世界はひとつに?
ソウルからやってきたフォトグラファーのモモミさんからCDを1枚もらった。韓国語で歌われているそのアルバムを聴いていて、ふと思い出したことがあった。もう随分前のことになるけれど、作曲家の武満徹さんがこの世界には様々な地域のたくさんの文化があるがいずれ一つのものになるだろう、と書いていたこと。いつのことだっただろうと書棚で本を探したら、2000年に出版された武満徹著作集3の中の「東の音・西の音」の冒頭の文章で、こう書いてあった。「、、、、各地域の文化も、非常に緊密な交流がなされるようになりました。それによって、いずれは、人間が生みだす文化というものは統合されて、大きな地球的な規模での文化を人間は有つようになるでしょう。」 1989年にコロンビア大学で講演したときの草稿だという。当時これを読んだとき、とても意外な気がしたことを覚えている。たぶん、様々な文化が世界中に存在しているという感覚を世の中が身近に持ち始めたころのことで、その違いの面白さには気づいていたとしても、それが一つに統合される、というまでの感覚には至っていなかったからだろう。なぜ武満さんのこの言葉を思い出したかというと、CDの韓国語で歌う女性シンガーの歌声がとても身近なものだったから。アコースティックのギターやピアノなどのシンプルな伴奏で素朴に歌われる歌声は、たとえばエリザベス•ミッチェルの歌声と重なる。アメリカのオルタナティブなポップミュージックに影響を受けているのだろう、と最初思ったのだが、その「悪くない感じ」は単なる真似やコピーというより、影響は受けていたとしても自分の中から出てくるもの、いいと思うものが率直に表れていることから来るように感じた。日本のポップミュージシャンがやっている音楽も、アメリカまたはイギリスあたりからの影響が濃いと思う。1960年代ならフランスやイタリアのポップスという流れもあったかもしれないが。以前に矢野顕子の歌をピックアップしたものをアメリカの友人に送ったら、すごくアメリカナイズされているね、と言われた。たぶんこれだったら、わざわざ日本のものを聴かないでアメリカ原産のものを聴くよ、ということだったのではないかと思う。
矢野顕子の音楽がアメリカナイズされている、意外ではあるけれど、言われてみればそうなのかもしれない。日本人にとって、アメリカンポップスはマクドナルドのハンバーガーやスターバックスのコーヒーのようにあまりに当たり前なので、もちろん納豆や漬け物も食べるけれど、真似とかコピーというより、自分の主要な形成要素、それを食べて育ちました、というレベルのものなのだと思う。
ソウルからやってきたのはモモミさん以外に3人いて、みんな1980年前後生まれ、インディペンデントの本屋さんや絵を描いている人たちで、作品集をそれぞれからもらった。その作品集を見ていても、このくらいの年代の人々がやろうとしていることは日本でも、ヨーロッパでもアメリカでも、とても近いものがあるように感じる。たぶん、作品の影響力はたとえばアメリカ一辺倒などの一方通行ではなくて、かなりの相互関係性の中にあるのではないだろうか。オルタナティブの世界では、メインストリームと比べて、インターネットが関係性を支えていたりするので、影響の受け渡しもより個別的なのだと思う。
武満徹さんの言う、地球的な規模で人類の文化は統合されていく、は今であれば疑問なく受け入れられる。アートの世界では、音楽でもテキストでも絵や写真でも、インターネットで作品が発表されたり、パソコンとDTP印刷の連動で簡易な本が作られたり、CDが制作されたりして、オルタナティブな制作者同士がつながっていっている。そういう中でオルタナティブベースのディストリビューターの役割も重要だ。アーティストが苦手とする作品の流通や展示の企画で一つの場づくりをしている。日本で言えば、たとえばユトレヒトが海外のインディペンデントなパブリッシャーたちと密に交流しながら、本を流通したり、展示やイベントを開催したり、海外の催しに参加したりしてこの領域を豊かに広げている。それは商売というより一種の活動に見える。ソウルのモモミさんがパートナーのイロさんと去年立ち上げたYour Mindも、韓国ではまだ少ないというインディペンデントの本屋さんである。写真集など作品集を自らもつくりながら、他のアーティストの本やCDを選び流通させるSelected Bookshopである。
上に書いた韓国のアーティストたちのウェブサイトを以下に紹介します。
Your Mind;イロさんがネットで始めたブックショップ。5月21日にリアルショップもソウルで開店。
DALRANG;イロさん、モモミさんが参加しているフォトマガジンのウェブサイト。
アーティストYPさんのウェブサイト。パワフルで個性的な絵がたくさん見れます、本人もすごく面白い人。
YPさんが主催するプロジェクトSSE ZINE。毎月一人のアーティストの展示とジンを発表してきた。現在国外のアーティストを探索中とか。
アーティストNami K.さんのウェブサイト。本人出演のmotion(info → 右サイドのメニューmotion)とclay artがわたしのお気に入り。