キンコン西野、パート2
2月に『キンコン西野の「お金の奴隷解放宣言」』というタイトルで、キングコングの西野亮廣さんのことを書いたけれど、それ以降もこの人に注目し続けている。
西野さんの面白さ、特異さはかなり突出していて、やることなすことが興味深い。そしてその弁も面白い。お笑い芸人という職業的な才やエッセンスが何をしても、何をつくっても、至るところで効いていて、得しているなあと思う。そういえばマックンパックンのパックン(アメリカ人の方)も、日本版ニューズウィークでコラムを書いているけれど、この人のお笑い以外の仕事は、笑いのセンスあってこそという気がする。
注目していると書いたけれど、実は西野亮廣さんのキングコングとしての活動、つまり漫才は見たことがない(多分)。では何を追っているかと言えば、毎日更新されるブログや、ハミダシターというトーク番組(FOD=フジテレビオンデマンド)のネットでの視聴、活動にともなうクラウド・ファンディングのページなど。
西野さんが人を惹きつける理由は、アイディアの豊富さ、決断の早さ、実行力、そして人脈の豊かさ、面白さ。またいつ寝てるのだろう、いつ食べてるのだろう、というくらい、常にフル回転しているように見えること。ブログがほぼ毎日、濃い内容で、それなりの長さで、図版(デザインアイディアやイラスト、写真など)をともなって更新されている。朝の8時台の更新がけっこう多いから、早起きしてるのだろうか。とにかく毎日のように新しいことを思いつき、すぐにそれに手をつけ、今こんな風になってますーとブログで報告している。
西野さんの活動は多岐にわたるから、一つ一つ説明するのも大変だけれど、たとえば絵本の制作とその販売。最新の絵本『えんとつ町のプペル』は、西野さん(絵本作家としては「にしのあきひろ」と名乗っている)がストーリーやベースの絵を描いたあと、クラウド・ソーシングでスタッフ(完全分業制なので、いっしょに絵を描いて仕上げていくためのチームメンバー)を募集し、クラウド・ファンディングで資金を集めたとか。幻冬舎が版元になっていて、一般書店やアマゾンでも売っているけれど、それ以外に自らの手でも販売しているという。自らの手でというのは、ネットで直接注文を受け、サインを入れた本を封筒に入れて宛名書きをして自分で発送しているという意味だ。発送前の封筒の山の写真が、ブログに載っていた。直接読者に届けたい、1部でも多く売りたいから自らも、という気持ちの表れのようだ。ネットのサイトでこの絵本を無料で全公開したことで話題になり、クリエーターや出版業界などの一部から反発を受けて炎上したりしたらしいが、売り上げはその直後からグーンと上がって27万部を超えたと聞いている。
西野さんは「アンチはぜったい必要!」と常日頃いっているようだけど、まさにこの反応はアンチのパワーかもしれない。自分のファン、自分を好意的に見ている人ばかりで周りを固めていたのでは広がらない、というのが彼の弁だ。確かに。
自らプロジェクトを組み、資金調達し、ストーリーをつくって作品の絵を描き、本ができれば販売し、さらには全国各地でプペルの絵本展も開催しているらしい。その絵本展では朗読(読み聞かせ)もやっている。読み聞かせかぁ、なんかこれもトークのできる芸人ならではという気がしてくる。その才を存分に生かしてるんじゃないかなあ。
FODの『ハミダシター』の番組は、有料版も含めていくつか見た。西野さんがホスト役をつとめているが、どうも対談相手の人選を自らしているように見える。わたしが最初に見たのは無料版の「FUTURE学」2回分で、ゲストが面白かった。携帯のフリーテルの代表取締役・増田薫に加えて、アソビシステムの中川悠介(1回目)、研究者でメディアアーティストの落合陽一(2回目)が登場。どちらも会社代表や研究者に見えない風貌で、落合陽一の方は、まだ20代で筑波大助教授にしてデジタルネイチャー研究室を主宰している。1回目のアソビシステム中川さんのときは、きゃりーぱみゅぱみゅに興味をもち、さらにそのディレクションをした増田セバスチャンへと行って、セバスチャンの『家系図カッター』まで読んでしまった。この人もかなり変わった人だ。
また小説家の平野啓一郎の回も見た。西野亮廣と平野啓一郎という組み合わせが目を引いた。白っぽい明るい採光の天井の高いスタジオみたいな部屋で、二人並んでベンチにすわって話をしていた。意外な取り合わせのようで、なかなかはまっているところもあって、二人のやりとりは刺激的だった。60分くらいのトークのあいだCMなどまったく入らないし、カメラが切れること(TV番組でよくあるようなサイド情報やゲストの宣伝を流すなどの画面の切り替え)がなく、ずーっとじっーと落ち着いて、二人の話だけを聞いていられる。こうして見ていると、西野さんのホストとしての才能はかなり高そうだ。あいづちの打ち方やリアクションにやや芸人ぽいところはあるけれど(かと言ってNHKの対談みたいでも困るから、まあいいんじゃないか)、パッパッときれる質問を適度に挟んでいくし、ゲストの話をテンポよく聞いて進めるところもいい。ときどき自分の方に話を引きつけて、濃い話、自分の意見を語るのもなかなか。誰がきても全然負けてない。
西野さんは下の世代の人や子どもに対する期待がすごく大きそうに見える。実際そのような発言もしている。下の世代の人と話すときは、向こうがエライと思って聞いてると言っていた。子どもに向けて絵本をつくっているのも、西野さんの子どもたちへのメッセージということかもしれない。いろいろなイベント会場で、西野さんが子どもたちと遊んでいる写真を見るが、イメージとしての子どもではなく、リアルな子どもとの付き合いがあって、絵本を描いているようにも見える。平野啓一郎とのトークでは、二人とも、子どもたちに「将来何になりたい?」と聞いたとき、「わかんない」という回答が返ってくるのは正しい反応、ということで一致していた。今どき、将来の夢を一つのことだけに絞ったところで、世の中もぐるぐる変われば、仕組も簡単に変わってしまい、大きな会社も潰れるから、「これだけ!」という生き方はけっこう危ないというのだ。
ハミダシターの別の回では10代のシンガーソングライター、ぼくのりりっくぼうよみとの対談を見た。まったく未知の人だったけれど、話はとても面白かった。西野さんが彼を番組に招待したという感じだった。このように西野さんのまわりにいる人々、人脈がかなり面白いのだ。
西野さんの話でよく出てくるのは、「客はもういない」という指摘。どういう意味かというと、今は純粋なオーディエンス、つまり受け手であることに納まっている人はもう少数派で、みんなが作る側にまわっているということ。ものを作ることで食べていなかったとしても、もう一つの仕事として(jobではなくworkとして)、セカンドクリエーター(西野さんの命名)として活動している。だから「自分を発信者と位置づけて、純粋な受け手を探す」ことをしても、客はいないということらしい。いない客を探すのではなく、セカンドクリエーターたちと共同して活動した方が面白いし、広がりがでるというわけだ。広がりがでれば、つまり活動に関わる人が増えれば、活動は大きくなり、その分人の輪も広がる。
人の輪を広げるということについては、西野さんはたとえば、独演会をやるとき、チケットを手売りしたりする。ツイッターなどで自分の出没スケジュールを公開し、直接自分のところに買いに来てもらうという。買いに来た人と立ち話などしていると、その人が帰りがけに「もう一枚ください」ということが少なからずあるという。友だちでも誘おうという気にさせてしまうのだろう。チケットを手売りで直接買った人は、仲間意識が芽生え、自分も主催者側に少し立った気分になって独演会を成功させたいと思うらしい。それでその人が独演会を広めてくれる一員になる。その方法で最初400席だった独演会を2000席にまで増やすことに成功したようだ。
西野さんの活動は、絵本作りや読み聞かせ、トーク番組のホストにとどまらない。「おとぎ町」という町を最初は青山に、のちに埼玉につくった。そのどちらも持ち主の好意で土地を提供されている。また今は「しるし書店」という一風変わった古本屋をクラウド・ファンディングで資金集めして、自分のネットサロンのメンバーたち(ファンクラブのようなものか)と立ち上げようとしている。マーカーで線を引いたり、折りをつけた本はBookoffなどでは扱ってもらえなかったり、価値が低くなるけれど、この「しるし書店」はその「しるし」こそが貴重だというコンセプトらしい。本の持ち主がどのようなところに惹かれて線を引いたのか、それを本の中身とともに味わい、共有する。「しるし」が本の価値を下げるのではなく上げているという逆転の発想。
一事が万事、このようなことを一日中、一年中、考えては実行し考えては実行し、としているのが西野亮廣さんという人だ(と思う)。興味をもった方は、まずは毎日更新されているブログをのぞいてみてはどうだろう。