移民たちのクックブック(3) 在日二世コウケンテツの料理と旅
イタリア系、ベトナム系移民の料理本を二回にわたって紹介してきました。今回は在日韓国人のコウケンテツの料理本について。今ではかなりの人気者で、有名人といってもいいくらいのコウケンテツさんですが、わたしが彼の料理本に出会ったとき、まだそれほど知られているようには見えませんでした。
近所の本屋さんを見ていて「鶏本」という本を新刊の平台で見つけました。2009年のことです。副題に「家族の味、僕の味。」とありました。鶏本とは変わったタイトルだな、と思い手に取ると、表紙(カバーの内側の)はノートのようなデザインで、中の写真もレイアウトもいい感じでした。出版社はソニーマガジンズ。最初のイントロダクションに「僕は、鶏好き」と題した文章がありました。多国籍風のレシピにも興味を惹かれましたし、本の最後の「僕の好きな世界の鶏料理」という世界地図入りの料理案内も素敵でした。また著者が在日韓国人であることにも、親近感をもちました。知らない著者のものでしたが、料理人のアイディアと本をつくる編集者の、どんな風に読者を「鶏料理の世界」に導きたいかが伝わるいい本に見えました。
本を買ってから、いくつもの鶏料理を実際につくってみました。どれもとても美味しいのです。いつの間にかわたしも鶏好きになっていました。そしてNHK BSでシリーズでやっている「コウケンテツが行くアジア旅ごはん」なども、いくつか見ました。アジアの国々を訪ね、地元の市場をまわり、辺鄙な村まで行ってホームステイし、家の人にその土地の素材や調理法を学び、さらに台所を借りて土地の素材をつかって、彼が家の人に料理をふるまったりもしていました。草、ハーブ、虫などかなり変わった素材やキツイ(超辛いなど)味覚にも負けず、好奇心全開であらゆる料理や素材に挑戦するコウさんに好印象をもちました。
それを見ていて思ったのは、コウケンテツという人は、韓国からの移民という自分の出自をうまく自分の仕事に生かしているな、ということ。同じく料理家である母親のつくる朝鮮半島のものを食べて育ち、同時に住んでいる日本の食材や料理にも親しんできた、そのことが未知の国の料理法や食材への強い興味と旺盛な摂取能力につながっている、そんな風に感じました。「韓国と日本の狭間にいる自分は、中途半端な存在」とアイデンティティについてテレビで話していたことが、実は多様な存在への肯定や異種混合への許容、フラットなものの見方につながっているのではないかと想像します。
鶏本でわたしのお気に入りのレシピは、手羽先と青菜のコラーゲンスープ、手羽先の辛いコチュジャングリル、手羽元と大根のあまから煮、鶏ものとじゃがいもの塩ハーブ炒め、骨付き蒸し鶏の2色アジアンだれ、スパイシータンドリーチキンなど。作り方はシンプルで、でも食べたことのない味が体験できる、素晴らしいクックブックです。
コウケンテツさんは新聞でレシピを連載していた時期があり、それは切り取ってファイリングしていました。その中にも鶏料理がありました。「カリカリハーブチキンソテープレート」という料理で、これは偶然生まれたレシピだそうです。出張から腹ぺこで帰ったコウさんが、荷物を片付けている間に出来ていたという一品。フライパンに鶏を入れて15分くらいして、アッと思って見にいったらカリカリの鶏料理ができていて「めっちゃうまかった」とのこと。作り方は簡単。フライパンにオリーブオイルを入れて充分温め、切り込みを入れ塩こしょうした鶏もも肉を入れ弱火にします。上にハーブ(ローズマリー、タイムなど)を乗せます。じっくり10分くらい焼いて、裏返してさらに数分。取り出してレモンを添えます。わが家では生のハーブがないとき、ドライハーブでつくることもあり、それでも美味しいです。
いくつかの料理本を読んでいて、最近気づいたことに塩やオイルの選択があります。オイルについては、オリーブオイル、ひまわり油などをすすめている料理人がとても多いです。それは素材のヘルシー度、安全性に関係していて、いわゆるサラダ油(キャノーラなど)は成分や添加物の点でよくない、ということで一致していました。前回紹介した二人(イタリア系、ベトナム系)の料理本でもそう書かれていました。各メーカーから安価で出ているサラダ油はどうも問題がありそうです。わが家では、元々つかっていたオリーブオイルとごま油、それに最近つかい始めたひまわり油、この三種の油だけつかうようになりました。
オリーブオイルは「オリーブオイルの真実」という本が話題になりましたが、最近イタリアのアブルッゾ産のオリーブオイルを買ってつかってみました。一回目に紹介したドメニカのおすすめのオリーブ農園でつくられたものです。運よくそれを日本で輸入している人がいて、そこから買いました。フランチェスカという女性がやっている農園でつくられた、無農薬で精度の高いオリーブオイル。農園の様子を撮ったビデオがここにあります。
アブルッゾにあるフランチェスカのオリーブ農園
塩についてもずっと気になっていました。ドメニカのレシピでは必ずコーシャーソルトがつかわれています。また次回紹介するオキーフのレシピでもつかわれていました。近所のスーパーでは売っていないので、アマゾンで調べたらありました。1.3kg入りで800円程度、それほど高くはないです。アメリカ産で、紙のボックスに直に塩が入っていて、小包の箱から取り出そうとしたら塩がこぼれてきて驚きました。まだ1、2回つかったところですが、しっかり塩の味がしてなかなか良さそうです。フレッシュなサラダにコーシャーソルト、挽いたコショウ、レモン汁、フランチェスカのところのオリーブオイルをかけて食べたところ、何がどう作用したのかかなり美味しかったです。次回紹介するオキーフのレシピにあった、シンプルなチキン料理にもこの塩をつかってみました。それについては次回書きます。