20071130

来年の企画など

先月くらいからぼちぼちと来年やりたいことを考え始めている。今年は連載していた「ヤールー川はながれる」がやっと終り(2年あまりかかってしまった)、じっくり訳せるいい作品を探していた。「ヤールー」のミロク・リーの作品は、英訳されているものがあれば、また訳してみたいが、今のところドイツ語版か、韓国語訳のみのよう。「ヤールー」の続編的な小説もあるらしいので、興味は非常にある。ミロク・リーは、メアリー・オースティンとともに、葉っぱの坑夫にとって、訳者のわたしにとって大切な作家である。ただ単に作品が面白いということでなく、作家の考えに深く共感できることは、翻訳者にとって結構重要なことである。そういう作家との出会いがいくつあるかで、訳す作品の広がりが変わってくる。

「籠女」(ウェブでは「インディアン・テイルズ」)や「シカ星」のメアリー・オースティンは、訳してみたいものがいろいろあって、本棚の中で何冊かが出番を待っている。その中から三つの候補が浮かび、そのうちの一つを先月から試訳し始めている。本はもう7、8年前に買ったものなので、中ページも日に焼けてセピア色に変色している。3章までざっと訳したところだが、英語が難しくて苦労している。100年くらいの前の古い英語ということもあるが、メアリー・オースティン独特の作文法がこの作品では際だっているのか、「籠女」よりさらに難しい。難しいけれど、内容、文章ともに魅力があるので、先が知りたくて前へ前へと引っ張られていく。訳しおおせるか不安だったが、強力な助っ人も得られたので、来年の春あたりから連載が開始できるかもしれない。

他にも2、3、来年やってみたい企画があって、現在調整中。ひとつはニューヨークからの投稿作品で、食べもの記のようなもの。この作家は他の作品といっしょにひとまとまりの散文集のような形で作品を送ってきたが、いくつかは現代アート(コンセプチュアルな)のような趣で、ちょっと扱いが難しい。この作家らしい面白さとわかりにくさが同居している。いったい誰がこれを面白いと思うのか、というような。面白さというのは、受け取る側の資質の問題でもあるので、簡単には判断できない。この他のものでは企画が立っていて、これから執筆という作品もある。まっさらなところから何かを生み出すのは力業。そこが創作と翻訳の大きな相違点か。翻訳の場合は、原著という道しるべがあるので、何かと予測はつけやすい。逆に言えば、どんないいアイディアが生まれようと、そこから離れることはできないのだけれど。

翻訳について面白い記述を最近読んだ。アメリカ出身の日本語で書く詩人アーサー・ビナードさんの本「出世ミミズ」から。「翻訳というのは、言葉を置き換える作業に思われがちだが、実際は原文の言葉といっしょに、その向こうにある事物と人物と、起こり得るすべての現象を点検して飲み込み、もう一つの言語の中でそれらを再現しなければならない。」 アーサー・ビナードさんは英語から日本語へ、日本語から英語への両方の翻訳をされているが、英語から日本語への詩の訳を以前に見たとき、かなり驚いた。原文に書いてないことが(少なくとも言葉の上では)日本語としてたくさん書かれていたから。面白い翻訳だな、これは確信犯なのだな、こういう翻訳というものもあるのだな、と感心した。翻訳についての上の解釈はとても的を得ていると思うし、わたしの常日頃やっていること、考えていることを的確に表わしていて、一般論として成り立つと思う。そしてビナードさんの訳したものを見ると、そのことが究極の形で現われているのだということに気づかされる。ただし原文に書いてないことにどこまで踏み込んで書く(訳す)か、については、人によって意見が分かれるだろう。そういう意味でビナードさんの詩の翻訳は、一般に言われている「翻訳」からはみ出しているところがあるのかもしれない。わたしは面白い試みだと思う。

*ブックファースト新宿ルミネ1店での「ミヤギユカリ・ブックフェア」、好評のうちに終了しました。「シカ星」「Rabbit and Turtle」「Town Dream / Dream Town」の3冊は、フェア終了後もしばらく店頭で販売される予定です。