20200327

Google翻訳を試してみたら<2>

(日本語の未来、AIとともに)<1>からのつづき

日本語から英語、英語から日本語への翻訳は、本当のところどちらが難しいのだろう。

もう一度、日本語から英語のテストを別のタイプの文章で試してみよう。日本語から英語は、どんな文章でも易しいのかどうか。

Google 英訳:
"When the economy is good, you can eat from first-class to second-class, third-class, and fourth-class. When the economy is normal, you can eat part of the first-class, second-class, and third-class. When the economy is bad, It means that you can eat some of the first and second parts, which means you can eat regardless of the economy. “


原文:
「景気がいいときというのは、一流から二流三流、四流まで食えるんです。景気がふつうのときは、一流から二流、三流の一部が食っていけるんです。そして、景気が悪いときというのは、一流と二流の一部が食っていけるということです。つまり、一流は、景気にかかわらず食っていけるんです」
ほぼ日刊イトイ新聞「今日のダーリン」より

英訳文を素直に読むと、景気がいいときは、ファーストクラス以下の何か(食べ物)が食べられる、という風に受け取れる。このyou can eatというのは、日本語でいう生活できるという意味にはならないと思う。普通、you can eat these applesのように目的語に食べ物がくるはず。あるいは「敵を圧倒する、打ち負かす」というときや「使い尽くす」といった場合にもeatは使えるようだが。

ここで言う「食える」は、たとえば「you can feed yourself」あるいは「you have enough to feed yourself」のこと、あるいは「you can live」とも言えるかもしれない。「一流から二流、三流の一部が食っていける」は、「一流から二流、及び三流の一部の人が」という意味だから、if you are from a first-class professional to the second-class and part of the third-class professionalとなるだろうか。

part ofがつくのはsecondやthird、fourthであって、firstにsome of とか part ofがかかってしまうと、この文の意図はまったく伝わらない。「景気が悪いときは」以下の文章は英訳では矛盾が起きている。ここは日本語の方を「一流と、二流の一部が」とすればうまく英訳できるのではないか。あ、やってみたらダメだった。読点を入れても、Google翻訳は、
When the economy is bad, you can eat some of the first-class and some of the second-class.
と出してくる。

「一流の人と、二流の一部が」とすると初めて、
When the economy is bad, you can eat top-notch people and part of the second-class.
としてくれる。

この文章は日本語として、日本語人が読んだとき、わかりにくい文章ではない。むしろわかりやすい文章かもしれない。しかしそれが英文に訳すというプロセスでは、訳しにくい、意図の伝わりにくい文章になってしまう。

この辺が英訳を意識した日本語文を書く場合の、ポイントになってくるかもしれない。

もう一つ、文学作品の翻訳を試してみよう。

Google 英訳:
It was three years ago in the summer. I carried Ryuk Satsuk on my back like a person, and tried to climb Mt. Hotaka from a hot spring inn in that Kamikochi. As you know, there is no way back to Azusa River to climb Mount Hotaka. I had climbed Mt. Yariga as well as Mt. Hotaka before, so I climbed the valley of Azusa River where the morning fog fell without getting a guide.


原文:
三年前の夏のことです。僕は人並みにリユツク・サツクを背負ひ、あの上高地の温泉宿から穂高山へ登らうとしました。穂高山へ登るのには御承知の通り梓川を溯る外はありません。僕は前に穂高山は勿論、槍ヶ岳にも登つてゐましたから、朝霧の下りた梓川の谷を案内者もつれずに登つて行きました。
芥川龍之介「河童」より
It was the summer three years ago. の方がすっきりするような気がする。おそらく「三年前」が冒頭にきているので、重要なワードと見たのかもしれない。Ryuk Satsukは綴りとしてはrucksack、あるいはbackpackでもいいかもしれない。like a personとは「人並みに」の訳。like othersとかlike everyone elseとか?

in that Kamikochiのthatは何を意味しているのだろう。日本語で「あの上高地」となっているからだが、それを説明するような文章は、これ以前の文にはない。景勝地として有名なあの上高地と言っているだけなのか、他に何か意味があるのかはっきりしない。これは日本文のせい。

「梓川を溯る」はback to ではなく、up the Azusa Riverまたはgoing upstream on Azusa RIverの方がよさそう。槍ヶ岳がMt. Yarigaになっているけれど、これはMt.をつけたのでtakeを外したのかもしれない。Mt.Fujisanのようにならないようにと。しかしここはYarigatakeでないと、固有名詞だから。こういった言葉の慣習的な使用法、ケースごとに対処が変わってくる変換にはAIはなかなか対応しづらいようだ。

では普通ではない文章、詩のようなものはどうか。

Google 英訳:How do you do what you doBlow the blue walnutBlow the sour or rinHow do you do what you do

原文:
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
宮沢賢治「風の又三郎」より
あ、これは面白いかも?!
「どう」がhow do you doになってるのだろうけれど、「どう」と「do」が音的に似ているせいで面白い効果を生んでいる。意味のない言葉(擬音)を意味あるようにしている。もうちょっとこれをリズミックにして、

How do you do you what do you do

にしたらどうだろう。sour or rinは、sour karinでいいかなと思うけれど、なぜor rinとなったのかは不明。「青いくるみ」はblueではなくてgreen(熟していない)の方がよさそう。

そのつづき。

Google 英訳:There was a small school on the shore of Tanigawa.There was only one classroom, but there were no third grade students, and there were everyone from one to six years. The playground was almost like a tennis court, but right behind was a beautiful grass mountain with chestnut trees, and there was a rock hole in the corner of the playground that blew out the water.

原文:
 谷川の岸に小さな学校がありました。
 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。
宮沢賢治の文章は、翻訳に適しているように見える。ただ「たった一つでしたが」の「が」をbutにしてしまうと、意味が変わってきてしまう。ここはたとえば、

… and though there were no third grade students, there were everyone from …とすればよさそう。ただ「一年から六年まで」だと訳語がyearsになってしまうので、日本語の方を「一年生から六年生まで」として訳し直すと、there were everyone from first grade to sixth grade.と訳してくれる。機械翻訳は意味をとって訳しているわけではないので、こういうことはよく起きる。
rock holeという言い方があるかどうか。a hole of the rockとか? 

…there was a hole of the rock that blew out the cold water in the corner of the playground.

の語順の方がいいような気がする。でも印象として、宮沢賢治の文章は、機械翻訳の読み取りに比較的あっているかもしれない。

こうして見てくると、日本語を英語に、の場合も元テキストの書き方によって、成果はかなり違ってきそうだ。

このことは今後の日本語の書き方のスタンダードとして、ちょっとしたヒントとなるかもしれない。つまり日本語として読みやすく、意味がとおり、意図や感情が伝わるというだけでなく、他の言葉に訳されるときのことを考えて、日本語を書くということだ。そのような日本語を書くと、ときに日本語としては「美しくない」あるいは「もたもたした」表現になることもあるだろう。たとえばあらゆる文章に主語を入れるなど。日本語だけのことを考えれば、主語を省いても文脈から誰のことを指しているかわかっても、英訳するとなると、それを入れてやらないとAIが判断できない。

AIが理解しやすい日本語をしゃべる、というのは、たしか演出家の平田オリザさんも言っていた気がする。日本人にとって言わなくてもわかることをわざわざ書くのは、粋じゃない、無粋である、という考えもあると思う。ただ今の世の中、いろいろなことが地球的な広がりを見せている時代に、日本語は日本人のものだから、という説はおそらく通りにくい。

日本語は、日本人専用のものではない。誰がつかってもいい。誰が習ってもいい。その点では英語と同じだ。日本語が翻訳しやすいような、AIが理解しやすいような、つまり万人にわかる言葉に変わっていくことは悪いことではないと思う。

言葉にとって「美」というものがあるとしたら、それはなんだろう。言おうとしていることの意図がスピーディに、ストレートに、ある感覚(感興、臨場感)をともなって伝わることは美しさの一つではないか。リズムというものもあると思うが、ある程度、慣れの問題かもしれない。ここでは「日本らしさ」があるかどうかは、あまり問題にならないだろう。「らしさ」などというものは、時間の経過で変化する。

Google翻訳をつかって、日本語の書き方を勉強するのは一つの方法かもしれない。論理的に破綻がなく、誰にもわかりやすい、簡潔で平明な言葉づかいの文章。宮沢賢治の文章のように、初めての人に初めてのことを伝えるような表現、フラットでオープンな言葉。自分の書いた日本語を英訳してみて、おおよそうまく英訳できていれば、新しい日本語としては合格なのではないだろうか。

AIの言語能力というのはなかなか面白い。Chromeで英文のメール(Gmail)を書いていると、書く先々で言葉を予測して提示してくる。たとえば、
I will let you know when the article と書いてところで、 is publishedが出てくる。それでOKであればタブで決定。予測違いであれば自分でその先を書く。綴りを間違えたり、前置詞が抜けているときも教えてくれる。

いつだったか、アメリカ人の友人にメールを書いているとき、思わぬ提案があって驚いたことがある。そのメール内ではひとことも書いていないのに、たしか「book」だったか特定の単語を提案してきた。「本は届いたか?」のような文章で。おそらくそのメール内にはないけれど、同じスレッドのメールのどこかに「本を送った」という文章があって、そこから類推したのだと思う。ちょっと驚いた。

Google翻訳も含め、AIは人間の言語能力を強化してくれる。まだまだのところがあっても、AIとともに学びあって、精度を高めていくのは悪くない。AIに英語の間違いを直してもらったり、こちらがAIに人の名前の表記を教えたりと。そうやって協力しあって、社会をよくしていく、住みやすいものにしていくのが、人間とAIとの正しい関係なのかもしれない。



20200313

Google翻訳を試してみたら<1>

(日本語から英語、英語から日本語)

日本語と英語の自動翻訳は、他の言語間(たとえば英語とスペイン語など)よりかなり劣るとずっと思ってきた。実用的ではないな、と。特に英語から日本語への変換は意味をなさないことが多かった。ブラウザをChromeにしていると、ブラジルからのポルトガル語のメールなども、Gmailでは日本語にしてくれたりするが、それもかなーり酷かった。

ある時期、Google翻訳をつかっていると、他の提案訳語、候補はあるかと聞かれることがあった。それに協力すると機能がアップするのかなと思い、ときどき書き込んだりもしていた。AIの機械学習においては、多量の実際的なデータが必要になる。それが多ければ多いほど、AIの能力が高まるはず。日本語への翻訳能力が低かったのは、そのデータが少ない、つまり日本語をつかう人の協力度が低いのかな、と思ったりもしていた。もちろん基本的には、他の方法で大量のデータを入れ込んではいると思うが。

日本語と英語などヨーロッパ系の言葉は、語順が違ったり、ものごとの捉え方が違っていたり、その結果として言語間に距離ができているのも原因の一つではあると思う。

と、思っていたら、いつの間にか、Googleの日本語↔英語の翻訳能力が画期的に高まっていることに気づいた。きっかけはあるサイトに記事を寄稿したとき、取材相手(ドイツ人)から「記事を読むのを楽しみにしている」と言われて、「いや、残念ながら日本語なんですけど」と返したところ、「Google Translateで読むから大丈夫」と言われたこと。いや、あれはダメでしょ、日本語の場合、と返そうとして、試しに自分の書いた原稿をGoogle Translateに投げ込んでみた。

相手はドイツ人だったけれど、英語でやり取りしていたので、翻訳先の言葉は英語を選んだ。ドイツ語はできないので、ドイツ語では翻訳の精度は確認ができない。それが、、、、なんか、、、良かった!! 素晴らしいといってもいいくらいの訳だった。えっ、こんなに進歩してたの??? という感じだ。たとえばこんな風。

Google 英語訳: 
The exhibition "RE: ECM", celebrating the 50th anniversary of ECM Records, and the sound installation "Small Places", one of its contents, are currently in progress in Seoul, Korea. It starts at 12:00 on October 18 and ends on February 29 next year. You can experience the same sound on the net simultaneously with the Storage by Hyundai Card in Seoul, and listen to all ECM albums in real time streaming.

原文はこれ: 
韓国・ソウルで進行中の、ECMレコード50周年を祝うエキジビション「RE: ECM」とそのコンテンツの一つであるサウンド・インスタレーション「Small Places」。10月18日12時にスタートし、来年2月29日に終了します。ソウルの会場ストレージ・バイ・ヒュンダイ・カードと同時進行でネットでも同じ音の体験ができ、ECMのすべてのアルバムをリアルタイム・ストリーミングで聴くことができます。

完璧じゃないでしょうか? 訳としても英語としても。言ってることが誤りなく通じてる。この文章は事務的な文なので、訳しやすいということがあるかもしれない。ただ文の構造はまったく単純というわけでもない。

しかし全文を訳してみると、いくつか間違った訳文もあった。たとえば:

It's almost like that, but it's a bit like Steve Reich. Examining Marx Stockhausen, it appears that there is a trumpet player and composer born in Germany in 1957, who plays music between jazz and chamber music and opera. The latter also has a lot of collaboration with his father.

この赤字の部分は、日本語では「マルクス・シュトックハウゼンを調べてみると、1957年ドイツ生まれのトランペット奏者、作曲家とあって」である。「he is a trumpet player…」の方がいいと思う。多分「とあって」というのを「there is」と訳したのだろう。それと固有名詞、ここでは3人の名前が出てくるが、スティーヴ・ライヒとシュトックハウゼンのつづりはOK、でも息子のマルクス・シュトックハウゼンはまだデータに載っていないようで、マルクスは「Marx」になっていた。実際はMarkus。

さらには「ジャズと室内楽・オペラを行き来する音楽をやっているらしい。あとの方は父親とのコラボレーションが多いとも。」という文章が、「between jazz and chamber music and opera」となっていて、通常2つのものの間につかわれるbetweenが、jazzとchamber musicとoperaと三つの間になっている。これは「室内楽・オペラ」の間にある中黒(・)をandと訳したためだ。それで最後の文章の「The latter」(あとの方、ここでは室内楽・オペラを指す)が何を指しているのかが曖昧に、あるいは最後のオペラのみを指しているように読めてしまう。

中黒は名前のところ(スティーヴ・ライヒやマルクス・シュトックハウゼン)では、「and」ではなく、名と姓の間をつなぐものとして理解されている。

Google Translateでこの訳文をタップすると、「Improve this translation」の文字が出てくるので、上に書いた箇所を修正してサブミットすると、文全体がオレンジ色に変わり、下のコーナーに「Thank you for your contributing. あなたの寄与はたくさんの利用者の役に立ちます」と出てくる。そうか今も使用者の協力を促しているのだなあ、と。

他にもいくつか、原文の読み間違えによる誤訳があったと思う。それは日本語の特徴から、あるいは英語との違いから出てくるもので、たとえば日本語では主語がなくてもわかる場合、書かない方がすっきりする。しかし英訳では、それが誰なのか類推できないらしく、たいがい「he」で代用される。あるいは「you」のこともあるかもしれない。あと二重否定のような文章も、たしか苦手だったような記憶がある。いまちょうどいい例を思いつかないのだけれど。

では英語から日本語への翻訳はどうか。Hitomi YOSHIO氏による「Japanese Literature in English Translation」(WASEDA RILAS JOURNAL NO. 6)より、例文をGoogleの翻訳にかけてみた。

Google 日本語訳: 
2.日本文学の翻訳:1950年代から1990年代次に、日本文学の翻訳の歴史を振り返りたい。 エドワード・ファウラーは、「言葉の表現、文化の横断:現代日本フィクションの翻訳の芸術と政治」(1991年)の記事で、1950年代に日本文学、特に現代フィクションが積極的に英語に翻訳され始めたと書いています。 

英語原文:
2. Translation of Japanese Literature: 1950s to 1990s 
Next, I want to look back at the history of translation of Japanese literature. In the article “Rendering Words, Traversing Cultures: On the Art and Politics of Translating Modern Japanese Fiction” (1991), Edward Fowler writes that Japanese literature, particularly modern fiction, began to be actively translated into English in the 1950s. 

訳として大きな問題はないと思われる。エドワード・ファウラーのカタカナ化は、日本で標準的に使われているもののようだ。原文ではあとに回っている「Edward Fowler writes that」が文頭に来ているのも、日本語としてわかりやすい。

「現代日本フィクション」というのは何を指しているのか、と言えば「現代日本文学」と言われているものと同等だと思う。日本ではノンフィクションというジャンルは、もっとあとから一般的になったことから、フィクションかノンフィクションかという分類は、言葉として厳密に分類する必要がなかった、あるいは文学と言えばそれで済んでいたのかもしれない。

また「翻訳の芸術と政治」は「翻訳の芸術性と政治学」くらいの方が、日本語としては通りがいいかもしれない。その先を訳してみる。

Google 日本語訳: 
小佐良次郎の帰郷(紀要、1949年;ブリュースター・ホルヴィッツtr。1955年)および谷崎潤一郎の幾らかのイラクサの出版(タデ・クムシ、1929年;エドワード・G・サイデンステッカー; tr.1955)の出版から始まる 1955年に、グローブプレスやニューディレクションズなどの他の主要出版社も日本の小説を発表し始め、翻訳のアンソロジー。 以下は、ファウラーの記事で紹介されたこの期間の翻訳のリストです。⑶
 英語原文: 
Beginning with the publication of Osaragi Jirō’s Homecoming (Kikyō, 1949; tr. Brewster Horwitz; tr.1955) and Tanizaki Jun’ichirō’s Some Prefer Nettles (Tade kū mushi, 1929; tr. Edward G. Seidensticker; tr.1955) by Knopf in 1955, other major publishers such as Grove Press and New Directions also began to release Japanese novels and anthologies in translation. Here is a list of translations from this period introduced in Fowler’s article: 

「小佐良次郎」は大佛次郎だろう。「帰郷」はいいが、次の(Kikyō)が「紀要」になってしまっている。カッコ内の説明との関係を理解していない。原文では本のタイトル「Homecoming」が斜体になっているので「帰郷」とするべきだが、ウェブの自動翻訳ではなく、Google Translateに自分で英文を入れる場合は、イタリック指定ができない。そういう場合を考えると、原文を“Homecoming”のような表記にしておく方が安全かもしれない。

谷崎潤一郎の名前はOK。データにあるのだろう。「Some Prefer Nettles」は「イラクサ(タデ・クムシ)」となっているが、実際の作品名は「蓼喰ふ虫」。これについては英語のnettlesのみ訳している。「イラクサが好きな虫(人)もいる」としてもよかったかも。あるいは「人それぞれ」とか。AIは意味がよく取れなかったので「Some Prefer」の部分を省いたのだろう。イラクサと蓼が同じ植物なのかはよくわからない。nettleはイラクサのようだが。イラクサも蓼と同じように辛いのだろうか。Wikipediaによると棘の基部に刺激性の液が入っているとか。おそらくそのような性質から蓼に当たるものとして、nettleとしたのではないか。そんなものでも好きな人はいる、という。

エドワード・G・サイデンステッカーの表記はOK。「ホルヴィッツ」は「ホロウィッツ」の方が一般的かもしれない。tr. はこのままでいいかどうか。「1955年、エドワード・G・サイデンステッカー翻訳」とした方がわかりやすい。

このあとがかなり怪しい訳になっている。文の構成が理解できていないのだろうか。最後が「翻訳のアンソロジー。」で終わっていて、意味をなしていない。ここはたとえば:

1955年のクノップによる大佛次郎の「帰郷」(...)や谷崎潤一郎の「蓼喰ふ虫」(...)に始まり、グローヴ・プレスやニュー・ディレクションズといった主要出版社も、日本の小説やアンソロジーを訳して出版し始めた。

となるだろうか。「began to release」が述語に当たるのだが、頭に長い「Beginning with」ではじまる修飾語があるため、主語と述語を見失っているようだ。AIも英語の苦手な日本の学生のように、長い文の読み取りに苦労している。主語は「other major publishers」。よって日本語では、主語「他の主要出版社」、述語「出版し始めた」となる。英語の構文としてはそれほど複雑ではないが、日本語に移すとき、混乱が起きている。(...)による説明がたくさん挟まっていることも原因かもしれない。
次回につづく



20200228

オオカミの生き方


来月から葉っぱの坑夫のサイトで、ウィリアム・J・ロングの ”The Way of a Wolf” を連載しようと思っている。これは1923年にアメリカで出版された “Mother Nature: A Study of Animal Life and Death” の中の第4章のほぼ全文(話題をオオカミの生態のみに絞った)の日本語訳である。

「オオカミの生き方」(仮題)のもくじは以下のようになっている。

ハイイロオオカミを追って
リーダーは雌オオカミ
狩りとテーブルマナー
野生の礼儀は理にかなっている
オオカミが羊を襲うとき
オオカミの仲間意識

もくじの項目を見て、なるほどと思った人は、オオカミについてある程度(いやかなりかな)知っている人かもしれない。全文で約2万字弱を6~10回くらいに分けて連載する予定。

ウィリアム・J・ロングの作品は「ビーバーとカワウソが出会ったら」「鳥たちの食卓」「かわうそキーオネクは釣り名人」「動物たちの外科手術」など、ここ1、2年の間、訳してサイトで発表してきた。今回の「オオカミの生き方」は長いので、一つのまとまり(コンテンツ)として独立したページで出版しようと思っている。

ウィリアム・J・ロングはアメリカのナチュラリスト、作家、そしてプロテスタントの牧師でもあった。わたしはロングをその探索の姿勢から「野生動物観察家」と呼んでいる。1867年生まれで、シートンとほぼ同世代。ロングは毎年3月になると、アメリカ最北東部のメイン州を旅し、野生動物の観察をつづけた。その旅に息子と娘2人をつれていくこともあったらしい。冬を超えての滞在もときにしていたようだ。

オオカミは日本ではすでに絶滅していると言われている。アメリカでも数は減っていると思われるが、アラスカを含む北米大陸北部を中心に今も生息はしているようだ。ユーラシア大陸ではどうなのか。調べたところ、ヨーロッパは保護政策が功を奏して、ほぼ全域で生息が確認されているらしい。ユーラシア大陸全域を見ると、ロシア、ウクライナ、ギリシア、ルーアニア、ブルガリア、イタリア、スイス、トルコ、イラン、サウジアラビア、カザフスタン、中国、モンゴルなどの地域にはそれなりの数がいそうだ。

日本語でオオカミといえば、まず頭に浮かぶのは『赤ずきん』だろうか。それくらい現実の世界からは遠い生きものかもしれない。『AKAZUKIN』という絵本を以前に出版したことがある。ミヤギユカリさんの絵、服部一成さんデザインによるアートブックだった。テキストはなし。スイスのインディペンデント出版社Nievesと共同出版した。

この絵本では、ストーリーとしては最終的に赤ずきんもおばあさんもオオカミに食べられてしまうのだけれど、オオカミ=悪者という構図にはなっていない。絵本の最初の見開きページは、森の中をひとり歩くオオカミの姿、つぎの見開きは「AKAZUKIN」のタイトル文字と、赤ずきんとオオカミが遊んでいるように見えるシーン。森に住むオオカミと森に住む人間(おばあさん)が、どちらが主というわけでもなく、フラットな関係であることを暗示したプロローグになっている。

特別に新しい解釈を、と意図したわけではなかった。ただ作っているうちにそのようになった。森に住むオオカミは悪者ではなく、そこの居住者のひとり。オオカミがやたら人間を襲ったり、食べたりするかどうかにも疑問の余地はあった。だからそういうアプローチにならないようにしたし、単純によく知られたストーリーを追うだけにはしたくなかった。少なくとも編集者のわたしはそう感じていたし、ミヤギユカリさんの絵で描かれるオオカミもそうだった。服部一成さんのデザインもそういう意図を汲んでいたと思う。

さてこれから連載する「オオカミの生き方」だが、冒頭に次のような文章がある。

 わたしの最初のオオカミの印象は、多くの人と同じで、幼稚園で『赤ずきん』とかそのほかの"不道徳な"昔話から得たもので、それは子どもたちを怖がらせるためのものだった。こういう昔話は、お話のうまい人の手にかかると、見慣れた町や村、草原が消え去って、深い森や雪におおわれた荒野があらわれる。そこを飢えたオオカミの群れに追われる男が逃げていき、なんとか助かったとしても、あとで思い出せば震えが止まらない、そういうものだ。子ども時代の恐怖というのは消えないもので、学校で習った決まりごとはすぐに忘れても、一度耳にしたオオカミの悪名はいつまでも心に残るものなんだ。

やはりどこの国でも「赤ずきん」の影響は大なのだ。ロングはオオカミが恐い生きもの、悪名高い野獣の中の野獣と思われていることから、あえてこの生きものを観察の対象に選んだと書いている。「わたしがこの生きものをここで選んだのは、まさにその理由からなんだ。クマとかカリブーではなくてね。野生動物を偏見なく見てほしいからだよ。」と。

「オオカミの生き方」の第一稿を訳し終えてから、日本で出版されている最近のオオカミ本を調べてみた。写真集を中心に見ていったところ、2冊の本を見つけた。『(30年にわたる観察で明らかにされた)オオカミたちの本当の生活』(パイプストーン一家の興亡:ギュンター・ブロッホ著、ジョン・E・マリオット写真、エクスナレッジ、2016年)と、『オオカミたちの隠された生活』(ジム&ジェイミー・ダッチャー著、エクスナレッジ、2014年)。同じ出版社からの同じ判型の本で、出版年も近い。

どちらの本のタイトルも「本当の」とか「隠された」といった似た意味合いの言葉が付されている。それだけオオカミの生活は知られていない、あるいは誤解されているということなのだろうか。この点では、ロングも冒頭で「野生動物を偏見なく見てほしい」からオオカミを対象として選んだと言っているように共通性がある。

この参照した2冊の本を比べると、野生のオオカミへのアプローチとしては、かなり違うものがあった。いずれもロングのアプローチとも少し(あるいはかなり)違っていた。

『オオカミたちの本当の生活』の方は、カナダ・バンフ国立公園のボウ渓谷に住むオオカミ一家を観察、記録したもの。観察の方法は、GPSなどを使った追跡もするが、基本はオオカミの生息地に観察者が入っていき、なるべくオオカミの生活の邪魔をしないように探索した、というもの。印象的だったのは、オオカミの序列についての記述で、一般的に信じられているアルファ(最高位)からオメガ(最下位)までの地位は、野生のオオカミには必ずしも当てはまらないという指摘。オオカミの縦社会は、野生ではなく、オオカミが囲いの中で生活することでできたものではないか、ということが書かれていた。

この点に関して、次に紹介する『オオカミたちの隠された生活』ではアルファからオメガの序列を、オオカミ一般の生態として認めているようだった。

『オオカミたちの隠された生活』の著者(研究者)は、モンタナ州とミネソタ州の保護研究センターから大人のオス1頭、メス1頭、子オオカミ4匹をもらい受けて、人間の間近において数年間、観察するという方法をとっている。野生のオオカミを観察するのではなく、オオカミを人間の存在に慣れさせ、人間に対して脅威を感じないところまでもっていき、彼らの信頼のもと観察するというやり方だ。そのために保護研究センターからオオカミをもらい受けたのだが、大人のオオカミ2頭は人間に慣れることはなかった。

大人のオオカミはあきらめて(この2頭はオオカミ教育センターに送られた)、子オオカミを人間の手で育てて慣れさせる方法をとった。目が開いたところで哺乳瓶で人工乳を与え、その後裏ごしした離乳食に切り替えた。「オオカミの信頼を得るためにはこの方法しかないことを知っていたからだ。」と書いている。そして「できるかぎり本来のオオカミがあるべき姿で生活してもらい」「同じ社会を共有するパートナーとしてオオカミの生活を見つめる」ために、アイダホ州に土地を求め、そこにキャンプを設置したという。25エーカーの土地に杭を打ち、土地を囲って、観察者は柵の外側にキャンプを張った。25エーカーは東京ドームの約2倍、それが野生のオオカミにとって広いのか狭いのかはよくわからない。

ただ言えるのは、「同じ社会を共有するパートナーとして」と書いてはいるが、オオカミは柵の外に出る自由はないし、親元から離されているので、野生のオオカミとしての学びは経験できない。人間とオオカミは対等な関係ではないし、オオカミはあるがままでもない。そこは大きなポイントになると思う。

確かに方法論として、身近に、動物の信頼を得て、観察研究するという道はあると思うし、野生動物と人間の関係性の可能性においては興味深いものはある。しかし野生オオカミの「隠された生活」を追うのが課題である場合は、子オオカミを人間の手で育てて信頼を得て、その生活や行動を観察するのが理にかなっているかどうかは疑問が残るかもしれない。大人のオオカミでは成功しなかったため、子を育てるという特別な方法をとったからだ。

この2冊の本を参考に読んでみて、ロングの観察の方法との大きな違いを感じた。特に育てた子オオカミを観察した方は。ロングが野生動物の観察をしていたのは、主としてメイン州からカナダにかけての地域だった。メイン州はアメリカ合衆国北東部、カナダとの国境地帯にあり、ロングは住んでいたコネチカット州(ニューヨーク州の北隣)から、そこまで旅をしていた。ロングが野生動物の観察をしていたのは20世紀初頭から前半にかけてと思われ、今から100年前ということになる。ロングが通っていた地域は、今もオオカミが生息している可能性のある土地のようだ。

ロングはコネチカットからメイン州の観察地まで、おそらく鉄道をつかって行っていたと思われる。しかしその先は、つまり森の中に入っていくのは徒歩だったのではないか。20世紀初頭はまだ自動車は一般的ではなかった。ここまで読んだロングの本には、鉄道の話は出てくるが、車の話はない。とすると鉄道駅から徒歩で、あるいは一定のところまでは馬車で出向いていたのかもしれない。しかしひとたび森に入れば、すべて徒歩の世界だっただろう。徒歩で森に入り、そこで野営し、自分の足で動物を追って観察するのと、GPSを動物につけてそれを追うのではかなり違うだろうし、柵囲いしてそこに暮らすオオカミを観察することとも違うことだ。

ロングの野生動物観察の方法は独特だ。これは彼が小さなころに、家の庭にやってくる野鳥に餌をやっていた経験からのものかもしれない。毎朝、鳥たちの好きそうなものを庭のテーブルに並べ、自分はそばで静かにすわってそれを観察する。家の近くの草原や森に出かけていくようになってからも、動物たちの通り道にある木陰などに静かにすわって、動物たちがやってくるの待つ。ロングの『森の秘密』のまえがきには次のような文章がある。

森の動物たちは、人間が彼らに感じる以上に、わたしたちに興味津々である。あなたが森の中でひとり静かにすわれば、ニューイングランドの田舎町に見知らぬ人間がやってきたときと同じざわめきを起こすことになる。こちらがじっとしていれば、彼らの方の我慢は限界をこえる。あなたが何者で、何をしているのか、きっと覗きにくるだろう。そうなればあなたの勝ちだ。彼らが好奇心を満足させようとしている間は、いつもの恐怖心が消え、あなたの目の前で、興味深い生態の一コマをあれこれ見せてくれるだろう。これは他の方法では得られないものばかりだ。

ただ待つこと。ロングの野生動物観察はどの著書を見ても、ほぼそれにつきる。川辺で、山の中で、湖にカヌーを浮かべて、と、どこであれ何時間も何時間も、日が暮れてあたりが見えなくなるまでじっと待つ。野生動物観察の大半は待つ時間と言ってもいいくらいだ。野外のことだから寒かったり、暑かったり、草や虫が邪魔したりと、決して快適な環境ではないだろう。そうやって待つことのできる人とは、いったいどんな人なのかと思う。とはいえ何の当てもなく待つのではない。前日に見たもの、観察から得た予測、長年の経験から得た知識などによって、ある程度の確信をもって待っているのだ。

観察者がひたすら待つことで動物に出会うのと、動物を観察者が追いかけて動物に出会うのとでは大きな違いがあるように思う。待つという行為は、自らがその場に、自然の中に溶け込むことだ。自然の一員に一時的になっている。その分、部外者、侵入者の側面が減る。

『オオカミたちの隠された生活』の著者は、「信頼を得るためにはこの方法しかない」と考えて、子オオカミを育てて間近に観察する道を選んだ。ロングの方法は、完全な信頼関係を築くわけではないが、一時的に向こうが警戒心をなくし、普段の生活を見せてくれるような局面をつくる、あるいは気づかれないように、下がって(風下で)見守る、この二つだと思う。

自然環境のあり方や人間による自然管理のされ方がロングの時代と現在とでは違うので、2冊の本とロングの観察法を比べることにあまり意味はないかもしれない。しかしロングの方法は、野生動物へのアプローチとして、野生動物と人間の関係性の築き方において、原初的であり、対称性がある(支配ー被支配の関係でない)と思う。ロングのような観察の仕方をした人を、わたし自身は他に知らない。方法としては効率的ではないし、報われることの少ないアプローチだろう。ただ、またとない瞬間に出会えることがあるとすれば、このような方法をおいて他にないのかもしれない。

葉っぱの坑夫ではここまでに、三つの自然、動物観察の作品を出版してきた。雨の降らない土地、イルカ日誌、ウィリアム・J・ロングの著書(『おかしなおかしな森の仲間たち』『森の秘密』『クマさんの小さな弟分』など)からの抜粋、の三つだ。『雨の降らない土地』は、アメリカ南西部の沙漠地帯の動植物、地形、気候などを、そこに長く住む著者が日々観察して綴った作品。『イルカ日誌』は海洋生物学者が、バハマの海に25年間通って、野生のイルカを自ら海に潜って観察した記録。そしてウィリアム・ロングは、毎年メイン州への観察の旅をつづけた人。

この三人に共通するのは、観察期間の長さだ。観察期間が長いことの意味は、ゆっくり時間をかけて、繰り返し何度も一つの状況の中に身を置くことだと思う。一般に旅人の自然観察はロマンチックで、住人の観察はリアリスティックだ、という法則が成り立つように思う。住人は長い期間、朝も夜もその環境の中にいる。そして自分もその自然環境の一部になっている。旅人の滞在期間は普通限られたものだ。しかし『イルカ日誌』の著者や、ロングの場合は、毎年数ヶ月の旅を20年、30年とつづけている。それによって旅と住むことの中間のような状況が生まれている。

『オオカミの生き方』は3月末からの連載を予定している。現在、第1稿を推敲中だが、一つ迷っていることがある。それはオオカミの呼び名だ。原文ではgray wolfとtimber wolfが両方使われていて、それが同じ種のオオカミなのか違う種なのかがわからなかった。おそらく同じオオカミを指しているのだろうとは思ったが、確証がつかめない。そこでGoogleで「gray wolf timer wolf difference」で検索したところ、おそらく正しいと思われる説明にいくつか出会った。

英語でも日本語でも、オオカミは同じ種に対して複数の呼び名があることが一つの混乱の原因のようだ。gray wolfというのは(Canis lupus)という特定の種を指す言葉で、亜種が何種類かある。その総称として、あるいは通名として、timber wolfという言葉があるようだ。つまりtimber wolfという特定の種はなく、種を表す言葉ではないということ。日本語で表記する場合は、ハイイロオオカミ、シンリンオオカミという言葉がそれぞれ当てはまる。

原文の文脈からは、特に区別しているようには見えないので、統一した方がいいのかもしれない。いや、遠吠えが聞こえたというようなときには「シンリンオオカミ」、具体的な1頭を追っているときは「ハイイロオオカミ」と表記しているような気もする。まだすべてをチェックしていないので、はっきりとは言えない。ただこの本の注釈として以下のような文があった。

この章で描写しているのは、オンタリオ州やケベック州などの地域で見受けられる北部シンリンオオカミである。今も完全に野生動物として生きていて、この面において、西部のオオカミとは違う面がある。西部では、野生動物が入植者によって壊滅状態になり、オオカミが餌を得られないとき、羊や牛を襲うことがある。

この表現を見ると、この章に出てくるのは北部に住むシンリンオオカミであることは間違いない。この章全体で見ると、gray wolfが使われているのは1ヵ所のみ。具体的な1頭を描写しているときだ。timber wolfは4ヵ所。それ以外は単にwolfとだけ書かれている。間近に観察できて、種の特定ができたときのみハイイロオオカミが使われているということかもしれない。

で、結論としては、ハイイロオオカミが出てきたところに、以下の注釈をつけようかと思っている。これでわかってもらえるといいのだが。

*ハイイロオオカミ:gray wolf(Canis lupus)の日本語名。亜種が多数あり、その全体を「シンリンオオカミ」と呼ぶことがある。シンリンオオカミは種名ではなく、亜種を統合して呼ぶときの通名。



20200214

ネットレーベル&DJカルチャー


昔はLPという現物ディスクを使って、今は多くがパソコン操作によって、すでに録音された楽曲をシームレスにつないだりミックスしたりして、クラブなどのライブ空間でプレイする人、それがDJ。だろうか?

DJに興味をもったのは、『踊ってはいけない国で、踊り続けるために ---風営法問題と社会の変え方 』(磯部涼著、2013年)を読んだとき、その中の寄稿者DJのtomadさんの「僕とマルチネが踊り続けるためにしなければいけないこと」が面白かったから。

tomadさんはマルチネというネットレーベルを2005年、高校生のときに運営し始めた。高校の同級生と音楽をつくっていて、ネットで発表しようと思いついたのが最初のようだ。扱う音楽はダンスミュージックあるいはクラブミュージック。それを2チャンネルのような音楽掲示板で配信していた。掲示板なのでリスナーがリアルタイムでレスポンスを書き込んできて、やっている方もそれで盛り上がったという話だ。当時、音楽を配信して、みんなでレスポンスしあって楽しむ掲示板がいろいろあったそうだ。

ネット上の音楽配信あるいはネットライブに人が集まり、盛り上がるようになってから、オフ会のような形で現実の場で、イベントとしてやろうという流れになっていったらしい。それが2009年のこと。そこからクラブやその他の様々な空間、ときに誰かの家でクラブイベントを続け、多くの人が集まるリアルライブのイベントをオーガナイズするようになる。tomadさんが、風営法の問題を扱った本で寄稿を頼まれたのも、夜、街中でクラブイベントを主催していたことからの依頼だったようだ。ただし彼らがやっていたのは、非商業活動だったので、実際の風営法と関係があったわけではない。

わたしがtomadさんの寄稿に興味をもったのは、いくつかの理由がある。まず彼らがインターネットありきの活動をしていたこと。またその活動が非商業的であったこと。お金儲けのために始めたのではなく、インターネットを表現の場、発表の場、交流の場と捉えて活動を盛り上げていたこと。扱うものが音楽であり、それを規制の外側、つまり著作権を無視したやり方(というか、DJのリミックスはほぼすべてそうなのだが)でやっていたこと。そしてそれぞれのDJが、他人の音楽をミックスすることで自分がアーティストになっていたこと。またクラブイベントに集まってくる人々、あるいは場を提供する人々のライフスタイルが、日本ではあまり聞いたことのないもの(新種のシェアライフ)だったこと。などに興味を引かれた。

インターネットありきの活動、非商業的、ネットを表現の場と捉える、といったことは、葉っぱの坑夫の活動との共通点。カルチャー的にはかなり違うし、こちらが文字ベースの視覚表現であるのに対して、彼らはサウンドベースの聴覚表現。また著作権の考え方、あるいは方法論も違う。しかし基本の姿勢が似ていることで親近感をもった。

また彼らの活動の仕方の面白さ以外に、著作権抜きで音楽を扱うDJスタイルというものにも興味を覚えた。ちなみにクラシック系の音楽でこのタイプのDJというのは聞いたことがない(ん?ひょっとしてある?)。またそのプレイする音楽がDJアーティスト独自のものであるとするなら、そこで聞こえている音楽は作品なのか、あるいはDJは音楽家(作曲家と演奏家の中間のような)なのか、といったことが頭に浮かんだ。

おそらくネットを起点とするクラブミュージックというカルチャーは、日本にこれまでなかった音楽の、アートのスタイルではないかと思う。ネットレーベルというアイディアそのものは、海外から来ていて、tomadさんはそれを日本でやったということのようだ。しかし活動する中で、tomadさんのマルチネ・レコードは、海外のリスナーからも支持されるようになっていった。これはネットレーベルだからこそという気がする。

tomadさんの寄稿を読んでいて、面白いと思ったのは、彼らが自分たちのやりたいことに率直に向かっていったこと。こんな記述があった。

もちろんネットで知り合った友達とわいわいして遊びたいという気持ちもあります。ですが、それだけじゃなくて遠く離れた場所でまだ知らない他者とダンスをしたい、そしてその場を自分のDJでコントロールをしたいという矛盾した気持ちがずっと心の中にありました。

知らない他者とダンスしたい、自分のDJでその場をコントロールしたい、という欲望。元はネットレーベルではあるのだけれど、その音楽の性質もあって、ネットの外で他者と一緒に踊りたい、踊れる音楽を流したい、音楽で知らない人たちを気持ちよく踊らせたい、といった希望、欲望、願いが直接的に感じられてすごくいいなと思った。こういった願望が、踊る場や踊る人を求めることにつながり、ある種の新型ライフスタイル、あるいはコミュニティの発見になっていく。

tomadさんはあるとき、「斉藤さん」という人とクラブで知り合う。その人は渋谷で一軒家を借りて十数人(その後の記述では数十人となっていた)で住むシェアハウスのようなことしている。斉藤さんたちは、その家に丸々布を掛けた?!らしく、それで警察沙汰になりその家を出ることになったそう。その後恵比寿に新たな家を見つけ、居住者たちが再集合。斉藤さんは「スピーカーを置いてみんなが集まる部屋にするから、DJをしてほしい」とtomadさんに頼む。本当にスピーカーを買い揃えたその家で、tomadさんはイベントをすることになり、それは月1のペースで定期化したようだ。

しかし一軒家といっても普通の家なので、クラブレベルの音量で音を流せば、当然ながら近隣への騒音問題が出て、ここも出ることになる。次に斉藤さんの仲間たちが見つけたのは、大きな音が出せるような地下室付きの家だった。地下室はたった12畳、最大でも20人くらいしか入れないところに、居住者以外の人たちも集まってきて踊りまくる。tomadさんによると、日程やコンセプトを立ててやるイベントもいいけれど、人が家に集まって話し込んでいるうちに盛り上がって、そのままクラブイベントに突入、のような形が一番面白かったそうだ。「身近な環境で全く知らない他者を巻き込んで好きな音楽をプレイできる」それが最高なのだと言う。自然発生的に、というコトの起こりは、音楽ととても相性がいいように思う。

入場料を取るわけでもなく、場所がちゃんとしたクラブじゃなくてもいい。「踊りたくなるような音楽とスピーカーがあれば、そこがたとえクラブと呼ばれている場所でなくても出来てしまうことが色々な経験を通して身に染みて分かってきました」「極論を言うならば(中略)日本各地でのホームパーティーがインターネットで繋がり連鎖しあえば、(中略)僕がクラブカルチャーに求めていた楽しみはすべて満たされてしまう」といったtomadさんの発言は新鮮に響く。そしてこの寄稿文の最後の方で、「現在の風営法改正の動きは、はたから見ていてクラブという硬直した制度の営業を続けることが目的になっている気がしてなりません。絶対に家で毎日20人が踊り続けていたほうがなにかしらのおかしなことが起こりますよ」と既存のクラブのあり方に対しても、独自の見方を披露している。

tomadさんは高校時代の2005年にマルチネ・レコードを始めたとのことだから、1990年ごろの生まれ。ゆとり世代ということになるだろう。以前に「川久保玲 vs. ゆとり世代 」のタイトルで、この世代のことを書いたことがある。今の社会の中心や考え方(過去のものを踏襲した)とはやはりどこか違う、ズレている気がする。面白い方向に。おそらくお金を儲けることとか、社会的に旧世代から認められるとか、そういったこととは違うことをして生きていきたい人たちのように見える。過去から現在につづく世の中の枠組をあまり気にしてない、信用していないというか。

ここでムーブメントから離れて、クラブミュージック、あるいはDJのリミックスと著作権との関係について見てみたい。DJたちのやっていること、あるいは作品は、音楽として見た場合、どのような創作行為として受けとったらいいのか。彼らは自分たちをアーティストと位置づけているようだけれど。

リミックスでは、すでに誰かによって録音された「楽曲」を音素材として使うのが基本のやり方。ときに自分のオリジナル作品を使うこともあるらしいが。ただそこには他者のものか、自分のものかを区別することに大きな意味はないと思われる。リミックスしたときの全体の仕上がり感や、各素材のつなぎの面白さ(意外性やシームレスな感じ、あるいは盛り上げ方)こそが良いか悪いかの基準になるのではないか。ここでは「踊れる」かどうかが、まず一番に「作品」の評価につながると思われる。その意味で、DJによるクラブミュージックは、享受する人が耳だけでなく、体感でも評価していると思う。莫大な音量が求められるのも、その意味で当然なことだろう。莫大な音量による絶え間ないベースのリズム、音楽の基本はこのあたりにありそう。

リミックスの中にマッシュアップという方法があって、それは二つの曲からメロディーやヴォーカル部分をそれぞれ取り出して、一つの曲にすることらしい。CDなど既存の楽曲からヴォーカルだけ抜き出すフリーソフトもあるようだ。技術的にはヴォーカル入りのフルバージョンと、ヴォーカル抜きのカラオケバージョンの波形の差分を抽出することで、歌声のみを抜き出すことが可能になる。これはアーティストが何らかの理由で、リリース時に2バージョンを用意したから。カラオケ用というだけでなく、リミックスされることを想定しているのかもしれない。

著作権上のことで言えば、ライブ空間であれネット配信であれ、他人の楽曲を断りなしに使用することは違法行為に当たる。マッシュアップなどによる改変も同じ。しかし現実にはリミックスやDJプレイは半ば公然と行なわれてきた。その理由の一つは、ライブの場合、プレイする「素材」は多めにたくさん用意するけれど、どれを使うかは必ずしも決めていないので、事前に許可をとるには不確定要素が多いということ。また使う素材がすべて著作権管理団体に登録されているとは限らず、一つ一つ著作権者に当たるのは不可能に近い、ということもあるようだ。

ネットレーベルの場合、マルチネ・レコードを例にとると、基本が非商業で作品はフリーで提供されている。他者の楽曲を使用して、そこから利益を得ているわけではない。SoundCloudのような仕組では、誰もが自由に自作曲やリミックスを無料で公開できることで、ネットレーベルを含め人気を呼んでいた。しかし素材として使われる楽曲が著作権違反に当たると訴えられることが続き、SoundCloud自身がアップロードされた曲を審査する管理システムを導入したという。

確かに楽曲を使われたアーティストが、経済面のことだけでなく、安易に自分の作品が使われることに苛立つのは理解できる。ただパソコンを持ち、インターネットを使い、技術的にも様々な創作行為が可能になった今の時代、というものを肯定的に捉えるならば、やりたいことをするには違反行為をする以外ないというのではなく、何か有効な登録システムを作っていけばいいのかなと思う。

著作権について言えば、たとえば翻訳出版の権利を手にする場合も、今は開かれているとは言いがたいものがある。ある言語に一度も訳されたことのない作品は、その他の言葉の読者には利用不可能なものとしてしか存在できない。誰かがそれを訳そうとした場合も、その権利が得にくいこともある。商業的成功が見込めないなどの理由で、仲介するエージェントが積極的に動かないとか、何らかの理由でことが進まない。多くの場合、著者自身は何語にであれ、自作が翻訳されることは歓迎すると思うのだが。もし著作権のシステムがもっと開かれたもので、所定のルールに従えば、誰もが利用できるようになれば、本を巡る世界はもっと豊かで活発なものになると思う。

音楽の世界も、ネットを通じて、既存の管理団体とは別に、アーティストが自作を登録してその権利関係やロイヤルティを明確にするシステムがあれば、リミックスをするアーティストたちも、後ろめたさなしに創作行為ができるのではないか。既存の管理団体のようではなく、その組織自身は利益を得る必要がなければ、アーティストはDJ用にフリーで自作を提供することもできる。

クリエイティブ・コモンズという仕組があるが、画像や映像、テキストに関するものだけでなく、音源の扱いもあるのだろうか。調べてみた。

まずCC(クリエイティブ・コモンズ)ライセンスの基本の考え方を復習してみよう。

CCライセンスとはインターネット時代のための新しい著作権ルールで、作品を公開する作者が「この条件を守れば私の作品を自由に使って構いません。」という意思表示をするためのツールです。

新しい時代のための著作権ルールであり、作者の意思表示のためのツールというわけだ。

CCライセンスを利用することで、作者は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライセンス条件の範囲内で再配布やリミックスなどをすることができます。

作者が著作権を保持したまま、自分に合った条件下で作品を流通させられるということ。条件とは何かと言えば、使用は自由だけれど著作者の名前は表示してほしい、とか、自由に改変していいけれどそこで出来た作品も他者に対して同条件下の下で配布すること、とか、細かい条件をルールに従ってつけることができる。

さて音楽に関するクリエイティブ・コモンズ。クリエイティブ・コモンズの「活用事例」のタグには、文章、画像、映像、教育、科学とともに「音」という項目があった。紹介されていたのは、CLOUD#2、Nine Inch Nails、INTO INFINITYなどのいくつかのプロジェクト。CLOUD#2は、複数のトラックメイカー(後述)たちによって立ち上げられたもので、SoundCloudを使ったリミックスのためのプロジェクト。課題曲となる楽曲の提供者がいて、そのリミックスを募ったり、それによるリアルイベントも開催するようだ。

ここでトラックメイカーという言葉が出てきたので、調べてみよう。PIANO FLAVAさんというHip Hopトラックメイカーによると、「ダンスミュージックの作曲家」であるという。あ、やはり作曲家なんですね。ここでDJとトラックメイカーは違うのか、というが疑問が出てくる。PIANO FLAVAさんによると、普通の作曲家(J-POP)はメロディーとコードを作る人、トラックメイカーは主としてヴォーカルを乗せるためのバッキングトラック(=オケ)を作る人ということらしい。DJの場合は主として既存のバックを使う(ときに自分で作るにしても)ということだろうか。それに対してトラックメイカーは、バックを作ることが仕事。トラックメイカーは自分が作ったものをDJに使ってもらう。この理解であってるかな??

作曲家をメロディーとコード進行を考える人、と定義されてしまうと、クラシック系の作曲家は大声で否定するかもしれない。「私たちは音楽の様式自体も生み出している」などなど。ただJ-POPなど一般的なポピュラーミュージックの世界では、ほぼこの定義は当てはまると思う。それしかしてない、とは言わないけれど。

あれこれDJ関連の記事やブログを見ていたら、面白いドキュメンタリーを見つけた。30分くらいのアメリカの作品で、ダンスミュージックのDJ5人に声をかけ、リサイクルショップに行って5ドルでLPを集め、新たな作品をそれぞれが作るよう依頼する。その様子をドキュメントしていた。予算が5ドルということもあってか、音楽専門の店ではなく、どこの町にもあるような服やら雑貨やらと一緒にレコードを売っている店。5人はそれぞれリサイクルショップで、楽しげにレコード漁りをする。そしてそれを持ち帰って音楽を制作。

最終的にそれは1枚のLPレコードとしてプレスされる。ジャケットもちゃんとデザインされる。その出来上がりのレコードを5人でワイワイ言いながら聞く。そしてそれは販売もされたようだ。このドキュメントタリーの最後で、この5人は出来上がったLPを携えて、それぞれのリサイクルショップに行く。そしてこっそりそのレコードを他のレコードの商品棚の中に紛れ込ませて帰ってくる。それが落ちになっている。

他者の作った楽曲からいただいた素材、それで出来た作品集。それを元の場所、リサイクルショップに「違う形」で置いてくる。リサイクルして返す。そういえばDJカルチャーやリミックスをテーマにした『音楽から解き放たれるために』(原雅明著)という本の副題は「21世紀のサウンド・リサイクル」だった。著作権侵害、盗用、無断使用、、、非難のための言葉はたくさんあるけれど、このサウンド・リサイクルという言葉はちょっと未来的に響く。今の世の中ではエコ(自然環境保全、有限の資源活用)や経済性と相まって、リサイクルは肯定的な行為と受け取られることも多い。メルカリや買取王子などが一般社会で広く機能もしている。

ではサウンドのリサイクルは? DJたちの音楽づくりの世界を見ていると、過去の遺産であり大切なアーカイブを、ほっておいてはもったいない、忘れ去られたままでは悲しい、ならばリサイクルして新たなものを作ろうじゃないか。という気持ちが伝わってくる。

著作権? たしかにたしかに。でも膨大なアーカイブをリサイクルで生かすことは悪なのか。考え続けていきた課題だと思う。