20100524

世界はひとつに?

ソウルからやってきたフォトグラファーのモモミさんからCDを1枚もらった。韓国語で歌われているそのアルバムを聴いていて、ふと思い出したことがあった。もう随分前のことになるけれど、作曲家の武満徹さんがこの世界には様々な地域のたくさんの文化があるがいずれ一つのものになるだろう、と書いていたこと。いつのことだっただろうと書棚で本を探したら、2000年に出版された武満徹著作集3の中の「東の音・西の音」の冒頭の文章で、こう書いてあった。「、、、、各地域の文化も、非常に緊密な交流がなされるようになりました。それによって、いずれは、人間が生みだす文化というものは統合されて、大きな地球的な規模での文化を人間は有つようになるでしょう。」 1989年にコロンビア大学で講演したときの草稿だという。当時これを読んだとき、とても意外な気がしたことを覚えている。たぶん、様々な文化が世界中に存在しているという感覚を世の中が身近に持ち始めたころのことで、その違いの面白さには気づいていたとしても、それが一つに統合される、というまでの感覚には至っていなかったからだろう。

なぜ武満さんのこの言葉を思い出したかというと、CDの韓国語で歌う女性シンガーの歌声がとても身近なものだったから。アコースティックのギターやピアノなどのシンプルな伴奏で素朴に歌われる歌声は、たとえばエリザベス•ミッチェルの歌声と重なる。アメリカのオルタナティブなポップミュージックに影響を受けているのだろう、と最初思ったのだが、その「悪くない感じ」は単なる真似やコピーというより、影響は受けていたとしても自分の中から出てくるもの、いいと思うものが率直に表れていることから来るように感じた。日本のポップミュージシャンがやっている音楽も、アメリカまたはイギリスあたりからの影響が濃いと思う。1960年代ならフランスやイタリアのポップスという流れもあったかもしれないが。以前に矢野顕子の歌をピックアップしたものをアメリカの友人に送ったら、すごくアメリカナイズされているね、と言われた。たぶんこれだったら、わざわざ日本のものを聴かないでアメリカ原産のものを聴くよ、ということだったのではないかと思う。

矢野顕子の音楽がアメリカナイズされている、意外ではあるけれど、言われてみればそうなのかもしれない。日本人にとって、アメリカンポップスはマクドナルドのハンバーガーやスターバックスのコーヒーのようにあまりに当たり前なので、もちろん納豆や漬け物も食べるけれど、真似とかコピーというより、自分の主要な形成要素、それを食べて育ちました、というレベルのものなのだと思う。

ソウルからやってきたのはモモミさん以外に3人いて、みんな1980年前後生まれ、インディペンデントの本屋さんや絵を描いている人たちで、作品集をそれぞれからもらった。その作品集を見ていても、このくらいの年代の人々がやろうとしていることは日本でも、ヨーロッパでもアメリカでも、とても近いものがあるように感じる。たぶん、作品の影響力はたとえばアメリカ一辺倒などの一方通行ではなくて、かなりの相互関係性の中にあるのではないだろうか。オルタナティブの世界では、メインストリームと比べて、インターネットが関係性を支えていたりするので、影響の受け渡しもより個別的なのだと思う。

武満徹さんの言う、地球的な規模で人類の文化は統合されていく、は今であれば疑問なく受け入れられる。アートの世界では、音楽でもテキストでも絵や写真でも、インターネットで作品が発表されたり、パソコンとDTP印刷の連動で簡易な本が作られたり、CDが制作されたりして、オルタナティブな制作者同士がつながっていっている。そういう中でオルタナティブベースのディストリビューターの役割も重要だ。アーティストが苦手とする作品の流通や展示の企画で一つの場づくりをしている。日本で言えば、たとえばユトレヒトが海外のインディペンデントなパブリッシャーたちと密に交流しながら、本を流通したり、展示やイベントを開催したり、海外の催しに参加したりしてこの領域を豊かに広げている。それは商売というより一種の活動に見える。ソウルのモモミさんがパートナーのイロさんと去年立ち上げたYour Mindも、韓国ではまだ少ないというインディペンデントの本屋さんである。写真集など作品集を自らもつくりながら、他のアーティストの本やCDを選び流通させるSelected Bookshopである。

上に書いた韓国のアーティストたちのウェブサイトを以下に紹介します。
Your Mind;イロさんがネットで始めたブックショップ。5月21日にリアルショップもソウルで開店。
DALRANG;イロさん、モモミさんが参加しているフォトマガジンのウェブサイト。
アーティストYPさんのウェブサイト。パワフルで個性的な絵がたくさん見れます、本人もすごく面白い人。
YPさんが主催するプロジェクトSSE ZINE。毎月一人のアーティストの展示とジンを発表してきた。現在国外のアーティストを探索中とか。
アーティストNami K.さんのウェブサイト。本人出演のmotion(info → 右サイドのメニューmotion)とclay artがわたしのお気に入り。

20100510

パラノイドパーク、スケートボーダーズの映画

ガス•ヴァン•サント監督による「パラノイドパーク」(2007年)を見た(シネフィルイマジカ)。ヴァン•サントの「Elephant」を思い起こさせる映像のトーンとドキュメントっぽく対象化され映し撮られたティーンエイジャーたちのポートレイトがいい感じ。オープニングの音のない世界(BGMはある)でのスケーターたちの滑りの映像、その何分間かは、これから始まる映画を期待させるに充分。聞こえていない滑りの音が、見る者の頭のなかで響く。

主人公アレックスはポートランドに住む高校生。スケートボードが好きだけれどまだそれほど巧くない、と自分では思っている。パラノイドパークは町にあるスケートボーダーたちの溜まり場、練習場だが、コワモテたちもいて一人ではなかなか行けない場所でもある。そんなある日、アレックスは事件に巻き込まれる。「殺人」あるいは事件性が関係しているところは、コロンバイン高校で起きた銃乱射事件を元にした「エレファント」と似ている。原作はブレイク•ネルソンというポートランド出身の作家による同名のヤングアダルト向け小説。同じくポートランドと関わりの深いのヴァン•サントが本を読んで気に入って、二日でシナリオを書き上げたという話だ。

アレックスを演じるゲイブ•ネヴァンスもポートランド在住で、撮影当時16歳の高校生だった。映画出演は初めて、実は、この映画の出演者の多く(スケートボーダーや高校生)は、エキストラも含めて、MySpaceでオーディション希望者を募って見つけたものだという。ゲイブ•ネヴァンスはエキストラ希望だったようだ。キュートな顔つき、幼さの残るしゃべり、着ているもの、ファッション、なかなか人を惹きつけるものがある。服を見ているだけでも楽しい、と思っていたら、アレックスも含め多くの少年たちの服はほとんど自前のものだという。なるほど、という感じだ。ゲイブによると、撮影前に監督とスタイリストが家にやって来て、Tシャツ1枚とパンツ2、3枚だけ残して根こそぎ服を持っていってしまった、とか。

ヴァン•サントのつくる映画は、ドキュメント的要素がいつもふんだんに含まれている。この映画では、小説を元にした作品を撮っているわけだけれど、登場人物の存在の仕方には、演じている俳優の実像をうまく取り込んでいる部分があって、それが役にある種のリアリティを与えているようだ。

最後の方でちらっとしか出てこないが、アレックスの父親は腕の内側にゾロッとタトゥーがあり、さもありなんという感じで印象深かった。あれはきっと本物と思っていたら、その役をやっていたのはプロのスケートボーダーである、とあとで読んだ。実はヴァン•サントも昔スケートボーダーだったと言う。え、そんな昔からスケートボードはあったの?と思ったが(ヴァン•サントは1952年生まれなので)、調べてみると、今のスケートボードにつながるものとしては、1960年代にカリフォルニアのサーファーたちが波のないとき、水を抜いたすり鉢状のプールで滑っていたのが始まりのよう。ヴァン•サントは1960年代に滑っていたと言っているので、まさにスケーボー第一世代だったわけだ。1978年には「Skateboard」という映画制作にもかかわったようで、そこで多くのスケーターに出会ったと語っている。

ガス•ヴァン•サントは「エレファント」で、2003年カンヌ国際映画祭のパルムドールと監督賞を同時受賞している。知名度やアカデミー賞でのノミネートや受賞もあるのでそうは見えないが、低予算で映画をつくることも多いようだ。この「パライノドパーク」もその一つらしい。ヴァン•サントいわく、「いろんな映画制作者がいるがやり方はそれぞれ。ぼくは安い予算でやろうとしてきた。300万ドルでぼくに1本映画をつくらせるのは悪くない取引だ。その場合、出資者はそれほど多くのことを要求してこない。もし3000万ドルの出資者と映画をつくろうとしたら、たくさんのことが要求されるだろうね。スター俳優を使えとか、リスクのためのいろいろ。低予算の場合の欠点は、映画会社が広く公開しようとしないことだけれど、まあ、それは大丈夫、映画自身が可能性を広げていくし、映画は口コミで伝わっていくだろうから。」 

なるほど。出来上がった映画というのは、予算も含めていろいろな局面を通過したあとの総体、その全体なのだろうか。お金をかけてつくられた映画だけれどあちこちから口が挟まれて最初のアイディアやコンセプトが薄められた作品と、低予算でそのために妥協しなければならない部分が多々あるけれど譲れないものは残った作品。そんな違いが出てくるのだろうか。

MySpaceのParanoid Parkのページ:予告編とは違う、何本かのクリップが見られる。
http://www.myspace.com/paranoidparkthemovie
MySpaceのガス•ヴァン•サントのページ:ブログなどの記事多い。
http://www.myspace.com/gusvansant