なぜ反発ばかりするのか:平昌のコリア合同チーム
本題に入る前に、三つほど事実確認をしておきたい。日本語の世界では、広く一般に認識されていない可能性が高いからだ。
まず一つは、北朝鮮のミサイル発射実験について。去年の8月、Jアラートと呼ばれる全国瞬時警報システムが作動して、日本のいくつかの地域で「国民保護サイレン」なるものが鳴ったことがあった。日本政府の発表によれば、ミサイルの到達した最高高度は550キロだった。
1990年に日本人初の宇宙飛行士として、宇宙ステーションから地球の模様を中継した秋山豊寛さんは、こう書いている。日本の上空を通過したといっても、ミサイルは日本の領空からはるか遠くの宇宙空間を飛行していたわけで、そこはどこの国の「領空」でもない、と。地上から100キロ以上は、「宇宙空間」であり、国際宇宙ステーションが飛行している高度が地上400キロ。ミサイルが通過したのはそれよりもさらに上の宇宙であるということだ。また宇宙空間を弾道飛行する物体は、その真下に落下することはないとも書いていた。つまりJアラートを鳴らすような危険性があったのか、おおいに疑問だということらしい。(生活クラブ生協『生活と自治』2017年12月号『Jアラートの狙い』での秋山氏の記述より)
二つ目は、韓国の文在寅大統領が去年から、「米韓が北朝鮮を目標とする軍事合同演習を凍結するかわりに、北朝鮮は核ミサイルの開発を凍結する」という交換条件による問題解決を提唱してきたこと。文大統領は、通常3月に行われている米韓の演習を、オリンピック・パラリンピックが終わる4月まで延期することをアメリカに願い入れ、それをアメリカが了承した。そのような状況の中で、北朝鮮がオリンピック参加の意思を表わし、IOCがこれを受け入れて同国の参加が決まった(2018年1月20日、ローザンヌにて、韓国、北朝鮮、大会組織委員会との4者会談により)。
女子アイスホッケーの南北合同チームはそのような緊張緩和策、将来へ向けての和平工作の動きの中で生まれたアイディアである。一つの旗のもと(朝鮮半島が描かれた合同旗)、そして一つの歌のもと(朝鮮の古い民謡『アリラン』)、アイスホッケーの女子合同チームが組まれることになった。
三つ目は北朝鮮は世界から孤立している、という日本語空間で言われていることの信憑性について。北朝鮮の核開発やミサイル発射実験に神経をとがらせ、Jアラートまで発する日本の危機意識から想像すると、他の国々も同じようにピリピリしていると思うかもしれないが、実はそんなことはない。ということをニュース・言論サイトのSynodosで宮本悟という朝鮮半島の研究者と白戸圭一というアフリカの研究者が語っていた。国連での制裁措置がありはするものの、それに従っているのは200カ国弱の中の約半数くらいとか。制裁を熱心にやっているのは、(中国やロシアを入れても)10カ国くらいしかない。おそらく日本は最も制裁に熱心な国なのだろう。
また日本語の世界では、北朝鮮は「世界から孤立した国」というイメージがあるが、アフリカ諸国、中東の国々などで、深い関係をもっている国も多い。その理由の一つは、それらの国々は西側諸国に対して様々な反発があるので、北朝鮮を受け入れることに抵抗がないことがあるようだ。関係の内訳は、武器の調達から医療支援、警察の訓練など多岐にわたっている。アフリカでは医師が足りず、北朝鮮からの医療支援はありがたい。北朝鮮は友好国を増やす目的で、人道支援の一環として無料で医療行為をしているそうだ。また労働力として、北朝鮮の人々は質がいいということで受け入れられてもいる。北朝鮮側から見ても、外貨を得られるというメリットがある。
日本語空間での言説とは少し異なる北朝鮮に対する見方について、以上三つのことを書いた。
まとめると、
1. 北のミサイルが通過したのは宇宙空間。「日本の領空」ではない。
2. 米韓が(対北朝鮮)軍事演習を休止することにより、北朝鮮の五輪参加を促した。
3. 北朝鮮は世界的に見て、外交や経済で孤立しているわけではない。
このことを前提に、以下の本題を読んでいただきたいと思う。
日本のネット空間では、新聞などの報道でも、個人のブログでも、NewsPicksのような経済ニュース共有サービスでも、平昌オリンピック、女子アイスホッケーの南北コリア合同チームの評判がひどく悪いようだ。「政治利用している」「韓国チームがかわいそう」などの非難をあちこちで見かけた。南北の緊張緩和、将来の和平への希望など、肯定的な見方はごくわずか。中立的な意見もそれほど見ない。
わたしが記事をよく読んでいる東洋経済オンラインでも、『南北合同チーム結成に見る文大統領の身勝手:平昌オリンピックで度を越した政治利用』のタイトルで、元朝日新聞の論説委員の薬師寺克行・東洋大学教授が、「文在寅大統領の決断やIOCの判断は矛盾と問題に満ちている」など強い言葉で非難している。
また普段は最先端技術や新たな事業展開の試み、社会システムのパラダイムシフトなどを熱く語る起業家、イノベーターたちのコメントの多いNewsPicksでも、「ただただ気持ち悪い」「さすがは害国同士のトップはやることが違う」「北朝鮮と合同チームでそれでなくてもヤバイ気しかしないのに」「荒れる予感しかしない」といった、否定的かつ知識や教養の感じられない書き込みがたくさんあって驚いてしまった。あれ、ここに集って未来的、先鋭的な経済や社会について情報交換している人たちも、こと北朝鮮問題となると、このような内面を見せてしまうのだろうか、という驚きがあった。
一方で、この南北合同チームをノーベル平和賞の候補にすべきだ、という意見が、国際オリンピック委員会のアメリカの委員から出たようだ。取材に対して、IOC広報担当は、この件は事務レベルで議論になったことはまだない、と答えている。
ノミネートを主張したアメリカの委員は、元アイスホッケー選手(五輪金メダリスト)で、「南北合同チームは、五輪とは一体何なのかということを示している」「非常に象徴的な意味を持っており、五輪が特定の競技、特定の国よりもっと大きな意味があることを示すものだ」(AFP/フランス通信社、聯合ニュース)と述べたそうだ。前述の薬師寺教授が「アイスホッケーという競技特性からすると、即席のチームが選手たちにとってどれほど大きな負担となるか」ということを執拗に主張していたのとは対照的だ(元アイスホッケー選手の方がそれを主張し、大学教授の方がオリンピックの意味について語るのならまだわかるが)。
このノーベル平和賞のニュースは、日本のメディアではあまり広く伝わっていないように見える(日本人にとっては、好ましいニュースではないのかもしれない)。
北朝鮮の五輪参加実現に尽力したと言われるIOCのバッハ会長は、アイスホッケーの対スイス戦を文在寅大統領と並んで観戦し、試合終了後には、南北合同チームのメンバーに声をかけているところが見られたそうだ。また会長は、オリンピック閉幕後に北朝鮮を訪問する予定と聞いている。IOC委員会として、北朝鮮のオリンピック参加には、(日本人が簡単に却下をくだせるようなものではない)それなりの強い思いと、これを正当とする判断があったのかもしれない。
2月14日に行われた日本対南北合同チームの試合は、わたしもテレビで観戦した(日本テレビ)。通常の日本のスポーツ放送と同じように、実況・解説はほぼ日本選手やチームの情報のみが伝えられ、対戦相手である合同チームについての情報(選手は南北どのような割合でこの試合に臨んでいるのか、どんな経歴の選手がいるのかなど)はなかった。唯一、中継中に「歴史的な初得点」とされた合同チーム側の1点目が入ったとき、得点者はアメリカ出身の選手である、といって名前の紹介があったくらいか。
この得点者について、日本のメディアでは情報が見つからないので、朝鮮日報のサイトに行って調べてみた。チームに初得点をもたらしたのはグリフィン選手で、米国人の父と韓国人の母をもち、子どもの頃にフィギュアスケートを、ハーバード大学時代にアイスホッケーを始めたという。韓国にいる祖父と韓国語で話したい、ということが五輪でのチーム合流の理由の一つだったようだ。「荒々しいボディーチェックの音、リンクを切り裂いてパックを打つ快感、それだけあれば十分」とインタビューでは答えている。南北合同チームの紹介として、どんなチームなのか、どんなメンバーがいるのか、日本が対戦する相手の情報を中継の中でもっと伝えてほしかったと思う。
一般に日本のスポーツ中継は、国際試合の場合、「日本応援」報道になってしまっていることが多い。実況アナウンサーも、試合中に「ニホンあぶない!」など、我を忘れて絶叫することもしばしば。サッカーの国際試合を見ていても、対戦相手のメンバーの紹介はお粗末だ。たいていの場合、試合前にそれが知らされることはない。試合前は日本人選手の紹介やインタビューばかり。試合が始まってしばらくしてからやっと、相手チームのスターティングメンバーが発表される。例外は対戦チームが世界の強豪だったり、スター選手ぞろいのとき。その場合は、試合前から大騒ぎして、「日本人選手がすごい外国人スター選手と対戦する」ということで盛り上がる。
さて本題にもどろう。南北コリア合同チームは日本では大ひんしゅく。一方五輪委員会の元アイスホッケー選手は、ノーベル平和賞のノミネートを提案。ずいぶんと温度差があるものだ。では一般論として、日本人は朝鮮半島の現在の状況、つまり第二次世界大戦後の70年以上、一つの国が二つに分断されていることをどう思っているのだろう。わたしの考えでは、分断固定化の原因として、戦後の冷戦構造とともに、その前の時代の日本の植民地支配の影響があると思っている。日本の存在と朝鮮半島の悲劇はつながっている。でも日本人にはその自覚があまりない。もしその自覚が少しでもあれば、分断されている両国が近づく可能性が起きたとき、もっとサポートする気持ちが湧くのではないか。
ベルリンの壁崩壊、東西ドイツの統合を歴史的な出来事として、世界の人々と共有した経験が日本人の中にもあるとすれば、南北朝鮮の和平に対しても、(お隣りの国なのだから)もっと肯定的な気持ちをもってもおかしくはないはず。何がそれを妨げているのだろう。だって北朝鮮の独裁政権は何をするかわからない「悪の枢軸」であり、国際的に孤立した無法者であり、核やミサイルの実験をするテロリストだから? 百歩譲って仮にそうであったとしても、そういう国は崩壊させてしまうのがいいのだろうか? イラクのように。
それこそが北朝鮮が恐れていることだ。そのためにアメリカまで届くミサイルや核開発を進めている。自分の国と国民を守るためだ。北朝鮮が核兵器をもつことに問題はあると思うが、アメリカから名指しで敵視されている現状の中では、避けられない選択なのかもしれない。アメリカに守られている日本とは違う。北朝鮮が望んでいるのは、アメリカに(平和的に)国家としての存在を認めてもらうことだと思う。北朝鮮の行動はすべてそこから発している。
平昌オリンピック開催で、在韓米軍と韓国軍の北朝鮮に向けての合同演習が4月まで延期された。韓国の文在寅大統領のアメリカへの申し入れによって、それがかなった。パラリンピックが3月18日に終わったら、合同演習は予定通りアメリカの主張する4月23日から5月3日の間、実行されるのだろうか。それとも、それまでに訪朝することになっている文大統領が北朝鮮との会談をもつことで、アメリカに軍事演習のさらなる延期を願い入れたりするのだろうか。
去年の9月にウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムで、北朝鮮との和平工作として、制裁一辺倒ではないシナリオをロシアと中国が提案している。北朝鮮の核ミサイル問題を解決し、より平和的な道に進んでいくためのシナリオで、ロシアの提案は、北の核保有を黙認しつつ、露中韓が経済協力関係をより強力に進めるというもの。
具体的な案の一つとして、朝鮮半島を縦断する鉄道やパイプラインの建設がある。日本や韓国から、北朝鮮を通ってロシアや中国に至るインフラを開通させる構想だ。これは中国の「一帯一路」計画(中国経由で、西アジアやヨーロッパまで伸びる鉄道やパイプライン)との連携で、より大きく効果的なものに発展しうるものだ。北朝鮮はこれにより、鉄道貨物などの通行料が得られ、経済的に大きなメリットが得られる。最高指導者の金正恩は、防衛とともに国の経済的発展や国民生活の向上を重視しているとも聞く。周辺諸国と経済協力関係を結び、その経済圏の構成要員となることは、和平への一歩としても大きな意味があるのではないか。そういう関係の中に入る(取り込まれる)ことで、核開発をつづけていくことの必要性が弱まっていく可能性はある。
平昌オリンピックへの北朝鮮の参加や、南北合同チームの結成は、北朝鮮を取り囲むここ数十年の緊張関係を俯瞰して見たとき、両国の国民が心情的に歩み寄る機会となるのなら、その体験がもつ意味は決して小さくはないように思える。日本の心ない人々が(学者やジャーナリストも含め)、説得力の低い論理や品性を疑われるような口調で、南北合同チームを攻撃するのを見るのはなんとも情けない。
まず一つは、北朝鮮のミサイル発射実験について。去年の8月、Jアラートと呼ばれる全国瞬時警報システムが作動して、日本のいくつかの地域で「国民保護サイレン」なるものが鳴ったことがあった。日本政府の発表によれば、ミサイルの到達した最高高度は550キロだった。
1990年に日本人初の宇宙飛行士として、宇宙ステーションから地球の模様を中継した秋山豊寛さんは、こう書いている。日本の上空を通過したといっても、ミサイルは日本の領空からはるか遠くの宇宙空間を飛行していたわけで、そこはどこの国の「領空」でもない、と。地上から100キロ以上は、「宇宙空間」であり、国際宇宙ステーションが飛行している高度が地上400キロ。ミサイルが通過したのはそれよりもさらに上の宇宙であるということだ。また宇宙空間を弾道飛行する物体は、その真下に落下することはないとも書いていた。つまりJアラートを鳴らすような危険性があったのか、おおいに疑問だということらしい。(生活クラブ生協『生活と自治』2017年12月号『Jアラートの狙い』での秋山氏の記述より)
二つ目は、韓国の文在寅大統領が去年から、「米韓が北朝鮮を目標とする軍事合同演習を凍結するかわりに、北朝鮮は核ミサイルの開発を凍結する」という交換条件による問題解決を提唱してきたこと。文大統領は、通常3月に行われている米韓の演習を、オリンピック・パラリンピックが終わる4月まで延期することをアメリカに願い入れ、それをアメリカが了承した。そのような状況の中で、北朝鮮がオリンピック参加の意思を表わし、IOCがこれを受け入れて同国の参加が決まった(2018年1月20日、ローザンヌにて、韓国、北朝鮮、大会組織委員会との4者会談により)。
女子アイスホッケーの南北合同チームはそのような緊張緩和策、将来へ向けての和平工作の動きの中で生まれたアイディアである。一つの旗のもと(朝鮮半島が描かれた合同旗)、そして一つの歌のもと(朝鮮の古い民謡『アリラン』)、アイスホッケーの女子合同チームが組まれることになった。
三つ目は北朝鮮は世界から孤立している、という日本語空間で言われていることの信憑性について。北朝鮮の核開発やミサイル発射実験に神経をとがらせ、Jアラートまで発する日本の危機意識から想像すると、他の国々も同じようにピリピリしていると思うかもしれないが、実はそんなことはない。ということをニュース・言論サイトのSynodosで宮本悟という朝鮮半島の研究者と白戸圭一というアフリカの研究者が語っていた。国連での制裁措置がありはするものの、それに従っているのは200カ国弱の中の約半数くらいとか。制裁を熱心にやっているのは、(中国やロシアを入れても)10カ国くらいしかない。おそらく日本は最も制裁に熱心な国なのだろう。
また日本語の世界では、北朝鮮は「世界から孤立した国」というイメージがあるが、アフリカ諸国、中東の国々などで、深い関係をもっている国も多い。その理由の一つは、それらの国々は西側諸国に対して様々な反発があるので、北朝鮮を受け入れることに抵抗がないことがあるようだ。関係の内訳は、武器の調達から医療支援、警察の訓練など多岐にわたっている。アフリカでは医師が足りず、北朝鮮からの医療支援はありがたい。北朝鮮は友好国を増やす目的で、人道支援の一環として無料で医療行為をしているそうだ。また労働力として、北朝鮮の人々は質がいいということで受け入れられてもいる。北朝鮮側から見ても、外貨を得られるというメリットがある。
日本語空間での言説とは少し異なる北朝鮮に対する見方について、以上三つのことを書いた。
まとめると、
1. 北のミサイルが通過したのは宇宙空間。「日本の領空」ではない。
2. 米韓が(対北朝鮮)軍事演習を休止することにより、北朝鮮の五輪参加を促した。
3. 北朝鮮は世界的に見て、外交や経済で孤立しているわけではない。
このことを前提に、以下の本題を読んでいただきたいと思う。
*
わたしが記事をよく読んでいる東洋経済オンラインでも、『南北合同チーム結成に見る文大統領の身勝手:平昌オリンピックで度を越した政治利用』のタイトルで、元朝日新聞の論説委員の薬師寺克行・東洋大学教授が、「文在寅大統領の決断やIOCの判断は矛盾と問題に満ちている」など強い言葉で非難している。
また普段は最先端技術や新たな事業展開の試み、社会システムのパラダイムシフトなどを熱く語る起業家、イノベーターたちのコメントの多いNewsPicksでも、「ただただ気持ち悪い」「さすがは害国同士のトップはやることが違う」「北朝鮮と合同チームでそれでなくてもヤバイ気しかしないのに」「荒れる予感しかしない」といった、否定的かつ知識や教養の感じられない書き込みがたくさんあって驚いてしまった。あれ、ここに集って未来的、先鋭的な経済や社会について情報交換している人たちも、こと北朝鮮問題となると、このような内面を見せてしまうのだろうか、という驚きがあった。
一方で、この南北合同チームをノーベル平和賞の候補にすべきだ、という意見が、国際オリンピック委員会のアメリカの委員から出たようだ。取材に対して、IOC広報担当は、この件は事務レベルで議論になったことはまだない、と答えている。
ノミネートを主張したアメリカの委員は、元アイスホッケー選手(五輪金メダリスト)で、「南北合同チームは、五輪とは一体何なのかということを示している」「非常に象徴的な意味を持っており、五輪が特定の競技、特定の国よりもっと大きな意味があることを示すものだ」(AFP/フランス通信社、聯合ニュース)と述べたそうだ。前述の薬師寺教授が「アイスホッケーという競技特性からすると、即席のチームが選手たちにとってどれほど大きな負担となるか」ということを執拗に主張していたのとは対照的だ(元アイスホッケー選手の方がそれを主張し、大学教授の方がオリンピックの意味について語るのならまだわかるが)。
このノーベル平和賞のニュースは、日本のメディアではあまり広く伝わっていないように見える(日本人にとっては、好ましいニュースではないのかもしれない)。
北朝鮮の五輪参加実現に尽力したと言われるIOCのバッハ会長は、アイスホッケーの対スイス戦を文在寅大統領と並んで観戦し、試合終了後には、南北合同チームのメンバーに声をかけているところが見られたそうだ。また会長は、オリンピック閉幕後に北朝鮮を訪問する予定と聞いている。IOC委員会として、北朝鮮のオリンピック参加には、(日本人が簡単に却下をくだせるようなものではない)それなりの強い思いと、これを正当とする判断があったのかもしれない。
2月14日に行われた日本対南北合同チームの試合は、わたしもテレビで観戦した(日本テレビ)。通常の日本のスポーツ放送と同じように、実況・解説はほぼ日本選手やチームの情報のみが伝えられ、対戦相手である合同チームについての情報(選手は南北どのような割合でこの試合に臨んでいるのか、どんな経歴の選手がいるのかなど)はなかった。唯一、中継中に「歴史的な初得点」とされた合同チーム側の1点目が入ったとき、得点者はアメリカ出身の選手である、といって名前の紹介があったくらいか。
この得点者について、日本のメディアでは情報が見つからないので、朝鮮日報のサイトに行って調べてみた。チームに初得点をもたらしたのはグリフィン選手で、米国人の父と韓国人の母をもち、子どもの頃にフィギュアスケートを、ハーバード大学時代にアイスホッケーを始めたという。韓国にいる祖父と韓国語で話したい、ということが五輪でのチーム合流の理由の一つだったようだ。「荒々しいボディーチェックの音、リンクを切り裂いてパックを打つ快感、それだけあれば十分」とインタビューでは答えている。南北合同チームの紹介として、どんなチームなのか、どんなメンバーがいるのか、日本が対戦する相手の情報を中継の中でもっと伝えてほしかったと思う。
一般に日本のスポーツ中継は、国際試合の場合、「日本応援」報道になってしまっていることが多い。実況アナウンサーも、試合中に「ニホンあぶない!」など、我を忘れて絶叫することもしばしば。サッカーの国際試合を見ていても、対戦相手のメンバーの紹介はお粗末だ。たいていの場合、試合前にそれが知らされることはない。試合前は日本人選手の紹介やインタビューばかり。試合が始まってしばらくしてからやっと、相手チームのスターティングメンバーが発表される。例外は対戦チームが世界の強豪だったり、スター選手ぞろいのとき。その場合は、試合前から大騒ぎして、「日本人選手がすごい外国人スター選手と対戦する」ということで盛り上がる。
さて本題にもどろう。南北コリア合同チームは日本では大ひんしゅく。一方五輪委員会の元アイスホッケー選手は、ノーベル平和賞のノミネートを提案。ずいぶんと温度差があるものだ。では一般論として、日本人は朝鮮半島の現在の状況、つまり第二次世界大戦後の70年以上、一つの国が二つに分断されていることをどう思っているのだろう。わたしの考えでは、分断固定化の原因として、戦後の冷戦構造とともに、その前の時代の日本の植民地支配の影響があると思っている。日本の存在と朝鮮半島の悲劇はつながっている。でも日本人にはその自覚があまりない。もしその自覚が少しでもあれば、分断されている両国が近づく可能性が起きたとき、もっとサポートする気持ちが湧くのではないか。
ベルリンの壁崩壊、東西ドイツの統合を歴史的な出来事として、世界の人々と共有した経験が日本人の中にもあるとすれば、南北朝鮮の和平に対しても、(お隣りの国なのだから)もっと肯定的な気持ちをもってもおかしくはないはず。何がそれを妨げているのだろう。だって北朝鮮の独裁政権は何をするかわからない「悪の枢軸」であり、国際的に孤立した無法者であり、核やミサイルの実験をするテロリストだから? 百歩譲って仮にそうであったとしても、そういう国は崩壊させてしまうのがいいのだろうか? イラクのように。
それこそが北朝鮮が恐れていることだ。そのためにアメリカまで届くミサイルや核開発を進めている。自分の国と国民を守るためだ。北朝鮮が核兵器をもつことに問題はあると思うが、アメリカから名指しで敵視されている現状の中では、避けられない選択なのかもしれない。アメリカに守られている日本とは違う。北朝鮮が望んでいるのは、アメリカに(平和的に)国家としての存在を認めてもらうことだと思う。北朝鮮の行動はすべてそこから発している。
平昌オリンピック開催で、在韓米軍と韓国軍の北朝鮮に向けての合同演習が4月まで延期された。韓国の文在寅大統領のアメリカへの申し入れによって、それがかなった。パラリンピックが3月18日に終わったら、合同演習は予定通りアメリカの主張する4月23日から5月3日の間、実行されるのだろうか。それとも、それまでに訪朝することになっている文大統領が北朝鮮との会談をもつことで、アメリカに軍事演習のさらなる延期を願い入れたりするのだろうか。
去年の9月にウラジオストクで開かれた東方経済フォーラムで、北朝鮮との和平工作として、制裁一辺倒ではないシナリオをロシアと中国が提案している。北朝鮮の核ミサイル問題を解決し、より平和的な道に進んでいくためのシナリオで、ロシアの提案は、北の核保有を黙認しつつ、露中韓が経済協力関係をより強力に進めるというもの。
具体的な案の一つとして、朝鮮半島を縦断する鉄道やパイプラインの建設がある。日本や韓国から、北朝鮮を通ってロシアや中国に至るインフラを開通させる構想だ。これは中国の「一帯一路」計画(中国経由で、西アジアやヨーロッパまで伸びる鉄道やパイプライン)との連携で、より大きく効果的なものに発展しうるものだ。北朝鮮はこれにより、鉄道貨物などの通行料が得られ、経済的に大きなメリットが得られる。最高指導者の金正恩は、防衛とともに国の経済的発展や国民生活の向上を重視しているとも聞く。周辺諸国と経済協力関係を結び、その経済圏の構成要員となることは、和平への一歩としても大きな意味があるのではないか。そういう関係の中に入る(取り込まれる)ことで、核開発をつづけていくことの必要性が弱まっていく可能性はある。
平昌オリンピックへの北朝鮮の参加や、南北合同チームの結成は、北朝鮮を取り囲むここ数十年の緊張関係を俯瞰して見たとき、両国の国民が心情的に歩み寄る機会となるのなら、その体験がもつ意味は決して小さくはないように思える。日本の心ない人々が(学者やジャーナリストも含め)、説得力の低い論理や品性を疑われるような口調で、南北合同チームを攻撃するのを見るのはなんとも情けない。