詩でつづられたキューバ暗黒の時代
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"The Surrender Tree - Poems of Cuba's for Freedom"という本を読んだ。
著者はロスアンジェルス出身の作家マルガリータ•エングル、キューバ人の母とアメリカ人の父をもつ。この作品は1868年に始まるキューバの独立戦争の30年間を、奴隷の少女Rosaと周囲の人々の語りを交互に編むことで、叙事詩のようなひとまとまりの物語詩に仕上げている。(英語スペイン語の二つの版を収録。翻訳者名が両ヴァージョンに入っているが、多分オリジナルは英語ではないか。)
この作品を生むきっかけとなったのは、著者の曽祖父母である。1896年キューバの農民だった二人は、「8日以内に村を離れ、強制収容所に収監されること。それ以降、村で発見されたものは全員抹殺」という植民政府の突然の命令で難民となった。そこから遡ること30年、1868年10月、一部のキューバ人農園主たちが自分の奴隷を解放し、スペインからの独立を宣言した。武装した反乱軍とスペインの間で独立戦争が始まり、ジャングルに隠れた看護婦たちは野生植物をつかって負傷兵の手当をする。主人公ロサも小さいながらもそのような看護婦の一人だった。
Some people call me a child-witch,
but I'm just a girl who likes to watch
the hands of the women
as they gather wild herbs and flowers
to heal the sick.
(Rosa)
逃亡した奴隷たちは奴隷狩りにつかまって連れ戻される。病気やけがをしている者はロサのもとに連れてこられる。ロサは野生植物で治療をする。逃亡者はコーヒー園やサトウキビ畑に戻るか、また人知れず逃げ出す。
I watch the slavehunter as he writes his numbers,
while his son,
the boy we secretly call Lieutenant Death,
helps him make up big lies.
(Rosa)
「死の中尉」とロサたちがこっそり呼んでいた男の子は、父親の奴隷狩りの手伝いをしていた。
When I call the little witch
a witch-girl, my father corrects me ---
Just little witch is enough, he says, don't add girl,
or she'll think she's human, like us.
(Lieutenant Death)
奴隷たちは、黒人たちは、キューバでもアフリカでも、人間以下の生き物とずっと思われてきた。本人たちも自分が人間であることを忘れてしまうくらい、あまりに長くそれは続いた。
La Madre is the nickname
that fasinates us most ---
The mother --- a woman, and not just a runaway,
but the leader of her own secret village,
free, independent, uncaptured ---
for thirty-seven
magical years!
(Rosa)
My father brings the same runaways back,
over and over.
I don't understand why they never give up!
Why don't they lose hope?
(Lieutenant Death)
逃亡奴隷には肌の黒い人たちだけでなく、中国人もいたという。マングローブの沼地に逃げ込み、魚やカエル、ワニをつかまえて生き延びていた。
Slavery all day,
and then, suddenly, by nightfall --- freedom!
Can it be true,
as my former owner explains,
with apologies for all the bad years ---
(Rosa)
I am one of the few
free women blessed
with healing skills.
(Rosa)
ロサは奴隷解放後も、森の中で病気やけがを治療する活動をつづける。スペインは反逆者の手で解放された奴隷の自由を認めなかった。それで奴隷狩りはまだ森をうろついていた。やがてロサはJoseという男と結婚し、ホセはロサの医療活動を支援する。
He says he will be Cuban now, a mimbi rebel.
He tells me he was just a young boy
who was taken
from his family in Spain,
a child who was put on a ship,
forced to sail to this island, forced to fight.
(Jose)
ロサはけがを負った人治療の必要な人は誰であれ手当をした。ホセは森で見つけたスペインの負傷兵の少年を助ける。それがロサの望みだから。少年はまだ幼く、スペインから船で連れてこられ戦争に加担させられている。少年はキューバの緑の丘が好きだ、ここで農民になりたり、キューバ人になりたい、反対側の人間にないたい、スペインと戦う反逆者になる、と言う。
交互にあらわれる複数の声による物語詩は、読んでいてスリルがあり魅力的だ。詩のスタイルをとっているため状況の具体的説明は最小限である。キューバ独立戦争のアウトラインを知るためには、読後に他の本や資料で調べた方がいいかもしれないが、この本を読むことで得られるのは、実際に起きたことのある部分を、被支配者の側からの視点で、拡大鏡で見るような感覚だ。この詩の中では詳細が書かれていないが、わたしが興味をもったのは、キューバ人農園主の一部が過去の年月をわびつつ自分の奴隷を解放したいきさつ。スペインからの独立と自らが奴隷を解放すること、この二つが農園主たちの中でどのように作用していたのだろうか。
この本の中にはときどき英語でもスペイン語でもない言葉がイタリック書体で現れる。たとえばmambi。ロサは本文の中で、スペイン人が黒人をこの言葉で呼ぶのは先住民やアフリカの言葉の響きがするからだろう、と書いている。そしてさらに、ロサはこのリズミックな言葉をわたしたち自身をあらわす言葉として、戦う部族をあらわす言葉として使う、とも書いている。本の中では説明はなかったが、あとで調べたらコンゴの部族語リンガラ語で反逆を意味する言葉だそうだ。
この物語詩に登場する人々のほとんどは実在の人物をモデルにしているという。ロサはRosa la Bayamesa(バヤーモの女ロサ)として知られている。バヤーモは蜂起の際に反政府軍の中心地となった地域。著者マルガリータ•エングルは他の著書"The Firefly Letters"でも実在の人物を核にして物語詩を紡いでいる。こちらはスウェーデンの作家、フェミニストFredrika Bremer(1801-1865)とアフリカからキューバへ奴隷としてやってきた少女とお金持ちのキューバの少女の三人が出会い、旅をし、言葉や文化の違いを超えて結びついていく姿が描かれているという。
The Surrender Tree: Poems of Cuba's Struggle for Freedom
2010年3月16日、Square Fish刊
英語, スペイン語
ペーパーバック、384頁
Margarita Engleインタビュー(YouTube):"The Surrender Tree"について、子供のための詩について(この本はティーンエイジャーのために書かれたものだから)、自身の子供時代について話している。本が扉の形をしているのは偶然じゃないと思う、だって本をめくっていくことは知らない世界に足を踏み入れていくことでしょう、と言っているのが印象的だった。