20190913

川久保玲 vs. ゆとり世代 (2)


(1)はこちら

前回は、ゆとり世代と年齢的に半世紀のギャップがある川久保玲の「思想」を比較してみた。今回は「古着女子」、韓国の「BTS」、アメリカの「AOC」といったこの世代同士の比較を。

ゆとり本の制作者の一人でもある25歳の起業家男子のファッションへのアプローチ。川久保玲のクリエーションの探求と人類の進歩という宣言、目標に対して、この起業家男子は、自分の個人的な趣味から「古着女子」というアカウントをインスタグラムで開設し、わずかの期間でフォロワーを増やした。現在フォロワーは20万人を超えるという。10万人を超えたところで、起業家男子は勤めていたIT系スタートアップ企業を退職し、インスタグラムと連動したECショップを開設、インフルエンサーをアンバサダーに認定するなどして、さらなるフォロワーを増やしていった、とのこと。2018年にエンジェル投資をする個人投資家から2回の資金調達に成功し、年末には下北沢にリアル店舗オープンが決定、といった成功談がビジネス・インサイダーというウェブ・メディアに書かれていた。

その記事の中に、次のような本人の発言があった。「起業家って、自分がすごいことを自分で説明しなければいけないじゃないですか。その説得がダルい。著名な投資家から資金調達すれば、『この人たちが推しているんだったら将来すごくなるのかな』って、期待感を醸成できる」

おー、説得がダルい。とは。川久保玲が聞いたらなんというか。でも著名な投資家から資金調達を受ける際には、その「ダルい説得」は必要ないのかな。説得抜きで、向こうが見込みありと思って資金を出してくれるのであれば、それはそれでスゴイことだけど。

ここで話が少し飛ぶが、韓国にBTSというヒップホップのグループがある。彼らも世代的にはゆとり。1992年から1997年生まれの7人のグループで、ビルボード200で1位になるなど、全世界的な人気となっている。彼らは韓国人だから、ゆとり教育を受けたわけではなく、日本のゆとりたちとは何の関係もない。ただお隣りの同世代の人たちは、どんな感性を持っているのかな、とは思う。「ゆるく生きる」やり方では、このような成功は達成できないのかも、と。

BTSに関しては、どうやって韓国のバンドがアメリカを始めとするヨーロッパやアジアで人気を得るようになったのか、そこが謎だった。確かに数年前にも韓国からはPSYという歌い手が出ていて、『江南スタイル』という曲が世界的ヒットになったことがあった。当時、マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)に移籍したばかりのサッカーの香川真司選手が、チームのクリスマス・パーティでこれを歌って大受けした、と聞いたことがある。しかし今回のBTSは、一つの曲というわけでなく、グループ自体がすごい人気で、アメリカではTVの人気トークショーなどに出演して話題になったり、ロンドンのウェンブリー・スタジアムのライブのチケットが即座に売り切れた、などネットの記事を賑わしている。ビートルズ並みか、という日本の音楽ライターもいるくらい。

アメリカの雑誌ヴォーグのウェブ版でも、BTSの追跡レポートを何回かしていたりと、人気には実態がありそうだった。わたし自身は、ヒップホップは嫌いじゃないけれど、経験的にはフージーズ及びローリン・ヒル止まり。K-POP系統のものは経験も感もないので、ちょっと聞いただけでは音楽やダンスそのものについては判断がつきかねる。歌はほとんど韓国語で歌われているそうだ。それに欧米のファンはどうやって反応したのだろう。確かに音楽の場合、歌詞がわからなくても、音楽自体を好きになることは可能。あるいは音楽の中にすでに歌詞の要素が含まれているので、具体的に言葉がわからなくても、フィーリングは伝わる。

歌やダンスについては判断が難しいので、国連総会で彼ら(リーダーのRM)がユニセフのキャンペーン「Love Myself」の一環としてスピーチを行なったものを聞いてみた。彼らには「Love Yourself」というアルバム・シリーズがある。RMはもともとラッパーで、言葉で何かをアピールすることが一番の自己表現のようだった。国連総会ではなかなかの英語によるスピーチをしていて、彼がラッパーだということがよく理解できた。そこで語られた「自分の名前を見つけること、そして自分を語り、自分の声を見つけてほしい」とか、「あなたの名前は何? あなた自身を語ろう」というメッセージは、その語り口とともに、シンプルな英語で自身の声で発せられると、同世代へのアピール力がかなりあるのではと感じられた。

このようなアプローチが彼らの歌のメッセージの一つであるなら、確かに、同世代の人々を含めた世界の若者たちに、国や言語を問わずアピールしてもおかしくはないと思う。それはその世代の人々が、インターネットの様々なコンテンツやグローバル化した商品を通じて、共通意識をすでに持っているからかもしれない。40代の人、60代や80代の人だって、ある時代を共有して生きてきたことで、たとえばベルリンの壁崩壊を通じてとか、戦争体験であるとか、似たフィーリングを持っているかもしれないが、BTS世代、あるいはもう少し広げてミレニアル世代の人たちの共通認識は、もっと個人的なところ、個人の内部から発しているように見える。そういう共感は、社会的、政治的、あるいは国家を通した経験より、エモーショナルなところでよりいっそう強い一体感を生む可能性がある。そこでは国とか伝統的な文化圏といった境界がゆるく溶け、すべてが個人レベルの意識や感覚から発生する共感のベクトルとなる。

韓国と日本は若者文化的にいうと近年、互いに影響をしあっている。だから両国の若者は近い感性を持っているはずだ。BTSのウェンブリーでのライブも、日本の300館の劇場でディレイ・ビューイングが行なわれたとか。日本にも(おそらく多くは同世代、つまりゆとり世代の人々の)BTSファンがたくさんいるのだろう。全世界レベルのARMYというファン組織があって、彼らの活動を支援しているというようなことも聞いた。

とはいえBTSのファンとゆとりたちがどのように似ていて、どのように似ていないのか、それについてはわからない。多分、違うようでいて、共通する部分があるのではないか。似ているようで、まったく違うところがあったとしても。それはゆとりたちを生んだものが、ゆとり教育の結果(成果)だったとしても、そこだけで生きてきた、生きているとは思えないからだ。

韓国からアメリカに目を移すと、政治の世界で、ミレニアル世代(1980年代~2000年代初頭までに生まれた人)の台頭の兆しがあるようだ。民主党下院議員に今年就任した、通称AOC(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)は、プエルトリコ系の移民家族の元で育った29歳。米国史上(女性として)最少年での当選だそうだ。資金力ではなくSNSを活用して当選した、出馬を決めた選挙当時はバーテンダーだったなどのプロフィールも、ミレニアル的で当選後の話題の一つだ。日経新聞によると、アメリカのミレニアル世代の4割は、民族人種的マイノリティーとか。

AOCは民主党の議員仲間で「スクワッド」というグループを作っている。このネーミング自体、ミレニアル的というか、AOCの出身地ブロンクスを含むイーストコーストのヒップホップ・カルチャーでは、自主的に集まったグループの呼称らしい。スクワッドの構成要員は、4人の移民系マイノリティーに属する女性たち。内二人は、ソマリアとパレスチナ出自のイスラム教徒。残りの一人はアフリカ系アメリカ人。4人とも2019年の選挙で当選している。AOCは当選の翌日に、インスタグラムで4人の写真とともに「スクワッド」宣言をしている。

アメリカのミレニアル世代の4割が民族人種的マイノリティーというのが本当なら、このまま進めば、あるいは更に増える傾向にあれば、現在29歳のAOCが39歳、49歳、59歳、となるここ30年間(2050年くらいまで)の間に、社会で実権を握るマジョリティ層となり、AOCを大統領に登りつめさせることもあり得る。そのときは、「女性初の」などというヒラリー・C世代好みの代名詞ではない、別の、今はちょっと思いつかないラベルが貼られるだろう。

ゆとり、BTS、AOC、この三つは、出自も違えばキャラクター(パーソナリティ)の類似点もまったくないように見える。しかしここにたとえば「インターネット」とか「共感」とか「下からの力」といったキーワードを置いてみると、案外地つづきの風景が見えてきそうな気がする。バラバラの個人が、インターネットを媒介として、ある共感に基づいて繋がる。それがあるサイズにまで達したとき、既存のシステムを超えるほどの、予想外の影響力をもつことがある。そういった意味で、目指しているものは違っていても、この三者のあり方、活動の指向には、共通するところがあるのかもしれない。


当選翌日にAOCが投稿したインスタグラム「スクワッド宣言」
左からイハンオマール、アヤンナ・プレスリー、ラシダ・タリーブ、AOC(アレクサンドリア・オカシオ=コルテス)