大切な場面で大きな仕事をする
どんな職業をもち、どんな暮らしをしている人にも、日々のなかで、あるいは一生のなかで、運命をきめる大切な場面に出くわすことはある。そこで満足いく仕事がしおおせるか、成果を得ることができるかは、何によるところが大きいのだろう。運? それもいくらかはあるだろう。でもそれに頼ることはできないし、運もまたこちらの状況を見てやってくるものかもしれない。いい運を呼び込みたいなら、何か他の力が求められそうだ。NHKBSで「サッカーボーイズ」というシリーズドキュメンタリーを見た。6回シリーズの2回目のところで気づいたので、初回は見ていない。内容は、イギリスとアイルランドの16、17歳の10人のサッカー少年がイタリアにわたり、強豪クラブ、インテルの入団テストを受けるというもの。10人のうち1人だけが、インテル・ユースと1年間の契約を結べる。この10人は、本国で7000人の応募者のなかから選ばれたサッカーエリート少年たち。
撮影時インテルはセリエAでトップ、また2009/2010の欧州チャンピンオンズリーグの覇者にもなる。監督は知る人ぞ知るモウリーニョ。モウリーニョ自身も番組に登場する。審査は数週間にわたり、インテル・ユースのコーチであるマルコがみずから行なう。10人を1人に絞っていく過程は、精神的にも過酷なものだ。まだ子どもの顔を残す少年たちは、ときにホームシックになりながらも、親元から離れて長期間暮らすなかで、自己の能力と厳しく対面し、他者から遠慮のない批評を受け、荒波にもまれながら抱える問題を克服していかなければならない。
各回で紹介される「振り落とし」の過程は、あらかじめ2、3人の「危険ゾーン」にいる脱落候補者が告げられ、その者たちにコーチがそれぞれの問題点を教える。そして次の練習試合でその成果を見て判断し、脱落者と合格者を決めていく。自己を冷静にみつめ、要求されていることを満たすという問題解決能力、それをコーチは見極める。このような判断にさらされるのは、プロの選手になった後、毎日の練習のなかで日常となる。それによって次の試合のメンバーになれるかが決まるからだ。そういう意味では、こういうストレスの大きい過程そのものが選手生活であり、そこを自力で通過する能力が求められている。
少年たちにとって、たった1回の試合の出来不出来で判断されるのはきついことだ。でもそのたった1回のところで、もてる能力を出さなければいけないのがプロのプレイヤーでもある。大きな試合の、勝ち負けを分つところで、決勝点をあげる、という場面を何度も見てきた。そこに何があるのか、なぜそうなったのか、には偶然ではない理由があるように見える。
真面目さだけでは通用しない。ただ真面目に取り組んだだけでは成果は得られない。取り組みへの意識の高さが必要なのではないか、という気がする。それは非常に能動的なものだ。自分の内にある真剣さと言ってもいい。真剣さはどこから来るのか。それは自分がどれだけそのことを欲しているか、求めているかの強さの度合いかもしれない。人があることに真剣になること、そこは不可知の領域、ものごとの生まれる始まりの場所、神秘の場所だ。それを一度でも体験したことのある者は、何かあるごとに、その感覚を呼び戻そうとするかもしれない。
わたしの好きなサッカープレイヤーに、韓国出身のパク・チソン選手がいる。この選手のここ数年の選手生活を見てきて、最初はなんと運の強い人だろう、なんというラッキーボーイなんだ、と思っていた。でもよくよく見ていくと、この運の良さは彼自身が生み出しているものに違いない、と考えるようになった。そしてそこのところが、世界レベルで見れば大物スター選手ではなくとも、人を惹きつける力になっている。
本人の弁によれば、「自分は平凡な選手」だと言う。心肺能力が人並み外れて高いものの、サッカーの能力で見れば特に突出したものはない、という意味だろうか。この「平凡な選手」がここまで成してきたことは、記録を見るだけでも決して小さくはない。しばしばアジア最高のフットボーラーと言われる由縁だ。日本人から見れば、中田英寿や中村俊輔だって欧州で活躍したのでは?と思うかもしれないが、キャリアのデータを比べればその差は歴然とする。ワールドカップに3大会連続フル出場(これは中田も同じ)、すべての大会でゴールを上げ(中田は日韓大会のときの1点のみ)、2002年大会ではチームがベスト4(日本はベスト16)。クラブ歴では、オランダ1部リーグで3年間プレイする中でリーグ優勝2回、欧州チャンピンオンズリーグ(CL)でも活躍し、2005年チームはベスト4にまで登り詰める。CLでの活躍がイングランドのビッグクラブの目にとまり、マンチェスター・ユナイテッドに移籍。チームはパクの入団後、3年連続リーグ優勝、欧州チャンピンオンズリーグ優勝を果たしている。オランダでもイングランドでも、チーム状態がベストのときに在籍している幸運ぶりだ。中田は意外にも欧州チャンピンオンズリーグへの出場経験はない。中田が日本で一二を争う、優秀な選手であることは間違いない。ではどうして、キャリアの記録ではこれだけの大きな差が出てしまったのだろう。
大きな才能を持ちながら、それを充分に表現し披露することができなかった者がいて、一方に「平凡な選手」であるにも関わらず、運を強力な味方につけ、才能を開花させる者がいる。その差は何か。そこに何か法則があるとすれば、サッカーやスポーツ以外のことにも通じるのではないか。パク・チソン選手はきっとその何かをつかんだのに違いない。
先週のイングランド・プレミアリーグ、大一番と言われて注目を集めたマンチェスターUとアーセナルの対戦で、パクは決勝点を上げた。激しい攻防が繰り広げられた緊迫した試合の中で、1−0の勝利となったその1点は、相手ディフェンダーの脚にリフレクトしたボールを素早い反応でゴールに流し込んだものだった。ボールはポストの内側の高い位置に当たってネットを揺らせた。あとわずかボールが低かったら、大きくジャンプしたゴールキーパーの手に弾かれていただろう。イングランドのマンUファンたちの間でも、「あれはラッキーゴールだったのか?」それとも「技ありか?」と話題になったらしい。スロー再生で見ると、棒高跳びの背面跳びのような姿勢でボールを頭に当てたとき、顔の向きはしっかりゴールマウスに残っていたことからも、確信のプレイだったのだろうと思う。それが運を呼び寄せたのに違いない。