウンロード。うち2冊をまずは購入。紙の本しかなかったものは、その中の2冊をアマゾンのマーケットプレイスで購入した。またとりあえず中身を見てみるために、最寄りの図書館に2冊ほど予約を入れたりもした。

その本の中で、この機会がなければ触れることがなかっただろうというものもある。たとえば柴崎友香のノンフィクション小説『公園に行かないか? 火曜日に』とか、中島京子の『夢見る帝国図書館』は、本屋さんで棚にあっても、自分が手に取る可能性は少ない本だと思う。どちらも小説家としては興味の範囲外だったから。吉原真里さんのブログの紹介文を読んで、まずはサンプルを手に入れた。この2冊は比較的新しい本であるが、興味を持つのは新しい本とは限らない。マーケットプレイスで購入した本の一つは2010年出版のもの。それほど古いとは言えないが(とはいえ9年前)、今の書店の時間の流れでいうと相当古い本に属するだろう。よほどのロングセラーか、人気作家か、何か理由がなければ5年以上、いや3年でも、新刊が棚に置かれ続けることは簡単ではない。

こういった事情も、つまり新刊がどんどん出版され、本屋のスペースは限られているため、古い本と出会いにくいこと、それもまた本のとの出会いという意味では、マイナスに働いてしまう。話題の新刊を中心に探している人にとっては問題なくても、そういう流れとは関係なく、自分の関心によって、本を探し選んでいる人間にとっては、古い本と出会えないのは決定的なマイナス要素になる。

最初に書いたように、確かに本屋で思ってもみなかった本と出会うというロマンはある。しかしそれはネットでも、ほぼ同じことが起こり得る。

人でも、本でも、出会いのロマンというものがあるとするなら、それはどこでも起きる。リアルワールドであれ、ネットの中であれ。ネットで出会った人より、親戚や友だちの紹介で出会った人の方が、より信用できるとか、自分に合うはずとか、おそらく言えないと思う。本に関して言えば、町から本屋さんがなくなっていくのは寂しいことかもしれないが、それは業態としての本屋さん、あるいは本というメディアに変化が起きているからかもしれない。昔ながらの棚に本がいっぱい並んでいて、そこから好きな本を取り出して買う、という仕組だと、今の本の世界のすべてはまかなえない。

商売として成り立たせようとすれば、なおのこと、置ける本が限定されてしまうし、そうするとわたしのような者が買いたい本は置けないことになる。バラエティの点でも、深度の点でも、新旧の品揃えの点でも、難しい。本だけで商売する場合、限られたジャンルの本のみ、古いものから新しいものまで、深いところまで、細部まで届くような品揃えの本屋、というのは可能かもしれない。たとえば「天文学」に特化した本屋とか、「ピアノに関する本」のみ集めた本屋とか。しかしそういう書店は、ネットの方が効率よく商売できそうなことは、ちょっと想像すればわかる。リアル書店でそれが大手町に一軒あったとして、そこに日常的に行ける人は限られてしまうから。かといって「天文学」専門の書店が、全国でチェーン展開するというのも難しいだろう。

「出会い」というロマンについて、人との出会い、本との出会いをとおして考えてみた。ロマンというのは、最初に書いたように、まだ起きていないことに対して夢や希望を持ったり、いろいろ想像して理想の世界を自分の中で描くことだ。ロマンは一瞬で終わるものではなく、自分の中で紡ぎ、育てていくもの。何かと対面していい印象をもったとき、そこからどうその思いを発展させたり、確認したりしながらさらなる強い思いにまで膨らませていくか、そういうことじゃないかと思う。顔を合わせてなら好き嫌いがわかるけれど、メールの文章じゃわからない、ということでは多分ない。その人の中で何が判断の基準になるか、にもよるとは思うけれど。

20191004

インターネットと出会いのロマン(1)

ここでいうロマンとは、英語のromanticのことで、つまりまだ起きていないことに対して夢や希望を持ったり、いろいろ想像して理想の世界を自分の中で描くといった意味だ。ときに空想的とか、現実離れした、と見られる感情や心情も含まれる。

次に「出会い」について考えてみよう。出会いとは、実際に何かとあるいは誰かと「出くわして」知り合うことだろうか。この「出くわして」というのはニュアンスとして、単にmeetするのではなく、思いがけなく出会ったり、遭遇したりすることで、英語でいうならencounterが近いだろう。

そしてインターネット。これは説明するまでもないが、ただ人によって使い方がかなり違うので、同じインターネットといってもデバイスも違えば、使う機会、使うサイトやアプリ、目的、使用量などに大きな差があると思われる。それによってインターネット体験は異なってくる。

今回ここで書いてみようかな、と思っているのは、インターネットで「正しい」出会いはできるか、というような問いだ。正しいというのは、人がリアルワールドで「出会い」と言っているものと同じことができるのか、という意味だ。なぜ正しいという言葉を使ったかというと、インターネットで起きることは、信用ならない、という感情が(論理ではなく)特に日本では根強いと思われるから。

このアイディアが浮かんだ一つのきっかけに、最近読んだ吉原真里さんの『ドット・コム・ラヴァーズ/ネットで出会うアメリカの女と男』(中公新書、2008)という本がある。この本は、かの有名なmatch.com(マッチ・ドット・コム:1995年アメリカでサービス開始、現在世界中に1500万人の会員。日本では2002年にサービス開始)を、アメリカで自ら体験した著者が、出会った人(男)たちを例にあげながらレポートしている。著者はアメリカ文化研究者で、ハワイ大学の教授であるが、この本は出会い系ネット・コミュニティについての研究書ではなく、まっとうな、著者自身の体験記だ。

この本の序章に、こういったオンライン・デーティングは、「そうでもしないとデートにありつけない情けない男女のための手段というイメージ」が2000年ごろまでは優勢だったと書かれていて、著者自身にもそのイメージがあったそう。それがニューヨークに1年間研究休暇で滞在していた2003年、ちょっとしたきっかけから挑戦してみることにしたという。

日本人的にいうと、「情けない男女」うんぬんより、インターネットで知り合った人なんて信用できない、という見方のほうが強かったのではないか、当初は。現在はだいぶ違うと思うが。生活する過程で(自然に)知り合うのではなく、条件を設定して相手を探すという手法として、日本では昔から「お見合い」というシステムがあった。ただしお見合いの場合は、知り合いや親戚からの紹介とか、直接の知り合いではなくても、然るべき人を通してといった、「どこの馬の骨」ではない人に限られていた。そこはオンライン・デーティングとはまったく違う。逆方向だ。太鼓判が先に押されている。

かなり前に(10年以上前、もっと前か)、コンピューター見合いというのは聞いたことがある。人と人の(男女の)マッチングという意味では、オンライン・デーティングと同じ仕組と言えるわけだけれど、目的がこの場合は、婚活だ。そこが日本らしいと思う。今「コンピューター見合い」で検索してみると、「Yahooお見合い」とか「ご縁を育むWEBシステム」(日本結婚相談所連盟)などが上位に出てくる。「日本結婚相談所連盟」というの名前もなんかスゴイ。要するに、知り合いのおばさんがWebシステムに変わったということだ。

オンライン・デーティングは特に結婚を目的としたものではない。いい人と巡り合って、最終的に結婚に至る、というケースもあると思うが、それが目的ではない。生活を豊かにするパートナー探しといったところだと思う。日々の楽しい生活には、それを支える仕事、趣味、学びの場、友人、食べものや衣服、インテリアなどいろいろ必要だと思うが、デートする相手もその中の一つということだろう。特にアメリカでは、デートする相手がいるかいないかは、重要項目の一つなのかもしれない。ニューヨーク生まれで、アメリカでの暮らしが長い吉原真里さんが、オンライン・デーティングに興味をもち、実行するのはごく自然なことに見えた。

おそらく結婚相談所ながれのオンラインお見合いシステムは、婚活だからこそであって、日本でデートのためのマッチング・システムが盛んだ、とはあまり思えない。はっきりとは言えないけれど、たとえデートのみの目的で、と言っていたとしても「結婚」という到達地点をまったく想定しないことはあるだろうか。日本の良識あるいは常識を考えると、結婚に関係ない恋愛関係をネットで精力的に求める精神性はあまりないように見える。自分の親に、恋愛対象を求めてオンラインに登録してる、結婚するつもりはないけど相手が欲しい、と言ったら、「遊び」と取られてしまわないだろうか。

今はずいぶんマシになったと思うけれど、インターネットが日本に普及し始めた頃は、多くの人が、このツールあるいはメディアにある種の恐れと不安を抱いていた。SNSが普及するよりもっと前のことだ。日本の人は「不特定多数」と対することに慣れていないので、顔の見えない相手、未知の機関はまずは「要注意」事項に分類される。クレジットカードがオンラインで使えるようになっても、恐いから使わない、といった。PayPalのような、個人に便利なネットの決済サービスがなかなか広がらなかったのも、ネットバンキングの利用者が少ないのも、どこかネットでのやり取りに、特にお金など重要なものが介するときには「恐い」とか「不安」が増すのだと思う。

銀行の方もやっているのが日本人で、利用者も日本人ということで、ネットバンキングの口座を作る場合も、手続きの間で、必ずアナログ手段が使われていた。葉っぱの坑夫を始めた2000年頃、eBankというネット銀行ができて(現在は、楽天銀行になっている)、すぐに口座を作った。本の購入者に、ネットから入金してもらえる仕組を導入したかったから。その前後にPayPalにも口座を作っていて、それも支払いの仕組として導入した。PayPalがネット上で簡単に口座を作れるのに対して、eBankは郵便やハンコを使ったアナログ手段が求められ、かなりウンザリしたのを覚えている。ああ、これが日本だな、と。しかし一般の日本人の心情からすれば、これくらいアナログ手段を使っていても、それでもまだ信用できない、ということかもしれない。実際、せっかく作った口座だが、eBankやPayPalを利用して振り込みをする人は、何年もの間、ほとんどいなかった。

不特定多数の相手に対して、ハードルが高い、なかなか信用できない、という日本の人の心性は(意識していないかもしれないが)かなり根強いものだと思う。それが人でもお金でも、やり取りの際の障害になってきた。そこには知り合いや関係者、関係のある人のみ信用する、という村的な世界観があるのだと思う。それはインターネットという世界を充分に使いたい、という場合の障害にもなり得る。携帯電話(スマホ)、ミクシー、Facebook、Lineといったコミュニティ系のものは大いに利用されるが、そうではないオープンな仕組はそれほど興味を持たれていない。メールアドレスが常に公開されていて、不特定多数の人とのやり取りが普通に行なわれている、たとえば英語圏とはだいぶ違うと思う。これまで葉っぱの坑夫では、アメリカ在住の作家たちと、メールを通じて直接やり取りすることが多かった。それは大学などに勤務している作家たちが、大学のファカルティーのページで個人のメールアドレスを公開しているから。あるいは作家自身のウェブサイトで、メールアドレスを公開しているなど。日本では特別な人を除いて、そういう人はほとんどいない。Twitterが出来たとき、参加する人たちはいたが。

「どこの馬の骨」からメールなどもらいたくないのだと思う。しかるべき機関なり代理人を通してしかコミュニケーションを持ちたくない、もつ必要性も感じない、といったところだろう。まずメールというツールについても、便利ではあるけれど、信頼性が高いとは言えない、と思っていると思う。なぜなのか、と言えば、なんの繋がりもない未知の人からのメールは、信用できるか判断ができない、あるいは難しいから。ではこの世界は、どういうもので成り立っているのか。自分の知る代理人やしかるべき機関は信用するが、バラバラに散らばる個人は当てにならない。そういうあり方が伝わってくる。しかしこの世界は、バラバラの個人によっても成り立っている。
(つづく)

20190913

川久保玲 vs. ゆとり世代 (2)


(1)はこちら

前回は、ゆとり世代と年齢的に半世紀のギャップがある川久保玲の「思想」を比較してみた。今回は「古着女子」、韓国の「BTS」、アメリカの「AOC」といったこの世代同士の比較を。

ゆとり本の制作者の一人でもある25歳の起業家男子のファッションへのアプローチ。川久保玲のクリエーションの探求と人類の進歩という宣言、目標に対して、この起業家男子は、自分の個人的な趣味から「古着女子」というアカウントをインスタグラムで開設し、わずかの期間でフォロワーを増やした。現在フォロワーは20万人を超えるという。10万人を超えたところで、起業家男子は勤めていたIT系スタートアップ企業を退職し、インスタグラムと連動したECショップを開設、インフルエンサーをアンバサダーに認定するなどして、さらなるフォロワーを増やしていった、とのこと。2018年にエンジェル投資をする個人投資家から2回の資金調達に成功し、年末には下北沢にリアル店舗オープンが決定、といった成功談がビジネス・インサイダーというウェブ・メディアに書かれていた。

その記事の中に、次のような本人の発言があった。「起業家って、自分がすごいことを自分で説明しなければいけないじゃないですか。その説得がダルい。著名な投資家から資金調達すれば、『この人たちが推しているんだったら将来すごくなるのかな』って、期待感を醸成できる」

おー、説得がダルい。とは。川久保玲が聞いたらなんというか。でも著名な投資家から資金調達を受ける際には、その「ダルい説得」は必要ないのかな。説得抜きで、向こうが見込みありと思って資金を出してくれるのであれば、それはそれでスゴイことだけど。

ここで話が少し飛ぶが、韓国にBTSというヒップホップのグループがある。彼らも世代的にはゆとり。1992年から1997年生まれの7人のグループで、ビルボード200で1位になるなど、全世界的な人気となっている。彼らは韓国人だから、ゆとり教育を受けたわけではなく、日本のゆとりたちとは何の関係もない。ただお隣りの同世代の人たちは、どんな感性を持っているのかな、とは思う。「ゆるく生きる」やり方では、このような成功は達成できないのかも、と。

BTSに関しては、どうやって韓国のバンドがアメリカを始めとするヨーロッパやアジアで人気を得るようになったのか、そこが謎だった。確かに数年前にも韓国からはPSYという歌い手が出ていて、『江南スタイル』という曲が世界的ヒットになったことがあった。当時、マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)に移籍したばかりのサッカーの香川真司選手が、チームのクリスマス・パーティでこれを歌って大受けした、と聞いたことがある。しかし今回のBTSは、一つの曲というわけでなく、グループ自体がすごい人気で、アメリカではTVの人気トークショーなどに出演して話題になったり、ロンドンのウェンブリー・スタジアムのライブのチケットが即座に売り切れた、などネットの記事を賑わしている。ビートルズ並みか、という日本の音楽ライターもいるくらい。

アメリカの雑誌ヴォーグのウェブ版でも、BTSの追跡レポートを何回かしていたりと、人気には実態がありそうだった。わたし自身は、ヒップホップは嫌いじゃないけれど、経験的にはフージーズ及びローリン・ヒル止まり。K-POP系統のものは経験も感もないので、ちょっと聞いただけでは音楽やダンスそのものについては判断がつきかねる。歌はほとんど韓国語で歌われているそうだ。それに欧米のファンはどうやって反応したのだろう。確かに音楽の場合、歌詞がわからなくても、音楽自体を好きになることは可能。あるいは音楽の中にすでに歌詞の要素が含まれているので、具体的に言葉がわからなくても、フィーリングは伝わる。

歌やダンスについては判断が難しいので、国連総会で彼ら(リーダーのRM)がユニセフのキャンペーン「Love Myself」の一環としてスピーチを行なったものを聞いてみた。彼らには「Love Yourself」というアルバム・シリーズがある。RMはもともとラッパーで、言葉で何かをアピールすることが一番の自己表現のようだった。国連総会ではなかなかの英語によるスピーチをしていて、彼がラッパーだということがよく理解できた。そこで語られた「自分の名前を見つけること、そして自分を語り、自分の声を見つけてほしい」とか、「あなたの名前は何? あなた自身を語ろう」というメッセージは、その語り口とともに、シンプルな英語で自身の声で発せられると、同世代へのアピール力がかなりあるのではと感じられた。

このようなアプローチが彼らの歌のメッセージの一つであるなら、確かに、同世代の人々を含めた世界の若者たちに、国や言語を問わずアピールしてもおかしくはないと思う。それはその世代の人々が、インターネットの様々なコンテンツやグローバル化した商品を通じて、共通意識をすでに持っているからかもしれない。40代の人、60代や80代の人だって、ある時代を共有して生きてきたことで、たとえばベルリンの壁崩壊を通じてとか、戦争体験であるとか、似たフィーリングを持っているかもしれないが、BTS世代、あるいはもう少し広げてミレニアル世代の人たちの共通認識は、もっと個人的なところ、個人の内部から発しているように見える。そういう共感は、社会的、政治的、あるいは国家を通した経験より、エモーショナルなところでよりいっそう強い一体感を生む可能性がある。そこでは国とか伝統的な文化圏といった境界がゆるく溶け、すべてが個人レベルの意識や感覚から発生する共感のベクトルとなる。

韓国と日本は若者文化的にいうと近年、互いに影響をしあっている。だから両国の若者は近い感性を持っているはずだ。BTSのウェンブリーでのライブも、日本の300館の劇場でディレイ・ビューイングが行なわれたとか。日本にも(おそらく多くは同世代、つまりゆとり世代の人々の)BTSファンがたくさんいるのだろう。全世界レベルのARMYというファン組織があって、彼らの活動を支援しているというようなことも聞いた。

とはいえBTSのファンとゆとりたちがどのように似ていて、どのように似ていないのか、それについてはわからない。多分、違うようでいて、共通する部分があるのではないか。似ているようで、まったく違うところがあったとしても。それはゆとりたちを生んだものが、ゆとり教育の結果(成果)だったとしても、そこだけで生きてきた、生きているとは思えないからだ。

韓国からアメリカに目を移すと、政治の世界で、ミレニアル世代(1980年代~2000年代初頭までに生まれた人)の台頭の兆しがあるようだ。民主党下院議員に今年就任した、通称AOC(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)は、プエルトリコ系の移民家族の元で育った29歳。米国史上(女性として)最少年での当選だそうだ。資金力ではなくSNSを活用して当選した、出馬を決めた選挙当時はバーテンダーだったなどのプロフィールも、ミレニアル的で当選後の話題の一つだ。日経新聞によると、アメリカのミレニアル世代の4割は、民族人種的マイノリティーとか。

AOCは民主党の議員仲間で「スクワッド」というグループを作っている。このネーミング自体、ミレニアル的というか、AOCの出身地ブロンクスを含むイーストコーストのヒップホップ・カルチャーでは、自主的に集まったグループの呼称らしい。スクワッドの構成要員は、4人の移民系マイノリティーに属する女性たち。内二人は、ソマリアとパレスチナ出自のイスラム教徒。残りの一人はアフリカ系アメリカ人。4人とも2019年の選挙で当選している。AOCは当選の翌日に、インスタグラムで4人の写真とともに「スクワッド」宣言をしている。

アメリカのミレニアル世代の4割が民族人種的マイノリティーというのが本当なら、このまま進めば、あるいは更に増える傾向にあれば、現在29歳のAOCが39歳、49歳、59歳、となるここ30年間(2050年くらいまで)の間に、社会で実権を握るマジョリティ層となり、AOCを大統領に登りつめさせることもあり得る。そのときは、「女性初の」などというヒラリー・C世代好みの代名詞ではない、別の、今はちょっと思いつかないラベルが貼られるだろう。

ゆとり、BTS、AOC、この三つは、出自も違えばキャラクター(パーソナリティ)の類似点もまったくないように見える。しかしここにたとえば「インターネット」とか「共感」とか「下からの力」といったキーワードを置いてみると、案外地つづきの風景が見えてきそうな気がする。バラバラの個人が、インターネットを媒介として、ある共感に基づいて繋がる。それがあるサイズにまで達したとき、既存のシステムを超えるほどの、予想外の影響力をもつことがある。そういった意味で、目指しているものは違っていても、この三者のあり方、活動の指向には、共通するところがあるのかもしれない。


当選翌日にAOCが投稿したインスタグラム「スクワッド宣言」
左からイハンオマール、アヤンナ・プレスリー、ラシダ・タリーブ、AOC(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)



20190830

川久保玲 vs. ゆとり世代 (1)


ゆとり世代、をゆるく主張している人たちがいることを最近知った。大雑把にいうと1980年代後半から2000年にかけて生まれた日本に住む人たちで、ゆとり教育の時代を小中学校で過ごしている。現在の20代、30代前半と思ってだいたい間違いない。

『新・ゆとり論』というすみたたかひろさんの本があって、それを青山ブックセンターのLotus TVで山下店長が紹介していたのをきっかけに、読んでみることにした。話がそれるが、AOYAMA BOOK CHOICEというネットTV(ビデオ)による本の紹介は、とてもいい。選ぶ本もバラエティに富んでいて面白いが、それを紹介するときの山下さんの視点や、紹介の仕方(書店からのPRというより、個人としての感想、アプローチ)に好感がもてる。本屋さんによるこういう本の紹介の仕方、他であまり見たことがない気がする。存続が難しくなっている本屋さんが、本の中身で本を選び、心から勧められるものを広くアピールしているところがいいし、本屋さんが今すべき大事なことの一つだな、と賛成できる。

さてゆとり世代、あるいはゆとり論について。この本は、すみたたかひろさんというフリーの編集者が、自身と同じゆとり世代に属する周りにいる人と話していて、自分たちには共通する「思想のようなもの」があるのかもしれない、と気づいたところから企画がスタートした。中心になる数人と協力者によって本づくりは進められ、クラウドファウンディングを利用して印刷などの資金を集め、ネットとABCのような何店舗かの実店舗で、本を販売をしたようだ。版元は裏表紙にあるYUTORIなのだと思うが、奥付には特に記載はなかった。この本を作って販売するための名前かもしれない。

ゆとり教育、あるいはゆとり世代は、一般的にあまり肯定的に語られることはないそうで、ゆとり教育自体が、今はもう教育の現場から消え去っている。ある意味、失敗だったということなのだろうか。あるいは一時的な実験に過ぎなかったとか。そういう世の中のどちらかというと否定的な見方に対して、自分たちの内にある共通のフィーリング、あるいは生き方のようなものを、それ以外の世代の人々に知らせようというのが本の目的のようだ。この本によると、自分たちには共通のフィーリングのようなものがあるけれど、それを他者に理解してもらうのが結構難しい、行き違いがある、という悩みがあったそうだ。

本はとてもよくできていて、ひと通り読んだ結果、なんとなくボンヤリと「ゆとり」のことが理解できた気がするが、本の中で紹介されているQRコードやURLによる様々な活動グループやネットマガジンを網羅したわけではないので、まだ理解の途上といったところだ。またこの本も含めて、ゆとりの思想は「=実態」のようなもので、従来型の観念的な思想と違って、きっちり的を絞って強く主張する、というやり方ではないので(その方法論こそがゆとり的かもしれないが)、受け手のわかり方も直線的でなくてもいいのかもしれない。

ゆとりの思想の特徴として、何となく感じたのは、現状承認的というか、世の中に対するとき「反論」とか「対抗」とかではなく、それはそれとして認め、だけどそれに自分がハマらなければ違うことをするという態度があるかもしれない。それ以前の世代が、古ければ古いほど、何か主張する際は、自分以前や現状に対して「反」または「否定」から入り、それに対しての違いを言うことで自分の正当性を認めさせようとしてきたとしたら、そこらへんが今のゆとりとは違う。

たとえばゆとりたちは就職試験のとき、普通にリクルートスーツを着て、普通に面接を受け、普通に入社する。リクルートスーツや面接に盾をつくことはない。だけど会社に入ってみて、これは違うぞ、合わないなと感じたら、とりあえず会社を辞めて、それから違うことを考え始める、といったようなことだ。他者のやり方にあれこれ言うことはないが、かといって他者のやり方に縛られることもなく、わが道を行く。これが『新・ゆとり論』を読んで感じたボンヤリとしたイメージ。

そんなとき、たまたまWWDというファッション誌の記事を読んだ。コムデギャルソンの川久保玲のインタビューがあって、それを読んでいて、ゆとりとの違いが(世代的なことだけではないかもしれないが)鮮明になった気がした。川久保玲は1942年生まれの76歳。ゆとりたちとは半世紀のギャップがある。インタビューはアメリカ版のWWDからの翻訳で、「コムデギャルソンの50年」というタイトルだった。ここでまた話が脇にそれるが、このインタビュー、アメリカ版なので英語によるものがオリジナルだが、川久保玲は日本語で語り、それを夫でビジネスパートナーでもあるエイドリアン・ジョフィ(南アフリカ出身のイギリス人)が通訳していた。ジョフィは若い頃から日本語とチベット語に通じているらしい。川久保玲は言ったことが正確に訳されることに神経を使っていたようで、WWD日本語版の訳も、しゃべり言葉のニュアンスは一切つけず、「、、、、した。」「、、、、だった。」といった調子で、最初はなんだこれと思ったが、まあ、すぐに慣れた。

このインタビューの中で、川久保玲が言っていたことで、昔の(ヨーロッパの)ファッション業界には、少数ながらクリエイションを理解している素晴らしい人々がいて、今までに見たことのないものを作ることに挑戦していたが、現在はもうそういう人はいない、という話があった。インタビュアーがなぜ今はいないのか、という質問をすると、おそらくSNSの広がりとリスクを恐れるからではないか、と答えている。また「クリエイションの探求がなければ、人類の進歩はあり得ない」と語っていたことも印象的だった。

何が印象的だったかと言えば、「人類の進歩」ということへの強い肯定感だ。そのこととクリエイションの探求がつながっている。今まで見たこともないようなものを生み出すことがクリエイションの意味であり、それによって人類は進歩する。そう言ってるわけだ。

また川久保玲は、自分に対するレッテルを拒否しているが、「パンク」だけは認めているらしい。「パンクは一つの精神であり、生き方」と語っている、とイギリスの新聞Gurdianの日本語訳の記事にあった。ストリートファッションなど今人気のイージーファッションには怒りを感じている、とも。そういうものは「因襲を打破するとは言えない」そうで「まったく反逆的ではなく」、ファッションが気軽だと、人はものを考えなくなり進歩が生まれない、これはファッション以外のことにも言える、と答えていた。

こういった発言は、もしかしたら「ゆとりの思想」と出会う前だったら、スルッと通過してしまったかもしれないもの。しかし「ゆとり」後に読むと、どこか違和感がわいてくる。人類の進歩への肯定感、過去を否定し先に進むことへの強い思い。確かに人類はもっと先に進んでいけるし、これまでもそうやって進歩してきた、というのはある意味事実かもしれない。ただ、現時点の感覚でいうと、それがこの先の人類にとっての一番の目標になるのかどうかは不確定事項に思える。科学でも、テクノロジーでも、世界経済でも、メインストリームの見方ということで言えば、そういう部分は確かにあるとしても。

『新・ゆとり論』にはサブタイトルがあって、「思想でつながり、ゆるく生きる若者たち」とある。また扉を開いたところには「そうだ、われわれはどこまでも下から行こう。庄屋には庄屋のみちがあろう。夜明け前、島崎藤村」という言葉があった。川久保玲の考えや言葉と比べると、それぞれが直接的に対抗しているわけではないものの、この二者には大きなギャップがあることが感じられる。

ゆとりたちにとっては、反逆や因襲への打破ではなく、つまり前世代から引き継いでいるものに反抗することなく、わが道を行くことが「思想」ということになるのだろうか。

たとえば『新・ゆとり論』の中の「結婚、恋愛、家族の自由化」という項で、「結婚式に自由を」というツイッターのハッシュタグが、去年、話題になったことがあげられていた。自由なウェディング提案をするある企業が火つけ役となって、既存の結婚式への議論が起きたそうだ。え、今ごろ、まだ、そんなことを??? とは思うものの、(どこまでも下から行こう、であれば)現実の世界では既存の結婚式が羽振りを利かせている、ということなのだろうし、なんか違うよね、と思う者たちが、式場ありきのプランではない自由なプラン、たとえばフェスのような自由参加型とか、クラウドファウンディングで結婚資金を集めたり、といったアイディアを新しい考えとして受け入れ、賛同していても不思議はない。同性同士の結婚式も、自由なプランの中では違和感なくできそうだ。

また本の中で、「平成最後」とか「平成ラストサマー」「平成が終わルンです」といったワードやイベントが積極的、肯定的、ある種の熱狂として使われていて、そもそもこの本も、平成が終わるまでに出版するというミッションの元に企画が進んだようなのだ。それはゆとり世代が、平成の始まるあたりで生まれているため、自分たちは平成の子、という意識があるからだろう。その意識や感覚については、当事者ではないので何とも言えない。こういった既存の日本式年号に対しても、不合理とか、古くさいとか、恥ずかしいとか言わずに、スルリと受け入れている。これもゆとり世代なのかな、と思う。
(次回につづく)



20190810

SNS時代の「クラシック」演奏家とは


日本にはクラシック音楽のリスナーはいるのか、といえば、確かに数は少ないだろうし、iTunesでもSpotifyでもメインストリームにいるのはポップス系と決まっている(ストアのトップ画面に何が表示されるか見ればわかる)。しかし聴く人が全くいないというわけでもないし、いた場合はそれなりに熱心なファンかもしれない。

友人の話では、アメリカでもクラシックのCDやDVDの売り上げは下がる一方とのこと。ただアメリカの話でびっくりしたのは、普通の総合大学(私立でも公立でも)のそれなりの数に、優れた音楽学校があるということ。たとえばノースウェスタン大学(イリノイ州)には、施設も含め立派な、世界的に知られる音楽学院があるそうだ。日本にはそんな大学は多分ない。それで思ったのは、そこを卒業した学生たちが世の中に出れば、たとえ音楽家にならなくとも、音楽を知り、愛する聴衆にはなるはず、ということ。そんなアメリカでも、クラシック人気は落ち目だという。

クラシックと言っても、その幅は広い。時代を見ただけでも、グレゴリオ聖歌の時代から現代まで1000年という時の流れを含んでいる。日本で聞かれているクラシックの時代は、一般的にいえば、18~19世紀ではないかと思う。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、、、といった作曲家たちの音楽だ。バロック時代の音楽は、喫茶店があったりもして、まだ聞かれている可能性はあるが、20世紀以降となると「何それ?」の世界かもしれない。

今月初めにアメリカの現代音楽の作曲家スティーヴ・ライヒのインタビュー集を出版した。ウェブですでに連載していたものの中の一つで、人気や知名度が高く、文章量も多く(2回のインタビューで50000字超え)、内容も刺激的だという理由で、ライヒのみを取り上げて本に仕立てた。どれくらいの人が、どんな人々が興味を持ってくれるのか、まだわからない。しかし発売のお知らせメールを出したところ、いくつかのインディペンデント系の本屋さんから問い合わせがあったので、うーん、やはりスティーヴ・ライヒの影響力は今もありか、と嬉しかった。

最近、クラシックの演奏家で、面白いなと思う発見が二つほどあった。名前を言えば、知っている人は、あ~~、アノヒトかー、となるような人気音楽家だ。一つはラン・ランという中国出身のピアニスト、もう一方はユッセン兄弟というオランダのピアノ・デュオ。両方とも、世の中への顔の出し方、聴衆とのコミュニケーションの取り方、音楽との向き合い方、という点で、面白いと思ったし、もしかしたら新型の(21世紀型の)クラシック演奏家と言えるのではないかと感じた。

ラン・ランの方は、実は最近までよく知らなかった。北京オリンピックの開会式でピアノを弾いていた、と聞いて、ああそう言えばそんな人がいた気がする、という程度だった。1982年生まれの37歳、17歳のときアメリカでデビューし、以降世界的な人気を保っていると言う。最初に演奏を聴いたとき(YouTubeだったか)は、特別な感想は持たなかった。どちらかと言うと、演奏にちょっと味を付けすぎか?という、やや否定的な印象だったかもしれない。自分の好みではないな、と。

その印象が変わったのは、何人かの人との連弾を聴いたときだ。最初に聴いたのがバレンボイムだったか。アルゼンチン出身の世界的名声をもつ指揮者でピアニストだ。次にエッシェンバッハ(ドイツ出身のピアニスト、指揮者)との連弾を聴いた。またユッセン兄弟のルーカス(兄の方)がまだ小さかったとき、公開の場でラン・ランと連弾しているのだが、それも聴いた(見た)。すべてに通じる印象は、ラン・ランというピアニストは、自分個人のために演奏しているのではないのでは、ということ。人と共に音楽を楽しむこと、共演者と、聴衆とその場をその時間を共有する、それがこの人の最大の音楽をやる目的なのでは、という風に見えた。そのことが連弾の演奏風景によく現れていた。ラン・ランは連弾が好きなようだ。

最初に見た演奏で感じた、味を付けすぎかという印象は、連弾の場ではまったくなかった。プリモ(高い音域の担当)を弾いているときも、セコンド(低い方)のときも、偉大な演奏家が相手でも、小さな天才とでも、ある意味控えめというか、正しく音楽的で、サポーティブな演奏に徹していて、それでいて自分も最大限に音楽を楽しんでいる、そういう演奏に見えた。連弾の相手が気持ちよく演奏できること、それによって素晴らしい音楽を生むことが可能になり、聴衆とそれを共有できる、ラン・ランの演奏はそういう方向のものに見えた。音楽にとって、これほどクリエイティブなことはない。音楽とは、その発生の起源を考えれば、人が集まって歌い、楽しみ、その時間や空間を共有することだからだ。

連弾を見たあと、ラン・ランの演奏をアルバムやYouTubeでさらに聴き、BBC制作のドキュメンタリーやラン・ランの自伝も読んでみた。そこで感じたのは、この人は、音楽というものを自分だけのものにしていない、という感覚だ。聴衆や周囲の人々への自分の開き方に、音楽家というだけでなく、全人間的な広がりを感じさせるものがある。世界中至るところ、様々な場所に出没し、たとえば川の中州のようなところに設えられた舞台に、ボートに乗って登場したり、白いコート姿で演奏したり、エンターテイナーという言い方ができるかもしれないが、わたしはむしろコミュニケーターと言った方が近いのではないかと思った。音楽と人を、人と人を結ぶ、という意味で。

ラン・ランは小さな頃からピアノをずっと弾いてきて、10代で中国国内だけでなく、アメリカやヨーロッパでも知られる演奏家になった。中国にはもう一人、同じ1982年生まれの世界的なピアニストがいる。それはユンディ・リで、18歳のとき、最年少でショパン国際ピアノコンクールで優勝した。ラン・ランの方は、13歳のときに子どものための国際コンクールで優勝しているが、その後アメリカに渡り、17歳でオーケストラとのデビューを果たしている。アメリカで指導を受けていた教師の考えから、コンクールには参加しないという方針だったようだ。

その教師は、コンクールに参加することは考えを偏らせ、エネルギーを賞を取ることのみに向かわせてしまう、そうではなく音楽を理解する過程が大事、コンサートのブッキング・エージェントと会い、オーケストラと共演する代奏者に登録した方がいいと勧めた。要するにコンクールへの参加も、世に出るための一つの方法論に過ぎないということだろう。近年、中国、韓国、日本といったアジア系の参加者で多くが占められる国際ピアノ・コンクールだが、その意味は、アジア系のピアニストは、ヨーロッパやアメリカに活躍するための土壌を持っていないので、世界デビューが難しいからだ。名のある国際コンクールで優勝するのが、最大の実力の保証になり、その後活躍するための確かで最も近い道になる、ということだろう。もちろん優勝は難しいことではあるが。

14歳でアメリカに渡っていたラン・ランは、そこで多くの師や知己をすでに得ていた。代奏者の登録をしてしばらくして(もちろんリストの何番目に登録されるかなど、周囲の実力者からの推薦や評判などが重要になり、上位に置かれるのは簡単なことではない)、著名なピアニストが急病になり、アメリカBig 5の一つ、シカゴ交響楽団との共演という申し分のないチャンスが巡ってきた。そのとき17歳。その演奏が高く評価され、その後数々の有名オーケストラとの共演が舞い込んできた。結果的に、コンクールへの参加は、ラン・ランにとってまったく無用なものとなった。

ネットなどのラン・ランへの(日本語での)評価、評判として、ユンディ・リはショパン国際で優勝しているから実力は本物だが、ラン・ランは子どもの頃の優勝だけだから、力のほどは、、、という意見もあるようだった。が、コンクールの持つ意味や、どのようにキャリアを積むかの複数の選択肢を知れば、そういう見方はあまり意味がないことがわかるだろう。

ラン・ラン自身は、むしろコンクール好きで、子ども時代から名だたるコンクールを制覇したい、しまくりたい欲望はもっていたようだが、結果としては、そして現在の演奏を見ていると、そうではないキャリアの積み方をしたのは正しかったように思える。

ラン・ランはNBAのバスケットボールやサッカーが大好き、と自伝にあった。W杯などの決勝を見て大興奮している、と。スポーツの世界の様々な試合は、エンターテインメントの極致とも言える。そのように仕組まれているし、実際、プレイしている側と見ている側が、最高潮に上りつめる時間、空間を共有する。そういうものを見て、素晴らしいと思い、応援し、興奮し、感動し、喜んだり悲しんだりする、という感覚は、ラン・ランがコンサートで聴衆の前に立つとき、何らかの形で影響しているのではないか。こんなことを自分も起こしたい、と。

アメリカでのティーンエイジャー時代、ラン・ランは音楽の勉強の他に、普通の高校にも行っていた。そこで体験したアメリカ文化、ティーンエイジャーのストリート・カルチャー、ヒップホップやラップなどの音楽、そういったものに夢中になり、大いに影響を受けたようだ。今の時代を生きるアーティストとして、当然のことだと思うし、それが自分の音楽世界にも、リアルと広がりをもたらすはずだ。

このようなことは、次に紹介するユッセン兄弟にも言えると思う。ルーカス・ユッセン(1993年生まれ)、アルトゥール・ユッセン(1996年生まれ)は、オランダのピアノ・デュオ。NHKの「スーパーピアノレッスン」に子ども時代に登場し、日本でもピアノ好きの人の間では、ある程度知られていると思われる。2008年(放送時)のことでルーカスが15歳、アルトゥールが12歳のときだった。このレッスンはポルトガルのピアニスト、マリア・ジョアン・ピレシュによるもので、場所はピレシュが当時住んでいたサルバドール(ブラジル)にある「オオハシの巣」を意味する素敵なスタジオ。ブラジルの民芸的な布や調度品でしつらえられた開放的な空間で、集まった10代の生徒たちは、バミューダにTシャツ、足は裸足かビーチサンダルといったクラシック音楽には「ふさわしくない」カジュアルさで、それがまた素敵だった。部屋は木の床で、先生のピレシュも、バカンスにでも来ているような涼しげなドレスに裸足だった。

当時のユッセン兄弟は、どちらかというと体が小さめなのか、年齢から見るとやや幼い感じで、可愛らしいという印象が強かった。集まった生徒たちの中では、年齢が低い方だったかもしれない。しかしその中で、子どもながら素晴らしい集中力で、ピレシュ先生のレッスンを真正面から受け止めていて好感がもてた。その後、しばらく兄弟のことはまったく知らなかった。数年前に、二人でデュオを組んで演奏活動をしているらしいということを、ネットで見て知った。確かプロモーション用の写真で、一人がグランドピアノの下に寝そべって、手を伸ばして鍵盤に乗せていて、もう一人がピアノの蓋の上に腹ばいになっている(おー、ノー、ピアノの上に乗っちゃいけません!)、というようなちょっと面白いものだったと思う。

ああ、ピアニストとして活動しているのだな、とは思ったが、それ以上に関心をもつことはなかった。それが最近になって、何がきっかけだったか、、、多分、作曲家のクルターグ夫妻(80代後半:2012年当時)の演奏を見てから、連弾に興味をもつようになって、その流れでYouTubeで久々に兄弟の演奏を聴いたのだと思う。

最初に聴いたのが、シューベルトの『幻想曲ヘ短調』。実はこの曲は、別の演奏家(ロシア人の親子)の連弾を聴いていて、それがあまりに素晴らしかったので、他の演奏家のものを聞いてみようとしたら、ユッセン兄弟と出会った。ユッセン兄弟のシューベルトは、ロシア人親子のピアニストの端正な感じとは少し違い、ややロマンチックで、でも熱のこもったよい演奏だった。

彼らが素晴らしい成長を遂げ、デュオとして、音楽家として世に出ていることを嬉しく思った。そこでさらに演奏を聴いてみようと、YouTubeのリストを見ていたら、ストラヴィンスキーの『春の祭典』があった。へぇ、ストラヴィンスキーを弾くんだな、という軽い興味から聞いてみた。『春の祭典』はストラヴィンスキーの代表曲とも言える楽曲で、オリジナルはオーケストラ、そしてバレエ音楽でもある。不協和音や変拍子など、当時(20世紀初頭)の音楽の常識を覆すものだったと言われ、初演の際、聴衆が騒ぎ出したことでも知られている。ピアノ連弾版は、作曲の直後にストラヴィンスキー自身によって編曲されたもので、もしかしたら、バレエ団の練習、リハーサル用だったのかもしれない。

この『春の祭典』をユッセン兄弟のピアノ連弾で聴いた。実はこの曲、部分的には知っていて、舞台の映像も少し見たことはあったものの、全曲を通して聞いたことはなかった。兄のルーカスがプリモ(高い音域)、弟のアルトゥールがセコンド(低い方)を弾いていたのが、やや意外だったが、聞いていてこの選択は正しいのでは、と思った。通常、セコンドは連弾において全体をコントロールする役目があるので、年長の者、あるいは経験のある方が担当すると聞いている。しかし『春の祭典』では必ずしもそれが当てはまらないかもしれないし、またプリモの方がある意味、全体を引っ張っていくようにも(ルーカスの演奏を聴いていて)思った。

わたしの印象では、兄のルーカスは知的で主張のある演奏、弟のアルトゥールは音楽の中に深くはまって、音楽と同調していくようなタイプに見えた。だから『春の祭典』の最初の右手のみで語られる、フォークロア調の不思議な、そして印象深いメロディーがルーカスによって弾かれたとき、二人の分担は正しいのだろうと推測した。そして第2曲の「春の前兆」が始まった。不協和音に聞こえる和音の激しく、どう猛な連打で、この部分はセコンドが担当するが、アルトゥールは催眠術にかかったかのように弾き通した。そこに乗るルーカスのプリモの単旋律も激しく、シャープで印象的だった。

結局、この曲を一気に終わりまで聴き通したわけだが(全篇30分くらい)、なかなか熱のこもった、感動的といっていい演奏で、『春の祭典』という曲に対しても、ユッセン兄弟に対しても、強い印象が残った。その後、中毒症状のように、この演奏を聴き直してもいる。

ストラヴィンスキーの演奏で、好印象をもったので、ユッセン兄弟についていろいろ調べてみることにした。彼らのウェブサイトに行って最近の活動状況を見たり、Spotifyで出ているアルバムをチェックしたり。その中で、この兄弟の演奏家としての活動の仕方に、その特徴に気づいたところがある。まず面白いなと思ったのが、サン=サーンスの『動物の謝肉祭』の録音。この曲は確かにピアニスト2人が必要ではあるが、オリジナルは室内楽(オーケストラ版もある)で、全14曲からなる組曲だがピアノがいつも主役ではない。最初、兄弟がまだ10代だった初期の録音かなと思った。こういった楽曲で、他の楽器との共演に慣れるといった。しかしそうではなかった。2017年に出た、彼らのアルバムでは最新のものだった。

なぜこのフランス人作曲家のこの組曲を録音したのだろう。確かにプーランクやフォーレなど、フランスものの連弾曲はいくつか録音しているようだった。でも。。。『動物の謝肉祭』は、子どもたちが楽しんで聞く曲でもあり、音楽に関心のない人でも、聞いたことがあるだろう「白鳥」など有名な曲が含まれている。コンサートとの関係があったとか、レコード会社の企画であるとか、こちらのあずかり知らない理由があったのかもしれない。

全曲を聴いてみたところ、演奏はとてもいい。素晴らしくいい、と言ってもいい。共演はロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、オランダのオーケストラだ。このオーケストラの演奏もよかった。ユーモアがあって、センスを感じさせる演奏。第9曲「カッコウ」では、カッコウの鳴き方(クラリネット)に笑ってしまった。ピアノもうまくハマっている。全体として、ユッセン兄弟はこの組曲をとても魅力的に演奏していると思った。

そう言えば、ラン・ランも最近、『Piano Book』というタイトルの子どもたちが練習や発表会で弾くような楽曲ばかり集めたアルバムを出している。ニューヨークの小さなライブ劇場で、司会者の問いの答えて、左手を痛めて1年間休業していたこと、だから今は「生まれたての赤ん坊の気持ちなんだ」というようなことを話していた。それで初心に戻って、子どもの楽曲を集めたアルバムなのだろうか。「エリーゼのために」「きらきら星変奏曲」「紡ぎ歌」「楽興の時」「バッハのト長調のメヌエット」といったピアノを習ったことのある子どもなら誰もが知り、いくつかは弾いたことあるだろう曲ばかり。

通常、クラシックの演奏家は、長いキャリアの中で何を弾いていくかの目標をもったり、それぞれの演奏会で、プログラムに何を入れるかをよくよく考えていると思う。それは演奏家としての大事な表現法だと思うし、世の中に自分を印象づける意味でも重要と思われる。ユッセン兄弟とラン・ランも、もちろんそうしているだろう。だけど、彼らはどこかそれ以外の理由でも、楽曲を選んでいるような気がするのだ。まったくの思い込みに過ぎないのかもしれないが。

ユッセン兄弟のルースカスは小さな頃、最初にplayしたのはピアノではなくサッカーだったと、あるところで語っていた。サッカーに夢中になり、自国のチーム(オランダ)のファンになって、試合前に歌われる国歌が大好きになった。それをピアノで弾いてみたくて、その方法を母親から習った。それがピアノとの出会いだったという。

ユッセン兄弟は、アムステルダムの運河で毎年行なわれるPrinsengrachtconcertという野外コンサートに、去年参加して、アムステルダムにまつわる歌や曲のメドレーをたくさんの市民の前で披露した。アムステルダム市のアンセムなど、みんなのよく知る曲を兄弟が、みなさんわかるでしょう、というように楽しげに弾きはじめると、ワァオ~の歓声があがり、聴衆は手を打ち鳴らし、旗を振り、からだを揺すり、抱き合って踊り、ピアノに声を合わせていた。素晴らしい「共演」の場となり、忘れられない特別なコンサートになったと、ユッセン兄弟もインタビューに答えていた。

実情を知っているわけではないので、すべて想像に過ぎないことではあるけれど、ラン・ランも、ユッセン兄弟も、こういった人々と音楽を共有するという楽しみ抜きには、自分たちの音楽は語れない、そう考えているのではないか。音楽をやる意味、音楽のもつ力、それは自分がただ良い演奏をすれば出るというものではない、そんな風に考えているように見えるのだ。

インタープレター(演奏家)というよりエンターテイナー、あるいはコミュニケーター、この2組の演奏家には、そういうものを強く感じる。



Amsterdam Medley/Aan de Amsterdamse grachten - Lucas en Arthur Jussen - Prinsengrachtconcert 2018