移民たちのクックブック(1) イタリア人のパスタ料理
移民と食というのは、移民と言語と同じように、なかなか面白い組み合わせのテーマだと思います。
ここから二、三回にわけて、移民家族で育った著者による四冊の料理本を紹介したいと思います。どの本も、「移民」という観点で出会った本ではなく、たまたま移民系の作者の料理本だったということなのですが。最初に紹介するのは、イタリア系アメリカ人のフードライター、ドメニカ・マルチェッティの「イタリアのおいしいパスタ(The glorious Pasta of Italy)」。パスタソースのバリエーションが知りたいと思って本を探しているときでした。
これは私的な印象なのですが、一般に日本の料理本は実用本位というか、料理の作り方さえ書いてあればOKというものが多い気がします。ハウツー本的な印象が強いといいましょうか。料理や材料、素材の背景についての記述や、料理人である著者のパーソナルな体験や考え方などが感じられる料理本は少ない気がします。パスタの本を探していて、日本語の本でいいものが見つからず、キンドルで英語の本を探してみました。そして出会ったのがドメニカのパスタの本でした。
海外の料理本というのは、材料の問題や食習慣の違いなどがあって、あまり役に立たないことがあります。ドメニカのパスタの本も、実際につくって食べたのはまだ3種類くらいです。でもその内の二つは、アッというほどおいしく、またパスタソースや材料を「煮る」ということに対して、目を開かされるものがありました。たった一冊の料理本ですが、調理をしていて、海外からお客を招いたような香りが部屋に漂い家をつつみました。
「イタリアのおいしいパスタ」はまず長めの謝辞で始まります。この本をつくるのに、多くの人の手助けが欠かせなかったというわけです。次にIntroduction(はじめに)の長い文章があります。はじまりはこうです。「わたしの家には、パスタ料理というものはありません。それはいつも『「おいしい」パスタ料理』と表現されるのです。」 これは著者のお母さんが、イタリア語でいうところの「un bel piatto di pasta」を翻訳してつかっていたフレーズのようです。著者のお母さんはイタリアのアブルッツオ出身で、夕ごはんの食卓での話題はいつも、次の晩何を食べるかに集中していたとか。ドメニカはフードライターになる前は、新聞記者をしていましが、政治の話やその日の事件のことより、明日の夕飯のメニューこそが大切だったと言っています。
このIntroductionにつづいて、パスタをつくるための道具類(フードミルやトングなど)の話、中身の材料(トマトや塩、様々な種類のチーズなど)の話、そしてドライパスタと手製のパスタの話、と説明がされていきます。この本のいいところは、自分の料理のレベルや揃えられる材料や道具の範囲の中で、充分に役にたてられること。手製のパスタをつくる(生地をつくる)場合も、ドメニカはリラックスして楽しんで作ることが大事、もし途中で失敗してもこうしたら大丈夫、というように読者を導いてくれます。またドライパスタについても、このブランドのものはクォリティが高く手に入れやすいといって、たとえば日本でも買えるDe Ceccoの名をあげています。
本質に沿った、あるいは伝統的な手法によるハイクオリティな料理法を示しつつも、誰でも作れる工夫や簡素化した作り方も欠かさず書いてくれていて、そのオープンな著者の気質がこの本の魅力になっています。わたしが最初に挑戦してみたのは、「夏のチェリートマトのファルファーレ」。実はこれを作るまで、チェリートマトのことを「子どものお弁当用のバイオ野菜」のように思っていました。ところがこれが、大きい普通のトマトより味も色も濃くて、違った使い方ができるのだとわかりました。18世紀頃から南米で栽培されていたそうです。チェリートマトのファルファーレですが、あの蝶ネクタイ型のパスタではなく、わが家では1.6mmのスパゲティのソースにして食べています。
作り方はシンプル。材料は、チェリートマト、オリーブオイル、ニンニク、バジルの四つ、それに塩コショウです。最後に上に乗せるリコッタサラータ(チーズ)は、フレッシュチーズでも無しでも問題なかったです。フライパンにオリーブオイルを入れて、薄く薄くスライスしたニンニクを7分くらい焦がさないように炒めます。半分に切ったチェリートマトをフライパンに入れ、オイルとニンニクとからませ、火を弱中火にします。15分ふたをせずにぐつぐつ煮ます。トマトがくずれてソースがどろどろしてきます。塩とコショウを入れて火からおろし、バジルが生の場合は、その中にソースを入れます(生がないときは、家ではドライバジルを入れています)。ソースが少し煮詰まったときは、パスタのゆで汁を入れて乳化させます。茹でたパスタをソースの中に入れて優しくトスしながらからめます。
たったこれだけなのですが、今まで食べたことのないような味に仕上がります。ニンニクを炒める時間の長さ、トマトを煮る時間の長さ、それからゆで汁をつかってソースを乳化させる、この辺りが違いを生んでいるのかな、と思います。
イカのトマト煮パスタ(Tomato-Braised Calamari Sauce)、これも遠い異国を思わせる味でした。材料はイカ、玉ねぎ、ニンニク、赤唐辛子、オリーブオイルなど普通のものばかり。トマトはトマト缶をつかいます。ポイントはイカをよく煮ることです。だいたい1時間弱煮ます。イカというものは煮すぎると固くなる、と思い込んでいましたが、この本に「充分に柔らかくなるまで煮ること」とあったので、その通りやってみると、非常に柔らかくおいしくなることがわかりました。また煮込んでいるとイカの匂いが部屋に満ち、ニンニクやオレガノ、唐辛子の匂いとあいまって、こってりと深い香りに食欲をそそられ期待が高まります。わが家の定番メニューの仲間入りしました。
ドメニカによると、ソースはパスタに対して控えめがいいそうです。ソースをパスタによくからませたあと、少しトッピングとして上に乗せる、それくらいがいいとか。この本にはちょっとした、でもおそらく本質的に大切なポイントが書かれていて、読んでいるだけでもいろいろ発見がありました。たとえばパスタをゆでるときは、たっぷりの塩をつかうこと、とか。そうすればソースの方の塩は少なめで大丈夫。ゆで時間のタイマーは、麺を入れて再びボイルがはじまってからON、とか。ゆでている間は常に沸騰させておく、とか。
次回以降は、ベトナム系アメリカ人Andrew X. Phamの「A Culinary Odyssey(ぼくの料理日記、旅と料理と東南アジアの思い出)」、在日韓国人コウケンテツの「鶏本(家族の味、僕の味)」、アイルランド移民三世のジョージア・オキーフの「A Painter's Kitchen」を紹介したいと思います。
紹介したドメニカの本:
"The glorious Pasta of Italy" by Domenica Marchetti.
またイタリア料理に興味のある人は、ドメニカのウェブサイトdomenica cooksがおすすめ。
http://www.domenicacooks.com/