20190322

本のプロフィール、そして未来


葉っぱの坑夫は2000年4月から、「本」の出版をウェブでやってきました。ここで言う本とは、ウェブ上で公開する「ひとまとまりのテキストと画像」のことです。英語俳句集『ニューヨーク、アパアト暮らし』とか、童話集『インディアン・テイルズ シエラネバダから14の物語』など、最初は英語の原作本から日本語訳したものが主でした。そういったものを本と呼んでいました。当時、日本では本といえば、紙に印刷され綴じられた物体を指していました。ウェブに置いたテキストや画像の集積を「本」と呼び、それをウェブで「出版する」という考え方こそが、葉っぱの坑夫の出発点でした。正式名にWeb Pressとついている所以でもあります。

そこから20年弱、2019年のいま、本とは何を指すのか、あらためて考えてみたいと思いました。

それを考える前に、本よりメディアの選択において、少し進んだ状況にある音楽のことに頭をめぐらせてみたいと思います。レコードが誕生する前の音楽は、ホールなどに出向いて、あるいは貴族のサロンなどで、生演奏を聴くものでした。レコードの誕生は19世紀後半、エジソンが盲人を補助する道具として発明したフォノグラフにはじまります。20世紀初頭に音楽界で仕事した作曲家たちの話では、聴衆は音楽を生で聴くか、レコードで聴くかという選択ができるようになり、また作曲家自身は、自分の作品を楽譜で売るか、レコードで売るか、あるいはホールでコンサートをするか、レコードにするかという選択が出てきたということです。

アメリカでは、レコードが家庭に普及すると、多くの人が家で音楽を聴くようになったといいます。ニューヨークやシカゴなどの都市部では、コンサートも盛況だったそうですが。作曲家の方も、楽譜の出版よりレコードに録音する方が優先事項となり、コンサートで新曲を発表することと並行して、レコードでも発売する、とその優位性を認める人がたくさんいたようです。それはコンサートはどんなにがんばっても何千回もできませんが、レコードなら複製により広く普及させることができるからです。またコンサートと違い、場所からの自由を獲得もしました。たとえばヨーロッパの劇場まで行かなくとも、自分の居場所で聴けることで、レコードは音楽のグローバルな広がりにも貢献したと言えます。

CDが出てきたのが1980年代、レコードとCD発売の間にはカセットテープの時代がありました。このカセットの時代は録音や編集もできたので、ありものをただ聴いたり、エアチェックといってラジオなどから録音するだけでなく、自分で楽曲を編集したベスト盤のようなコンピレーションをつくって、友だちにあげたりする習慣もありました。CDが出たばかりのときは、カセットテープのような編集はできませんでしたが、のちにパソコンでCD-Rに音声の書き込みができるようになると、カセットでやっていたような編集も可能になりました。

そのあとMD(ミニディスク)という媒体ができて、それも書き込みができるものでした。ただミニディスクがどの程度の普及度だったか、一般的に出まわる期間が短かったような記憶があります。海外で普及しなかったこともあり、衰退の一途をたどり、市場的には現在、ほぼ消滅状態のようです。

その後の大きな動きとしては、コンピューターのAppleから発売された、フラッシュメモリ内蔵によるiPodでしょうか。最初のiPod発売が2001年。それまでもカセットで音楽を携帯する習慣はありましたが、このiPodによって(軽量で見た目もかわいいというモノとしての魅力に加え、コンテンツのためのテープなどいらず、記録容量が飛躍的に増えたことで)、音楽の持ち歩きは一気に増えたと思われます。

そしてiPhoneなど携帯電話(スマホ)の登場があり、そこにiPodの機能がそのまま搭載され、さらにはiTuensなどを通じてコンテンツをネットから直接取り入れることが普通になり、と現在の状況になっています。そしてサブスクリプションでの定額制契約がいまは増え、Apple Music、Spotify、Amazon Musicなどから、楽曲を購入するのではなく、そのときどきで聞きたいものに自由にアクセスする人も多くなっています。

と、音楽に関しては、レコードという録音媒体が生まれてから、現在のサブスクリプションでのアクセスまで、音楽との接触の仕方、購入の仕方、聴取のスタイルに大きな変遷があったと言えます。

さて、では本題の「本」です。本とは何か、と言ったとき、日本ではいまも2000年4月当時とそれほど変わりなく、「紙に印刷され綴じられた物体」を思い浮かべる人が大多数ではないかと思います。ウェブで発表されたひとまとまりのコンテンツを(たとえ紙の本と内容がまったく同じであったとしても)、本という言葉で表すことは少ないかもしれません。

内容が同じでも、見た目や使用法が違う。媒体が違うということが、大きな違いとして感じられるのが本である、あるいは日本における本の状況である、と言えます。

日本で「紙以外の本」を出している版元として、青空文庫、Amazon、パピレス、ソニーなどがあり、葉っぱの坑夫もここに入ります。紙以外の本にはどんなものがあるのでしょう。ウェブのコンテンツ、Kindleなどの端末で読む電子書籍、オーディオコンテンツ、そしてYouTubeもここに入ってくるかもしれません。

話が音楽に戻りますが、音楽も最近はYouTubeで楽しむ、という人もかなりいるようです。わたし自身、楽曲検索や作曲家を探しているとき、Googleに表示されるものからYouTubeに行ったり、ときに直接YouTubeに行って検索することもあります。YouTubeのいいところは、特定のコンサートや作曲家のドキュメンタリーフィルムなどで、映像とともにたっぷり音楽が楽しめることです。また子どもたちも、YouTubeで新しい音楽を仕入れたり(アマチュアミュージシャンの投稿だったりする)、それを見た人(子ども?)が楽譜にして再投稿したり、それを見て演奏した別バージョンを他の人が再々投稿したりといった世界が繰り広げられ、その全体を楽しんでいるということも耳にはさみました。

本の世界はというと、音楽ほどにはメディアが入り混じっていることはなさそうです。中でも紙の本は、スタンドアローンというか、単独で存在している部分が多く、メディア的に横につながる機能が薄いと言えます。素材が紙であるという本自体がもつ機能制限だけでなく、紙と電子のメディア同士の横つながりも日本では薄い状況です。

たとえば新聞などの書評でも、紹介されているのは紙の本のみだったりします。なぜ電子書籍も併記しないのか、理由がわかりません。というのは、日本では新刊でも電子書籍が同時発売されるとは限らないからです。電子書籍を利用している人にとっては、それが買えるものなのかの情報が欠けていることになります。新聞社など掲載するメディアの側の意向なのか、版元が紙の本を重視しているためなのか、そのあたりはわかりません。アマゾンでは商品ページで違うメディアを並列し、簡単に切り替えられるようにしています。こちらの方が紹介の仕方としては標準ではないか、という気がします。音楽の場合も同様で、ストリーミング、MP3、CDといった風に選択肢を示しています。

本自体の機能ということでいうと、ウェブの場合は、リンクや埋め込みによって、本文の中に外部にある映像や画像、音楽を含めることができます。たとえば現在葉っぱの坑夫で連載している『インタビュー with 20世紀アメリカの作曲家』では、サンプル音源をApple Musicから埋め込みリンクをつかって、本文内に表示し、その場で音楽を再生できるようにしています。また作曲家のインタビュー映像をYouTubeから引いてきて、埋め込みタグによってページ内に表示し、その場で再生させるということもしています。何年か前に、このYouTubeの埋め込みタグの機能を知った時は、こんなことができるのか、と驚きました。

すでにインターネット内ある素材を、適した場所で引用できることは、使う側、使われる側どちらにとっても有益のように思えます。YouTubeがシェアの思想で成り立っているからこそ出てくるアイディアであり、コンテンツを広げていくことに役立つのでしょう。

こういった意味で、もっとウェブを利用した本が出てきてもいいように思います。本がマルチメディア化することで、損をする人はいないはずです。Kindleなどの端末にDLして読む電子書籍も、非常に有益な形ですが、ウェブという形での出版も、それとは別にあっていいように思います。新刊の本を出す際、紙の本以外にウェブでも同じコンテンツがあったら、便利かもしれません。最初からウェブブックを買う人もいるでしょうが、紙の本を購入した人が、認証を経て自由にアクセスできるようにして、外出時などスマホなどで続きが読めるようにするのもいいと思います。

紙の本では、カラーページは印刷代がかかるのでたくさんの写真を含められない場合も、ウェブブック版に載せるようにすれば、コストと関係なく、収録したいコンテンツが入れられます。また音声ファイルを入れることも電子書籍では簡単にできるので(ウェブであれKindleであれ)、さらに豊かな内容に膨らませることができます。たとえば『What the Robin Knows』という鳥の本では、登場する鳥の声を文章に付け加えて聞けるようにしています。つまり本文(コンテンツ)が飛躍的にリッチ化するわけです。

最近、坂本龍一監修による『commmons schola』シリーズのVol4-ラヴェルを買いました。スコラとはラテン語で学校という意味で、バッハからジャズ、日本のポップスに至るまでの音楽を各巻テーマごとに厳選し、全30巻で紹介する音楽全集とのことです。わたしの買ったものはKindle版で税込2160円でしたが、CD2枚付きの単行本は商品切れなのか中古30000円という高値がついていました。これはラヴェルの巻にかぎらず、ここまで出ているVol.17まで多くの本に高い値段がついているようでした。調べたところ、定価は9000円前後のようです。

最初の配本であるVol.1とVol.2は2008年(CDブックレット版。Kindle版の発売はは2015年)の発売になっていたので、まだCDを付けて売る方法がよかったのかもしれません。各巻で選んでいる音源は、特定の演奏家や特定の版なので、そして全曲ではなく、1楽章だけとか組曲の中の1曲といった選び方なので、音源をそのまま付けてしまった方がよいという考えがあったのでしょう。しかし1巻だけで8500~9800円という価格は、子どもも含めた一般の音楽好きにとってかなり高い値段だと思います。学校というタイトルを考えても、もっと安くできる工夫があってもいいと思いました。

現在の状況(定額制で音楽を聴く人がいる)であれば、CD付きでない紙のブックレットをKindleとともに単品で売ることもありだと思います。本の方はブックレットと言っているだけあって、100ページちょっとの薄いもの。この商品は、CDと本のどちらの値段によるものなか、と言えば、本当は本の値段ではないかと思います。CDは2枚組といっても、既存のCDからのセレクションに過ぎないのですから。Kindle版が2160円であることを考えると9000ー2000で6000~7000円がCDの価格でしょうか。いずれにしても値段の付け方には疑問が残ります。

しかもAmazonを見るかぎりでは、単行本の方はすべて中古になっているので、紙の本は増刷ができないままなのかもしれません。Kindle版はもちろん、品切れや絶版はありません。同じ価格で売り続けられます。わたしはこの本を買う際、実は非常に迷いました。まず2160円という価格で、ブックレットの電子版を買うことに価値があるのかどうか。あっという間に終わってしまうような軽い内容ではないのか。もし試しに1冊選ぶとしたら、どれを選べば判定がしやすいのか。といったことを数日間考えて、最終的に本の構成や意図を知るために、最もよく知る作曲家ラヴェルの巻をを買いました。期待に沿うような出来か、良し悪しの判断がしやすいと思ったからです。

結果としては、なかなか良くできているな、というのが正直な感想でした。2160円も払って損をした、という風には思いませんでした。内容的には楽曲案内として、視点的に面白かったですし、浅田彰、坂本龍一など数名による鼎談形式での紹介の仕方も、真面目につくられている印象でした。またセレクトされた音楽も、本文を読みながら聴くと(わたしの場合は、IMSLPやSpotifyで)印象深く、説明されていることにも納得がいきました。また巻末の原典解説や年表類なども、きちんと執筆・編集されていました。その意味で、質的な問題や時代性には問題がなかったと思います。多分、別の巻も今後買う可能性があります。

このように内容的には悪くないので、せっかくならもっと広がるメディアの選択をした方がいいのでは、と思います。Kindle版はこれでいいですが、音源の部分は、リンクをつかってその場で聞けるようにしてもいいかもしれません。紙の本はCD抜きで、アマゾンのオンデマンド本にして値段的にはKindle版と同じか、それ以下にすればいいのでは。音源の選択は、アクセスしやすいものに変更するなどしてもいいかもしれません。おそらくこの手の本は、発売時ほど売れるものではないので(発売時はNHKで同様のタイトルでシリーズ放送があったようです)、重版は難しいとして、印刷原稿はすでにあるのだから、アマゾンのオンデマンドにするのは容易だと想像します。出版のための初期投資も必要ありません。InDesignなどで制作されたデータをPDFに変換し、アマゾンに登録するだけ。そうすれば「オンデマンド本」として、CDブックやKindleに併記されます。

学校と名乗っているからには、商売の面だけでなく、絶やすことなく続けていくことが大事ではないでしょうか? 著者・監修者の坂本龍一さん、版元のエイベックス・マーケティングさん、いかがでしょうか?
(実はこのあと『20世紀の音楽 II - Vol.15』を買ったのですが、こちらはちょっとがっかりでした。ラヴェルの巻と違い、複数の音楽家や楽曲を扱っているせいなのか、一つ一つの推薦曲の説明があまりなく、冒頭の鼎談は、どの曲をCDに入れるべきかの議論に終始しているように見えました。)

コモンズスコラの例を見てわかるように、紙の本のことを考えている人は、他のメディアに対しての広がりに欠けることがしばしば見受けられます。この本の場合は、まだ、Kindle版があるので救われますが。

日本では新刊を出す際、多くの場合、Kindle版を同時には発売しません。先に紙の本を出して、しばらくしてからKindle版というのが方法論になっているようにも見受けられます。それでも、Kindle版を出すプランがあるなら、まだマシですが。日本でKindleが発売になってからもう数年たちますが、いまだに新刊を紙の本でしか出さない版元や著者はいます。音楽流通の変化と比べてみると、根本の考え方のところで、何か壁になるものがあるのかな、とも感じます。

仮に音楽がCDというスタンドアローン型のメディアでしか聞けない、という状況を想像してみれば、本が「紙の本」というパッケージ商品のみでしかアクセスできないことは、本の幅広い流通にとってマイナスになってくる可能性は大いにあります。

本というメディアは、独自の優れた型をもっています。紙の束が表紙で綴じられ、序文や謝辞、紹介文などがあり(英語圏などの本の場合)、目次があり、本文があり、索引や参照のページ、奥付やクレジットと、一つのパッケージとして完成した形だと思います。本好きや本の虫と自称する人々は、それに加えて、インクの匂いや紙の手触り、表紙のデザインや帯の面白さ、美しさなどに愛着を抱いているようです。それも楽しみとして大いにありでしょう。

でもそれが高じるあまり、他のメディア、他の形式の本への関心が弱まってしまうのは、残念なことです。両方あってこその豊かさだし、本が広く、多くの人々に、さまざまな場面で、多様なアクセスの仕方で広まっていくことは、本が人々の生活とともにあること、いまの生活の中に溶け込んでいくために大切ではないかと考えます。本が売れない、読まれない、と嘆く前に、こうした利便性の開発にもっと敏感になっていってもよさそうです。

電子書籍が広まっていけば、さまざまな横断的な本のアイディアが生まれてくることもあるでしょう。音楽をコンピレーション的に聞くように、本のコンテンツも読む側が再編集して楽しむなど。同じテーマで書いている違う作家によるエッセイを、並べて読むことも可能になります。過去の本の電子化がもっと進めば、さらにこのコンピレーションは豊かなものになるでしょう。同じテーマについて書かれた夏目漱石と平野啓一郎と山崎ナオコーラのエッセイを、単体で購入して(あるいはサブスクリプションで)比べて読むといった楽しみもあり得ます。コンピューターやデータベースは、こういうことをするのに適していて、大きな力を発揮します。

よくできた本の編集の力は尊敬すべきものがありますが、コンテンツを単体で楽しむことを読者の側に明け渡す勇気もあっていいように思います。どちらにも利点はあるのですから。普段単体で音楽を聴いていても、アーティストの意図を反映するアルバムで楽しむことも、そのプログラムが面白くユニークであれば、充分あることです。

また、素晴らしくデザインされた本をいつくしんで読むのも一つですが、読む方が自分の端末で文字の大きさや行間、フォントを選んで読む本、つまり中身(コンテンツ)重視の読み方も一つです。電子ブックでは、デザイナーが意図する素晴らしいデザインの恩恵を受けられない分、読みたいときに即座に手に入り、あるいはサンプルをまず読むことができます。それが海外の出版社のマイナー本でも、何週間、何ヶ月と待つことなく、即座に読みはじめられるという長所は、かなり大きな利点となり得ます。(想像では、洋書を読む人の大多数は、Kindleを利用しているのではないでしょうか。読みながら内臓辞書を使えますし)

本という素晴らしい発明が、紙というメディアの中だけで完結しないよう、出版社、編集者、デザイナー、著者、アーティストは心を一段階アップデートする必要があるかもしれません。シェアの精神と受け手の利益を中心に、メディアの選択はされていくといいと思います。それが結局、本が日々の生活に溶け込み、生命力をたもつための支援にもなりそうです。

P.S. ウェブの本の場合、日本語が縦書きで読めないのでは、と思う人もいるかもしれません。縦書きで文章を読みたい人は、それができるソフトも開発されています。ボイジャーの理想書店が発売している本は、ウェブ上で縦書きで読めたと思います。ただ葉っぱの坑夫の本は、ウェブだけでなく、Kindle本も紙の本もすべて横書きです。それは横書きの方が利便性、応用性が高いと思っているから。最近の本は、ジャンルに関わらず文章の中に欧文がたくさん出てきます。専門書はもちろん、それ以外の本でも欧文表記は増えています。それをいちいち90度角度を変えながら読むことのストレスは小さくありません。時に学習英語の解説書のようなものも、縦だったりします。縦書きでなければならない理由があれば別ですが、今の時代、みんなウェブの記事は横書きで慣れていますし、日本語書体も横書きに適したものが開発されています。もっと横書きの利便性、応用性が認められてもいいのでは、と思います。

20190426

音楽の未来:ストリーミングとLP(1)

3月22日のポスト「本のプロフィール、そして未来」で本の過去と未来を書く中で、音楽の聞き方の変遷について触れた。その後、また音楽の聴取に関して新たな体験をしたので、今回は音楽の未来について書いてみたいと思う。

前置きというか、本題に入る前に新たな体験に至る過程の話を少し書きたい。関連しあう一つのことであり、ゆるやかな繋がりがあるように思えるからだ。

最近ある一人の音楽家についての本に端を発した、新たな発見をした。その音楽家とはアルヴォ・ペルトという作曲家(エストニア、1935年〜)で、現代クラシック音楽のジャンルで長く作曲活動をしており、世界的に知られている人である。映画音楽などへの引用やジャンルを超えて各種のアレンジが非常に多い作曲家なので、名前は知らなくとも音楽を聴いたことがある人はそれなりにいるかもしれない。エストニアの生まれだが、作曲家として活動の初期に、当時エストニアがその支配下にあったソビエト共産党やその元にある作曲家協会から、作品のせいで疎まれ、排除される経験をした。それで1980年、ペルトは家族とともにウィーンに逃れ、その後ドイツに渡って音楽活動を再開した。ソビエト崩壊後、家族とともにエストニアに戻っている。

ペルトは共産党による抑圧のあとの長い沈黙期を経て、ティンティナブリという独自の音楽スタイルを生み出し、それが世界的に受け入れられるきっかけとなった。ティンティナブリとはベル(鐘、鈴)の意味で、究極の静寂の中、非常に高い音域で少ない音数が鳴らされる音楽。ペルトの音楽では、「静寂」が重要なキーワードとなる。

わたし自身が最初にペルトの音楽を聴いたのは、『Spiegel im Spiegel(鏡の中の鏡)』という曲で、最初の1、2小節を聞いただけで音楽のもつ強い個性に捉えられた。その精神性や神学との関係から、スピリチュアル系の音楽として受けとめられ、魅了される人も多いようだが、わたし自身は少し違う感じ方をしている。それが何かを言うのは難しいが、たとえば「音楽のはじまり、最初の泉」あるいは「音楽の芽、純粋な何か」というような表現が近いかもしれない。

こういったペルトの音楽性に加え、たくさんのミュージシャンや映像作家から、彼の音楽が引用されているという事実、その広がりの大きさ、このこととこれから書こうとしている新たな音楽の聴き方やそのプラットフォームとは、どこか関係しているように思えるのだ。

ペルトの音楽に興味をもったことで、最初にしたことは、『Spiegel im Spiegel』と『Für Alina』の楽譜を買うことだった。あのティンティナブリの音響を自分の手でピアノで響かせてみたかった。ここで一つ大きな発見があった。『Für Alina』に収録されている(病後の娘のために書いたとされる)もう一つの曲は、ごく短い変奏曲で、主題はたった17小節からなり、弾くのは右手のみ。単音だけのメロディ。左手は最初に低音部記号のミラドミの和音を押さえるが音は出さない。ペダルは踏まない。踏まないが和音を押さえることでそこが開放弦になり、ペダルと似た効果が生まれる。

この奏法によって生まれるピアノの音響、それがわたしにとって経験のない耳体験になった。ある和音一つを開放弦にすることで、そしてその状態で高い音域の音を単音で乗せて響かせることで生まれる絶大な効果。ミラドミの和音は音を出してないので、表面上は「ない」音であるが、その上に音を乗せていくことで、弦に共鳴が起こり、うなり音のような残響のようなものが生まれる。それが最後にペダルを放すまでつづく。

普段あまり気にしていないピアノという楽器の秘密を覗いた気分だった。これまで楽器の構造やそれによって生み出される音響効果に、かなり無頓着だったことを思い知らされた。

わたしは普段、日本では手に入らない楽譜は、Sheet Musicというネットの楽譜屋で買っている。そこで注文した今回の楽譜は、ペルトの作品を昔から扱っているUE(Universal Edition)という出版社のものだった。真っ白な表紙に、タイトル文字と作曲家名、版元のみが黒字で記されたシンプルで美しい楽譜だ。この版元UEは、ペルトが1980年にウィーンに逃れたとき、身元を引き受け、作品を扱う権利と引き換えに、ペルトの市民権を取る手伝いをしたところだと知った。

そのことが書いてあったのは、いま読んでいる『The Cambridge Companion to Arvo Pärt 』(2012年、Cambridge University Press)で、これはペルトをよく知る人々(音楽学者や演奏家、ジャーナリストなど)による、ペルトの音楽と人生についての解説書だ。

この本が今回の音楽の新たな体験の出発点になった。

まず最初に出会ったのがBandcampという音楽配信のプラットフォーム。Bandcampは2007年にアメリカで創業、2008年より音楽のダウンロードをしているインディーズ系の音楽配信会社で、実は、以前にもここでダウンロード購入をしたことがあった。だがすっかり忘れていた。それはそのときは、楽曲をBandcampで見つけのではなく、アーティストのサイトで見つけたものを、Bandcampの仕組で買っただけだったからだ。というか、そのときはそこもアーティストのサイト内だと勘違いしていた。

ペルトの楽曲が、ジャンルを超えて広く使用されていることは前述した。ペルトの本の中で、その例として何人かのミュージシャンが紹介され、SoundCloud(音声ファイル共有サービス)がリンクされていた。Kindleで本を読んでいるときに、こういうリンクの参照はとても有効だ。すぐさまリンクをたどっていって、音源から聞くことができる。

残念ながら最初に紹介されていたRafael Anton Irisarri(シアトルのサウンドアーティスト)のSoundCloudは、リンク元に現在音源がなかった。本の出版が2012年だから、その後ミュージシャンが何らかの理由で削除したのだろう。そこでアーティスト名と彼が使用したというペルトの『Für Alina』でGoogle検索したところ、Bandcampのページに行き着いた。そこはIrisarriがBandcamp内にもっている彼専用のページ、アーティストページだった。そして本で参照されていた曲の全編をそこでで聴くことができた! ふとページの左上に目をやるとBandcamp(bandcamp)のロゴ。(その時点ではまだ、以前にここで購入したことを思い出していない)

全編が聴けるというのは素晴らしい。通常のサンプル音源だと1分未満ではないだろうか。ストリーミングで無料で全編聴ける仕組(注:音源購入前は回数に上限があるという話を聞いたが、今のところよくわからない)。そして購入したい場合は、デジタルトラックなりCDなりレコードなりで買うことになる。価格は定価として表示されている場合と、購入者が決める場合があるようだ。購入者が支払い金額を決める方式は、以前にBlizzardというイギリスのサッカー雑誌でも経験している。bandcampの場合は、ストリーミングで全編を聴いたあとで購入するという選択肢がある。もちろんストリーミングで聞くだけで、購入しないという方法もとれる。

購入というのはアーティストへのサポートという考え方のようで、何か買うと自分のアカウントのコレクションページに、そのジャケットが加わる。また楽曲のページには、サポーターのアイコンがずらりと並び、どんな人々がそのアーティストをサポートしているかがわかるようになっている。SNS的な側面があるようだ。楽曲を購入すると、無制限のストリーミングに加え、データのダウンロードができる。ファイル形式は非常にたくさんあって、MP3の他、音質のいい(容量は大きくなるが) FLAC、ALAC、AIFFなど複数の形式から選んでダウンロードできる。音質にこだわる人にとっては大きなメリットになりそうだ。MP3でDLしたあと、この曲は高音質で聴きたいとなれば、FLACで再度DLということも可能なようだ。

インディーズだからできるモデルと言ってしまえばそういう面もあるかもしれない。しかしbandcampにアクセスして、本で紹介されていたペルト関係のアーティストの楽曲を聴いてみたり、bandcampとは何か、というのをわたしなりに理解しようと、サイト内をあっちへ行きこっちへ行きとしていて感じたのは、このプラットフォームでは、ジャズ、ポップスなど通常仕切られている音楽ジャンルは、さほど意味がないのかな、という新鮮な感覚だった。固そうに見える現代音楽やクラシックも、インディーのロックとか、アンビエントとか、ジャズとか、様々なタイプの音楽と「正常に」「健康的に」交錯し、交流し、混じり合っているように見えた。これって音楽のあるべき姿、好ましい姿ではないだろうか、と。わたしにとって、その入り口がアルヴォ・ペルトだったことは偶然ではない気がした。

現代音楽やクラシックの場合、誰それ指揮の〇〇交響楽団演奏の、というメインの入り口がドンとあるように感じられるけれど、それとは全く違う、新たな、アクチュアルな、現行の、今生まれ進行中の、新しいアプローチでクラシック音楽と出会うための入り口が、ここにはありそうに見えた。クラシック音楽において、このような新たなアプローチへの期待はとても大きいのでは、と感じる。たとえばオリジナルはモーツァルトであっても、今までの解釈とはまったく違った、思いもよらぬ演奏やアレンジ、あるいは音楽家と出会えるのではないか、といった期待だ。

大きなレコード会社や売れ筋狙いのレーベルでは難しいアプローチの楽曲も、ここでなら発表の機会がもてる、ということが起きていそうだ。そうであれば、ユニークな音楽家や目新しい楽曲と出会いたい人は、むしろbandcampを探すのが好きな曲に会える近道になるかもしれない。そんなことを考えていたら、商業レーベルからbandcampに移ってくるミュージシャンもいる、という話をWikipedia英語版で読んだ。その中の一人、アマンダ・パーマーというミュージシャンを調べてみたら、非常に面白い人だということがわかった。彼女の音楽をbandcampで探して聴いてみた。 

最初に聴いてみたのは、この3月にリリースされたばかりのアルバム『There Will Be No Intermission』。1曲目はごく短いインスト、アルバム全体のイントロだろうか。2曲目の『The Ride』がすごくいい。10分以上ある曲で、オルタナティブ・ロック風、ちょっと演劇っぽくてアンダーグラウンドなムードの変わった曲調、声やサウンドが好みだった。かなりグッドな第一印象で、アーティスト発見という感じ。さらに彼女がやっている他のバンドやデュオも見てみた。ジャスミン・パワーとのディオも面白いし、ジェイソン・ウェブリー(♂)との双子の姉妹という設定のEvelyn Evelynはさらにハマった。奇妙なコンセプトとビジュアル、そしてそれを表す音楽世界。こんなものがフリーでたっぷり聴けるとは。

そこでふとiTunes Storeでもこのアルバムがあるか、調べてみた。あった。ここでは普通に1650円で売っていた。bandcampはというと、1 USD以上で購入者が価格を決められる。そのあと契約しているSpotifyでも検索してみたところ、あった! こちらは定額制の契約なのでアルバム1枚がいくらというわけではない。う〜ん。ここで迷いが生じる。bandcampで購入してアーティストをサポートしたい(そういう表現をしたい)、また自分のコレクションに入れておきたい、という気持ちが湧いてくるのだ。しかしすでにSpotifyに月額の契約料を払っているわけで、買う必要はない。とするとbandcampは新しい音楽と出会うためのプラットフォーム、DLして聴くのはSpotifyということになるのだろうか。あるいはSpotifyやiTunesにない楽曲のみbandcampで買うとか。

bandcampの特徴として興味深かったのは、テキストによる記事が多いこと。フィードページに行けば、自分が登録しているジャンルの音楽の新譜が毎日紹介されている。わたしの場合はクラシック、現代音楽、クンビア(コロンビアのダンスミュージック)、ラテンなど。さらにbandcamp dailyのページでは、様々なジャンルの音楽が毎日紹介されている。テキストもたっぷり、音源もたっぷりで、ここでもディープな出会いができそう。そもそもiTunesやSpotifyでは、楽曲の内容がよくわかないことが多い。アーティストとされているのが作曲家なのか演奏家なのか判明しないこともしばしば。ただ音を聴くだけ、という感じで不満があった。聞き流す人のためにしか音楽を配信していない感じだ。そこがbandcampはまるで違っていて、本当に音楽が好きで、ある楽曲に心から惹かれていてそれについてよく知りたい人、アーティストの活動やプロジェクトについても知りたい人を満足させる。またどの楽曲も(歌がある場合)、歌詞をテキストで表示できる。これらのことは、アーティストと深く関係をもちサポートする、というコンセプトから来ているのではないか。

もう一つ面白いと思ったのは、ストリーミングで自由に試聴させつつ、デジタル版購入の他、CDやvinylと呼ばれるLPの販売も同時にしていること。最近のdailyでは、アーティストやレーベルがLPをbandcampで作れるシステムを紹介していた。CDさえ消滅しそうなのに、いまどきLPかと思うかもしれないが、これがどうもそうでもなさそうで、実はこのあと書こうと思っているECMというミュンヘンのレーベルのアルバムを見ていて、欲しい!かも?と思ってしまったのだ。

ここまででかなり長い文章になってしまったので、ECMやvinylについては次回書こうと思っている。その前に、bandcampのことでいくつか補足を。bandcampへの参加の仕方には三つの方法がある。登録しようとすると、ポップアップウィンドウで三つのカテゴリーが提示され、その中から一つ選ぶよう指示される。「ファンとして」「アーティストとして」「レーベルとして」の三つだ。わたしは「ファンとして」を選んだが、一瞬、その他の選択の可能性を考えてしまった。もし音楽を、人に聞かせたい音楽をやっていたら、、、そのときは何を選ぶだろう、と。(ところでbandcampのサイトは英語が基本だが、日本語とフランス語も選べるようになっている。しかしそれは部分的であり、日本語を選択した場合も、サイトの多くは英語が使われている。dailyなどのニュースもそうだし、アーティストのページもそう、サポーターのコメントも。日本語で楽曲の感想を書くことは可能かもしれない。が、日本語が読める人でないと、アーティスト自身も含め、読めないことになるけれど)

「ファンとして」を選んだ場合、ここで音楽を聴いたり、購入したり、好きなミュージシャンをフォローしたり、同じ嗜好を持つファンを知ったり、といったことができる。「アーティストとして」登録した場合は、自分の音楽を聴き手やファンに直接売ることができ(bandcampの取り分は10〜15%)、価格の付け方などすべて自分でコントロールでき、購入者のデータや売れている楽曲のリアルタイムのスタッツ、各種レポートなども閲覧できるようだ。またクラウドファウンディングの機能も備えているらしい。アーティストがファンの資金を集めて、新曲をリリースするという流れは、ここではサポーターのベースがあるだけにスムーズにいきそうだ。

「レーベル」での登録は、アーティストを抱える組織のためのもので、こちらは有料。アーティスト15人までが月20米ドル、50ドルだと無制限とあった。ビジネスの知識のない人も、レーベルを簡単に立ち上げることができるということだろうか。

次回はミュンヘンのECMやvinyl(レコード)について書いてみたい。このECM Recordsというのも、アルヴォ・ペルトの本からのリンクである。楽譜のUEとともに、ペルトの音楽を語るのに欠かせないピースの一つらしい。アルヴォ・ペルトの音楽に出会ったこと、彼についての本を読みはじめたこと、そこから様々な音楽世界(クラシックに限らない)へとリンケージしていったこと、このすべてをとても幸運に思っている。


20160502

「いまここ」感覚と俯瞰のリアル

ここ何年かの間、作品の解説や評論、あるいはコラムなどでときどき「いま、ここ」の感覚という表現を目にすることがあり気になっていた。どんなケースで使われているか、ネットで調べて再確認してみようとしたところ、自己啓発やスピリチュアル系の話の中で出てくるものしか見つけられなかった。しかし記憶では、そうではない場面で、職業的な書き手によるものも含め見た覚えがあるのだが。肯定的な意味での「いまここ」である。

なんで「いまここ」という言い方が気になるのか、というと、「いまここ」という時間感覚には過去や未来という時間軸を無化する働きや意図があるように思えるからだ。また「ここ」へのこだわりは、場の広がりや多層性を見ないことにする気持ちが含まれている気もする。

「いまここ」肯定派は、いまこの瞬間この場所、ここで起きていることこそが大切、そこを真剣に生きる(見て感じる)ことがよいと言っているように思われる。一瞬一瞬のかけがえのなさ、この臨場感を大切に、これこそがリアルだ。思うにこのような思想は、日本の人々に多いと言われる現世利益的な生き方や、何をリアルと思うかの感覚と妙にマッチする。

「いまここ」と関係ある話なのかどうか判断がついていないのだが、「時間(軸)感覚のなさ」というのは日本で暮らしているとよく感じることの一つだ。ここでいう時間感覚とは、過去と現在と未来を貫く一刻一刻の時の刻みであり、その蓄積である歴史感覚だ。ある出来事がいつ起きたか、その前後には何があったか、という時間を俯瞰して見るような感覚のことだ。

インターネットでBloggerによってブログというスタイルの出版がスタートしたとき、新たな投稿をポストすると自動的にタイトル上に年月日が記録された。何でもないようなことだが、重要なポイントだ。現在は日本の新聞社も、ネットではこのようなシステムを使うようになり、年月日が記事の上に記されるようになったが(時々ないものがあるが)、それまでは日付のない記事がたくさんあった。これはインターネットでは投稿記事がどんどん積み重なり、原則として過去のものも残されるという法則が十分理解されていなかったからと思われる。「いまここ」感覚で記事を書いて載せていると、あとになってこの「いまここ」がいったいいつの「いまここ」なのか、わからなくなってしまうのだ。全国紙の新聞社がまさか、と思われるかもしれないが、実際そうだった。

テレビのCSで、EPGをつかって番組表を表示し、映画の内容を見ようとすると、簡単なあらすじや出演者名が書いてあるが、多くの場合制作年月日が抜けている。制作国も書いていないことが多い。わたしが思うに映画の情報を伝えるとき、タイトルと同じくらい制作年月日は重要だと思う。制作年月日はそれがどんな映画か、という情報を補足する役割がある。

おそらく情報を伝えるときの標準形というものが日本社会にはあまりないのかもしれない。人物紹介(自己紹介、プロフィール)であるバイオグラフィーと言われるものは、ウィキペディアなどを見てもわかるように、名前から入り、生年月日、出身地とつづくのが普通だ。自由形式で好きなように書くよりも、調べものをしているときや、複数の人物を比較するときなど、ある形式に沿って書いてある方が役にたつ。

インターネット創世記のころの日本の新聞社が、記事の掲載日を載せるのを忘れていたのは、この国の「いまここ」的時間感覚によるものではないかという気がする。書いた日付のない記事は、価値が半分に落ちる。客観的事実を述べるのに、正確な日付は重要だ。よく見かけたのは「8月10日、愛知県の今治市で、、、、」というような、月日だけで年度がどこにもない記事だ。今は2014年だから書かなくてもわかる、という感覚だと思う。しかし2016年にその記事を読んだとき、いったいいつの8月10日なのかがわからない。これは紙の新聞と大きく異なる点だ。

Bloggerのシステムが当然のように、自動で年月日が入るようにしたのは偶然ではない。創始者はアメリカの会社だが、物事を見るとき記すときの(西洋社会の)時間感覚、歴史感覚が自動記入のシステムを生んだのだと思う。

イングランドのサッカーの試合を見ていると、試合の半ばでスタジアムの観客(サポーター)がある時間に一斉に拍手をはじめることがある。過去にホームチームで活躍した選手が亡くなったときなど、その背番号の時間(17番であれば17分)に拍手をして追悼するのだ。半世紀近く前の往年の選手の場合が多いが、サポーターたちは過去の時代に活躍した選手を「いまここ」の時間軸の中に据えて可視化する。

イギリス出身で大阪在住のサッカーライター、ベン・メイブリーさんが先日こんなエピソードを披露してくれた。イングランドのFAカップの準決勝が最近あり、クリスタルパレスとワトフォードが戦った。クリスタルパレスの現監督アラン・バーデューは1990年、選手としてFAカップの準決勝に出場し、決勝ゴールを決めてチームを初の決勝戦に導いた。そのときチームの監督だったスティーブ・コッペルは、この勝利は選手たちのものと考え、試合終了のホイッスルを聞くとすぐ、ドレッシングルームへ帰っていったという。そして先週の準決勝で、今は監督となったアラン・バーデューは、チームが決勝進出を決めて試合が終わったとき、当時の監督と同じことをしたそうだ。ホイッスルを聞くとドレッシングルームに消えた。サポーターもそのことを知っており、またテレビのカメラマンも知っていて、軽く手を上げて去っていくパーデュー監督のショットを捉えている。

このようなエピソードを選手やスタッフ、サポーター、メディア、サッカーファンが共有して、チームのサッカー史の中に捉え、今と過去を結びつけているのは興味深いことだ。イギリスのサッカー文化とはたとえばこのようなものなのだろう、と思わされた瞬間だった。「いまここ」は過去にも未来にも存在する。「いまここ」を熱く感じ大切にしつつ、すべての「いまここ」を一本の線でつなぎ、俯瞰して見ることで一つ一つの「いまここ」は、さらに深く記憶に残るリアルなものになっていくのかもしれない。

リアルとは、「いまここ」で感じるかけがえのない瞬間のものであると同時に、「つづく時間」である歴史の中に置いて、俯瞰で見て感じ判断するものでもある。「いまここ」が湧きたつ感動のリアルだとすれば、俯瞰で見るリアルはときに冷たく厳しい現実もつきつける。

20180309

野生と飼育のはざまで(4)


注)2月9日の『野生と飼育のはざまで(3)』のつづきです。ここまでと同様、以下の記事は現時点での知見をもとに書きました。気づいた間違いや新たな発見、見解は、そのつど後の記事で更新していきたいと思っています。
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スポーツハンティングが野生動物を救う?

前回、自閉症である自分の特質を生かして、動物の行動の原因を探究した動物学者、テンプル・グランディンの研究や考えを紹介した。その中で野生動物保護について、アフリカの大型動物の狩猟を売りにした「サファリツアー」を、一つの解決策として認めている部分があった。グランディンの著書では「サファリツアー」の言葉がつかわれていた(日本語訳/原著をGoogle Booksで”safari tour”で検索したが出てこなかった)が、適切な言葉は「スポーツハンティング」あるいは「トロフィーハンティング」と呼ばれているものだ。単にサファリツアーと言った場合は、狩猟をしない鑑賞ツアーも含まれるからだ。

グランディンの主張は、「レイヨウやイボイノシシを狩るツアーは、大きなお金を地元に落とし、住民の生活を支えている。これにより私有地に住む動物が狩られて犠牲になるが、この程度の犠牲は、地主に自分の土地を野生動物の生息地にしようという意欲をもたらすなら必要かもしれない」といったものだった(「私有地」については後述する)。つまり国による適正な管理があり、野生動物の数が維持できるのなら、こういったハンティングは非常に大きなお金を地元に落として地元を潤わせるので、結果として住民に野生動物を保護しようという気を起こさせ、適切な解決策になるということだ。

これをグランディンの本(『動物が幸せを感じるとき:新しい動物行動学でわかるアニマル・マインド』)で読んだときは、なるほど、こういう考えもあるのかと思った。正に功利主義の実践といったところか。グランディンがこのように考えるようになった要因として、1977年のケニアにおける狩猟全面禁止政策があったようだ。グランディンは著書の中で次のように書いている。

ケニアの環境保護論者マイク・ノートン=グリフィスによると、ケニアでは、1977年以降、国立公園以外の地域で大型の野生動物が6割から7割、いなくなった。77年といえば、野生動物の狩猟や農場での営利目的の飼育を禁止する法律がケニアで制定された年だ。これは偶然の一致ではない。この法律のせいで動物が姿を消し、事態が悪化したのだ。

グランディンの考えによると、野生動物の飼育が禁止されたことにより、牧草地を維持する費用がまかなえなくなった牧場主が、放牧地を農地に変えた。つまり保護目的の法律が、実際には正反対のことを促した、というわけだ。これを読んだときには、そういうこともあるのかと納得した。

今回これを書くにあたって、1977年以降、ケニアの野生動物がどれくらい減ったのか、調べてみようとした。その中にあった釧路公立大学の小林聡史教授の『ケニアにおける野生動物による被害の現状』 には次のように書かれていた。

セレンゲティ国立公園における個体数センサス*の記録がある. それによるとヌ ーの個体数は1971年に約70万頭だったのが ,1977 年には140万頭にまで増え,1986年にはやや減少 して114万頭と推定されている。一方,サバンナシマウマの個体数はほぼ安定していて20万頭前後, トムソンガゼルは1972年に約70万頭,1986年には 約57万3,000頭と推定されている。(*センサス=実態調査)

これを読むかぎり、グランディンの参照する「大型の野生動物が6割から7割いなくなった」という数値は当てはまらない。「国立公園以外の地域で」とグランディンは書いているので、外と中では事情がまったく違うのだろうか。ちなみに小林聡史教授の調査はケニアの国立公園・保護区の内外に及んでおり、「メルー県におけるゾウによる耕作地への侵入」と題された調査マップでは、国立公園の外の地点が示されていた。

もう一つの資料として、日本自然保護協会『自然保護』(1985年)のサイトの記述をあげたい。

1982年、IUCN(国際自然保護連合)の報告ではアフリカ全土に120万弱のアフリカゾウが生息、うちケニアには6万5000頭となっている。これだけいれば十分と思われるかも知れないが、1969年にケニアにゾウは16万9000頭いたと推定されている。14年間に61.5%が失われたことになるのだ。(『ケニアの野生動物 鳴りやまぬ赤信号』より)

この数値では、確かにゾウが1982年にはかなりの数、減っていることがわかる。前述のヌーやサバンナシマウマの調査と、このゾウの調査では結果がかなり違う。どちらも大型動物だが、種によって違いが出るのか、それとも調査地域による差なのか。グランディンの記述では「大型の野生動物」としか書かれていないので、そのあたりがわからない。

いずれにしてもグランディンは、ケニアでの野生動物の減少と野生保護政策(法律)を結びつけ、因果関係があると言っている。そしてこういった数を減らしてしまうような保護政策ではなく、もっと実質的に効果のある野生動物保護が必要だと訴えているのだ。その理論の延長線上に、経済効果をもたらす、スポーツハンティングによる解決策があげられている。

ところでわたしは、グランディンの著書を読んだのちに、アフリカ地域研究が専門の安田章人氏のSynodosへの寄稿を読んだ。そしてスポーツハンティングによる野生動物保護の論理に疑問をもった。安田氏は、カメルーンをはじめ、アフリカを中心とする狩猟現場において10年を超えるフィールドワークを行ない、人と野生動物の共存について研究している人である。
シノドス:2018.02.08 Thu


安田氏の寄稿を読んだあと、グランディンの主張の中でまず気になったのは、「大きなお金を地元に落とし、住民の生活を支えている」といった中で使われている「地元」や「住民」といった言葉が指す対象だった。「地元」には狩猟区のある国の政府やそこでハンティングを営む観光業者(または土地所有者/地元エリート層)が含まれるだろう。「住民」の方は、安田氏の調査によると2種類あって、狩猟区周辺に住んでいる経済的利益を受けにくい村民と、スポーツハンティングのためにキャンプに雇用され、恩恵を受けている村民があるという。キャンプに雇用された人々は働く機会を得たことで、農業などで得られる収入よりずっと大きな金銭を手にできる。しかしこの雇用も、動物のトラッカーや料理人、整備工のような要職に就いている一部の者(高額な賃金)と、ポーターや洗濯、掃除などをする雑用係(低額の賃金)に分かれ、料理人、整備工などは地元ではなく、都市部からやって来た教育を受けた者であるという。

地元への恩恵という意味では、確かに、ハンティングにかかる税金の一部が、地元住民に還元されるようにはなったようだ。これは一つの前進と言っていい。カメルーンでは、狩猟区の借地代(観光業者が国に払っている借地料)の10%を周辺の村落へに分配することが法律で決まり(1994年)、遅れて2000年以降に実施されるようになった。しかしそれが地域内で平等に分配されているわけではないという。カメルーンのある村では、ラミド(王)を長とする伝統的な権力構造があり、それがヨーロッパからの観光業者と結びついて、有力者が分配利益を享受してしまうことがあるらしい。

このように地元、あるいは住民への利益還元と言った場合、それが行なわれていても、必ずしも平等にみんながそれを享受できているわけではないようだ。地元の権力者が、外からやって来た観光業者(昔は植民者)と協力してものごとを決めたり、利益をわけあう構造は、ハンティングに限らずアフリカでは昔から見られたことだと思う。

二つ目に気になったことは、グランディンの言う「地主」や「牧場主」のプロフィールだ。彼女が例としてあげてるケニアなどの東アフリカでは、ハンティングはゲームランチ(game ranch)と呼ばれる私有地で行なわれている。私有地の持ち主は、植民地時代の19世紀にやって来たヨーロッパからの移民にルーツをもつ人々だという。彼女の本を読んでいるかぎり、彼らもアフリカの地元民の一部のように受け取れたが、その人たちと被植民者だった元々この地に住んでいた原住民とは、分けて考えた方がいいのではないかと思った。

これは安田氏が調査区としていたカメルーンや南アフリカでも同じだが、これらの地域では、土地は基本的に国が所有していて、ヨーロッパからの観光業者や、南アフリカであればアフリカーンスのようなオランダ系植民者の末裔たちが、ハンティング用狩猟区として国から借りて観光業を営んでいる。昔の帝国主義に倣ったような、ヨーロッパの事業者や旧植民者による地元民への支配、という構造がベースにあるように感じられた。

グランディンの言う、ハンティングにより大きなお金が地元に落ち、住民が潤い、結果その資源となる野生動物の保護に地元が積極的になる、という論理は理にかなっているように見えて、実際のところ地元とは何を指すのか、住民とは誰なのか、を見ていくとき、必ずしも理想的とは言えない状態に思えてくる。

狩猟区周辺(あるいは狩猟区内)に居住する村人には、狩猟に関して制限がかかっているという。たとえば食料として、あるいは生業として狩りをするにも、昔ながらの植物資源による猟具による、小さな動物を獲ることしか許可されていない。ハンティングのための狩猟区を「保護する」という理由なのか。もし住民がハンターと同じように大型動物を狩猟したい場合は、狩猟ライセンスを取得し、獲った動物に対して狩猟税を納めなければならない。しかしこれらのライセンスや狩猟税は、裕福な海外からのハンター対象に設定されているため、貧しい地元民に支払えるような金額ではないという。つまり地元民は、実質的に、自分たちの住む地域の自然へのアクセスが大きく制限されている。

安田氏はSynodosの寄稿の中で「土地を所有あるいは賃借している観光事業者は、狩猟に限らず、トロフィー・ハンティングの妨げとなる農耕や牧畜も禁止しているため、地域住民による自然資源に対するアクセス権のすべてが剥奪されている」と述べていた。このような状況の中では、地元民による「密猟」が起きても不思議はないように思えてくる。

野生動物の数を減らさないため、ヨーロッパからの(あるいは植民者末裔の)事業者、牧場主にハンティングのための狩猟区を与え、海外からの観光客を呼びこんで狩猟をさせ、地元にお金を落として経済的に潤う、それが野生動物の保護につながる。この一見win-winなシナリオの中で、抜け落ちているのが、ハンティングに関わらない(雇用されない)一般住民たちではないか。ときに元々住んでいた居住地から、狩猟区確保のため、村民が強制移住させられることもあるという。

安田氏によると、こういった不利益に地元民がなかなか抵抗できないのは、一つには村の伝統的な権力構造(王政のような)があるためだという。近代化が進んでいないから、と言えるだろうが、そのような土地では、植民的なシステムは一般に機能しやすい。

狩猟区を管理・運営する政府や観光業者の主張によれば、一般地元民は、野生動物についての知識がなく、持続可能な狩猟をすることができない、という。また「地域住民は、われわれに雇用されているのに、密猟をおこなっている」と批難する。一方、住民の方は、「自分たちが食べる分だけでよいから狩猟させてほしい」と主張する。

安田氏は、「計画的に野生動物を利用するスポーツハンティングとそれにかかわる保全政策」の正当性が強く訴えられる割には、科学知に基づいた「高い生態学的な精度による野生動物管理」は実現していない、と見ているようだ。

ここで政府、観光業者(あるいは狩猟区の所有者)と地元民の対立構造を俯瞰するため、アフリカにおけるスポーツハンティングの歴史を、安田氏の著書『護るために殺す?:アフリカにおけるスポーツハンティングの「持続可能性」と地域社会』(勁草書房、2013年)から要約してみよう。
  1. 中世の西洋社会では、特権階級の娯楽としてスポーツハンティングが発展した。
  2. 19世紀になって帝国主義の象徴となり、植民地支配の道具となった。野生動物の減少。
  3. 19世紀後半には、アメリカを先駆けとして国立公園が出来、アフリカでも植民地政策により「手つかずの自然」を残すことが使命となった。猟銃保護区、国立公園、狩猟制限が植民地政府によって設定され、狩猟は西洋人のみできるという制限がかけられた。
  4. 1970年代になって、狩猟への倫理的批判が社会的に起きる。
  5. 1980年代にエコツーリズムの思想が生まれ、サファリツアーなど住民参加型の保全が提唱される。
  6. 1970年代に倫理的批判を受けたスポーツハンティングだが、地域に利益をもたらす効果が大きいということで、「生態的な持続可能性と経済的な豊かさ」を実現するツールとして復権する。
  7. 自然保護行政を支える柱として、狩猟枠の拡大、捕獲枠の拡大が行なわれ、野生動物管理の強力な資金供給源となる(サファリツアーの300倍の税収をもたらす)。
政府や観光業者の「地域住民による資源(野生動物)利用は非持続的である」の見解のため、地元民は狩猟を制限され、違反したものは「密猟者」として逮捕や罰金を科せられている。「住民参加型保全」が掲げられ、一定の利益分配の拡充は図られているものの、安田氏によると、野生動物保全やスポーツハンティングの会議に、狩猟区内に住む一般村民が呼ばれたことはほとんどない、という。近年狩猟区に設定されたある村では、村民が、自分の居住地がスポーツハンティングの狩猟区に設定されたことも、観光業者の存在も知らなかった、という例があげられていた。 

「野生と飼育のはざまで(3)で紹介したグランディンの動物の心理へのアプローチには、素晴らしいものがあると思ったが、アフリカのスポーツハンティングにおける「野生動物の保全と住民への経済便益」のシナリオに関しては、最終的に疑問が解消されることはなかった。

野生動物の数を減らさないための合理的な、あるいは功利主義的な解決法として、スポーツハンティング、あるいはトロフィーハンティングが有効な手段だと納得できるためには、何が変わればいいのだろう。スポーツハンティングでは、西洋社会の富裕層がアフリカを訪れ、何百万円もの大金をつかって野生動物を狩る。地元のトラッカーを雇うということは、ハンター自身には狩りの能力(野生動物の性質や生態を知って追いかける)が、必ずしも求められないのかもしれない。つまり人と野生動物の関係性は、「片方がもう一方を娯楽で狩る」の枠を出ることがないのかもしれない。だからハンターたちは、仕留めた後の成果として狩った動物と記念写真を撮り、頭部でトロフィーを作り持ち帰る。その心情は、中世の特権階級や植民地時代の支配層の人々のものと、さして変わらないようにも見える。このような人々をビジネスの対象として呼び込む「持続可能な野生動物の保全」は、ハンティングに大金をつかう人々を「利用している」とも言える。

一般的に日本人には、娯楽としてのハンティングというものが、文化的に馴染みがない。ハンティングによって野生動物を守るというアイディアが、グランディンのようにすんなり受け入れられないのは、そういった文化の違いがあるのかもしれない。日本人の場合、富裕層でなくとも、海外のリゾート地などで最高級のホテルに泊まることがある。最高のホスピタリティで対応されるわけだが、日本で中程度の一般市民であれば、多分、それを素晴らしいと感激しつつもどこか居心地の悪さ、ここは自分の居場所ではないのでは、という感覚をもってしまうのはあり得ることだ。そのような文化的、歴史的違和感は、アフリカの植民地的ハンティング文化(広大な自然の中に、自家発電による給湯・冷暖房完備の客室、欧米客の好みを満たすための菜園などを備えたキャンプがあり、そこに逗留して狩りを楽しむ)に感じるものと近いように思う。

ハンティングを事業化する国の政府や観光業者が言うように、地元民は野生動物を持続的な方法で扱うことができない、というのが事実であるのなら、彼らへの啓蒙や教育が必要かもしれない。その上で日々の食料や生業のために、住民が野生動物にアクセスできるようにすることも検討されるべきだ。またハンティングによって得られる利益が、公平に分けられるシステムもなくてはいけない。21世紀という時代においては、地球上のどこの地域であっても、支配と被支配の構造の中で人が生きねばらないことを正当化するのは難しい。野生動物保全にとっても、その方法は好ましくないと思うし、「持続可能な方法」でもないだろう。

もっと言えば、もしハンティングを観光資源の一つとする場合も、現在の植民地主義的なものとは違った方法論があってもいい。ヨーロッパ由来の欧米式ハンティング観光ではなく、地元発想的なジミな狩猟体験だ。野生動物を知り、近しくなることが狩猟につながるような。地元民の家または運営する簡易な宿泊所に泊まって、地元の生活を体験しながら、野生動物を追う体験をする。これでは経済効果は期待できないし、野生動物保護につながらない? 第一そんなツアーに参加する欧米人はいないだろうって? 確かにその通りかもしれない。求められているのは、欧米式の高級リゾート&娯楽としてのハンティングなのだから。

この先10年、20年、野生動物の「住民参加型保全」はアフリカで、どのように実行されていくのだろう。昔ながらの階級社会的、欧米人思考スタイルから生まれたものではない、真に未来的で持続可能な野生動物保護へと変化していくことを願って、引き続き見守っていきたい。