20200214

ネットレーベル&DJカルチャー


昔はLPという現物ディスクを使って、今は多くがパソコン操作によって、すでに録音された楽曲をシームレスにつないだりミックスしたりして、クラブなどのライブ空間でプレイする人、それがDJ。だろうか?

DJに興味をもったのは、『踊ってはいけない国で、踊り続けるために ---風営法問題と社会の変え方 』(磯部涼著、2013年)を読んだとき、その中の寄稿者DJのtomadさんの「僕とマルチネが踊り続けるためにしなければいけないこと」が面白かったから。

tomadさんはマルチネというネットレーベルを2005年、高校生のときに運営し始めた。高校の同級生と音楽をつくっていて、ネットで発表しようと思いついたのが最初のようだ。扱う音楽はダンスミュージックあるいはクラブミュージック。それを2チャンネルのような音楽掲示板で配信していた。掲示板なのでリスナーがリアルタイムでレスポンスを書き込んできて、やっている方もそれで盛り上がったという話だ。当時、音楽を配信して、みんなでレスポンスしあって楽しむ掲示板がいろいろあったそうだ。

ネット上の音楽配信あるいはネットライブに人が集まり、盛り上がるようになってから、オフ会のような形で現実の場で、イベントとしてやろうという流れになっていったらしい。それが2009年のこと。そこからクラブやその他の様々な空間、ときに誰かの家でクラブイベントを続け、多くの人が集まるリアルライブのイベントをオーガナイズするようになる。tomadさんが、風営法の問題を扱った本で寄稿を頼まれたのも、夜、街中でクラブイベントを主催していたことからの依頼だったようだ。ただし彼らがやっていたのは、非商業活動だったので、実際の風営法と関係があったわけではない。

わたしがtomadさんの寄稿に興味をもったのは、いくつかの理由がある。まず彼らがインターネットありきの活動をしていたこと。またその活動が非商業的であったこと。お金儲けのために始めたのではなく、インターネットを表現の場、発表の場、交流の場と捉えて活動を盛り上げていたこと。扱うものが音楽であり、それを規制の外側、つまり著作権を無視したやり方(というか、DJのリミックスはほぼすべてそうなのだが)でやっていたこと。そしてそれぞれのDJが、他人の音楽をミックスすることで自分がアーティストになっていたこと。またクラブイベントに集まってくる人々、あるいは場を提供する人々のライフスタイルが、日本ではあまり聞いたことのないもの(新種のシェアライフ)だったこと。などに興味を引かれた。

インターネットありきの活動、非商業的、ネットを表現の場と捉える、といったことは、葉っぱの坑夫の活動との共通点。カルチャー的にはかなり違うし、こちらが文字ベースの視覚表現であるのに対して、彼らはサウンドベースの聴覚表現。また著作権の考え方、あるいは方法論も違う。しかし基本の姿勢が似ていることで親近感をもった。

また彼らの活動の仕方の面白さ以外に、著作権抜きで音楽を扱うDJスタイルというものにも興味を覚えた。ちなみにクラシック系の音楽でこのタイプのDJというのは聞いたことがない(ん?ひょっとしてある?)。またそのプレイする音楽がDJアーティスト独自のものであるとするなら、そこで聞こえている音楽は作品なのか、あるいはDJは音楽家(作曲家と演奏家の中間のような)なのか、といったことが頭に浮かんだ。

おそらくネットを起点とするクラブミュージックというカルチャーは、日本にこれまでなかった音楽の、アートのスタイルではないかと思う。ネットレーベルというアイディアそのものは、海外から来ていて、tomadさんはそれを日本でやったということのようだ。しかし活動する中で、tomadさんのマルチネ・レコードは、海外のリスナーからも支持されるようになっていった。これはネットレーベルだからこそという気がする。

tomadさんの寄稿を読んでいて、面白いと思ったのは、彼らが自分たちのやりたいことに率直に向かっていったこと。こんな記述があった。

もちろんネットで知り合った友達とわいわいして遊びたいという気持ちもあります。ですが、それだけじゃなくて遠く離れた場所でまだ知らない他者とダンスをしたい、そしてその場を自分のDJでコントロールをしたいという矛盾した気持ちがずっと心の中にありました。

知らない他者とダンスしたい、自分のDJでその場をコントロールしたい、という欲望。元はネットレーベルではあるのだけれど、その音楽の性質もあって、ネットの外で他者と一緒に踊りたい、踊れる音楽を流したい、音楽で知らない人たちを気持ちよく踊らせたい、といった希望、欲望、願いが直接的に感じられてすごくいいなと思った。こういった願望が、踊る場や踊る人を求めることにつながり、ある種の新型ライフスタイル、あるいはコミュニティの発見になっていく。

tomadさんはあるとき、「斉藤さん」という人とクラブで知り合う。その人は渋谷で一軒家を借りて十数人(その後の記述では数十人となっていた)で住むシェアハウスのようなことしている。斉藤さんたちは、その家に丸々布を掛けた?!らしく、それで警察沙汰になりその家を出ることになったそう。その後恵比寿に新たな家を見つけ、居住者たちが再集合。斉藤さんは「スピーカーを置いてみんなが集まる部屋にするから、DJをしてほしい」とtomadさんに頼む。本当にスピーカーを買い揃えたその家で、tomadさんはイベントをすることになり、それは月1のペースで定期化したようだ。

しかし一軒家といっても普通の家なので、クラブレベルの音量で音を流せば、当然ながら近隣への騒音問題が出て、ここも出ることになる。次に斉藤さんの仲間たちが見つけたのは、大きな音が出せるような地下室付きの家だった。地下室はたった12畳、最大でも20人くらいしか入れないところに、居住者以外の人たちも集まってきて踊りまくる。tomadさんによると、日程やコンセプトを立ててやるイベントもいいけれど、人が家に集まって話し込んでいるうちに盛り上がって、そのままクラブイベントに突入、のような形が一番面白かったそうだ。「身近な環境で全く知らない他者を巻き込んで好きな音楽をプレイできる」それが最高なのだと言う。自然発生的に、というコトの起こりは、音楽ととても相性がいいように思う。

入場料を取るわけでもなく、場所がちゃんとしたクラブじゃなくてもいい。「踊りたくなるような音楽とスピーカーがあれば、そこがたとえクラブと呼ばれている場所でなくても出来てしまうことが色々な経験を通して身に染みて分かってきました」「極論を言うならば(中略)日本各地でのホームパーティーがインターネットで繋がり連鎖しあえば、(中略)僕がクラブカルチャーに求めていた楽しみはすべて満たされてしまう」といったtomadさんの発言は新鮮に響く。そしてこの寄稿文の最後の方で、「現在の風営法改正の動きは、はたから見ていてクラブという硬直した制度の営業を続けることが目的になっている気がしてなりません。絶対に家で毎日20人が踊り続けていたほうがなにかしらのおかしなことが起こりますよ」と既存のクラブのあり方に対しても、独自の見方を披露している。

tomadさんは高校時代の2005年にマルチネ・レコードを始めたとのことだから、1990年ごろの生まれ。ゆとり世代ということになるだろう。以前に「川久保玲 vs. ゆとり世代 」のタイトルで、この世代のことを書いたことがある。今の社会の中心や考え方(過去のものを踏襲した)とはやはりどこか違う、ズレている気がする。面白い方向に。おそらくお金を儲けることとか、社会的に旧世代から認められるとか、そういったこととは違うことをして生きていきたい人たちのように見える。過去から現在につづく世の中の枠組をあまり気にしてない、信用していないというか。

ここでムーブメントから離れて、クラブミュージック、あるいはDJのリミックスと著作権との関係について見てみたい。DJたちのやっていること、あるいは作品は、音楽として見た場合、どのような創作行為として受けとったらいいのか。彼らは自分たちをアーティストと位置づけているようだけれど。

リミックスでは、すでに誰かによって録音された「楽曲」を音素材として使うのが基本のやり方。ときに自分のオリジナル作品を使うこともあるらしいが。ただそこには他者のものか、自分のものかを区別することに大きな意味はないと思われる。リミックスしたときの全体の仕上がり感や、各素材のつなぎの面白さ(意外性やシームレスな感じ、あるいは盛り上げ方)こそが良いか悪いかの基準になるのではないか。ここでは「踊れる」かどうかが、まず一番に「作品」の評価につながると思われる。その意味で、DJによるクラブミュージックは、享受する人が耳だけでなく、体感でも評価していると思う。莫大な音量が求められるのも、その意味で当然なことだろう。莫大な音量による絶え間ないベースのリズム、音楽の基本はこのあたりにありそう。

リミックスの中にマッシュアップという方法があって、それは二つの曲からメロディーやヴォーカル部分をそれぞれ取り出して、一つの曲にすることらしい。CDなど既存の楽曲からヴォーカルだけ抜き出すフリーソフトもあるようだ。技術的にはヴォーカル入りのフルバージョンと、ヴォーカル抜きのカラオケバージョンの波形の差分を抽出することで、歌声のみを抜き出すことが可能になる。これはアーティストが何らかの理由で、リリース時に2バージョンを用意したから。カラオケ用というだけでなく、リミックスされることを想定しているのかもしれない。

著作権上のことで言えば、ライブ空間であれネット配信であれ、他人の楽曲を断りなしに使用することは違法行為に当たる。マッシュアップなどによる改変も同じ。しかし現実にはリミックスやDJプレイは半ば公然と行なわれてきた。その理由の一つは、ライブの場合、プレイする「素材」は多めにたくさん用意するけれど、どれを使うかは必ずしも決めていないので、事前に許可をとるには不確定要素が多いということ。また使う素材がすべて著作権管理団体に登録されているとは限らず、一つ一つ著作権者に当たるのは不可能に近い、ということもあるようだ。

ネットレーベルの場合、マルチネ・レコードを例にとると、基本が非商業で作品はフリーで提供されている。他者の楽曲を使用して、そこから利益を得ているわけではない。SoundCloudのような仕組では、誰もが自由に自作曲やリミックスを無料で公開できることで、ネットレーベルを含め人気を呼んでいた。しかし素材として使われる楽曲が著作権違反に当たると訴えられることが続き、SoundCloud自身がアップロードされた曲を審査する管理システムを導入したという。

確かに楽曲を使われたアーティストが、経済面のことだけでなく、安易に自分の作品が使われることに苛立つのは理解できる。ただパソコンを持ち、インターネットを使い、技術的にも様々な創作行為が可能になった今の時代、というものを肯定的に捉えるならば、やりたいことをするには違反行為をする以外ないというのではなく、何か有効な登録システムを作っていけばいいのかなと思う。

著作権について言えば、たとえば翻訳出版の権利を手にする場合も、今は開かれているとは言いがたいものがある。ある言語に一度も訳されたことのない作品は、その他の言葉の読者には利用不可能なものとしてしか存在できない。誰かがそれを訳そうとした場合も、その権利が得にくいこともある。商業的成功が見込めないなどの理由で、仲介するエージェントが積極的に動かないとか、何らかの理由でことが進まない。多くの場合、著者自身は何語にであれ、自作が翻訳されることは歓迎すると思うのだが。もし著作権のシステムがもっと開かれたもので、所定のルールに従えば、誰もが利用できるようになれば、本を巡る世界はもっと豊かで活発なものになると思う。

音楽の世界も、ネットを通じて、既存の管理団体とは別に、アーティストが自作を登録してその権利関係やロイヤルティを明確にするシステムがあれば、リミックスをするアーティストたちも、後ろめたさなしに創作行為ができるのではないか。既存の管理団体のようではなく、その組織自身は利益を得る必要がなければ、アーティストはDJ用にフリーで自作を提供することもできる。

クリエイティブ・コモンズという仕組があるが、画像や映像、テキストに関するものだけでなく、音源の扱いもあるのだろうか。調べてみた。

まずCC(クリエイティブ・コモンズ)ライセンスの基本の考え方を復習してみよう。

CCライセンスとはインターネット時代のための新しい著作権ルールで、作品を公開する作者が「この条件を守れば私の作品を自由に使って構いません。」という意思表示をするためのツールです。

新しい時代のための著作権ルールであり、作者の意思表示のためのツールというわけだ。

CCライセンスを利用することで、作者は著作権を保持したまま作品を自由に流通させることができ、受け手はライセンス条件の範囲内で再配布やリミックスなどをすることができます。

作者が著作権を保持したまま、自分に合った条件下で作品を流通させられるということ。条件とは何かと言えば、使用は自由だけれど著作者の名前は表示してほしい、とか、自由に改変していいけれどそこで出来た作品も他者に対して同条件下の下で配布すること、とか、細かい条件をルールに従ってつけることができる。

さて音楽に関するクリエイティブ・コモンズ。クリエイティブ・コモンズの「活用事例」のタグには、文章、画像、映像、教育、科学とともに「音」という項目があった。紹介されていたのは、CLOUD#2、Nine Inch Nails、INTO INFINITYなどのいくつかのプロジェクト。CLOUD#2は、複数のトラックメイカー(後述)たちによって立ち上げられたもので、SoundCloudを使ったリミックスのためのプロジェクト。課題曲となる楽曲の提供者がいて、そのリミックスを募ったり、それによるリアルイベントも開催するようだ。

ここでトラックメイカーという言葉が出てきたので、調べてみよう。PIANO FLAVAさんというHip Hopトラックメイカーによると、「ダンスミュージックの作曲家」であるという。あ、やはり作曲家なんですね。ここでDJとトラックメイカーは違うのか、というが疑問が出てくる。PIANO FLAVAさんによると、普通の作曲家(J-POP)はメロディーとコードを作る人、トラックメイカーは主としてヴォーカルを乗せるためのバッキングトラック(=オケ)を作る人ということらしい。DJの場合は主として既存のバックを使う(ときに自分で作るにしても)ということだろうか。それに対してトラックメイカーは、バックを作ることが仕事。トラックメイカーは自分が作ったものをDJに使ってもらう。この理解であってるかな??

作曲家をメロディーとコード進行を考える人、と定義されてしまうと、クラシック系の作曲家は大声で否定するかもしれない。「私たちは音楽の様式自体も生み出している」などなど。ただJ-POPなど一般的なポピュラーミュージックの世界では、ほぼこの定義は当てはまると思う。それしかしてない、とは言わないけれど。

あれこれDJ関連の記事やブログを見ていたら、面白いドキュメンタリーを見つけた。30分くらいのアメリカの作品で、ダンスミュージックのDJ5人に声をかけ、リサイクルショップに行って5ドルでLPを集め、新たな作品をそれぞれが作るよう依頼する。その様子をドキュメントしていた。予算が5ドルということもあってか、音楽専門の店ではなく、どこの町にもあるような服やら雑貨やらと一緒にレコードを売っている店。5人はそれぞれリサイクルショップで、楽しげにレコード漁りをする。そしてそれを持ち帰って音楽を制作。

最終的にそれは1枚のLPレコードとしてプレスされる。ジャケットもちゃんとデザインされる。その出来上がりのレコードを5人でワイワイ言いながら聞く。そしてそれは販売もされたようだ。このドキュメントタリーの最後で、この5人は出来上がったLPを携えて、それぞれのリサイクルショップに行く。そしてこっそりそのレコードを他のレコードの商品棚の中に紛れ込ませて帰ってくる。それが落ちになっている。

他者の作った楽曲からいただいた素材、それで出来た作品集。それを元の場所、リサイクルショップに「違う形」で置いてくる。リサイクルして返す。そういえばDJカルチャーやリミックスをテーマにした『音楽から解き放たれるために』(原雅明著)という本の副題は「21世紀のサウンド・リサイクル」だった。著作権侵害、盗用、無断使用、、、非難のための言葉はたくさんあるけれど、このサウンド・リサイクルという言葉はちょっと未来的に響く。今の世の中ではエコ(自然環境保全、有限の資源活用)や経済性と相まって、リサイクルは肯定的な行為と受け取られることも多い。メルカリや買取王子などが一般社会で広く機能もしている。

ではサウンドのリサイクルは? DJたちの音楽づくりの世界を見ていると、過去の遺産であり大切なアーカイブを、ほっておいてはもったいない、忘れ去られたままでは悲しい、ならばリサイクルして新たなものを作ろうじゃないか。という気持ちが伝わってくる。

著作権? たしかにたしかに。でも膨大なアーカイブをリサイクルで生かすことは悪なのか。考え続けていきた課題だと思う。

20200131

動物をパートナーにする人々、ズー


この冬の休みに衝撃的といっていい本を読んだ。濱野ちひろ『聖なるズー』、2019年度開高健ノンフィクション賞受賞作品。衝撃的な内容ではあるのだけれど、読み終わったあとには、衝撃よりもこの世界の仕組について、より深く知った気分の方が強く残った。

ズーというのは、多くの人が人間同士でしているように、動物たちとの間に関係を築き、愛を交わし合う人たちの呼び名。その行為にはセックスも含まれる。動物とのセックスなどというと、アブノーマルとか動物虐待という言葉が浮かぶかもしれない。

わたし自身、2015年に『新たな科学の視野:牛やイルカの「人権」問題』というタイトルで、動物保護の立場から、「動物を支配下に置くことのできる人間が、動物に対してセックスを強要することはレイプにあたる行為。肉体的に、心理的に、当の動物が被害を受けるであろうことは想像できる。」と書いている。

これは当時、デンマークが動物の「人権」保護の観点から、牛や馬との性行為を全面禁止する法案を可決したというニュースを読んだことへの反応だった。ヨーロッパの他の国、ドイツやイギリスなどでは法的に動物との性行為が禁止されていたため、法的には問題のないデンマークに、動物と関係を持ちたい人々が集中したことが問題になり、その結果この法律ができた。

この記事を読んだ当時は、動物と性的関係を持ちたい人々がいること、すでにそれを禁止する法律が存在すること(禁止する必要性があったということ)、デンマークがその圏外にあったことで人が押し寄せたこと、にまず驚いた。そして動物と性的関係を持つことが、イコール「虐待」や「レイプ」とみなされていたことに何の疑問も感じていなかった。

上の引用で「動物を支配下に置くことのできる人間が」と書いたが、これは動物保護を訴える人々の視点と重なっていると思う。現在もその観点から反対運動をしている団体が、ドイツにあるようだ。確かに、デンマークまで行って、動物とのセックスを実現しようという人々が、動物に対してどのような精神性を持っていたのかは不明だ。この話からは、昔の日本人男性による東南アジアへの買春ツアーのことが思い浮かぶ。

しかし『聖なるズー』で報告されているズーたちは、動物虐待やレイプとは無関係の人々だ。著者の濱野ちひろさんは、ズーたちの生態を調べるためにドイツに何回も渡って、長期取材をしている。なのでこの本でレポートされているのは、一人(日本人)を除いて、すべてドイツでのこと。

著者がズーたちに目を向けたのは、自身がパートナーから長年にわたって虐待を受けていたことが元になっている。その関係から抜け出ることのできない自分を責めつづけた著者は、関係を切る目的で一度正式に結婚し、結婚したのちに晴れて離婚している。関係を断つためには、結婚が必要だったようだ。つまりパートナーとの関係性を、一度、社会的なものとして公開する必要があった。

その著者が、虐待を受けていた自分と正面から向き合う必要を感じたことが、30代後半になってからの大学院入学とそこでの「動物との性愛の研究」へと繋がった。

『聖なるズー』を読んで世界の一端が読み解けたように感じたのは、支配と被支配の関係に気づいたからだ。これは人間社会のどこにでも存在する(動物の世界ではどうなのか。あったとしても人間が理解しているような支配・被支配ではないかもしれない)。人は意識することなく、支配、被支配の関係に陥ることがある。というより支配、被支配のない社会、支配、被支配のない人間関係は想像しにくい、とも言える。

『聖なるズー』で描かれるズーたちは、精神においても肉体においても、関係を築く動物たちとの主従関係、支配と被支配がなく、対等だ。動物と対等であるとはどういうことか。ドイツでは飼い犬が日本よりずっと厳しく調教されていることは、ミュンヘンを訪れたときの経験で知っていた。ドイツの犬は、道端でも、レストランでも、従僕のようにおとなしく声を出すこともない。伏し目がちな態度とでも言ったらいいか。一度、通りにあるカフェで、犬を連れていた人が連れていた犬をひどく叱っているのを見た。その叱り方は激しいもので、犬は絶対服従に見えた。

もしかしたらこういったドイツにおける犬の飼育の仕方と、ズーたちの存在は関係があるのかもしれない。正反対という意味で。

ズーたちにとって、身近な動物(主として大型犬)と親密な関係を結び、相手が望めば性的な関係に至ることもあるのは自然なことなのだ。『聖なるズー』の著者が取材協力を申し出た、ZETA(ゼータ)というコミュニティは、同じ志向や体験をもつ人々のネット上にできた場だ。ZETAの多くの人は、幼い頃、あるいは子ども時代に、自分と動物の特別な関係に気づいている。これは同性愛者がそうであるのと類似している。著者はドイツ滞在時に、何人かのズーの家に泊まらせてもらい、一緒に生活しながら話を聞き、彼らの生活ぶりを観察した。

ここで対等ということに戻ると、ZETAのズーたちは、パートナーである動物と完全な対等性を望んでいることがわかった。支配、被支配の関係を持たない。それはたとえば性行動に至る場合のきっかけにも現れている。濱野ちひろさんの取材によれば、何人かの人の証言として、「向こうから誘ってくる」ことで始まる、とある。

人間は家の中でも通常服を着ているが、ドイツではベッドに入るとき(特に男性の場合)、何も(下着も)着けずに寝る人がそれなりにいるそうだ。そういう無防備な状態でベッドで寝ているとき、それに飼い犬のパートナーが気づいて、ベッドに潜り込んでくるという。またそれ以外の場面でも、犬の方が寄ってきて親密な状態になりたいというアプローチを仕掛けてくることがあるそうだ。どちらの場合も、2者の関係性が完全に対等であることが前提になっている。人間の方から仕掛けることがないのは、その方法だと支配、被支配の関係と似たものになりやすいから。だからズーたちは、パートナーから誘いがあったときのみ、それに応える形で関係をもつ。

動物にそのような人間に対する性的衝動はあるのか、とか、親密になりたいという意志を発することがあるのか、またそのような動物側の態度を人間は汲みとれるものなのか、という疑問が湧くかもしれない。それに対して、ズーの人々は、動物にはそれぞれパーソナリティがあり、それを感じ、関係を築くことで細かな意志表現のニュアンスまで理解できるようになると答えている。

動物一頭一頭にパーソナリティがあることを感じる、それを感じることで理解が進み、親密な関係を結ぶことができる、という話は、わたしがこれまでに訳してきたいくつかの野生動物の観察家や研究者の報告と重なるところがある。子ども時代に庭にやってくる野鳥を、種として理解するより前に、個々の存在(パーソナリティ)として受け入れていたウィリアム・ロングもその一人だ。また『イルカ日誌』のデニース・ハージング博士も、バハマの海で25年間、身近に観察し交流してきたのは、種としてのタイセイヨウマダライルカであると同時に、個としての1頭1頭のイルカたちだ。

ズーたちの話にある「動物の方が誘ってくる」は、彼らの方が人間に好奇心を寄せてくる、というウィリアム・ロングの次のような文章とも共通性がある。

森の動物たちは、人間が彼らに興味をもつ以上に、人間に好奇心をもっている。森で静かにすわれば、ニューイングランドの山裾の町によそ者がやって来たとき程度のざわめきで済む。自分の好奇心を制御すること。そうすれば少しして、動物たちの方が好奇心に耐えられなくなる。この人間は何者か、ここで何をしているのか、見にやって来るにちがいない。そうすればこっちのもの。彼らが好奇心を満足させようとしているうちに、恐れを忘れ、あなたが見たこともないような暮らしの断片を見せてくれるだろう。(Secrets of the Woods, 1901)

ここには主従の関係がなく、人間と野生動物が限りなく対等の関係に近づいている。ロングの本は、当時のアメリカ大統領ルーズベルトによって、「科学的でない、動物を擬人化している」という理由で、学校図書館からくまなく排除されたそうだ。それに対するロングの新聞上での反論は、「腰に銃を備え、馬に乗り、ときに何人もで押しかけていては、野生動物の本当の姿はわからない」というもの。ルーズベルトは狩りを趣味にしていた。つまり動物とは支配、被支配の関係で接し、そこから動物のすべてを理解していたということになる。

ルーズベルトに限らず、人間は長い歴史の中で、動物を支配下に置く見方をしてきたのだと思う。古くは17世紀のフランスの哲学者デカルトは以下のように書いている。

動物の肉体は、機械としては比較にならないほど厳密に構成されている。その運動の適性は人間の発明したどんな機械より見事である。動物の機械は(知識に基づいて動いているのではなく)器官の仕組みに応じて動いているだけだ。獣には理性がまったくない。獣の魂は本質的に、人間の魂とはちがっていると考えるしかない。感情を示す運動は動物も示すが、これは機械でも簡単にまねできる。器官の命ずるままに動くのが動物の天性なのだということになる。(ルネ・デカルト著『方法序説』山形浩生訳からの部分要約)

また18世紀のドイツの哲学者カントはこう書いている。

動物には意識がなく、人間の目的の手段としてのみ存在する。 (秋田大学 バイオサイエンス教育・研究サポートセンター 動物実験部門のHPより要約)

カントは動物に対してだけでなく、人間(人種)に対する見方も、現代の感覚からするとひどく差別的である。

アフリカの黒人は、本性上、子供っぽさを超えるいかなる感情も持っていない。(中略)それほどこの二つの人種(註:白人と黒人)の間の差異は本質的で、心の能力に関しても肌色の差異と同じほど大きいように思われる。 (イマヌエル・カント著『美と崇高との感情性に関する観察』より要約/ウィキペディア日本語版より)

著名な、今も尊敬を受けているヨーロッパの哲学者が揃って、このような耳を疑う発言をしているのは驚きだが、当時は人間(ヨーロッパ系を祖先とする)を世界の中心に据える必要があったのだろう。

そしてその流れは今も続いている。人間中心主義といわれるものであり、ヨーロッパ系民族中心主義(「白人」という人種はないので、ここではその言葉を使わない)でもある。支配、被支配の関係性でいうと、デカルトやカントの考え方には動物との対等な関係性は存在しない。

人間中心主義に対して、生命中心主義という言葉がある。人間と人間以外の自然、生態、環境を同等に見る考え方だ。自然環境だけでなく、すべての生命、生きものが支配、被支配の関係ではなく、人間と対等な生態系の一員であるということだ。

ズーの人々が動物との関係において、支配、被支配を嫌い、対等なパートナーシップを結ぶことで関係性を築き、愛の交歓をしているとすれば、それはあらゆる人間にとって一つのお手本になるのかもしれない。人間同士の関係で、夫婦、恋人、兄弟、親子、友人の間で、どれほど相互の関係性において対等性が保たれているかは問われる問題だ。

そう考えると、『聖なるズー』の著者が、パートナーから受けた虐待の体験から、動物性愛やズーの人々のことを研究するようになった道筋は、明快で、非常に納得のいくものに見えてくる。

問題は人間が異種の動物と愛を交わすことにあるのではない。生命をもつ存在同士が、どのような関係性を築くことができるのか、という点が重要なのだと思う。

20200117

写真、映像、音楽:ドキュメントのいま(2)


ロシアの国境地帯6万キロを撮る写真家
マリア・グルズデヴァ『Border』

マリア・グルズデヴァ(Maria Gruzdeva)という1989年ロシア生まれの写真家の『Border: A Journey Along the Edges of Russia』という本を買った。これはロシアの国境地帯を旅しながら撮った写真集で、国境線は陸地部分のみで2万キロ(海洋を含めると6万キロ)あるそうだ。

サイトの紹介によると、マリア・グルズデヴァは、詳細な調査をもとに企画されたドキュメンタリー写真を、長期プロジェクトで撮っているとこのこと。集団的な記憶、場所の感覚、所属の感覚、風景とアイデンティティの関係性、といったことをテーマにしている。

この写真集を手にしたのは、border(国境、国境地帯)という言葉、その実体に興味があったから。またロシアとの国境であったことも、関心の理由の一つかもしれない。ロシアという国は、どのような国々と国境で接しているのか。思い浮かぶのは東ヨーロッパの国々や旧ソビエトの国々、中央アジア、そして中国、北朝鮮、日本。エストニア、ウクライナなど旧ソ連共和国の中には、今も領土の所属問題で、ロシアと紛争が続いているところがある。日本もその一つ。

中国とロシアの国境には、以前から興味を持っていた。この本が国境線のすべてを網羅しているかどうか、今のところわからないのだが。(旅のドキュメントなので、本の先頭から順に読んでいっているので、経路と最終地点は読み終わるまでわからない)

近年、中国とロシアは国際政治的に協力関係を築いているように見えるが、それとは別に、両者の国境地帯では、地元民、そして日常的物品がかなり行き来していると聞いている。そこに興味を抱いている。アジアに属する中国と、ヨーロッパに属しているロシアは、言語的にも文化的にかなり違うと思うのだが。

タイトルの「Border」に戻ると、わたしがこの言葉を耳にし実感として受け入れたのは、かなり前(20年以上か)のことで、メキシコに旅したときだ。メキシコ滞在を終えて、最初の滞在先であるロスアンジェルスに戻ろうとしたとき、国境警備隊のメキシコ人男性に道を聞いた。そのときその男性の口から出てきたのが「border」という言葉だった。あそこがアメリカとの国境だ、と教えてくれたのだと思う。そのときborderという単語は知っていたかもしれないが、実態と結びついていなかった。国境に身を置いたとき、borderという言葉が初めて生きた言葉として、自分の中に刻み込まれた。これがborderなのか。

アメリカとメキシコの国境を超える際、メキシコからの不法入国者たちが、バスに乗せられて強制送還されるところを見た。そういう光景とborderという言葉は一つになって、わたしのイメージの中に焼き付けられた。

グルズデヴァの『Border』では、現在、Rayakoski (ラヤコスキー) というノルウェーとフィンランドとロシアが出会う国境地帯にいる。北極海に面したスカンジナビア半島北部、北の果て。Googleマップで場所を確かめることはできても、ストリートビューはさすがにない。Googleもここまでは来ていない。グルズデヴァは、ロシアの国境警備隊の人たちと車で移動している。僻地であることに加え、国境地帯を単独で行動することは難しいのだろう。ラヤコスキーには、行けども行けども森と沼、沼と森、という風景の中を何時間も走って到着している。

『Border』は写真とテキストから成り立っている。写真集なのでもちろん写真が中心ではあるが、かなりの量のテキストが間に挟まれている。テキストは主として撮影日誌だ。旅の行程に沿って、町の名前、建物や教会、記念碑(第2次大戦時のものなど)、宿泊施設、前哨基地で働く人々などのことが描写されている。写真そのものにはキャプションは一切なく、写真ページが数ページから十数ページ続いたあとにテキストが来る。各地域の写真の扉ページには、地名と地図があり、地図の中に該当の地区が赤でマークされている。またテキストページの対抗ページには、写真家のノートが複写されている。ノートの内容は、撮った写真のサムネールと簡単なコメント、長文の日誌、手描きの地図や絵など。(この写真家はフィルムで撮影しているようだ)

なぜ撮影日誌のテキストと、写真家のノートのビジュアルを写真集に含めているのか。二つの理由を想像する。一つは写真家が伝えたいものは、撮った写真という結果だけではない、ということ。ロシアの国境地帯を旅し、風景やそこにあるものを見、そこにいる人々と出会い、その地域を知り、写真に記録すること、その行為の全体がプロジェクトになっているからではないか。もう一つは、読者がもし、写真のみを見た場合、そこから(独力で)引き出せる情報は少ない可能性があるから。撮られた写真には、たくさんのコトバが含まれているはず。その風景を、その建物を、その人をなぜ撮ったのか、どういう意味で写真に収めたいと思ったのか。もちろん渋谷の街や東京タワーを撮影した写真だって、写真家が意図したことを読者が汲みとれるとは限らない。しかしほとんどの読者にとって未知の土地、未知の風景、未知の文化であれば、手がかりは最小限になるだろう。それを助けるためのテキストであり、ノートではないかと思う。

写真自体には日付けも地名のキャプションもない。視覚で捉えられるもののみが提供されている。初めてその土地に立った人のように風景を眺め、その後にテキストでその土地のバックグラウンドを知り、疑問の隙間を埋めるというような意図から、このようになっているのだろうか。これが(テキストの量の多さも含めて)この写真家の、このテーマを扱う際のドキュメントのスタイルなのだろう。


ドキュメントとは事実に基づく情報を写し取ること、記録すること。しかしその写し取られた情報を、見る側が受容し、理解する力がなければ意味あるものにはならない。作品として成立しにくくなる。写真はビジュアル作品だが、視覚的受容能力(画面構成やフレーミングに対する理解力)だけでは、作品の意図を汲むことは難しい。

また「事実に基づく情報」というものも、実は特定しにくい曖昧なものかもしれない。一つの風景、1匹の動物でさえ、存在は一つであっても、それを見る視点によっていくつもの事実が生まれる。とするとドキュメントというのは、それを記録し作品化する制作者にとっての「事実」でしかないとも言えるし、だから面白いとも言える。またいかようにも見る人を騙せるものであるとも言える。最新のテクノロジーなど使わなくともだ。

スイス生まれのアメリカ人写真家ロバート・フランク(1924~2019年)は、「写真はフィクションであり、それが動くとき、リアリティとなる」とあるところで書いていた。写真から映像作品に活動の場を移していた時期の発言かもしれない。ある事実を写真家が自分の視点でシューティングするとき、その事実は写真として定着した時点でフィクションとなる(作者が発生し作品となることにより、事実から離れる)、という意味だろうか。

ロバート・フランクの『Moving Out』という写真集を見ていて思いついたことがあった。ロバート・フランクの写真集で最も有名な『The Americans』が、日本で受け入れられ、彼につづく多くの写真家に多大な影響を与えたことの理由の一つは、彼が非アメリカ人だったからではないかな、ということ。実はわたしもロバート・フランクがスイス出身とは知っていたけれど、そこまで移民のアメリカ人という意識はなかった。

『The Americans』時代の写真はいま見てみると、アメリカの外からやって来た人間が描写した「アメリカの風景と人々」という気がする。その視点に、日本人は(意識はしていないと思うが)親しみを感じたのではないだろうかと。つまりアメリカをそれなりに知り、アメリカに憧れていたとしても、自分はアメリカの外にいる人間、外国人だから。

ロバート・フランクは改めて調べてみると、両親はユダヤ系で、第2次大戦中、フランク家はスイスに無事留まることはできたが、父親は(ドイツ国籍を失ったのち)無国籍状態だったようだ。それでロバートを含む息子たちのために、スイス国籍の申請をしている。ロバート・フランクはアメリカに渡ってから、アメリカ国籍を取得している。最初の妻である彫刻家のメアリー・フランクは、イギリス出身で、子ども時代に親元を離れ、祖父母のいるアメリカにやって来た。

こういった背景を知ると、ロバート・フランクの旅したアメリカ、写真に撮ったアメリカが、今までと違った視点で見ることができるように思う。わたし自身は『The Americans』を見たのは、出版後ずっとあとのこと(1990年代後半)だけれど、もっと前に見ていた日本人読者は、おそらくロバート・フランクを「外国人」や「移民」という視点からは見ていなかった(あるいは実感できていなかった)可能性はある。まず「移民」という言葉が、日本人にとって実感をともなって意識されるようになったのは、ごく最近のことだからだ(ここ10~20年くらい)。それ以前は移民といえば、日系のブラジル移民かハワイ移民のことを指していた。

記録された「事実に基づく情報」を写真や映像といった実写で見るとき、見る側の視点や知識の量が大きく影響することに改めて驚かされる。ドキュメントをとる(撮る、録る)とは、ドキュメントを見るとは、あるいは事実とドキュメントの関係は、というようなことをこの記事を書きながら考えていた。


写真集『Border』を2、3日前に読み終えた。北欧や北極圏、黒海沿岸、中央アジア、中国や北朝鮮との国境地帯、樺太や色丹にも行った。写真を見て、テキストを読み、場所の確認をGoogleマップでする。さらにその場所が町であったり、道路があればストリートビューで周辺の風景や建物を見てまわる。かなりの僻地と思われる場所にも、ストリートビューはある。見知らぬ土地の風景を眺め、川を渡り、道ゆく人々に注目し、家々を見てその土地の暮らしを想像する。『Border』に登場する場所が、国境地帯という旅行者のあまり行かない場所だけに、ストリートビューで見る風景は貴重だ。

マリア・グルズデヴァは『Border』のテキストで、そこで見たもの、出会ったもの(人)を熱意を込めて書くことがある。それを読んでいて、ほとんど写真を撮る行為と同じだな、と思った。写真とは、シャッターを押した結果現れるものであると同時に、シャッターを押さなかった場合にも、写真家によってフレーミングされた一つの世界の見え方である。写真家とは世界を、ある場面を、ある時間を、自身の視点によってフレーミングするその行為によって成り立っているのかもしれない。

最後に、グルズデヴァが書いていたいくつかの印象的な描写を日本語にしてみようと思う。

P171ボルネオ(Barneo):北極点に近いロシアの浮氷の基地。毎年、ほぼ同じ場所、同じ時期に、2ヶ月以上、設定される。
時間というものが存在しない、という不安に囚われた。永遠につづく光の世界、夜と昼の交替がない世界。
時間は消えてしまったように思えた。時を刻む行為を止めてしまった。
キャンプの人たちは、決まった時間に寝起きしない。
何もない世界、ただ生活が広がっている。
仕事をし、食べ、眠る。その繰り返し。
それぞれの人が、起きて眠るという自分の時間の中を生きている。
時間というものが存在しない。
時間の感覚があやふやになり、居場所を失う。
ただただ白い世界に包まれて、足元には白い雪の「床」、目の前には白い空気の壁。 

P280
ソロヴェツキー(ソロフキ)諸島:ロシア北西部に位置するバレンツ海の湾にある島々。
夕方になって、わたしは滞在しているホテルに向かった。(中略)草原を横切っているとき、黒い僧衣を着た修道士が目に飛び込んできた。修道士は急いでいるようで、僧衣の裾をはためかせていた。風わたる、枯れ色の草原が波うつ中をゆく彼は、水の上を歩いているように見えた。ありふれた風景かもしれないが、そこには真実といっていい、人の心の奥深くに突き刺さり、忘れがたいものになるような、信じがたい一瞬の美があった。

20191214

写真、映像、音楽:ドキュメントのいま(1)


ドキュメント(document)には、「(情報を〕文書[音声・写真・映像]で記録する」(他動詞)、「〔写真・録音・映画などの〕資料、記録、ドキュメント」(名詞)という意味がある(英辞郎)。この意味、あるいはニュアンスには、「事実に基づく情報」を映す、記録することが中心に据えられている。と思う。

しかしコンピューターの技術が発達し、ハード機器とともに様々なアプリやソフトウェアを一般の人間が手にすることができるようになった今、ドキュメントの意味は少し揺らいでいるかもしれない。記録の対象となる「事実に基づく情報」の意味が揺らいでいる、とも言えるのだが。

写真や動画の加工やデザインのツールを提供する企業としてほぼ独占状態にあるアドビが、最近、コンテンツの透明性に関する発表をした。写真加工などによって、事実ではない情報に信ぴょう性をもたらす「ディープフェイク」対策に取り組むというのだ。

11月12日の東洋経済オンラインの記事(写真に騙されるな!アドビが打ち出した「対策」)には、アドビにはこの対策をやらないという選択肢はなかった、と書かれている。この問題に真剣に取り組まないかぎり、「ディープフェイク製造技術企業」とレッテルを貼られる可能性があるという。

確かに高度な技術を開発し、それを誰もが手軽に使えるようにしたアドビのサービスや製品は、人間の暮らしを楽しく豊かにするものである。しかしその技術が、使い方によっては、事実を曲げて真実と主張したり、拡散することに手を貸すことが起きれば、技術そのものと技術提供者に責任が求められるのは当然かもしれない。

一般の人はそこまでの加工をしているかどうかわからないが(アドビ製品を使うにはコストがかかるので)、写真に映っている人物を削除したり、そこにいなかったのに加えるといったことが、今の技術では簡単にできる。動画についても、アドビの2019年版のビデオ編集アプリには、この技術が実装されているとこのこと。

写真でも動画でも、顔認識をして表情を変えることはもちろん、動画の場合は口を動かして音声合成技術と組み合わせれば、ある人物が本当にある内容をしゃべっているようなビデオも制作可能らしい。これは完全なフィクションだ。

アドビの発表会では、ある写真が撮影されたままのものなのか、加工されたものなのかの特定もできることが披露され、加工された写真を元に戻すこともできるとして参加者の驚きを誘ったようだ。コンテンツの出所を明らかにしようとするこの取り組みには、ツイッターやニューヨークタイムズが加わっているとのこと。

アドビの姿勢としては、加工技術を否定するのではなく、つまりアーティストやデザイナーが技術を使って写真を加工することに規制をかけるのではなく、コンテンツがどのような出所のものかを見る人に対して明らかにする、ということだと思う。そのことがクリエイティブ(創造性)に影響することはない、という考えのようだ。

基本的にはそうだろう。しかしもしかしたら、加工の過程やオリジナルが提示されることに対して、そのような透明性に対して、違和感を持つクリエイターもいるかもしれない。beforeアンドafterのような、あからさまな提示のされ方を好まない人もいるだろう。でもわたしたちは技術を手にして、自分の力では成し得ないような結果を生むことができ、それを利用することで利益を得ているとしたら、やはりそこで起きてくることの責任も取らなければいけないのは当然のことだ。そしてひとたび、コトの真偽の精査をやり始めたら、とことんどこまでも、技術が可能な範囲でめいっぱい実行する方向にいく、というのがコンピューター技術の世界だと思う。

このような状況の中で、ドキュメントという行為について改めて考えてみたいと思った。写真や映像に関わる作品で、最近三つほど気になるものを見つけた。以下、順番に紹介していきたい。


世界の音を記録する映像作家
ヴィンセント・ムーアのプロジェクト

ヴィンセント・ムーンはフランスの映像作家(写真家、サウンド・アーティスト)。世界各国を旅して、その土地で出会った人々と彼らの音楽を記録するプロジェクトを10年以上前からやってきた。バックパックにカメラとマイクとコンピューターを入れ、行った先の路上で出会った人々に、ここで今一番の音楽は何かと聞いて、それを撮影して記録する。一人で行動し、協力者は旅先で出会った人々というシンプルなプロジェクトだ。

メディアは映像だが、音楽を記録することが一つのミッションのようだ。音や音楽を記録する、ドキュメントするというプロジェクトは、昔は民族音楽の研究者や作曲家がフィールドワークの名でやっていた。その場合、テープレコーダーやウォークマンが音を採る道具だった。ヴィンセント・ムーアは、映像とともに音を撮っている。

音の記録という意味では、音の場合、早くから機器や加工技術が進んでいたので、プロからアマチュアに至るまで、当たり前のように音をサンプラーに取り込み、加工やミックスをして「フェイク」なものを作っていた。誰もそれをフェイクとは呼んでいなかったけれど。

機器にしろ技術にしろアイディアにしろ、音の世界はたいてい他のメディアより先を行っていることが多い。

2014年にムーアはTEDで、「Hidden music rituals around the world」というタイトルでスピーチをしている。hidden music ritualとは、山中などの奥地に暮らす人々の儀式の音楽のこと。ムーアのサイトで、わたしも、ブラジルのマットグロッソ州シングー川流域に住むメヒナク族の村の映像を見た。儀式の準備をする人々の様子や暮らしぶり、独自の楽器を使った音の世界を体験した。40分くらいの映像作品で、カットなし編集なしの一発録りのようだった。演出がないので、その現場に立ち会ってすべてを見守るような感じだ。これぞドキュメントの真髄とも言えるが、よほど興味がないと、こういった「あてのない」コンテンツを最後まで見通すのは難しいかもしれない。(それは今の私たちが「演出されて」「見どころの詰まった」ものに飼いならされているからだ)

TEDのスピーチで、ムーアは最初に「なぜ我々は記録をするのか」という問いを発している。それがプロジェクトを始めたときの最初の問いだったそうだ。スタート時、ムーアと音楽好きの友人は、音楽産業から遠く離れたところで、自分たちのやり方で、今存在する、人々の間に生きている音楽を探して記録したいと思った。そして、最初は住んでいるヨーロッパの街々で、インディペンデントのミュージシャンから人気ミュージシャンまで、カフェで、滞在先のホテルやタクシーの中で演奏してもらい映像に記録した。そしてそれをインターネットで公開した。

音の記録という意味では、映像のない音だけの記録の方が、より音への集中度が高いかもしれない。たとえば自分の子どもの音楽会や劇を記録する場合、今であればほぼ100%ビデオに収録するだろうが、もし音声だけを記録したら、それはそれで音の記録として価値あるものになる。映像なしでの音の記録は、また別ものという気がする。そして音だけの世界にも、多くの情報が詰まっている。映像のない分、音への集中度が増し、想像力がかきたてられる。ときにあえて、音だけの記録を採っても面白いかもしれない。


ストリートビューが作品に
ダグ・リカード『A New American Picture』

GoogleアースやGoogleマップができたときは興奮したし、その後ストリートビューが現れて、このプロジェクトの巨大さに心底驚かされた。

海外小説を読んでいるとき、出てくる地名をGoogleマップに入れて検索し、それをストリートビューで見るということは結構やった。『私たちみんなが探してるゴロツキ』という小説を訳しているときは、サンディエゴの町の名前、通りの名前、目印になる建物などを検索してはストリートビューで見ていた。その小説は自伝的なものだったので、かなりの確率で、小説に登場する通りや建物やショップが確定できた。そしてそれは大いに参考になった。

また中国出身の作家ハ・ジンの『自由生活』を読んでいたときは、中国人の主人公家族がハイウェイ(アメリカ)を使ってボストンからアトランタまで引っ越しするところを、マップとストリートビューを並行して見ながら読んだ。

「Google Mapsと本を読む」より「ニューヨークの渋滞に巻きこまれたくなかったので、コネティカットとの州境を越えるとすぐに、I-287号線へ路線を変更した。そして西を目指して一二マイルほども走ると、ハドソン川が現われた。あまりにも大きくて穏やかで、まるで海を見るようで息を呑んだ。」(ハ・ジン『自由生活』より)
Google Mapsでたどると、ニューヨークとコネチカットの州境は川で、そこ越えて95号線で海沿いの道を走り、実際に287号線に道を乗り換えてその道を行ってみた。道の両側にそれほど高くない木がまばらに生えていた。そしてハドソン川が現われた。料金所を通過して少し行くと片側三車線の橋が走っている。道の両側をLook left、Look rightで見渡すと、太陽に輝くハドソン川の川面が見え、確かに川幅は広かった。(happano journal_J 20101108)

また飛行家のアン・モロー・リンドバーグの本『翼よ、北に』を読んでいるときは、長江の描写を目で確かめるために、Googleアースを使った。本の中でリンドバーグは「見渡すかぎり悠々と流れている大河は、空から見るときに初めて真の姿を見せる。」と書いていたが、まさにその空からの姿を、家に居ながらにして目にしていた。

このようにGoogleアースやGoogleマップ、ストリートビューは自分の関心に沿って、地形や俯瞰図や町のランドスケープをいとも簡単に目にすることができる。それが遠くの、行ったのことない、未知の土地であればなおのこと、不思議な感覚に捉えられる。その感覚は今も変わらない。慣れることはない。

このような経験をしてきたので、ダグ・リカードという写真家の『A New American Picture』という写真集を見つけたときはなるほどと思った。写真集そのものを手にしたわけではない。この写真集がどのような意図で作られたか、ということを本人のサイトで読み、その写真を見たのだ。この写真集は、アメリカ国内の経済的に荒廃した地域や忘れ去られたかのように見える町を探し出し、その場所に実際に行くのではなく、ストリートビューで追って撮ったものだ。

そういうものが写真集として成り立つのか、という意見はあるかもしれない。写真を撮る対象はドキュメントの命である「実物」や「実体」ではなく、モニター上の映像だからだ。リカードは三脚を立ててカメラを据え、時間をかけて探し当てた「場所」をシューティングした。リカードのサイトの説明では、この写真集は、たとえば車で旅をしながらアメリカの風景を撮った、スイス人写真家ロバート・フランクの『The Americans』(1958年)を思い起こさせる作品である、としている。そういう意味もあって、タイトルが『A New American Picture』となっているのだろうか。

この写真集の出版は2010年。リカードは4年にわたって膨大な量のストリートを探索し、それを撮影していったそうだ。わたしが小説を読みながらストリートビューを見て興奮していたより、少し早い時期だったと思われる。地名を検索し、ストリートビューでそこがどんな場所か(どんな地域でどんな人々が暮らしているのか)を探り、見てまわることは、実際にその場に自分が立つのとはまた違った体験のように思える。自分はその場に登場しないのだから、一方通行という意味で、一種の「のぞき」行為に近いのかもしれない。

また一方で、写真とは何か、ドキュメントとは何かと考えるとき、特定の視点で「ある対象を写しとる」行為とすれば、その対象が何であっても、その成果は写真であり、ドキュメントであるということになるのではないか。ストリートビューで撮影場所を探し、どこにするか決め、アングルを設定し(現在のストリートビューでは、上下左右全方位360°のランドスケープが提供されていて、自由にフレーミングできる)、シャッターを押す。被写体がモニター上の風景ということを除けば、通常のドキュメント写真を撮るときとほぼ同じだ。

おそらくドキュメント写真にとってポイントとなるのは、対象がリアルなもの(実体)であるかどうかではなく、「撮影者による特定の視点」の明確さではないだろうか。これで思い出したのは、大分前になるが、ある写真集の中の写真を、ある意図で選び、カメラで撮影し、それにコメントを付け編集するというプロジェクトをやろうとしたこと。行為としては「複写」にあたるが、実用的な意味での複写ではなく、作品としての複写だった。そのとき、すでに印刷された写真を写真に撮るということの意味を考えた。そしてこんなことをする人は、おそらく世界中を探してもいないだろうと思った。

ダグ・リカードのストリートビューによる写真集は、被写体がリアルな実体ではなく、他者(Googleのストリートビューカー)によって自動撮影されたモニター上の映像の「再撮影」とも言える。しかしそこには写真家の明確な意図や集中が感じられ、本の紹介ページを閲覧するだけでも作品としての魅力が充分に伝わってくる。

*写真、映像、音楽:ドキュメントのいま(2)「ロシアの国境地帯6万キロを撮る写真家」(2020.01.17)



20191129

ミス、偶然性、予測不可能(補足)


このテーマで書くのは(1)(2)で終わりと思っていたのだけれど、もう少しだけ補足的に書きたいことが出てきたので、追加で書くことにした。

きっかけは(2)を書いていたときに起きた、サッカー場での「事故」だった。ミスと事故は違うかもしれないが、ミスによって事故が起きることはある。どちらも予測不可能な形でやってくることに変わりはない。そしてそれに関わった人々が、どう対処するかには興味深いものがある。

11月10日(日)、イングランド北西部にあるエヴァートンのホームで、ロンドンをベースにするトットナムとの試合があった。試合終盤の70分過ぎ、トットナムのソン・フンミン選手(韓国)がエヴァートンのゴメス選手(ポルトガル)にタックルを仕掛け、それによって転倒したゴメス選手が、手前にいたトットナムのオーリエ選手(コートジボワール)と衝突し重傷を負った。ニュースによると脱臼骨折とのことで、映像には映されなかったが足首が不自然な方向に曲がってしまっていたとのこと。ソン選手には当初イエローカードが出され、その後事態の重さから一発レッド(退場)へと変更になった。

試合は一時中止、ピッチ上は大変な騒ぎになり、医療関係のスタッフの他、各チームの選手やコーチングスタッフなどが、負傷した選手の周囲を取り囲んだ。ゴメス選手の足の状態を目の当たりにしたソン選手はショックを受けてパニック状態になり、頭を両手でおおい、スタッフに抱きかかえられながら号泣している映像がカメラに捉えられた。また衝突されたオーリエ選手もショックを受けていたようで、両手で頭を抱えていた。

これに似た事故を10年前にも見たことがあった。2009/2010シーズンのプレミアリーグの試合で、ストーク・シティのショウクロス選手がアーセナルのラムジー選手にタックルを仕掛け、骨折を負わせた。ショウクロス選手にはレッドカードが出され、退場した。退場の際、目に涙をためている選手の顔が映し出された。当時、ショウクロス選手は23歳。ラムジー選手は20歳、どちらも将来を有望視されているイギリス人だった。2月に事故にあったラムジー選手は、その年の10月にトレーニングに戻ったが、フィットネスを取り戻すため、下位のチームでしばらくプレイするなど、万全な状態になるまで長い日数を要したようだ。

サッカー選手にとって怪我、中でも手術を必要とするような重い負傷は、大きな絶望感につながる。ピッチ上で怪我をし、タンカーに乗せられて搬送される選手が、泣いている姿はよく見られる光景だ。しかしその怪我が重傷であるときは、怪我を負わせた選手の方も大きなショックを受ける。

トットナムのソン選手のときは、その号泣する選手のまわりをエヴァートンの選手が囲んでいるのが印象的だった。ゴールキーパーのピックフォード選手(イングランド)とフォワードのトスン選手(トルコ)が、ソン選手の肩を抱き、背をさすり、頭に手をやり慰めていた。このような予測不可能な出来事の、それも自チームの選手が大けがを負った場面、騒然とした空気の中で、事故の一因となった選手の元に行って慰めの言葉をかける、という行為に目を惹きつけられた。

これで思い出したことがあった。何年も前、もう閉店してしまった有楽町西武での出来事。ある日そこで買い物をしていたら、目の前の下りエスカレーターを年配の着物姿の女性が上から転がり落ちてきた。はっきりとは覚えていないが、わたしの目の前だったように思う。もしかしたら、一番近くにいたのが自分だったかもしれない。驚きのあまり、わたしは呆然と突っ立っていた。何もすることができなかった。すると周りにいた何人かの人が、その女性に駆け寄って助け起こし、救急車を呼び、とテキパキと事故の処理をはじめた。

そのあとで、わたしは考え込んでしまった。なぜ自分は何もできなかったのか。突っ立っているだけだったのか。人間として欠陥があるのではないか。たとえ他のこと、たとえば仕事ができるとか、何かの能力に優れているといったことがあったとしても、このような場面でまるで役立たずであるのは、人間として全体的に見たとき、極めて能力が低いことにならないか。などなど。確かに突然の出来事に対応するのは簡単ではない。でも。

それから何年かたって、同じような場面にまた遭遇した。そのときは新宿西口の大江戸線に降りていく長い階段だったと思う。階段半ばあたりまできたとき、上から年配の女性が転がり落ちてきて、途中の踊り場で止まった。このときはもう迷わなかった。すぐに駆け寄って、女性に声をかけ、周囲でびっくりしてこちらを見ていいる人々に救急車を呼ぶよう頼んだ。そして救急車が到着するまでの何分間か、その女性のそばに着いていた。女性は気は失っておらず、話をすることはできたし、骨折などはないように見えたが、ショックもあってか起き上がることができないようだった。わたしに向かって何度も「すみません」「ありがとう」の言葉を繰り返していた。

その女性にはこちらの事情など知りようもないことだけれど、この出来事があって、わたしは少しだけ救われた思いがした。自分は冷酷な人間でも役立たずでもない、以前何もできなかったのは、おそらく経験が足りなかったせいだろう。そう思えるようになった。

サッカー選手の場合は、自分が事故の原因だったりするので、心理的な負荷はとてつもなく大きいだろう。ソン選手に与えられたレッドカードは、VAR(video assistant referee)での診断の結果、イエローカードに変更された。ソン選手のタックルが引き起こした事故ではあるが、怪我自体はソン選手の足によるものではなく、ゴメス選手の落下時の衝撃と判断されたからのようだ。その試合の2日後には、トットナムはセルビアでのチャンピオンズリーグの試合を控えていた。ソン選手の退場時のショック状態から見て、出場は無理ではないかと思われていた。しかしソン選手はトットナムにとって、今シーズンも得点源の一角。どうなるのか、でもあの様子ではおそらく無理だろう、多くの人がそう思っていたかもしれない。

しかしセルビアでの試合に、ソン選手はスタメンで出てきた。なんというメンタルの強さ。トットナムのファンだけでなく、エヴァートンのファンからも、たくさんの励ましのメッセージを受けたことが、その後のソン選手のインタビューでは語られていた。そういう思いに応えるためにも、自分は試合に出る、と語っていた。そしてその試合で2ゴールをあげ、チームを快勝へと導いた。そのゴールのとき、ソン選手は喜びを表すことはなく、ゴールを祝うチームメートに囲まれながら、カメラに向かって両手を合わせた。

この同じ動作をその次の週のプレミアリーグでまた見ることになった。ウォルバーハンプトン対アストンヴィラ戦での、ヒメネス選手(メキシコ)はゴール後に、ソン選手と同様、両手を合わせた。それはその試合で、オーバーヘッドのシュートをしたヒメネス選手の足が、相手ディフェンダーの頭に当たり、その選手は脳震盪を起こして気絶した。その直後、ヒメネス選手は膝をついて、ヴィラのGK(ゴールキーパー)などとともに気絶しているディフェンダーへの対処(体の向きを変え舌を出させるなど)をしていた。医療スタッフが到着する前のことだ。サッカー選手はこういったことへの対処法の訓練を受けているのだろうか。

ここでも試合は長い時間にわたって中断した。脳震盪の選手はタンカーで運ばれていった。ヒメネス選手には、危険なプレーということでイエローカードが出された。

その後試合は再開され、ヒメネス選手はゴールを決め、ウォルバーハンプトンは勝利した。そのゴールパフォーマンスのとき、ヒメネス選手はソン選手と同じ動作をした。チームメイトに囲まれながらもゴールを喜ばず、両手を合わせていた。この両手を合わせる、という動作が何を意味するのか、何に基づくものなのか、興味をもった。

仏教? キリスト教? いくつか関係ありそうなことをサイトで見てみてわかったのは、キリスト教においては、両手を合わせるのは祈りの意味があるようだった。ただイメージ検索をすると、両手を合わせただけでなく、指を組み合わせている写真もあった。その動作はキリスト教の動作としては知られているものだと思う。しかし手を合わせて尖塔をつくるような格好も、祈りの動作としてあるようだった。神に許しを請う(forgiveness)の意味が書いてあるものもあった。

ところでエヴァートンのフォワード、トスン選手(事故直後にソン選手を慰めていた人)は、この試合で、事故のあった後、シーズン初のゴールを決めている。1-0で負けている中の貴重なゴールで、また97分という試合終了直前のアディショナル・タイムでのゴールだった。これにより試合は引き分けとなった。

事故とゴールには直接の関連はおそらくない。しかし続けざまに、事故に深く関わった選手がゴールを決めているのを見ると、どういうことなのかちょっと考えてしまう。

一連のサッカーの試合での事故について、そして自分が事故現場に立ち会ったときの対処について書いてみた。予測不可能なことは、ミスであれ事故であれ、どこでもいつでも起きる。起きてしまったことは元に戻すことはできない。しかしそれにどう対応するか、対処するかは、そこにいた関係者全員の手に委ねられる。(1)(2)で書いたように、演奏中や試合の中での大きなミスも、その「事故」のあと、人々がどう思い、行動するかで全く違うストーリーになるのではないかと思った。とすると、わたしたちは普段から、ある程度そのようなミスや事故に対して、心構えをもっていた方がいいのだろうか。

少なくとも、こうして不測の事態が起きたあとの余波を見て考えたり、学習したりする機会があれば、少しだけマシな行動が取れるかもしれない、そう思ってこの記事を書いていた。


20191115

ミス、偶然性、予測不可能(2)


ミス、偶然性、予測不可能(1)はこちら

先々シーズンのUEFAチャンピオンズリーグの決勝、レアル・マドリード対リヴァプール戦で、リヴァプールのゴールキーパーが大きなミスをした。チャンピオンズリーグは欧州のクラブチームのトップを決めるシーズン最大の大会で、おそらく世界最高レベルの試合が観れる機会といっていい。その決勝の舞台で、GKが大きなミスをしたことが影響してリヴァプールは負けてしまった。そのキーパーはまだ若手の選手で、シーズン中、不安定なプレーがときに見られたものの、チャンピオンズリーグをチームメイトとともに戦い抜いて決勝まで来た。つまりこのような大舞台での経験はなかったとしても、一定レベルのGKであると言っていいように思う。

サッカーでのミス、目立つミスと言えば、多くは守備に関するものだろう。その中でもGKのミスは直接ゴールにつながるので大きなミスになりやすい。非難も受けやすい。センターバックなどディフェンスの選手も、時にミスによる非難の的になる。多いのは、ゴール前でボールを失い、相手選手にボールをかっさらわれてシュートされることだ。それがゴールになれば、大きなミスとなることは必至。もう一つミスとして大きな注目を浴びるのが、PKの失敗だ。ペナルティキックは、ペナルティエリア内(ゴール前のスペース)で相手選手がファールを犯したり、ハンドをしたりしたとき与えられる特権。これを蹴るのはキックの上手い人で、多くは攻撃の選手かもしれない。GKとキッカーが1対1になるので、比率的には入る確率が高い。しかし緊張のあまり枠外に飛ばしてしまったり、GKに弾かれたりしてPKを失敗すると、特にそれで勝ち越せるとか、同点にできるなどの重要な場面であれば、チーム、サポーターともに大きな失望を味わう。よって非難の的になる。

またW杯などのトーナメント方式の試合では、延長戦でも勝負がつかないとき、PK戦になることがある。数人の選手が順番に蹴っていき、失敗した人の数が多い方が負けだ。2010年のW杯南アフリカ大会で、日本とパラグアイのベスト16の試合がPK戦にもつれ込み、日本の選手(駒野選手)が失敗したことで敗退したのを覚えている人もいるだろう。試合後、駒野選手は顔をおおって泣き崩れ、それを泣きながら慰めている松井選手の姿がカメラに捉えられた。ボール1個、蹴り損ねただけで、世界が終わったような悲しみようだ。大事な場面で、公衆の前で、ミスをすることの典型のような光景だった。

前にあげたリヴァプールのGKカリウス選手も、試合後、大泣きしながらサポーター席の前に行って謝罪した。こちらまで泣きたくなるような表情だった。彼のミスは、ボールを仲間ディフェンダーにアンダースローで投げようとして、すぐ目の前にいた相手フォワードにボールを弾かれ、ゴールされてしまったというもの。確かになんで!!!というミスではあるが、このようなGKのミスはこれ以外にも何度か見たことがある。SNS上では、心ない人たちからの脅迫めいた投稿が溢れたと聞く。そこまでいかなくとも、試合の放映を見ていた人の中には、「何だコイツ」「レベル低すぎ」と言っていた人は少なくなかったのではないか。

しかし、あのオリバー・カーンでさえ、ミスを起こすのだ。もっとも重要な場面で! そしてそれを「ただ起きる」と言っている。

カリウスのミスに対して、ウェールズの元GKネヴィル・サウスオールは、試合後にカリウスに応援の言葉をツイッターで送っている。自分にもその経験がある、暗い記憶だ、でもそこを通り抜けてほしい、Stay strong, Believe in yourself! と結んでいる。人がミスを犯したとき、その場にいた人、それを見ていた人は何をするべきなのか。ということを考えさせられる。

カリウスがサポーター席に謝りに行ったことについて、批判をした批評家もいたようだ。詳しいこと、その意図はわからないが、わたし自身は彼がそのような行動に出たことに少し驚いていた。自分のミスが影響して試合に負けて(優勝を逃して)しまったとき、心を固く閉ざして自分の内にこもり、ドレッシングルームに直行するといった行動もあり得るように思ったのだ。大泣きしながらサポーター席に行ったという行動からわかるのは、彼とサポーターとの間には、なんらかの、それなりのコミュニケーションがあったということだ。試合会場にいたわけではないし、リヴァプールのファンでもないので想像するだけだけれど。彼は最悪の事態を招いたときに、少なくともその場で自分を晒している。そこにこのGKがどんな思いでこの試合に臨んでいたか、決勝戦に至るまでの道のりをどう歩んできたかを想像させるものがある。

わたし自身は、カリウスのミスを見たとき、単純に他人事とは思えなかった。自分のことのように、とまではいかないが、起きたことの事態や彼の、彼のまわりにいる人間の心情に思いがいった。小さな痛みを感じた。わたし自身、公開の場でミスをしたことがある。カリウスとは比べものに全くならない、もっと小さな限られた場所で、一般に知られていない場面ではあるが。ただミスをした本人にとっては、その場の大小や重要度はあまり関係ない。何かのコンクールでもなく、実際上はなんの影響もなくても、ミスによる痛手は受けるものだ。

(1)で書いたピアニストのピレシュは、ワークショップの最後の日に、参加者全員の発表の場を設けた。練習してきたことをみんなの前で見せる。場所は音楽ホールの舞台の上ではあったけれど、観客がいるわけではない。ワークショップをともにしてきた仲間同士の発表の場だ。ピレシュは舞台に立つときの心構えや挨拶の仕方を話したようだ。そしてこう言った。「わたしがまず弾いてみます。わたしが緊張しないと思ったら、それは間違い。緊張します」 そしてお辞儀から始まって、短い曲を演奏した。大きな舞台での演奏より、少ない数の人の前で演奏する方がより難しい、とも言っていた。その意味はよくわかるので、こんな指摘までするとはさすがだなと思った。

またこうも言っていた。弾く前はとても緊張します。でも聴衆の前に出ていって、そこで挨拶をするとき、その緊張の質が違うものなる、良い心理状態に変わるのだと。あるいはそうなるようにすると。この話も、非常によくわかる。一度だけ、それを経験したことがある。その日、わたしはシューベルトのピアノソナタを会場で弾くことになっていた。力に余るということはないものの、そして数ヶ月間かなりの練習をしてきてはいたが、いろいろな意味で余裕しゃくしゃくで弾けるというレベルのものでもなく、まあだからこういった発表の場は力試しになるわけだ。舞台の袖でわたしは緊張し、檻の中の動物のように意味なく歩きまわっていた。もう楽譜は手元にない。身一つで舞台に出て行って、ピアノの前に座り、10分近くの時間、すべてを自分がやり通さなければならない。自信があるとか、そういう気持ちは特になかった。ただ舞台の上を歩いていって中央で立ち止まると、会場にいる人々をゆっくりと見まわした。理由はなく、ただそうしていた。お辞儀をして拍手を受けたとき、どうしてか「ありがとう」という気持ちが湧いてきた。自分のこれからやる演奏を聴いてくれて、ありがとうという心からの素直な気持ちだ。今このときその場に自分が、人々がいることに対するある種の感動があった。そして鍵盤に向かって弾き始めた。それ以前にも人前での演奏は何回か経験はしていたが、あの時ほど気持ちよく演奏できたことはない。のちにピレシュの言葉を聞いて、あの時の状態(心とからだの状態)が、彼女の言っていること(緊張からリラックスへの切り替わり)ではないか、と思い当たった。

もちろんミスは緊張が理由でだけで起きるものではない。ただ緊張がミスを呼ぶことはある。緊張して自意識が高まると、完璧なプレイ(演奏でもサッカーでも)を求めてしまい、リラックスが難しくなる。ここで気付いたのだが、完璧とプレイ(遊ぶ、楽しむ)は相反する言葉かもしれない。完璧に遊ぶ、完璧を求めて楽しむ、などという表現は理に合わない。

やはり演奏もサッカーも、その発生は遊びであり、楽しむものなのだ。それがプロの世界になれば、そうも言っていられないという事情が発生するかもしれないが、そうであっても、先にあげた演奏家たちが強調し、日々挑戦しているように、完璧性を求めての行動、行為は、やっていることの破壊に繋がることもあるのだ。そういうことをプレイヤー、聴衆の両方が、よくよく理解していれば、ミスが起きたときの波紋は違ったものになるかもしれない。

聴衆としてミスに立ち会うことで、プレイも含めた出来事全体が忘れがたいことになって、記憶にとどめられることもある。こんな話を聞いた。ある地方のコンサートで合唱付きの交響曲が演奏された際、地元の児童合唱団が曲の途中の入りを間違えた。それは現代曲で入りが難しく、歌い始めを逃してしまったのだ。すると指揮者がチッと舌を鳴らして、その少し前から演奏し直した。今度は順調にいった。しかし音楽が止まり再開するまでの間、会場は凍りついたという。その場で聞いていた人の話では、なぜかその曲が忘れがたいものになり、CDを買い求めて、その後ずっと聴き続けているとのこと。

わたしにも似たような経験がある。今でもその曲(ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲)を聴くと懐かしさとともに、小さな胸の痛みを感じる。その曲が単なる名曲ではなくなってしまったのだ。会場でリアルタイムで「事件」を分け合った経験とでも言おうか。楽曲に別の意味が足されたのだ。

ミスは人間の行為の結果。そして演奏やサッカーも人間の行為であり、なぜそれをするのか、追求するのかといえば、そこに遊びがあり、楽しさがあるからだ。予測不可能なことが起きたり、偶然性と出会ったりするからだ。そういう「空き」のことを「遊び」とも言う。ミスをしたくなければ、準備をすることは大切かもしれないが、充分準備をしたならば、あとはミスを恐れることなく、できる限り自由な精神でプレイするのが理想だろう。プレイヤー、聴衆の両方がその精神でリアルタイムの出来事に接すれば、もし大きなミスが起きたときも、受け止め方はまったく違ったものになるだろうし、プレイヤーだけでなく聴衆の側にも学びが生まれるはずだ。

20191101

ミス、偶然性、予測不可能(1)


『This is Football』というドキュメンタリーを見ていたら、オリバー・カーンという元ドイツ代表の名ゴールキーパーが、「それ(ミス)は、ただ起きる」と言っていた。2002年日韓W杯のときの決勝戦で、カーンにとってこの大会ただ一度の、初めてミスを犯して、ブラジルにゴールを許してしまったことを言っている。シュートされたボールを手前でこぼし、転がったボールを相手に入れられたのだ。名キーパーによるまさかのミス。この失点とさらなる追加点により、ドイツは優勝を逃した。

それにしても、ミスはただ起きる(理由を探しても無駄)、という発言は衝撃的かもしれない。多くのタイトルを獲得し、強豪バイエルン・ミュンヘンで14年(21年間の選手生活)を過ごした存在感のあるGKだったカーンの口から、そんな言葉が出るとは。

人間はミスを犯す(他の生物もそうだろうが)。現在のサッカーではミスを減らすために、予測不可能なこと、偶然性を極力減らすことに力を入れているそうだ。小さな、あるいは大きなミスが試合を決定してしまうことが多いからだろう。しかしその予測不可能性こそが、サッカーの面白さでもあり、サッカーをサッカーにしているという見方もある。たとえばゴール前で大きく跳ねたボールが、ディフェンダーに当たってゴールマウスに吸い込まれるとか。弱小のチームが、いくつかの偶然が重なって、強豪チームに勝ってしまうとか。サッカーは得点の少ないスポーツなので、1点が試合を左右することがある。

人間はいつでも、どこでもミスを犯す可能性をもっている。クラシック音楽の演奏会のことを考えてみよう。プロでもアマチュアでも、演奏会でのミスは心理的に演奏者の大きな痛手となる。クラシックの場合、楽譜に書かれたこう演奏されるはずという見本があるので(そして聴衆がそれを知っていることもあるので)、そこを踏み外せばミスと認定される。プロはミスをしないのか、と言えばそんなことはない。様々なエピソード(笑えるものも含めて)が残っている。途中で迷子になって、同じところを何度も繰り返したとか、演奏を止めて最初から弾き直したとか。ただプロの方が、何か起きたときの対処法はうまいだろう。聴衆に気づかれずに演奏を終えることも可能かもしれない。

より経験の少ないアマチュアはどうかと言うと、演奏中にミスを犯すと、それが引き金となって演奏全体をうまくコントロールできなくなったりしがちだ。自分の失敗に動揺して、平常心を保つことが難しくなり、一つ一つのアクションが綱渡りのようになってしまう。音楽は一度走り出すと終わりまで止まることができない(止まってはいけない)ので、その意味で非常に厳しい。発表会など人前で一人で演奏することは、普通の人(そういう経験のない人)が考える以上に、演奏者にとって負担が大きいことだ。小さな子どもでも、舞台に出る前、顔が白くなるほど緊張することはある。練習をたくさんしてきた子どもほど、緊張度は高まるかもしれない。

少し大きくなって、中高生くらいになると、自意識が高まるので、さらに人前での演奏は難しくなる。他で経験したことのないような緊張感に包まれる。頭が真っ白になって、数ヶ月練習してきたことがどこかに行ってしまったように感じられるかもしれない。でもいま、この場から逃れることはできないのだ。絶体絶命の危機。緊張のあまり、そして自意識が最高潮に達して、いつもの体と気持ちの関係が崩れ、自然な演奏が不可能になると、何でもない箇所でミスを犯したりする。それがさらに心理的に打撃を与え、全体の流れに影響を与える。などなど。

オリバー・カーンは、ミスはただ起きる、と言った。それはある意味正しいように思える。もちろんミスの原因をたどることはできる。集中力の欠如、練習の不備、不足、心理的な圧迫、その日の健康状態といった。しかしどれだけ準備し、練習し、不測の事態に備えていても、ミスは起きるときは起きる、というのも真実のように思える。

サッカー選手でも演奏家でも、ミスをしたあとで言っていることは同じだ。ミスから学べることは大きい。そこには学びの絶好の機会がある、と。ある演奏家はステージでミスをすると、その晩帰ってから、ベッドの中で100回くらい自分のその日の演奏を反芻するという。その作業、ミスから何を学べるかこそが、何を汲み取れるかが大事なのかもしれない。貴重な学びのチャンスと捉えることができたら、ポジティブになれる、次の機会に生かせる。

リコーダー奏者のミカラ・ペトリは、舞台で完璧に演奏するために、音楽性を犠牲にするのは良くない、と言っている。ミスなく演奏すること(完璧性)と音楽性とは違うものだと言っているのだ。完璧さを第一目標にミスなく演奏することに心を傾ければ、音楽性が失われてしまうというわけだ。それは音楽というのは、完璧性を聴衆と分け合うものではなく、楽しさや美しさを分け合うものだからだ。サッカーで言えば、予測不可能なことを最小限に抑え、ミスのないプレーを第一目標にすると、サッカー本来の楽しみが薄れてしまうというのと似ている。

パーカッショ奏者のエヴェリン・グレニーは、準備や練習はしっかりするけれど、舞台の上では何ヶ月もやってきたこと、リハーサルでやったことは繰り返さない、と言っている。練習してきたことを見せるのではなく、舞台の上ではそこから自由になって演奏したい、練習はそのための準備であると。それは予測不可能なことを含むから危険にさらされる、何が起きるかわからない、でもこれこそが聴衆と分け合いたいことだ、と言っている。前述のミカラ・ペトリ同様、音楽の本質は完璧さではなく、ミスも含めた予測不可能性や偶然性、自由な心情、今そこで生まれている何かの中にこそある、そういうことなのだろう。

最近引退したピアニストのマリア・ジョアン・ピレシュは、さらに強い言葉でこれについて語っている。「演奏家が不変、安定を演奏に求めると、音楽が破壊される」 子どもたちにピアノを教える、ブラジルで行なわれたワークショップでそう言っていた(NHK教育:スーパーピアノレッスン)。プロの演奏家だけでなく、アマチュアの演奏家にとっても、大事なことなのだろう。アマチュアや子どもの演奏者にとっては、練習してきたことがミスなく舞台で再現できるかは、普通、まず一番の目標になることかもしれない。先生も親も、本人もそれを期待する。しかし音楽の本来のあり方から考えると、そのやり方は、音楽性が失われたり、音楽が破壊されたりすることなのだ。

しかし練習でやってきたことを舞台で繰り返さない、というやり方はプロにとっても厳しいことかもしれないのに、アマチュアや子どもの演奏家にできることなのか。おそらくこれを実行するには、練習そのものを変える必要があるだろう。目標(ミスのない演奏を目指す)が変われば、普段の練習も変化するに違いない。たとえば難しい箇所、間違えやすい場所を、反復練習して体に覚え込ませる、という体育会系的なやり方ではなく、その箇所をいろいろな方法、解釈で弾いてみたり、違った視点で捉えてみたり、新たな発見を求めるといった、取り組みの幅を広げ、可能性を探していくような練習を試みるとか。このような練習は、練習そのものが音楽の追求、音楽の中にある何かを探す、という行為と結びつく。完璧さを得るための単純な反復練習には、何かを問うとか探すといった心理は働かないかもしれない。

ではミスに対して、聴衆の側はどうなのか。サッカーにしろ、演奏にしろ。それがプロであれば、完璧性を求める心情は、ある程度あるかもしれない。精神の自由度を求めミスには寛容な人と、まずは完璧性をという厳格な人と両方いるかもしれない。一般に、公衆の面前で緊張の舞台に立たされた経験のない人ほど、他人の犯したミスに厳しいのではないかという印象がある。サッカーでも演奏でも、そういった場に立たされた経験があり、ミスを犯した経験もある人は、ミスを犯したときの言いようない心の痛み、心に残る傷、消えない記憶を体験しているので、他者のミスに対して厳しい言葉を吐くことは少ないように思う。「ダメだ、こいつ」「終わりだな」といった決めつけをすぐにするのは、自分がそういう場に立ったことのない人だと思う。つまりその面での経験の少ない人だ。
つづく