20120218

サッカー本とスポーツジャーナリズム

音楽を好きな人は聴くだけでなく、音楽についての本を読むだろうし、車の好きな人は車に関する本を読むのではないか。好きの程度にもよるだろうし、どんな風に好きなのかによっても変わってくるとは思うが。音楽も車も一つの文化であるから、文化としての深度がどれくらいあるかによって、書かれる本の内容の豊かさも変わってくると思われる。

ではサッカーの本はどうだろう。わたしはサッカーを見るのが好きなので、漠然とサッカーの面白い本はないかな、と探してみることはある。ただこれまでの印象としては、面白い本がたくさんあるという風でもなかった。雑誌もそうで、サッカー雑誌で読みたいと思うものはなかった。サッカーを題材にしていても、なんというか、トーンがまったく違うといったらいいのか、自分が求めているものからはほど遠く、書店の雑誌コーナーで見かけるようなものはほとんど手にしたことがない。例外的に「サッカー批評」という季刊の雑誌とフットボリスタという海外サッカーの情報週刊誌は、買ったことがある。この二つは他の日本のサッカー雑誌とスタンスが違うように見える。

"The Green Soccer Journal"というイギリス発のサッカー雑誌を最近知って買ってみた。「洗練された、既存のものとは違った方法論」による「ビジュアルで見せる」新しいスタイルのインディペンデントのサッカー雑誌、という触れ込みだった。2010年冬号が創刊号で、年4回の発行のようである。今回買ったのは2012年冬号で、ゴールキーパーの特集をしていた。表紙はイタリアのベテラン・ゴールキーパー、ブッフォンの横顔のポートレート。美しい写真だ。中を開くとまず写真が多いことに気づく。写真の傾向としてはアート的で、ポートレートまたはファッション写真のアプローチ。特別目新しい感じはないものの、写真はきれいなので見ていて気持ちいい。写真以外は記者やライターの書いたテキストとプレイヤーへのインタビューである。

この号はゴールキーパー特集ということで、何人かのゴールキーパーを取り上げて写真とテキストで紹介していた。イギリス発の雑誌ではあるが、おおむねグローバルな目線で編集されているようだ。ティム・ハワード(アメリカ出身、イングランドのエバートン所属)、ブッフォン(イタリア出身、イタリアのユベントス所属)といった現役で活躍するプレイヤーから、ボブ・ウィルソン(スコットランド出身、元イングランドのアーセナル所属)、シェップ・メッシング(アメリカ出身、元ニューヨーク・コスモス所属)といったレジェンド、名前を言っても知っている人はいないと思われるニッキー・サラプ(サモア出身、2001年のワールドカップ予選、対オーストラリア戦での31ー0という大量失点による世界記録保持者)、果ては現在殺人罪で収監中のブルーノ・フェルナンデス・デ・ソウザ(ブラジル出身、元ブラジルのフラメンゴ所属)まで、さまざまな地域のさまざまな経歴のゴールキーパーに焦点を当てている。

ティム・ハワードのインタビュー記事は面白かった。1号の中で数人のキーパーを選択するときに、この人を選んできたのはちょっと渋いと思った。いいゴールキーパーだと思うが、それほどスター性があるといった人ではない。アメリカ代表の正ゴールキーパーであり、所属クラブのエバートンでも安定したプレイを毎試合見せている人ではあるが。この雑誌を手にとらなければ、この人のインタビューを読む機会はなかっただろう。テキストはたった2ページでファッション写真のようなポートレートが7ページ(ひょっとして容姿で選ばれた?)。それでもこのプレイヤーの人となりが伝わってくるいい記事になっていた。それほど深い質問をしてはいない。食生活や家のインテリアについて、どんな本を読んでいるか。イングランドでの好きなアウェイ・グラウンドはどこで、そこがどんな風に素晴らしいのか、北中米でライバルのメキシコのチームとそのファンの熱狂について。語る言葉は簡潔で短いけれど、とても真摯でストイックな人柄が好印象を与えていた。彼の言葉には、ゴールキーパーという孤独でタフなポジションについて、こちらの想像力を刺激するところがあった。

この雑誌の最後の方で、FCチューリッヒのホームスタジアムについてのレポートがあった。2008年のユーロ開催が当地で迫っていた2006年、スタジアムを新しくするため取り壊しをしたのだが、そのとき近隣のファンを招待して、81年間の厚いサポートに感謝し、観客席の座席や各種サイン、ピッチの芝を取り外して持ち帰ってもらったという。座席を自宅の庭にベンチのように並べて取りつけた人、書棚の脇や読書コーナーに椅子として置いた本屋さん、階段席に仕立てた小さなアート系映画館と、その後の座席シートの「新生活」が美しい写真で紹介されていた。

わたしがこのThe Green Soccer Journalという雑誌に興味を引かれたのは、サッカーを語り、見せるときに、今までのサッカー雑誌とは違うアプローチがあるはず、という視点を編集者たちがもっていたところにある。サッカーというスポーツの面白さの中心は、もちろんゲームの中にあるとは思うが、そのゲームを取り囲む「さまざまな事情、状況」がゲームにとって大きな意味をもつこともある。チームと監督、所属選手たち、クラブのオーナーやスポンサー、スタジアム、サポーターやホームグラウンドの町、そういった要素を背景に抱えた二つのチームが一つの試合で対戦するわけだから。

そういった意味で、まだ読了していないが、「サッカーと独裁者」(2011年12月、白水社刊)も興味深い本だ。副題に『 アフリカ13か国の「紛争地帯」を行く』とあるように、アフリカにおけるサッカーの意味や状況を、イギリス人ジャーナリストが取材し報告している。アフリカでは多くの国が政変や内戦、貧困や飢餓などに苦しみ、サッカーどころではないように見えるが、無類のサッカー好きがたくさん住んでいる地域でもある。また近年はヨーロッパで活躍するスター選手をたくさん輩出しており、プレミアリーグなどのテレビ放映は人気の的らしい。サッカーをやることは、子どもたちにとっても、楽しい遊びであると同時に広い世界へ、未来への希望につながるものでもあるようだ。

The Green Soccer Journalと「サッカーと独裁者」は最近見つけたこれは、というサッカー本。どちらもイギリス発の本である。確かにイギリスにはサッカー文化と呼べるようなものがあるように見えるから、それを語る本も通り一遍ではない、ユニークな視点からのものが生まれるのかもしれない。日本語で書かれた面白いサッカーの本を読めるようになるには、きっと、サッカーを取り巻く環境やサッカーを見る人々のレベルが上がらないと実現しないだろう。

サッカーが好き、と言ったとき、日本代表チームや日本の選手たちだけに特別な興味があって、そのことだけに終始しているという状態はあまり未来がないように思う。「サッカー」と「日本人であること」は特に関係はないはずだ。愛国心などなくても、サッカーを楽しむことはいくらでもできる。日本のスポーツジャーナリズムで気になるのは、サッカーに限ったことではないが、「日本人なら日本のチームや日本人選手を応援しているはず」という強い思い込みが見えることだ。テレビのサッカー中継で、NHKや民放、CSのいくつかの局を見ているとき、低いレベルの実況を見せられていると感じることが多い。実況のレベルを保つための基準やプランがないように見える。どういうことかと言うと、欧州の試合の中継をする場合、そこに日本人選手が出ていてもいなくても、解説者と実況アナが日本人選手についてのおしゃべりを延々している、というようなことだ。欧州でプレーすることを「我が子の晴れ舞台」くらいに思って応援していることは理解できるが、目の前の試合はそっちのけ、実況としては役に立たないひどいものだ。「日本人ではない人」や「日本人選手に興味のない人」も視聴者にはいる、ということがわかっていない。

サッカーの本や雑誌といえば、日本代表の本田や長友や香川の顔写真がでかでかと表紙を飾っていないと売れない、ということが真実であるなら、それは本をつくる側の問題だけではなく、読む側の問題でもある。スポーツジャーナリズムやスポーツ文化というのは、それを受けとり、支えている人々の好みを映すものだからだ。

ただ文化というのは、進化させたり発展させたりしていくものでもある。サッカー中継にしても、聞いていて面白く、役に立つ実況や解説を備えた番組はあるし、そういう実況者、解説者も何人かいる。その人たちのがんばりで、視聴者たちは成長もできる。サッカーを取り巻くさまざまな状況や知識を得て、試合を見る目を肥やしていくことができる。試合の実況中継のレベルが与える影響は、スポーツ文化やスポーツジャーナリズムにとって、決して小さくはないと思われる。



その他のサッカー本で印象に残ったもの:
祖国と母国とフットボール」(慎武宏著、2010年3月、ランダムハウス講談社刊):在日朝鮮・韓国フットボーラーたちのプロへの道のりと国籍やアイデンティティにまつわる悩みを追ったノンフィクション。
Scholes: My Story」(Paul Scholes著、2011年11月、Simon & Shuster UK刊):昨シーズン引退したイングランドのサッカー選手の回想録。17年の選手生活を写真で振り返り、本人や周囲の人々のコメントを添えている。
名もなき挑戦」(パク・チソン著、2010年10月、小学館集英社プロダクション刊):原題は「より大きな自分のために自分を捨てる」。7年前にアジア人初の欧州ビッグクラブ入りを果たした韓国人・現役サッカー選手の回想録。