ミス、偶然性、予測不可能(補足)
このテーマで書くのは(1)(2)で終わりと思っていたのだけれど、もう少しだけ補足的に書きたいことが出てきたので、追加で書くことにした。
きっかけは(2)を書いていたときに起きた、サッカー場での「事故」だった。ミスと事故は違うかもしれないが、ミスによって事故が起きることはある。どちらも予測不可能な形でやってくることに変わりはない。そしてそれに関わった人々が、どう対処するかには興味深いものがある。
11月10日(日)、イングランド北西部にあるエヴァートンのホームで、ロンドンをベースにするトットナムとの試合があった。試合終盤の70分過ぎ、トットナムのソン・フンミン選手(韓国)がエヴァートンのゴメス選手(ポルトガル)にタックルを仕掛け、それによって転倒したゴメス選手が、手前にいたトットナムのオーリエ選手(コートジボワール)と衝突し重傷を負った。ニュースによると脱臼骨折とのことで、映像には映されなかったが足首が不自然な方向に曲がってしまっていたとのこと。ソン選手には当初イエローカードが出され、その後事態の重さから一発レッド(退場)へと変更になった。
試合は一時中止、ピッチ上は大変な騒ぎになり、医療関係のスタッフの他、各チームの選手やコーチングスタッフなどが、負傷した選手の周囲を取り囲んだ。ゴメス選手の足の状態を目の当たりにしたソン選手はショックを受けてパニック状態になり、頭を両手でおおい、スタッフに抱きかかえられながら号泣している映像がカメラに捉えられた。また衝突されたオーリエ選手もショックを受けていたようで、両手で頭を抱えていた。
これに似た事故を10年前にも見たことがあった。2009/2010シーズンのプレミアリーグの試合で、ストーク・シティのショウクロス選手がアーセナルのラムジー選手にタックルを仕掛け、骨折を負わせた。ショウクロス選手にはレッドカードが出され、退場した。退場の際、目に涙をためている選手の顔が映し出された。当時、ショウクロス選手は23歳。ラムジー選手は20歳、どちらも将来を有望視されているイギリス人だった。2月に事故にあったラムジー選手は、その年の10月にトレーニングに戻ったが、フィットネスを取り戻すため、下位のチームでしばらくプレイするなど、万全な状態になるまで長い日数を要したようだ。
サッカー選手にとって怪我、中でも手術を必要とするような重い負傷は、大きな絶望感につながる。ピッチ上で怪我をし、タンカーに乗せられて搬送される選手が、泣いている姿はよく見られる光景だ。しかしその怪我が重傷であるときは、怪我を負わせた選手の方も大きなショックを受ける。
トットナムのソン選手のときは、その号泣する選手のまわりをエヴァートンの選手が囲んでいるのが印象的だった。ゴールキーパーのピックフォード選手(イングランド)とフォワードのトスン選手(トルコ)が、ソン選手の肩を抱き、背をさすり、頭に手をやり慰めていた。このような予測不可能な出来事の、それも自チームの選手が大けがを負った場面、騒然とした空気の中で、事故の一因となった選手の元に行って慰めの言葉をかける、という行為に目を惹きつけられた。
これで思い出したことがあった。何年も前、もう閉店してしまった有楽町西武での出来事。ある日そこで買い物をしていたら、目の前の下りエスカレーターを年配の着物姿の女性が上から転がり落ちてきた。はっきりとは覚えていないが、わたしの目の前だったように思う。もしかしたら、一番近くにいたのが自分だったかもしれない。驚きのあまり、わたしは呆然と突っ立っていた。何もすることができなかった。すると周りにいた何人かの人が、その女性に駆け寄って助け起こし、救急車を呼び、とテキパキと事故の処理をはじめた。
そのあとで、わたしは考え込んでしまった。なぜ自分は何もできなかったのか。突っ立っているだけだったのか。人間として欠陥があるのではないか。たとえ他のこと、たとえば仕事ができるとか、何かの能力に優れているといったことがあったとしても、このような場面でまるで役立たずであるのは、人間として全体的に見たとき、極めて能力が低いことにならないか。などなど。確かに突然の出来事に対応するのは簡単ではない。でも。
それから何年かたって、同じような場面にまた遭遇した。そのときは新宿西口の大江戸線に降りていく長い階段だったと思う。階段半ばあたりまできたとき、上から年配の女性が転がり落ちてきて、途中の踊り場で止まった。このときはもう迷わなかった。すぐに駆け寄って、女性に声をかけ、周囲でびっくりしてこちらを見ていいる人々に救急車を呼ぶよう頼んだ。そして救急車が到着するまでの何分間か、その女性のそばに着いていた。女性は気は失っておらず、話をすることはできたし、骨折などはないように見えたが、ショックもあってか起き上がることができないようだった。わたしに向かって何度も「すみません」「ありがとう」の言葉を繰り返していた。
その女性にはこちらの事情など知りようもないことだけれど、この出来事があって、わたしは少しだけ救われた思いがした。自分は冷酷な人間でも役立たずでもない、以前何もできなかったのは、おそらく経験が足りなかったせいだろう。そう思えるようになった。
サッカー選手の場合は、自分が事故の原因だったりするので、心理的な負荷はとてつもなく大きいだろう。ソン選手に与えられたレッドカードは、VAR(video assistant referee)での診断の結果、イエローカードに変更された。ソン選手のタックルが引き起こした事故ではあるが、怪我自体はソン選手の足によるものではなく、ゴメス選手の落下時の衝撃と判断されたからのようだ。その試合の2日後には、トットナムはセルビアでのチャンピオンズリーグの試合を控えていた。ソン選手の退場時のショック状態から見て、出場は無理ではないかと思われていた。しかしソン選手はトットナムにとって、今シーズンも得点源の一角。どうなるのか、でもあの様子ではおそらく無理だろう、多くの人がそう思っていたかもしれない。
しかしセルビアでの試合に、ソン選手はスタメンで出てきた。なんというメンタルの強さ。トットナムのファンだけでなく、エヴァートンのファンからも、たくさんの励ましのメッセージを受けたことが、その後のソン選手のインタビューでは語られていた。そういう思いに応えるためにも、自分は試合に出る、と語っていた。そしてその試合で2ゴールをあげ、チームを快勝へと導いた。そのゴールのとき、ソン選手は喜びを表すことはなく、ゴールを祝うチームメートに囲まれながら、カメラに向かって両手を合わせた。
この同じ動作をその次の週のプレミアリーグでまた見ることになった。ウォルバーハンプトン対アストンヴィラ戦での、ヒメネス選手(メキシコ)はゴール後に、ソン選手と同様、両手を合わせた。それはその試合で、オーバーヘッドのシュートをしたヒメネス選手の足が、相手ディフェンダーの頭に当たり、その選手は脳震盪を起こして気絶した。その直後、ヒメネス選手は膝をついて、ヴィラのGK(ゴールキーパー)などとともに気絶しているディフェンダーへの対処(体の向きを変え舌を出させるなど)をしていた。医療スタッフが到着する前のことだ。サッカー選手はこういったことへの対処法の訓練を受けているのだろうか。
ここでも試合は長い時間にわたって中断した。脳震盪の選手はタンカーで運ばれていった。ヒメネス選手には、危険なプレーということでイエローカードが出された。
その後試合は再開され、ヒメネス選手はゴールを決め、ウォルバーハンプトンは勝利した。そのゴールパフォーマンスのとき、ヒメネス選手はソン選手と同じ動作をした。チームメイトに囲まれながらもゴールを喜ばず、両手を合わせていた。この両手を合わせる、という動作が何を意味するのか、何に基づくものなのか、興味をもった。
仏教? キリスト教? いくつか関係ありそうなことをサイトで見てみてわかったのは、キリスト教においては、両手を合わせるのは祈りの意味があるようだった。ただイメージ検索をすると、両手を合わせただけでなく、指を組み合わせている写真もあった。その動作はキリスト教の動作としては知られているものだと思う。しかし手を合わせて尖塔をつくるような格好も、祈りの動作としてあるようだった。神に許しを請う(forgiveness)の意味が書いてあるものもあった。
ところでエヴァートンのフォワード、トスン選手(事故直後にソン選手を慰めていた人)は、この試合で、事故のあった後、シーズン初のゴールを決めている。1-0で負けている中の貴重なゴールで、また97分という試合終了直前のアディショナル・タイムでのゴールだった。これにより試合は引き分けとなった。
事故とゴールには直接の関連はおそらくない。しかし続けざまに、事故に深く関わった選手がゴールを決めているのを見ると、どういうことなのかちょっと考えてしまう。
一連のサッカーの試合での事故について、そして自分が事故現場に立ち会ったときの対処について書いてみた。予測不可能なことは、ミスであれ事故であれ、どこでもいつでも起きる。起きてしまったことは元に戻すことはできない。しかしそれにどう対応するか、対処するかは、そこにいた関係者全員の手に委ねられる。(1)(2)で書いたように、演奏中や試合の中での大きなミスも、その「事故」のあと、人々がどう思い、行動するかで全く違うストーリーになるのではないかと思った。とすると、わたしたちは普段から、ある程度そのようなミスや事故に対して、心構えをもっていた方がいいのだろうか。
少なくとも、こうして不測の事態が起きたあとの余波を見て考えたり、学習したりする機会があれば、少しだけマシな行動が取れるかもしれない、そう思ってこの記事を書いていた。