PODで本をつくる(アメリカと日本のアマゾン比較)その1
一つのPDFファイルで、日米両方のアマゾンで本をつくってみた。アマゾンが提供するPrint On Demand(以下POD)のシステムをつかっての本づくり。PODの仕組とは、本のプリントデータを印刷所(この場合アマゾン)が保管し、注文があったときに1冊ずつ印刷機にかけるというもの。印刷機の進歩もあって、仕上がり、コストともに充分使えるものになってきたようだ。
PODの利点は何かといえば、版元が在庫をもたなくていいこと、絶版がないこと、本をつくるのに予算やコストを考えなくていいこと、本の発送はコストも含めてアマゾン側が請け負ってくれること、望めば一つの印刷元データで世界中で印刷が可能なこと、などが上げられる。ある意味、本づくりの根本が変わるようなことである。これまでのように、ターゲットとなる層を想定し、印刷部数を決め、売れた場合は重版をし(あるいは品切れ、絶版状態のまま保留し)、ということがない。ひとたび本をつくれば、半永久的に世の中に残る。また資金のない著者や小さな出版社も、本をつくるプランさえあれば、誰もがつくりたい本を世に出すことができる。
欠点は何か、と考えると、それほど売れない可能性もあり、ロイヤルティから換算しても大きな利益にはなりにくいということか。根本的に、大手出版社が新刊発売のときにやっているような、マスメディアをつかっての広告宣伝やパブリシティ、書店やギャラリーなどでのイベントを通して、最初のところでなるべくたくさん売る、という方法論とはかなり違う出版となる。刊行したところで、作者や版元がネットでニュースを流すこと以外は、検索にかかって人々が本を見つけてくれるのをじっと待つ、というスタイルになる。そのかわり、本が売れるきっかけは、売り出しのときのみということもない。のんびり、まったり、でも十年後、二十年後でも在庫してますので、いつでもどうぞ、という世界だ。
現在の商業の流れから見ると、ずいぶん外れているように見えるかもしれないが、将来はわからない。それに「こういう本をぜひとも世に出したい」という人にとっては、利益を目的としていないかぎり、目的は達せられる。本づくりについての研究、勉強は必要だけれど、「○○万円であなたの本をつくります」的な、他人を儲けさせる出版をしなくてすむ。
具体的にどうやったらPODで本が出せるのか。アメリカのアマゾンと日本のアマゾンでは、かなり違う部分がある。考え方、もっと言えば思想がまったく違うようにも見える。それはアメリカ社会と日本社会の違いから来るもの、と言うこともできそうだ。
アメリカのアマゾンでは、PODのプログラムは、すべての人に開かれている。唯一の条件は、amazon.comのIDを持っていること。本を買うときにつくるアカウントだ。有名無名も、作家かどうか(作家であるかどうかを証明するのは難しいが)も、出版社とつながりがあるかどうかも、まったく関係ない。個人、インディペンデントな個人で充分。むしろ初めて自分の本を出版しよう、という人にあらゆる説明の基準を置いているようにも見える。本を出すにはどうしたらいいか、まだ書きはじめていないのなら、どのように本の体裁をまとめればいいか、など懇切丁寧で、あらゆる質問に答えるべく待機しているように見える。いわば「本づくりの学校」みたいな感じ。
日本のアマゾンの方は、一見、出版社という法人だけでなく個人の著者にも開かれているように見えるが、実際は、出版社通しのようにもサイトからは見える。個人が出版する、ということが「想定外」なのかもしれない。アマゾンのトップページの一番下に、「すべてのサービスを見る」という項目があるので、そこをクリックする。次ページの真ん中あたりに、「出版社および著者、著作権者向けプログラム」という項目があり、そこに「プリント・オン・デマンド」とあるから「詳細はこちら」に行く。詳細ページの下の方に、資料請求・お問合せとあるので、そこから連絡をとる。その下あたりに、「著者の方は、出版社を通じてお申し込みください。 」と書いてあるのは、どういう意味なのだろう。出版社から本を出した人は、版元の許可を得てから申し込むように、ということか。では出版などしたことない人、「プロの作家」ではない人は、このプログラムに参加できるのか。そこのところはわからない。葉っぱの坑夫の場合は、すでに出版社としてアマゾンで本を売ってきているので、純粋な個人が受け入れてもらえるのかどうか、試す機会がなかった。ただ、葉っぱの坑夫も、最初の連絡はここのページのフォームをつかっている。少しして担当者からメールで返事が来た。すでにアマゾンで本を売っていたからなのか、ISBNをもっているからなのか、そういうことに関係なく、受け入れてもらえたのか、わからない。非情に丁寧な対応で、PODを進めるにあたって、担当の人には随分助けてもらった。
POD出版する際に、個人にとってネックになりそうな点は、しいて言えば、ISBNの取得と税金関係の申請をアメリカのIRS(The Internal Revenue Service/米国国税庁)にしてEINのナンバーを取得するという2点か。ISBNの方は、日本図書コード管理センターに申請して、管理料などを払って取得する。特に資格はいらない。2、3年に1回、更新料を支払う必要があるが、個人でも払える金額だ。IRSの方は書類がすべて英語なので、慣れない人は少し苦労するかもしれない。でもネットを探すと、経験者が自分の書類を例としてあげて説明していたりもするので、そういうものを参考にしてつくればいいと思う。EINを取得することによって、アメリカで本を売っても課税の対象にならない処置ができる。日本のアマゾンでPOD出版する場合も、この処理がいる。葉っぱの坑夫はここで少しつまずいて、余分な時間を取られてしまった。海外の事務処理では、郵便局の小切手などでもときどきあることだが、慣れない名前(日本語の)を間違ってタイプしてくることがよくある。これが起きた。IRSから来た、EINが取得できましたという知らせの名前が、WEB PRESS HAPPO-NO-KAFUとなっていた。何回訂正の手紙を送っても、変わらず何回もWEB PRESS HAPPO-NO-KAFUでまた返ってくる。怒り心頭であったけれど、ふと冷静になって、名前が間違っていても、特に障害がなければいいじゃないか、この名前で本を出版するわけではなく、ただの税制上の処置なのだから。と考え、そのままでいくことにした。
おそらく、この二つが整えられれば、日本のアマゾンでもPODで個人が本を出版することは可能ではないかと思う。なぜならアマゾン側にとっても、特に不都合なことはないだろうと思えるから。日本の会社といっても、元はアメリカの会社。普通の日本の企業とは、基本が違うのではないかと想像する。一般に日本の社会では、「個人」は「消費者」であることだけが望まれている。法人が仕切っている世界に、個人が首をつっこむことは望ましくないことになっている。
日本語だけで書かれた本を出すのであれば、日本のアマゾンでPODを始めるのがいいと思う。英語やバイリンガル、ビジュアルの本であれば、アメリカのアマゾンで本をつくることも一考してみたい。日本のアマゾンでは、表紙以外は今のところ、モノクロ印刷しかできない。アメリカのアマゾンでは、フルカラーの本も作れる。絵本や写真の本も出版されていた。試しにカラーの絵本を購入してみたが、印刷はきれいだった。これならカラー印刷と言っていいと思える。ただし刷り見本を出しての色校正はできない。画面上でプレビューを見るだけだ。そこは割り切るしかないだろう。PODの本は、アメリカでも日本でも、サイズやページ数についてはかなり自由度が高い。大きさで言うとA4サイズくらいまで、ページ数は800ページくらいまで印刷が可能。
アメリカのアマゾンで本を出すと、希望すればヨーロッパのアマゾンでも販売ができるように最近なった。イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、スペインなどである。アメリカに提出した書誌データ(本の概要を伝えるもの)や参照画像が、イギリスではほぼ自動で向こうのサイトに反映されていた。フランスなどのサイトは言語が違うので、商品説明が載らない。画像登録や、中味検索で個別に補うしかないだろう。それでもヨーロッパでも本が売れるのは素晴らしい。
アメリカのアマゾンPODは、その仕組からして日本のものとは異なる。出版に関する実務を担当しているのは、アマゾンが買収したCreateSpaceという個人出版支援プログラムの会社。使ってみて、いろいろな点で優れていると思った。本をつくるための方法もヴァラエティーに富み、様々なツールが用意されていて、こちらの能力や好みで選ぶことができる。(次回につづく)